第77話 アスター領の惨状
あの歓迎式典から1週間が経った。
ローレシアには王城に広い貴賓室が用意され、そこにアンリエットを侍女にして、2人で滞在していた。
ジャンはローレシアの護衛騎士として、貴賓室の入り口に設けられている護衛騎士用の待機部屋で寝泊まりをし、アルフレッドも同じ部屋へ入ろうとしたが、王家の者が寝泊まりするところではないと周り全員に反対されて、しぶしぶ王城の自室に滞在している。
さてこれまでの1週間は、主にエリオットの処遇を巡る攻防だった。
実母である王妃が第1王子とともに、エリオットの王位継承権の復活と蟄居命令の撤回を国王に要求し、キュベリー公爵も子飼いの貴族たちを集めて同じ内容を国王に陳情していた。
それに対し、国王とアルフレッド、彼の母親である国王側室とその実家のハーネス侯爵家が、それに対抗していた。
ローレシアはソーサルーラの貴族であり、立場上、内政干渉にあたることから、本件に関して公の場で直接口出しすることはなかったが、エリオット王子からの婚約破棄や、歓迎式典でのアルフレッド王子と仲のいい様子から、すべての貴族はローレシアは国王側であるとの暗黙の了解が出来ていた。
それは軍事強国である魔法王国ソーサルーラとその大聖女が国王側についているという意味であった。
その結果として、キュベリー公爵側との間でうまく力が均衡し、押しきられることなく事態は平行線をたどることとなった。
そんなある日、ローレシアは一人の貴族男性との会談を行うことになった。
その男の名はマーカス・アスター、アスター伯爵家分家の一人だ。彼はこの1週間、毎日のように王城に通いつめてはローレシアに面会を求め、断られ続けていた。
だがあまりにもしつこかったため、ついに根負けしたローレシアが王城の応接室で合うことにしたのだ。
アンリエットとジャンの2人を引き連れてローレシアが応接室に入ると、マーカスがソファーから立ち上がるや、ローレシアのもとに駆け寄って足元に跪いた。
「ローレシア! 頼む助けてくれ!」
必死に助けを求めるマーカスにローレシアは、まずは落ち着いてソファーに座るように促した。それでも床に跪いたまま興奮してまくしたてるマーカスの話を聞いてみると、自分の治める領地にキュベリー公爵家の騎士団が演習と称して入り込み、不法行為を働いているらしい。
それで本家のアスター伯爵に救援を求めたところ、すげなく断られた上、逆に公爵に領地を差し出すよう説得されたらしい。
他の分家たちにも同様のことがあり、みんな本家に助けてもらえずに領地を奪われていったそうで、マーカスの領地には家を失った分家たちがたくさん逃げ込んでいるようだ。
本家が全くあてにならない今、必死に支援者を探していたのだが、アスター伯爵家の評判は既に地に落ちていて助けても何のメリットもないため、マーカスを助けようとする貴族家は結局現れず、臣下の貴族家も既に伯爵家から離れていて、見て見ぬふりをするばかりだった。
その中でも臣下として未だ残り続け、最も頼りになるはずのブライト男爵家は、ローレシアの一件で伯爵との間に決定的な溝ができ、特に長年にわたりローレシアに非情な態度をとってきた分家の人間に対しては極めて冷淡な態度をとっていた。
そしてマーカスもいよいよ行き詰って、他の分家たちと同様に領地を明け渡す覚悟を決めた時、まさかのローレシアがソーサルーラから帰国してきたのだ。
藁にもすがる思いで、この一週間王城に通いつめたマーカスは、ついにローレシアとの面会がかなったというわけだ。
マーカスの話を最後まで黙って聞いていたローレシアは、話が終わるとマーカスに一言尋ねた。
「わたくし、この国に戻ってきてからずっと同じような話ばかりを聞かされて、ハッキリ言ってもう飽きたのですが、ひとつだけ伺います。どうしてアスター家から縁を切られたわたくしが、あなたたちを助ける必要があるのですか。あなたたちは、わたくしにこれまで酷い暴言を何度も投げつけてきましたが、あなたたちの中ではそれはもうなかったことになっているのでしょうか」
「それは・・・。な、なかったことにはなってない。ローレシアには酷いことを言った自覚はある。あの時は本当に申し訳なかったし、反省している。だから」
「あなたたち分家の方々は、手のひらを反すのがとてもお上手でしたわね。わたくしの魔力が小さいことが判明した時、エリオット王子の婚約者になった時、そしてその婚約を破棄された時。それはもう見事なまでの手のひら返しでした」
「す、すまなかった! 俺達は本当にどうかしてたんだ。落ち目のアスター家にあって、ローレシアが俺たちの希望だった。だからお前に期待するあまり、魔力の件や婚約破棄の時にはそのあまりの落差に耐えられず、俺は回りの分家たちと一緒になって、お前に暴言をはいてしまった。頼むから許してくれ!」
