第82話 カタストロフィー・フォトン
さあ選手交代して試合再開、俺のターンだ。まずは母親から攻めてみるか。
「もういい加減に目を覚ましなさい」
「ローレシア・・・何ですか突然」
「二人ともよく聞いて。キュベリー公爵は決して約束は守らないし、あなたたちはいいように使われておしまいなのよ」
「何を言うのよローレシア。公爵はアスター家を絶対に潰さないとちゃんと約束をしてくれたって、お父様がおっしゃってたわ」
「そのアスター家はあなたたちの伯爵家とは限らないでしょ。よく考えてごらんなさい。このわたくしがソーサルーラで家門を持ったので、この家には以前ほどの価値はなくなったの。公爵が潰さないと約束したのは、わたくしのアスター家のことかもしれませんよ」
「うそ・・・まさかそんなことが」
「いいえ、おそらく間違いございません。そして公爵はこの領地さえ手に入ればあとは不要。あなたたちはすぐに殺されるか、よくて国外追放ね」
「ローレシアっ、何て酷いことを言うのよ! それにさっきから聞いていれば何ですかその口のききかた! 親に向かって「あなたたち」とは何なの!」
「あら失礼。もしそこを気になさるのでしたら、元お父様と元お母様でよろしいかしら」
「元だなんて、何て言いかたを!」
「わたくしを捨てたのだから当然でしょ、元お母様」
「そんな言い方しなくても・・・」
「では仮に元お母様たちが追放されたとして、その後に残された弟妹たちにはきっと悲惨な運命が待っております。まず妹の結婚相手は、よくてキュベリー公爵の腰ぎんちゃくのボンクラ息子か、最悪どこか遠くの外国の貴族との政略結婚か、年寄りの後家に入らされるか」
「そ、そんな・・・」
「弟はもっと悲惨でしょうね。仕事なんて騎士団の突撃部隊に配属されて、すぐに戦死して終わりでしょう。元お父様の言う通りにしていたら、あなたたち家族には悲惨な未来しか訪れません」
「まさか! あ、あなた・・・ローレシアの言っていることは本当のことなのですか?」
「少し落ち着きなさい。ローレシアは最悪のケースを言っているのだ。必ずそうなるとは限らないさ」
「でもそうなる可能性もあるのでしょう? 公爵は本当に信頼できるの!?」
よし、母親は疑心暗鬼になっている。
二人をうまく分断させたから、今度は父親だ。
「・・・ろ、ローレシアっ! お前、よくも家族に対してそこまで酷いことが言えたな。もっと慎みのある女だと思っていたが、お前本当にローレシアなのか」
「さあ、どうでしょうね? わたくし修道院で一度死んでおりますので、もうあなたたちの知っているローレシアではないのかも知れませんよ」
「さっきから死んだの殺されたの言っているが、お前はちゃんと生きているではないか」
「いいえ、わたくしは暗殺されて死にました。今ここにいるのはブライト男爵家の魔術によって魂が復活したローレシアです」
「バカな! 死者召喚魔法はアンデッドを召喚するもの。だがお前はどう見ても人間! ウソをつくな!」
「あら、お詳しいのですね元お父様。でも死者召喚魔法についてゆっくりお話しする時間もございませんし、そろそろ時間切れでしょうか」
「時間切れだと?」
「どうしても騎士団を派遣しないと言い張るのなら、力ずくで言うことを聞いていただく他ございません」
「力ずくだと・・・一体何をする気だ」
「この領地をわたくしに寄越しなさい」
(ちょっとナツ! 領地を寄越せってどういう)
(要は騎士団をブライト男爵領へ救援に向かわせればいいんだから、一時的にこの領地の当主になって騎士団への命令権を手中にする。そのあと公爵との一件が落ち着いた段階で当主の座を再び父親に返す。マーカスの領地みたいにしばらく面倒を見るだけだよ)
(なるほど・・・でも一時的にせよ領主になるというのは、とても責任が重いことなのよ)
(それは分かってるが、アンリエットの実家を救うにはもう時間がない。今はこれ以外に方法が思い付かないんだ)
(・・・わかった、ナツの言う通りにする。わたくしも覚悟を決めて、一時的にですが、このアスター伯爵家の当主になります)
(すまないな、こんな作戦しか思い付かなくて)
(いいえ、わたくしではそんなことを思い付かないし、ナツがいてくれるから覚悟を決められるの)
だが、この「領地を寄越せ」と言う言葉は、想像以上にアスター伯爵の怒りを爆発させた。
「何だと貴様・・・小娘のクセに領地を寄越せなどと、ふざけるなっ! 力ずくで親から家督を奪うつもりか」
「ええその通り、それの何が悪いのよ! 今この領地はキュベリー公爵家との戦争に突入しています。そして戦国時代では強いものが勝つ下剋上が常識。つまりこのアスター家も実力のある者が支配するの。元お父様、それが気に入らないのなら、このわたくしよりも強い所をお見せなさい」
「貴様・・・まるで自分の方が強いような言い方を。自惚れるな!」
怒りに震える伯爵が俺を睨み付ける一方で、後ろから俺の腕をつかむ者がいた。
アンリエットだ。
彼女が周りに聞こえないように、小さな声で囁く。
