第81話 アスター伯爵の説得
「なんですって・・・ブライト男爵家の居城を公爵軍が包囲。なぜそのようなことに」
「我々分家と同様、ブライト男爵家にも公爵軍の嫌がらせはあるのです。ただブライト家は分家と違い公爵に屈することはないので、公爵軍の規模も拡大して、ついに戦闘状態に突入してしまったのではないかと」
「軍勢の規模は」
「夜間の偵察だったので野営地の規模からの目算ですが、その数およそ500」
「500! そんな大軍を・・・」
(ローレシア、500人ってすごいのか?)
(ブライト家の騎士団は総勢200騎程度。その2.5倍の兵力で攻められていることになります)
(そんなにも差が・・・ここにいるのは50騎程度で全然足りないし。そうだ、アルフレッド王子に言って王家から援軍を出してもらえないかな)
(もちろんお願いしてみます。ただ王都からここまではかなりの距離があり、援軍を得られたとしても到着までにかなりの日数がかかってしまいます。それまでブライト家がもたないかもしれません)
(そんな・・・。それじゃあアンリエットの実家はどうなるんだよ。他に援軍のあてはないのか)
(あるにはあるのですが・・・)
(どこだ)
(アスター伯爵家本家です。あそこなら騎士の数もそろえられると思いますが、自分の分家ですら見捨てるようなお父様が臣下のブライト男爵を助けるとはとても思えません)
(でも騎士が集められるのなら、説得でも何でもしてアンリエットの実家を助けなくちゃ)
(そうですね、やるだけやってみましょう)
真っ青な顔で震えているアンリエットにローレシアは優しく語りかけた。
「アンリエット。ブライト家への援軍は必ず何とかいたします。だから心配しないで」
「お嬢様・・・」
「ロイ。あなたはすぐに王城へ飛んでアルフレッド王子にこの事を伝え、援軍を求めてください。わたくしたちはアスター伯爵の居城に向かいます」
「ハッ! かしこまりました」
「マーカス、ロイに転移陣の用意を」
「はっ!」
「ローレシアお嬢様、まさかアスター伯爵に援軍をお願いするつもりですか!?」
「ええ、王城からの距離を考えれば、今すぐに援軍が出せるのはアスター騎士団しかございません」
「無理です! この前の歓迎式典でお嬢様は伯爵と激しくやりあったばかりですし、あの家にはお嬢様につらく当たったご家族がまだ」
「・・・ええ、正直に言うとあの家には行きたくありませんが事は急を要します。アンリエット、ジャン、ケン、バン、すぐに出発します」
「「「ハッ!」」」
「お嬢様・・・ありがとうございます」
「アスター侯爵、私も一緒に参りましょう。何かのお役に立てるかもしれませんし」
「ええ、マーカスお願いするわ。そうだ、この際だから分家たち全員わたくしについてきなさい」
「はい! では皆に言って準備を急がせます」
アスター伯爵の住む居城はマーカスの屋敷からほど近い所にあり、ローレシアはすぐに城門に到着した。そして、
「衛兵、城門をお空けなさい」
「誰だ! ・・・あ、あなたはローレシア様、どうしてここに」
「説明している暇はありません。お父様に用がごさいますので、早くお目通りの手配をなさい」
「か、かしこまりました」
衛兵が急ぎ城内に戻り、しばらく外で待たされる。そして衛兵が執事を連れて戻ってきた。
「これはローレシアお嬢様、大変ご無沙汰しております。旦那様が執務室でお待ちですので、お入り下さい」
「ありがとうジョセフ。あなたも元気そうね」
「おかげさまで・・・。では参りましょう」
ローレシアの実家であるアスター家の居城は、侯爵家にふさわしい格式を持つ古城であった。廊下や天井には細やかな彫刻が施され、壺などの装飾品も落ち着いた逸品ばかりが飾られている。
そんな華麗な城内を執事に案内された俺たちは、やがてアスター伯爵の執務室の前に到着した。
「旦那様はお嬢様だけをお呼びです。他の皆様はこの廊下で待機していてください」
「ローレシアお嬢様、おひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫よアンリエット。あなたは分家の人達とここで待っていてください。わたくしが話をしてきます」
そう言うとローレシアは一人で伯爵の執務室へと入っていった。
「アスター伯爵。本日は緊急のお願いがあり参上いたしました」
「これはアスター侯爵閣下。こんな朝から緊急の用件と聞いて驚きましたが、一体何でしょうか」
