第73話 揺れるフィメール王国
俺は床に転がされたエリオット王子に向かって、先ほどと同じ問いを投げかけた。
「あのラグをどこで入手したのか、早く言いなさい」
怯えながらも、悔しげな表情で俺を睨み付けるエリオット。
「・・・ローレシア、王族に対してこのような愚弄を働けば、例えキミでも容赦しない。法で裁いて奴隷の身分に落としてやる!」
「法で裁かれるのはあなたの方です。観念なさい」
この状態になっても反抗できるのは、まだコイツの心が折れていない証拠。俺はさらにエリオットを威圧するために胸元を踏みつけると、真上から見下ろして侮蔑の表情を浮かべる。
「無様な姿ですね。これまで好き放題だった王子も、今やただの犯罪者。あなたこそ二度と自由に生きられると思わないことね」
ここで一気に追い込んで、エリオットに自白を強要する。だが、
「ろ、ローレシア・・・これはなかなか!」
突然エリオットが顔を赤くして興奮し始めた。コイツひょっとして人に踏みつけられると喜ぶタイプか。
・・・ド変態には別の攻め方を、
「お嬢様、そこのゴミ虫はお嬢様のスカートの中を覗いています。早くお離れ下さい!」
「まさか!」
アンリエットに言われるまで気がつかなかったが、今日の俺は動きやすいようにアカデミーの制服を着ていたんだった!
俺はチェックのスカートをとっさに押さえて慌てて距離をとると、エリオットが残念そうな顔をした。
くそっ、俺もまだ見せてもらったことのないローレシアの下着を、こんなやつに先に見られてしまった。
一気に追い込むつもりが・・・不覚。
「お嬢! 代わりに俺がこいつを痛め付けてやるよ」
そう言うが早いか、ジャンはエリオットの身体中をくまなく足蹴にしていった。やくざ蹴り?
「ありがとうジャン。でもこの男に気絶されても面倒ですので、それぐらいでいいです。さてエリオット、もう一度聞きます。ラグはどこで入手したのですか」
「あぐっ・・・あのラグは・・・キュベリー公爵が紹介してくれた・・・ぎ、業者が手配したものだ・・・僕はただそれを・・・使用人に言って・・・コレクション・・・ルームに運ばせただけ・・・だ」
「キュベリー公爵! なぜ彼がそのような」
「ローレシアを・・・帰国させるため・・・彼が献策してきたのだ。僕は・・・彼の策に乗っただけ」
「キュベリー公爵の献策・・・」
その時、別荘に帰還したウォーレン伯爵が、騒ぎに気がついて慌てて飛んできた。
「アルフレッド王子、アスター侯爵! これは一体、何が起きたというのですか。あ、あなたはエリオット王子、一体あなたがどうしてここに!」
「ウォーレン伯爵。あなたがいない間に、エール病の調査が大きく進展いたしました。わたくしから経緯をお話しいたします」
俺はウォーレン伯爵に、エリオットから聞き出した今回のエール病騒動に関する一部始終を話した。伯爵はとても信じられないという顔をしていたが、傍で聞いていたエリオットも観念して俺の話に同意すると、伯爵はこの4人を連れて王都に戻るよう進言した。
(ローレシア、ここからどうするのか、キミの判断を聞きたい)
(そうね。まずは状況を整理しましょう)
(エール病については感染源も特定できたし、念のために例のラグにウィザーもかけた。レスフィーア姫や使用人たちも回復したし、もう心配はないだろう)
(当初の目的である要人の治療クエストはこれで完了よね。本当ならこれでソーサルーラに帰還して終了。ですが、)
(エール病を意図して感染させた犯罪であることが発覚し、実行犯が王子で協力者が公爵という、この国の権力者が引き起こした王族殺害未遂事件になった)
(それを突き止めたのがわたくしたちであり、さすがにこの状態で帰国するわけにはいかなくなりました)
(ローレシアとしては、早くソーサルーラに戻りたいとは思うが、)
(わたくしもこんな国から早く出たいのですが、少なくともこのエリオットの処罰だけは最後までちゃんと見届けないといけないと思います)
(じゃあ決まりだ。ここからはもう隠密行動とはいかなくなるが、王都に向けて出発するか)
レスフィーア姫に別れを告げると、俺たちは行きに乗ってきた馬車にエリオットとその護衛騎士たちも簀巻きにしたまま放り込んで、別荘地を出発した。
そしてまた1日半をかけて馬車の旅をし、再び王都に到着したのは、俺たちがフィメール王国に到着してから4日目の夜のことだった。
王城に到着すると、アルフレッド王子とウォーレン伯爵がすぐに国王の寝室に向かい、簡単に事情説明。その後急遽、国王との会談がその寝室近くの部屋にセットされた。
ただ場所が場所だけに、その部屋に入るのは国王以外ではアルフレッド王子、ウォーレン伯爵、ローレシア、そしてエリオット王子の4名だけに限られた。
ちなみに身体の操作はローレシアが行っている。
「アルフレッド、お嬢様のことをよろしく頼む」
「もちろんだよアンリエット。この身に代えて必ず」
エリオットがちゃんと喋れる程度にキュアで治療を施した後、俺たちは国王との会見に臨んだ。
さて、全ての話を聞き終えた国王はひどく落胆し、エリオットに語りかけた。
「そなたがまさかここまで愚か者だとは思わなんだ。腹違いとはいえレスフィーアはそなたの妹だぞ。それをエール病で殺害しようとは」
「父上・・・僕は決して妹を殺害をしようとしたのではありません。ローレシアを帰国させようとしただけなのです」
「それは今ローレシアから聞いた。だがやりかたが酷すぎる」
