第89話 ローレシアの謝罪
「・・・なぜ、ローレシア様が私に謝られるのです。もしよろしければ理由をお聞かせ願えますか」
「いくつかあるのですが順番に説明させてください」
「順番って・・・お嬢様にはそんなにたくさん私に謝ることがあるのですか」
「うっ・・・ごめんなさい。そ、それではわたくしが一番申し訳ないと思うものから順番にいきます」
「はい・・・」
「以前エリオットと戦った時に、わたくしが彼に言った「愛する人」の話を覚えていますか」
「もちろんです。ナツがものすごく気にしていましたから・・・」
「実はわたくしの愛する人って、ナツなのです」
「え・・・」
「あなたが好きな人を、わたくしも愛してしまっていたのです。本当にごめんなさい・・・」
「・・・・・」
ローレシアの一つ目の謝罪で早くもアンリエットは呆然自失となり、言葉を失ってしまった。
「あなたがナツのことを好きなのはもちろん存じておりましたが、その時にはもうわたくしもナツのことを愛してしまっていたのです」
「・・・お嬢様はそんなこと、一言もおっしゃらなかったではないですか」
「黙っていてごめんなさい。アンリエットの気持ちを知りながら、わたくしもこの気持ちをとめることができませんでした。それなのにこのようなことになってしまって、わたくしももうどうしていいのか・・・」
「・・・このようなことというと」
「実は昨日、あなたがナツに騎士の誓いを行う前に、わたくしとナツは二人の愛を確かめ合ったのです」
「愛を確かめ合った・・・それではナツは」
「はい・・・わたくしのことを愛していると」
その瞬間、アンリエットは自分が失恋してしまったことを知った。
その大きな瞳から涙がポタポタとこぼれ落ち、アンリエットは声を出さずに静かに泣いた。
ローレシアは戸惑いながらも自分のハンカチを出して、アンリエットの涙をぬぐってあげた。
だがアンリエットは、やがて自分で涙をぬぐうと、ローレシアに向けて気丈に言った。
「ナツを奪われる相手がアルフレッドではなくローレシアお嬢様でよかった。・・・それにナツは私よりもお嬢様にこそふさわしいと思います」
「・・・アンリエットはわたくしとナツの関係を認めてくれるのですか」
「認めるも何も、ナツが選んだのは私ではなくお嬢様であり、お嬢様が相手では私などとても敵いません。でもちょっと残念です」
「残念?」
「私とナツが家族になって、ずっと二人でお嬢様にお仕えするという夢が、これでついえました」
「アンリエット・・・」
「神様は私に、ちゃんと殿方と結ばれて強い子を産めと、そうおっしゃっているのだと思います。実はナツが私の初恋の相手だったのですが、この初恋もこれで終わり。今日から私はナツの騎士として、自分の気持ちにケジメをつけてお仕えさせていただきます。そして今度はちゃんとした別の殿方を見つけますので、少しだけお時間をください」
失恋の傷を負いながらも、未来に向かって立ち上がろうとするアンリエットとは逆に、ローレシアは今、とてつもない罪悪感に押し潰されそうになった。
「アンリエット、聞いて」
「どうかしましたか、ローレシアお嬢様」
「アンリエットへの話は、まだ終わっていないの」
「まだ何かあるのですか? でもナツへの失恋以上に辛いことはないので、もうあまり気を使われなくても大丈夫だと思います」
「では・・・女性同士の・・・って言うあれですが」
「・・・ひょっとして、ローレシア様はご自分が同性愛者だったことを気にされているのですか。だったらそんな心配しないでください。実は私もそうだったわけですし、私の前では何も恥ずかしがることはありません。堂々としていてください。ただアスター家の血筋をどのように残すのかという問題は生じますが」
「確かに血筋については困ったことになりましたが、それはあなたに謝罪する話でもございませんし、そもそもアンリエットが思っているようなことを心配している訳でもございません!」
「なるほど。ローレシアお嬢様はご自分が同性愛者だということは全く気にされていないのですね。私などとても複雑な気持ちになって、思わず頭を抱えてしまいましたが」
「いえ、そういうことではなく・・・あの、えっと」
「・・・ひょっとして私の事もこれまでそういった目で見ていて、それを謝りたかったとか。・・・さすがにローレシアお嬢様とそういう関係になった自分は、想像したくありませんが」
「違いますっ! 変な想像はおやめなさい! わたくしにもそういう嗜好は一切ございません!」
「でも、ローレシアお嬢様もナツのことを愛しているではないですか」