「現在、キュベリー公爵の騎士団が伯爵の臣下であるブライト男爵の領地に侵入し、居城に攻撃を仕掛けております。直ちに騎士団の派遣を要請いたします」
「それは一大事だ。ではこちらで適当に処理しておきましょう。・・・もし用件がそれだけなら、もう帰っていただいて結構だが」
「・・・確認ですが、それは今すぐ騎士団を派遣していただけると言うことでしょうか」
「答える必要はない。侯爵は我がアスター家とはもう関わりのない人間なのだろう。だったらこれ以上この件に関わる必要もないだろう」
「・・・確かにわたくしとあなたはもう何の関係もございませんが、ブライト男爵家には多大な恩がございます。それにキュベリー公爵にはわたくしも色々と損害を被って参りましたので、見て見ぬふりはできません」
「それなら侯爵がご自分の力で勝手に対応すればいいだろう。私に頼むのは筋違いだ」
「あらそう。でしたら分家たちについてはどうお考えですか。彼らも公爵からの攻撃を受けて領地を失いました。本来なら親族である伯爵に守る義務がございますのに、それを放棄なさった理由をこの分家たちが納得できるようにお聞かせ願えませんか。みなさま、お部屋にお入りください」
ローレシアがそう言うと、執務室の中に分家たちやアンリエットたち全員がぞろぞろと入ってきた。
「分家の者ども、お前たちは城を立ち入り禁止にしたはず。どうして入ってきたのだ! それにブライト男爵の娘まで・・・困りますな侯爵、勝手なことを」
「勝手なことではございません。ちょうどいい機会ですので分家の皆様に対するご対応もお聞かせ願いたいのです。と言いますのも、公爵から分家の方々の領地に対して同様の攻撃があり、わたくしがマーカスの領地に滞在して一時的に保護しておりますので」
「何だとローレシア! お前は私が助けを求めた時には拒否したくせに、なぜ分家だと助けるのだ。お前に最も酷い仕打ちをしていたのは、私ではなくこの分家たちではないか」
「確かにその通りですが、領地への攻撃はそこに住む領民にこそ重大な被害が及ぶのです。何も悪いことをしていない領民たちが領主から助けを得られずに苦しんでいるのに、無視できるわけないでしょうが!」
「それは公爵に抵抗するから余計な攻撃を受けるのであって、おとなしく領地を渡せば領民もそれ以上の攻撃などされないはず」
「そんなことはありません。公爵に領地を奪われた分家の領民たちは、占領民のような差別的な扱いを受けていると聞きます。公爵の要求に応じても何も良いことがないのは自明」
「そんなことはない。実はお前の歓迎式典の後、公爵が私に話を持ち掛けてきたのだが、公爵はアスター家を保護したいと申し出てくれた。この領地は残してくれるし息子の仕事や娘の結婚相手も相応しい所を紹介してくれると」
「そんなのはでたらめに決まっています。まさかそんな話を信用するのですか」
「完全に信用するわけではないが、そもそもアスター家は光属性魔法の名家であり、王国としても潰すことができない家門であることは確かなのだ。だからアスター本家は保護される価値が十分にある」
「だから代わりに分家の領地を寄越せと言われて、それを飲んでしまったのですね」
「ああ、そのとおりだ。私にはもう分家の面倒を見る余裕も力もない。そもそもローレシアの追放を要求したのは分家であり、その要求を聞いてしまったせいで国王が激怒し、私は侯爵から伯爵に落とされたのだ。そんな恩を仇で返すような奴らの面倒などみる義理はない。分家のお前たちは自分の魔力でも使って勝手に生きていくが良い」
そこまで黙って父娘のやりとりを聞いていた分家たちも、さすがに黙っていられなくなり、
「確かに俺たちはローレシアにこれまで酷いことをしてきた。そのことは反省しているしローレシアにも頭を下げて許しを乞うた。それでもまだ完全には信用してもらってないが、俺たちはもうローレシアに一生付いていくことに決めたのだ」
「こいつの言う通り、俺たちはローレシアに悪い事をしたしその報いを今受けているのだろう。だが領民は関係ない。先祖代々この地でともに暮らしてきた領民たちを公爵なんかに簡単に譲り渡して、あなたは心が痛まないのか!」
「グヌヌ・・・分家のくせに生意気な」
顔を真っ赤にして怒りをあらわにする伯爵だが、分家の言い分には反論できなかった。
「今、分家たちが申し上げたことは臣下の領地にも言えるのです。ブライト男爵家は今、公爵の攻撃を受けています。領民の命も危険に晒されています。だからただちに救援を!」