「ローレシアお嬢様・・・いいえ、ナツ。ブライト家のためにそこまでしていただく必要はない。親の同意なく強引に当主の座を奪えばそれは簒奪。そのような汚名を着せてまで我が家門を救ってもらうなど、あってはならないこと」
「アンリエット、そんなことはありません。ブライト男爵家を守れるのなら、簒奪の汚名などなんでもないことなのよ」
「ナツはそれでいいかも知れないが汚名はお嬢様に」
「いいえ、これは二人で決めた事だから、アンリエットは何も心配しなくていいのよ。そんなことよりも、わたくしがこのローレシアの父親から騎士団の指揮権を奪い取って必ずブライト男爵をお救いいたします。アンリエットのためならわたくし、何だってできるのですよ」
「ナツ、そこまでされてしまったら、私はもうあなたのことを・・・」
「さあお待たせしました元お父様。どちらが強いか、1対1の勝負で決めましょう。もしわたくしに勝てる自信がないのでしたら、負けを認めて領地をお渡しなさい」
「ローレシア・・・調子に乗るのもいい加減にしろ。今ここでお前の教育をやり直してやる!」
「上等です。それでは表に出なさい、勝負よ」
執務室を出た広い廊下で、俺とアスター伯爵が向かい合って対峙する。それをアンリエットや元お母様、分家たちが廊下の壁際に並んで心配そうに見つめる。
どちらの魔力が強いのか、ここは男らしく小細工抜きの魔法戦を行うことになったのだ。
アスター伯爵は静かに目をつむると、その身体から白い光属性のオーラを放出した。そのオーラが伯爵の周りを回転しながら増幅していき、一瞬光輝いたかと思うと一気に身体の中に吸い込まれ、魔力量が急激に膨れ上がった。
伯爵は本気だ! だが母親が慌てて止めに入る。
「あなたっ! ローレシア相手にどうしてそこまでの魔力を。娘を殺すつもりですか!」
「あいつはソーサルーラの大聖女になるほどの女だ。こちらも最初から本気を出さなければ必ずやられる。だがこれでも私は名門アスター家の当主。私の魔力はまだまだこんなもんじゃない。いま泣いて許しを乞えば、許してやらんこともないぞ、ローレシア!」
「安心いたしました元お父様。それぐらいやっていただかないと、勝負にすらならなかったでしょうから」
「ほざけ! 我が魔法をその身体で受けて、大口を叩いてしまったことを後悔するのだな。いくぞ!」
そして伯爵は、俺が聞いたことのない呪文の詠唱を始めた。光属性魔法には間違いないが、俺の知らない魔法。
(この呪文はまさか!)
(知っているのか、ローレシア)
(待って! ・・・少し黙っていて)
ローレシアは何かに集中し、何も喋らなくなった。だが俺は、伯爵の魔法が完成するのをボーっと見てるわけにはいかない。どんな魔法かわからないから、念のためにカウンター魔法を準備する。いくつか選択肢のあるうちで確実性の高いコイツだ。
俺は急いで魔法の詠唱を始める。
伯爵の詠唱が終わりに近づくにつれ、伯爵の前には張りつめたような白いオーラが輝きを増していった。
何だこの魔法・・・こいつはヤバい!
そして膨大な魔力が一点に凝縮を始めると、まさに光線として発射されようとしている。
これはレーザーなのか!?
同時に俺の魔法の準備も整う。カウンター用に選んだのは、敵の魔法を跳ね返すミラーではなくワームホールだ。
【闇属性魔法・ワームホール】
【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】
間一髪のタイミングで出現したワームホールが、俺と伯爵の間の空間を分断する。こいつで光線を防ぐ。
伯爵から発射された強烈な光線は・・・射線上に現れた黒い球体の中に吸い込まれていく。ワームホールが伯爵の放った光線を、漏らすことなく別空間に転移させたのだ。
「そ、そんなバカな! カタストロフィー・フォトンがワームホールなんかに転移させられるなんて!? どうしてミラーを使わなかったんだローレシア! お前、この魔法の秘密を知っていたのか」
ということは、ミラーを選んでいたら負けていたのか俺。危ねえ・・・。
「秘密? さあどうかしらね。でもあなたのその魔法はわたくしの闇属性魔法に敵わなかったようね」
「くそっ! まさかローレシアの闇属性魔法がここまでとは・・・」
(聞いてナツ。今のはアスター家に伝わる究極魔法・カタストロフィー・フォトン。わたくしは途中までしか教えてもらってなかったのですが、今のお父様の詠唱で呪文の全てを覚えました。今からわたくしの言うとおりに詠唱すれば、この魔法が使えます。ただイメージはまだ自信がないのだけれど)
(イメージか・・・さっき伯爵がやっていたのと似ていれば、なんでもいいのか?)
(ええ、多少やり方が違っていても、魔法術式の範囲内なら、似たイメージでも魔法は作動するはずよ)
(だったらイメージは任せろ。俺に考えがある)
(わかったわ。ナツ、このカタストロフィー・フォトンで決着をつけましょう)
(よし、一発で決めようぜ)
次回、アスター伯爵戦が決着
ご期待ください




