第80話 新たな護衛騎士の加入
マーカスの転移陣を使っていったん王城に戻ると、ローレシアはすぐにアルフレッド王子の執務室に駆け込み、先ほどの記録宝珠の内容を見てもらった。
「なるほど、これは確かにキュベリー騎士団が先に手を出した証拠になるな。救護所の様子や街の被害状況と併せて、アスター領への侵略行為の証拠として預からせてもらうよ」
「お願いしますアルフレッド王子。それからしばらくはアスター伯爵家分家のマーカスの屋敷に滞在することにいたします。また公爵の騎士団が攻めて来ないとも限らないですからね」
「気を付けるんだぞローレシア。いくらキミやナツが強いと言っても、相手はプロの騎士たちだ。油断をすると命を奪われるかもしれない。そうだちょっと待ってくれ。キミの護衛騎士がさっき決まったんだ」
「護衛騎士・・・ですか? わたくしにはすでにアンリエットとジャンがいますが」
「キミは国賓だし、キュベリー公爵側の動きも気になる。だからフィメール王家の近衛からも護衛騎士をつけることにしたのだ。お前たち入ってきてくれ」
アルフレッドに呼ばれて控え室の扉から入ってきたのは3人の若い護衛騎士だった。
「あ・・・あなたたちはエリオットの護衛騎士っ!」
「「「ローレシア様! 先般は大変申し訳ございませんでした!」」」
3人が膝をつくと、頭を床に擦り付けて最大限の謝罪の姿勢を見せた。もうほとんど土下座だ。
「えぇぇぇ・・・」
反応に困るローレシアに、
「ローレシア様、ぜひ我々にローレシア様の護衛をさせてください。この命に代えて絶対にお守りすると誓います」
「そしてできますれば、地獄行きを取り消していただけるよう、どうか神様におとりなしいただければと」
そういえば俺、そんなハッタリを言ってたな。すっかり忘れていたがこの怯え方だとずっと本気にしてたみたいだ。悪いことをしたな。
(ローレシア、あのウソ取り消してやってくれ)
(そう言えばナツが調子にのって、神様のお告げだとか言ってましたね。かなり怖がらせたみたいですし、もう許してさしあげましょう)
「わかりました。それでは神様にそのように頼んでおきましょう」
「あ、ありがとうございますっ! 今日から我々3人は一生涯ローレシア様にのみ忠誠を誓います!」
「いいえ、そこまでは必要ございません。というかあなたたちは王家の近衛でしょう。フィメール王国への忠誠はどこへ行ったのですか」
「我々はあの戦いでローレシア様に完敗し、騎士としての人生を一度終えました。その後、ローレシア様の魔法で治療までしていただき、我々は生まれ変わったのです。今度の騎士人生はぜひローレシア様のもとで働かせてください!」
「ええぇぇぇ・・・、アルフレッド王子、この人たち本当に大丈夫なのでしょうか」
「たぶん大丈夫だよ。実は彼ら、僕たち学生4人を相手にエリオットを守り切れなかったため、騎士団での評価が下がってしまったんだ。だから、ローレシアの護衛騎士も別の精鋭がその任に着く予定だったんだ」
「まあ、それはお気の毒なことをしましたね」
「だが彼らの強い希望で、ローレシアの護衛騎士に志願し、もう決まっていた候補と練習試合をしてそれを倒してしまったんだ」
「え? そこまでしてわたくしの護衛騎士を・・・」
「そうなんだよ。だからキミの護衛はちゃんとすると思うし、騎士団に戻るよりもキミの側にいる方が彼らは幸せだと思うよ。この3人をもらってやってくれ」
「・・・まあ、そういうことでしたら、よろしくお願いいたします」
「よし! ローレシア様はこの俺が命に代えても絶対に守ってやる!」
「麗しのローレシア様、我が命を貴女に捧げます!」
「ああ、僕の女神ローレシア様・・・一生付いて行きます」
「いえ、そこまでしていただかなくても大丈夫です」
それからこの3人が我先にと自己紹介をしていたが、この人たちはやはり強力な魔導騎士であり、得意な属性は以下のような感じだった。
ロイ・ターナー(26) 風属性
ケン・ジラード(24) 雷属性