「ナツは殿方ですっ! 女性ではございませんっ!」
「・・・えっ、ナツが殿方? だ、だってナツはどう見ても女性じゃないですか・・・え、なんで?」
「それはナツがわたくしの姿で行動をし、わたくしの声と口調でしゃべっているから、女性だと勘違いしているだけです。ナツは向こうの世界では殿方だったのですよ」
「うそ・・・まさか、ナツが殿方・・・」
「信じられないかもしれませんが、本当のことです」
「・・・でもそう言われてみれば、確かに納得感はあります。ナツの考え方や決断力、行動力が男らしいなと感じることはありました。私がナツとお嬢様を見分けていたのも、そういった違いの部分ですし」
「そうなのです。わたくしとナツは考え方や行動パターンがかなり異なるので、ナツは怪しまれないように必死に演技をしていたのです」
「ナツがお嬢様の演技をしていた・・・。では、私はナツという殿方に恋をしていたということになるのですね。・・・そっか、私の初恋の相手はちゃんと殿方だったんだ」
「そうです。だからアンリエットが同性愛に悩むことなど初めからなかったのです。もうついでに申し上げますと、ナツの初恋の相手はあなただったのですよ、アンリエット」
「・・・ナツの初恋の相手が・・・私だった?」
「ナツはアンリエットみたいな女の子がタイプみたいで、あなたのことをいつも気にかけていました。正直申し上げると、わたくしあなたに焼きもちを妬いておりました。でもナツは結局わたくしを選んでくれたのですが」
「・・・そっか、ナツの初恋の相手は私だったのか。嬉しい・・・」
アンリエットはそっと胸元で両手を握り締めて、嬉しそうにほほ笑んだ。
「・・・あの~、アンリエットさん? ナツはわたくしのものですからね」
「それは存じておりますが・・・とても嬉しいです」
「ちょっとアンリエット、まずわたくしがナツとそういう関係になるので、あなたはちょっと待っていてください」
「・・・お嬢様それってどういう」
「わたくし覚悟を決めたのです。ナツにわたくしの全てを見せると」
「全てを見せる?」
「ええそうよ。お風呂や着替えの時にいつもわたくしが目をつぶっていたことはご存知ですよね」
「さきほども目をつぶっていらっしゃいましたね」
「それはナツにわたくしの素肌や下着を見られないようにするためだったのです」
「・・・・なるほど、そういうことだったのですか。すると、お嬢様はこれからは」
「ええわたくしこれからは目を開けます! 着替えの時も、お、お風呂の時も」
「ゴクリッ・・・」
「最後にこれだけは謝らせて。ナツはね、胸の大きな女の子が大好きなの。ナツがわたくしのことを愛しているのは信じていますが、それでもナツの心がアンリエットに移ってしまうのがとても怖かったの!」
「お嬢様相手に私ごとき、それはないと思いますが」
「いいえ、ナツはいつも言っていたの。アンリエットのことを見て可愛い、可愛いって! だからそうならないように、ナツの心をしっかりとわたくしに繋ぎ止めるから、それまでは待っていてアンリエット」
「・・・待っていてってどういうこと」
「本当に自分勝手でごめんなさい。でもわたくし、ナツがいなければもう生きていく自信がないのです。だからあなたに奪われる訳にはいかないの」
「・・・もしかして私もナツと」
「そうです。あなたはわたくしの大切な幼馴染みでもあるので、あなたにも幸せになってほしいの。だからナツを諦めてほしくない気持ちもあるのです」
「お嬢様・・・」
「ナツが普通に実体のある殿方だったなら、わたくしの配偶者としてアスター家に迎え入れた上で、あなたを側室として二人とも娶って貰えば済む話だったのです。でもわたくしとナツは魂だけの関係で、婚姻といった形式も取ることができず、あるのは二人の気持ちだけ」
「だからお嬢様はナツの気持ちが変わるのを恐れて」
「そうなのです。あなたと違ってわたくしには実体がないのです! わたくし何をどうすべきかさっぱりわからないし、もう今自分が何を言っているのかもよくわかりません。でもとにかく今はこれしか・・・」
「ありがとうございますお嬢様! もちろんそれで結構でございます! わたくしなんかのためにそこまでお考えいただけるとは・・・」
「でもこのことは、ナツには絶対に秘密ですからね。あ・・・ごめんなさい・・・もうわたくし・・・眠りにつくようです・・・」
「おやすみなさい・・・そしてありがとうございました、お嬢様。・・・お風呂頑張ってくださいね」
次回、王都のアルフレッド王子のもとへ
ご期待ください