すると伯爵はとんでもない話を始めた。
「それはできんのだよ。お前をアスター家から追放した後、公爵からの執拗な嫌がらせが始まった際、それをやめてもらうために臣下を全て公爵家に移管させる密約を交わしたのだ」
「・・・なんですって。どうしてそんな愚かな」
「伯爵に降格させられた際に多くの臣下はこの私を見下した。そんな忠義の欠片もない者を引き換えにすることなど、安いものだと思った。それでほとんどの臣下が公爵の配下へと下っていったが、ブライト男爵家だけが頑なにそれを拒否した」
「・・・あなたと言う人は。だったら最後まで臣下として残ったブライト男爵家こそ、その忠義に応えて今すぐ助けに行くべきです」
「ふん、ヤツは私に対して何の忠義も持っていない。お前の扱いを巡って完全に溝ができてしまったからな。それなのにヤツは頑なに我が家門の臣下にとどまった。ずっと理由がわからなかったが、どうやらヤツはお前が生きていることを最初から知っていたようだ。あいつは私ではなくお前に臣従しているのだ。助けたければお前が勝手にやれ」
「・・・ではあなたはもう、ブライト男爵家を助けるつもりはないと言うことですね」
「・・・そうだ」
ついに伯爵がハッキリと口にしたこの言葉に、ローレシアは絶望した。もうこの男には何を言っても通じない。そしてアスター騎士団の救援がなければ、ブライト男爵家は滅ぶ。アンリエットの家族は永遠に失われる。
「この・・・」
ローレシアが何かを言いかけたその時、執務室の奥の扉が開きローレシアの母親が出てきた。
「・・・お母様?」
普段執務室には姿を見せない母親が現れたことで、一瞬拍子抜けしたローレシアだったが、母親の続く発言に再びローレシアの感情は逆撫でされる。
「ローレシア、これ以上わたくしたちを苦しめないでちょうだい」
「苦しめるってどういうこと」
「あなたがいなくなってから、家門は落ちぶれてみんな辛い思いをしてきたのよ。あなたの妹は婚約相手もまだ決まらず、お友達の令嬢からも哀れみの表情を向けられているの。弟も王宮でのお勤めが決まっていたのにそれが取り消されて、とても不名誉な事なのよ。社交界でもわたくしたちは陰口をたたかれてまともに出席できないし、公爵のもとに行った方がわたくしたちは幸せなの。あなたもよく知っているでしょ、貴族社交界の厳しさを」
「・・・ええ、それはもちろん存じております。でもお母様、わたくしはその貴族の身分を剥奪されて修道院で毒を盛られて暗殺されたのです。それをアンリエットに助けられて、二人で平民の冒険者として活動もいたしましたし、逃亡先のソーサルーラではエール病とも必死で戦いました。生きるために大変な思いをしたのですよ。このわたくしと比べて、あなたたちはまだ苦しいと言えるのでしょうか?」
「そ、それは・・・」
「貴族の大変さなんて、人の目が気になるかどうかだけでしょ。わたくしの場合は命に直結するのよ」
「でも結局あなたは、ちゃんと貴族に戻れて侯爵にもなって、その上、第3王子になったアルフレッドとも婚約間近と噂されてるわ。あなたは自分が恵まれているからもういいかもしれませんが、わたくしたちにもちゃんとした生活を送る権利はございます。お願いだから、もう帰ってちょうだい」
「お母様!」
(ナツ・・・この人達には何を言っても全く話が通じないの。こんなことをしてたら、本当に救援が間に合わなくなってしまう。わたくし一体どうしたら)
(うーん、これは一筋縄では行かなそうだな。父親は自分の間違いを分かっていてもそれを娘の前で認めたくないものだから、屁理屈をこねて自分を正当化するのに必死。母親は完全に視野が狭くなっていて、そもそも誰の話も受け付けない)
(・・・ナツは意外と冷静に見ていたのね)
(ああ。ローレシアは何だかんだ言っても親子だから両親に感情的になったり、逆に遠慮して言いたいことも言えない所があるのかもな)
(そうね・・・でもわたくしには、これ以上は無理)
(よし! 俺が代わってやるよ。俺がこいつら二人にガツンと言ってやる)
(・・・ええお願い、わたくしを助けてナツ。本当にごめんなさい、どうしようもない親で)
(全然構わないさ。ちゃんと会話ができるだけ俺の親より遥かにマシだし、俺に任せておけって!)
(うん、ナツに全部任せる)
【チェンジ】
次回、ナツが反撃開始
ご期待ください