バン・カルタス(23) 水属性
「それではロイ、ケン、バン、アスター侯爵家の騎士団長はアンリエットですので、わたくしの護衛をする際は彼女の指示に従って行動してくださいね」
「「「それではよろしくお願いします、アンリエット騎士団長!」」」
「うむ。ローレシアお嬢様のため命がけでしっかりと働くように」
「「「ハッ!」」」
その後ロイ、ケン、バンの3人を仲間に加えたローレシアが再びマーカスの屋敷に戻ると、歓迎会が用意されていた。
豪華な料理がテーブルに所狭しと並んでいて、歓迎ムード一色。俺たちを絶対に逃さないという意思が、ひしひしと伝わってくる。
「アスター侯爵、お部屋のご用意もできておりますので、お召し物を着替えられるとよろしいかと」
そして連れられて行かれたのは、この屋敷の最高の貴賓室であり、メイドたちの手によってたちどころに服を着替えさせられたローレシアは、あっという間に晩餐用のドレス姿になっていた。
そして晩餐会が始まると、入れ替わり立ち替わり分家たちの接待を受けながら、自分達がいかに辛い思いをしているかを聞かされた。
彼らの懇願を聞いていて俺もだんだんとわかってきたのだが、アスター家にはマーカスのように小さな領地を治めている分家が全部で6家あり、そのうち4家がここに集まっているようだ。残り2家も遅かれ早かれ同じような立場に追いやられ、本家のローレシアの父親に見捨てられて領地を失うことになるのだと言う。
その本家の領地は分家すべての領地を合わせたものとほぼ同じ面積であり、分家の土地を全て失えば領地は子爵家と同程度になってしまうそうだ。それにこれまで従っていた臣下も次々とアスター家から離れており、まだ残っているのがアンリエットの実家のブライト家のみというありさまだった。
ローレシアは平然とした表情で分家たちの懇願を聞き流しているが、俺に伝わってくる感情はキュベリー公爵に対する怒りと悔しさ、そして何もできない父親への反感と諦めだった。
晩餐会も終わり、ローレシアとアンリエットは貴賓室の方へ移動する。ジャンやロイたちにもそれぞれ客間が与えられたが、この4人は2人一組でローレシアの部屋の扉と、窓の外側を徹夜で見張ることにしたようだ。そしてアンリエットも貴賓室の中で不測の事態に備える。
屋敷のメイドたちに風呂に入れてもらい、ベッドに就くローレシアに、俺は聞いてみた。
(なあローレシア。分家の人達の領地は取り返してあげないのか?)
(それをやったところでお父様があの状態じゃ、私たちがソーサルーラに帰国した後また公爵に取り返されてしまいます)
(・・・まあそうなるか。でもこのままやられっぱなしってのも考え物だよな。国王やアルフレッド王子もいま公爵と対立していることだし、俺たちもここで援護射撃をしてあげた方がいいんじゃないか)
(そうは思うのですが、わたくしたちには戦力がございません。今この領地にいるのはせいぜい50名ほどの騎士であり、それにわたくしたち6人を加えたところで何もできないでしょう。公爵に立ち向かうということは騎士団同士の本物の戦いを意味しています。これまでのような個人同士の戦いとは本質的に異なるのです)
(・・・そうだよな。いくら俺たちの魔力が大きいと言っても所詮は個人。騎士たちが大挙して襲ってきたら数の暴力でひとたまりもないからな)
(ええ。ですので十分な戦力が整わない限りは、国王たちへの援護射撃も何もないのですよ)
(本当にその通りだ。変な事言って悪かったな、おやすみローレシア)
(いいえ、ナツはアスター家の分家の人たちのことを心配してくれたのですよね・・・。それじゃあお休みなさい、ナツ)
次の朝、俺たちはマーカスからの報告で飛び起きた。
「アスター侯爵閣下、ブライト領で戦闘がはじまりました。キュベリー公爵軍がブライト男爵の居城を包囲しています」
それを聞いたアンリエットの顔から、血の気が引いて行くのがわかった。
次回、アンリエットの実家を助けるために・・・
ご期待ください




