第88話 アンリエットの忠誠
その後も作戦は順調に進み、深夜のうちに3領地全ての公爵軍を壊滅させることに成功。敵軍150騎のうち100騎近くは捕虜として拘束し、残りは死亡または逃走した。
そのあと俺は騎士団を3つに分けて各領地の奪還を指示し、俺はブライト領に近い最後に制圧した領地に入った。
そして元々ここを治めていた分家と俺についてきたマーカスに指示をして、町に潜んでいる残党の捕縛、分家屋敷の奪還を急ぎ、夜が明ける頃にはこれも全て決着した。
「終わりましたね、アンリエット・・・」
「お疲れ様、ナツ」
「アンリエットがわたくしの側で戦ってくれて、今日は本当に助かりました」
「私はナツの騎士になったのだから当然だ」
そこへマーカスがこちらに走ってきた。
「アスター侯爵閣下、広場に領民たちが集まってきています。彼らに閣下のお言葉を頂戴できればと」
「承知しました。アンリエット、行きましょう」
「ハッ!」
まだ早朝なのに、街の広場は領民たちで一杯になっていた。夜中ずっと騎士たちがバタバタと走り回って戦闘行為が行われていたのだから、何があったのか、みんなうすうす気がついているのだろう。
だから領民たちはその結果を確認するために、早朝にも拘わらずこれだけの人がやって来たのだ。
俺はアンリエットたち護衛騎士とマーカスたち分家を連れて仮設舞台の上に立つと、拡声の魔術具で領民全員に聞こえるように話しかけた。
「わたくしはローレシア・アスター侯爵です。ついさきほど、この町を不当に占拠していたキュベリー公爵軍を一掃し、ここを奪還いたしました。占領中は皆様にもご苦労をおかけしましたが、今日からはまたアスター家とともに頑張っていきましょう」
その言葉に領民の表情が一斉に明るくなり、大歓声が沸き起こった。
「ローレシア様!」
「俺たちは解放されたんだ!」
「公爵軍を撃退してくれて、ありがとう!」
「ローレシア様万歳! アスター侯爵閣下万歳!」
領民たちの喜ぶ顔を見ながら、あとは分家たちに任せて俺は奪還したばかりの分家屋敷に向かった。徹夜の戦闘でもう身体がフラフラであり、早くベッドで眠りたかったのだ。
ローレシアに身体の操作を交代し、アンリエットに手早く着替えさせてもらうと、貴賓室のベッドに倒れこんだ。
そして俺はあっという間に眠りについたのだった。
ベッドに横たわったローレシアは、枕もとの椅子に腰かけたアンリエットに向かって話しを始めた。
「ナツが眠ったようなので、少しお話をしましょう。あなたには話しておきたいことがございます」
「はい、ローレシアお嬢様」
「その前に一つだけ教えてください。さきほどナツに行った騎士の忠誠の儀。あれがあなたの答えですか」
ローレシアの端的な質問に、アンリエットは自分の気持ちを確認しながらゆっくりと答えて行く。
「私はまだナツへの気持ちを、自分でも消化しきれていません。なぜ彼女にこれほどまで惹かれるのかを」
「それで?」
「でも自分の気持ちとは別に、彼女から受けた恩の大きさを認識した時、とても今の私一人が返せるものではないことを理解できました。だから将来に渡って自分ができることを考えて、あの答えにたどり着いたのです」
「それでナツにあのような忠誠を誓ったのですね」
「はい。この私がナツに与えられるものなど、もはや自分自身しかないのです」
「アンリエット、あなたはそこまでナツのことを」
「はい。もちろんローレシアお嬢様への忠誠は変わらぬものと誓いますが、ナツにも同じぐらいの忠誠を捧げたく存じます。お嬢様、どうかこの不忠をお許しくださいませ」
「・・・アンリエット、別に心配しなくてもナツへの忠誠をもってあなたを不忠者だと言うつもりはございません。むしろわたくしと一体化したナツを蔑ろにする方が不忠です」
「それでは、ナツへの忠誠をお許しいただけると」
「ええ。アンリエットの騎士の誓いと忠誠の儀、このわたくしがしかと見届けました」
「ありがとうございます!」
「でもアンリエット、わたくしは知ってるのですよ。これではあなたの悩みは、まだ解決していないのではないですか」
「・・・・・」
「あなたの気持ちです。アンリエットはナツのことが好きなのでしょ」
「はい、以前申し上げたとおりです。しかしお嬢様、この気持ちは決して抱いてはいけないもの。もちろん女性同士で愛し合う方々がいることは存じておりますが、私にはそうあってはならない別の理由がございます」
「別の理由?」
「私は自分よりも強い殿方と結婚して、強い子供を産み育てて、家族全員でローレシア様にお仕えすることが夢なのです。そのために私は幼いころから騎士団で鍛えられ、男社会の中で腕を磨いてきました」
「そうでしたね。ある時期からわたくしと遊ぶよりも騎士団にいる方が長くなりましたからね」
「はい。そして私の考えを知って言い寄ってくる同年代の騎士見習いたちもたくさんいましたが、誰も私に勝てる者はおらず、いつしか私に婚約を求めてくる騎士見習いは、一人もいなくなりました」
「そうですね。わたくしの耳にもアンリエットが騎士団の中で孤高の花だという話が、良く聞こえてきましたから」
「お恥ずかしい限りです。でも私は孤高を気取っていたわけではなく、真剣に将来の伴侶となる騎士を探していたのです。ところがナツに出会ってからその考えが少し変わりました」
「ナツに何かを感じたのですね」
「はい。ナツは単純な剣術では私にまだまだ及びませんし、馬にも乗れず騎士としては全くの未熟者です。でも魔法とか戦術といった私の専門外ではとても優秀で、お嬢様をお救いするのは決まって私ではなくナツなのです」
「アンリエットもよくやってくれたとは思いますが、ソーサルーラでのエール病の一件以来、ナツに助けらることが多かったですものね」
「そしてナツを見ていてこう思ったのです。本当の強さはただ腕っ節が強いことではなく、騎士団を率いて敵に勝利することではないかと。今のローレシア様を本当の意味で守るにはそういった強さも必要で、その面ではナツはこの私よりもはるかに強いのです」
「そうね、ナツは強いわ。このわたくしも、誰も思いつかないような発想と思い切りの良さで、どんな難局も乗り越えていく」
「だから私はナツに惹かれて行ったのだと思います。でも困ったことにそんなナツは女性でした」
「そ、そのことですが、あの・・・」
「しかもナツは、ローレシア様とお身体を共有されている異世界の魂。どんなに頑張っても私と結婚して子を成すことはできません」
「それは確かにそうなのですが、実は・・・」
「でも私はナツのことが好きになってしまいました。もう他の殿方のことなど、とても考えることができません」
「もうっ。・・・あの、それでアンリエットはナツとどうなりたいのですか」
「それがわからないのです。私は女同士で一体何がしたいのでしょうか?」
「・・・・・」
「お嬢様?」
「わたくしはあなたに黙っていたことがございます。実はわたくしたちは、いろんな意味で同じ悩みを抱えていたのです」
「ローレシアお嬢様が私と同じ悩みを?」
「ナツは本当に困った人ですね・・・わたくしたちをこれほどまでに悩ませておいて、自分はすやすやと眠っているのですから」
「あの・・・ローレシアお嬢様はナツに何を悩まされているのですか?」
「・・・今からとても言いづらいことを言わなければならないので、最初にあなたに謝らせてください。 本当にごめんなさいアンリエット」
次回、ローレシアが全てをぶっちゃけます
ご期待ください