「どうせ今回も、わたくしがあなたを助けたとたん、キレイに手のひらを反すのでしょうね」
「しない! 絶対にしない。だから頼む、助けて!」
「信用できません」
「・・・頼む、お前に見捨てられたら他に頼れる場所がないんだよ。俺の屋敷には家を失った分家やその家族、それに騎士たちが身を寄せて暮らしている。俺の領地が失われたら、俺の家族だけでなく、転がり込んできているみんなもまた家を失ってしまう」
「では他の分家に助けてもらえばいいじゃないですか」
「もう無理だ。いずれは本家も消滅して俺たちは全員全てを失う。・・・嫌だ! これでは平民どころか流民じゃないか。そんな生活は絶対に嫌なんだよ・・・もう二度とお前には逆らわないから、助けてくれよ。それに領民たちも大変なことになる」
「領民たちが?」
「そうだ。領地を失った分家たちの領民は占領民みたいな扱いを受けて酷い有り様だそうだ。アスター家の領民がキュベリーのやつに虐げられてもいいのか」
(おいローレシア、そろそろ勘弁してやった方がいいんじゃないか。どうせアスター領への視察にも行く予定だったんだし)
(そうですね。見たところかなり反省はしているようですが、彼らに甘い顔をするとろくなことにはならないのです。助けるにしてもアメとムチをしっかり身体に刻み込んであげなければ彼らの為にもなりません)
(アメとムチをしっかり身体に刻みこむ・・・彼らのことは全部ローレシアに任せるけど、ほどほどにな。ガクガクブルブル)
「・・・わたくし、あなたの言葉は全く信用しておりませんが、領民が困っているのであれば見過ごせません。今からあなたの領地を視察いたしますので、転移陣ぐらい用意しているのでしょうね?」
「は、はいっ! もちろん用意してございますっ! ローレシア・・・いえ、アスター侯爵閣下、こちらをお使いください」
ローレシアはマーカスから携帯用の転移陣を受けとると王城の転移室に持って行き、ゲスト用のエリアを借り受けてそれをセットし、マーカスの領地へとジャンプした。
領地へ飛んだローレシアたちはマーカスの案内で、キュベリー公爵に攻められているという市街地を視察した。だが町は先ほどマーカスから聞いた以上に悲惨な状況で、キュベリー騎士団はわざと町に矢が飛び込むような位置で軍事演習をしていたのだ。
そして町の住民には多数の死傷者が出て、火矢によって炎上している建物も少なくなかった。
「酷い・・・同じ王国民なのに、どうしてこんな酷いことができるの」
急いで避難所に入ったローレシアは、怪我をして意識を失っている少年のそばに駆け寄ると、看病をしている母親に尋ねた。
「この子はどうしてこんなことに?」
「町の外から飛んできた火矢で私たちの家が燃えてしまって、逃げる時に倒れてきた柱の下敷きになって、足の骨が折れてひどい火傷も・・・うっうっ」
「わたくしが今から治療を致します。すぐに治りますからもう少しだけ我慢してくださいね。アンリエットとジャンはキュアの魔術具をどこかから借りてきて、他の患者の治療をお願い。マーカス、あなたも少しは魔力があるのでしょう。分家たちも連れてきて、アンリエットとともに、住民の治療をしなさい!」
「お嬢様、お任せください」
「お嬢、承知だ!」
「アスター侯爵・・・私はそのようなことをやったことがなく・・・」
「マーカスこれは命令です。や・り・な・さ・い!」
「はっ、はひっ!」
みんなが魔術具を求めて外に駆け出していった後、ローレシアは避難所全体を包み込むようにキュアの範囲魔法をかけた。とりあえず最低限の応急措置を全員同時に行うためだ。
そしてあとは重傷患者の所を回って一人ずつ丹念にキュアをかけていった。
「おお・・・ありがとうございます。あの、あなたは確か本家のローレシアお嬢様ですよね。そのお姿に見覚えがございます」
「ええその通りです。アスター家が不甲斐ないばかりに領民の皆様にはいらぬご苦労をおかけして申し訳ございませんでした。アスター家に代わってここに謝罪致します。もうこの避難所は大丈夫ですので、わたくしほかの避難所も回ってきます。回復された方は町の消火活動をお願いします」
「分かりました。おいみんな! 本家のローレシアお嬢様が俺達を助けてくれているんだ。アスター家はまだ俺達を見捨ててはいないぞ」
「そうだそうだ。ちゃんと救援が来るのなら、俺たちはまだ頑張れる。みんなで町の火を消しに行くぞ!」
怪我から回復した住民が次々と立ち上がると、みんな避難所から外に飛び出していった。
ローレシアも次の避難所へ向けて走り出した。
次回、反撃開始
ご期待ください