「だからこれはキュベリー公爵の献策です。彼に相談したら呪いの絨毯を教えてくれて、それを使えば人を重い病気にかける事ができ、ローレシアはそれを助ける親善大使だから、我が国の要人が病気になればきっと帰って来てくれると」
「キュベリーめ・・・だが、なぜレスフィーアをエール病にしたのだ」
「それは、アイツのコレクションルームを使うのが一番やりやすかったからです。レスフィーアなら王族ですが所詮は側室の娘。どうせ政略結婚でしか価値がない女なのだから、せめて僕のために頑張ってもらおうと思ったのですよ」
「バカ野郎! お前はなんと愚かな・・・。聞けば、あの舞踏会の夜、私に何の相談もなく勝手にローレシアとの婚約を破棄したのも、キュベリーの策だそうだな。そなたは本当にバカなことをしたものだ」
「そ、それは・・・」
「もうよい、こんなバカに国王になる資格などない。そなたは廃嫡だ。王位継承権をはく奪し生涯離宮での蟄居を命じる。お前の顔など二度と見たくもないのでもう下がってよいぞ」
「父上っ! 廃嫡などあんまりです。これはあきらかにキュベリーの策謀。罪があるとすればこの僕ではなくあいつだ。そうだ僕にチャンスをください。そうすればキュベリーの罪を見事暴いて見せます」
「いつもキュベリーの手のひらで転がされているような愚か者のお前にそんなことできるわけがなかろう。今回の事も実行したのは全部お前で、ヤツは何一つ証拠を残していないだろう」
「証拠はなくても僕は彼にそう言われたんだ」
「やつは狡猾、お前の証言だけでは罪には問えんな。ローレシアの婚約者だったならまだお前にも価値はあったが、キュベリーの駒でしかないバカにはもう用がない。ウォーレン、コイツを衛兵に引き渡して離宮に閉じ込めろ。誰の面会も絶対に許すな」
「はっ!」
「待ってくれ、父上!」
エリオットを外の衛兵に引き渡したウォーレン伯爵が部屋に戻ってきたところで、話しあいが再開した。国王が、
「さて問題はキュベリーだ。ヤツは我が王妃の実兄であり、第1王子・ジェームズの本妻の父親でもある。完全に王家に入り込んでいて、権力を持っている上に狡猾。ヤツを完全に排除するにはまだまだ準備が足りておらん。それなのにあのエリオットのバカが勝手に暴走しおって、これまでの苦労がすべてが台無しだ全く・・・」
「父上・・・すると、キュベリー公爵を排除するために何か工作をされていたところだったのですか?」
「うむ。お前はずっとソーサルーラに居たので、何も相談ができなかったが、私はお前に王位を譲ろうと考えているのだ」
「王位を僕に・・・では第1王子は」
「ジェームズはエリオットと違いまともな男なのだがやはりキュベリーの言いなりの所があり、あいつに王位を継がせると、この国がキュベリーのものになってしまう危険性がある」
「だからこの僕が・・・」
「だが、お前の母の実家で後ろ楯でもあるハーネス侯爵家単独では、キュベリー公爵家には対抗できない。ジェームズを排除する動きを気取られたらこの私の命も危なくなる。だから密かに動いてジェームズもろともキュベリーを排除するつもりだったのだ」
「そうだったのですか・・・」
「だが明日、エリオットの廃嫡を発表すると同時に、ハーネス侯爵家とキュベリー公爵家を巻き込んだ王族間の権力争いが始まる。キュベリー公爵がどのような動きをしてくるのか全く油断が出来ないので、そなたも万全の警戒をしておいたほうがいい」
「承知しました、父上」
「ということだローレシア・・・いやアスター侯爵。我が国は少々ごたついてしまったが、レスフィーアの治療も終わって、そなたはもうこの国にいる必要もなくなった。よければ明日の朝一番にソーサルーラへ送り届けることにしたいのだが」
国王は疲れ切った顔でローレシアに語りかけるが、ローレシアは国王からアルフレッドへ目線を移し、
「アルフレッド王子、あなたはどうしたいのですか。一緒にソーサルーラへ戻りますか、それとも」
「ローレシア、僕は・・・しばらく、この国に残ろうと思う。今のこの状況で父上と母上を残して国を出るわけには行かないし、妹の命をもてあそんだキュベリーは絶対に許せない。・・・ローレシアのそばを一生離れないと言っておきながら、こんなにも早く騎士の誓いを破るとは。どうか僕のことを軽蔑してくれ」
「いいえアルフレッド。もしこのままわたくしと一緒に帰ると言ったならば、その時はあなたを軽蔑していたでしょう。それにあなたは騎士の誓いを破ることにはなりませんよ。なぜなら、わたくしもしばらくはこの国に留まろうと思うからです。国王陛下、わたくしの在留期間の延長をお願いしてもよろしいでしょうか。できればアルフレッド王子の在留期間と同じぐらいに」
ローレシアがそう告げると、国王は驚くようにローレシアを見つめ、
「いいのかローレシア・・・ここからは王族同士の権力闘争。アルフレッドのそばにいれば、必然的にそなたも巻き込まれることになるが・・・」
「・・・もう十分に巻き込まれております。そもそも今回の騒動はわたくしの婚約破棄と追放から始まったもののように思いますし、エリオットから話を聞くにつけ、このわたくしをコケにしてくれたキュベリーだけは、相応の仕返しをしないと気が収まりません!」
「そうか! ・・・魔法王国ソーサルーラの大聖女、ローレシア・アスター侯爵のご助力があれば、キュベリーに対して悪くない戦いができる。改めてお願いする、この私にそなたの力を貸してほしい」
「はい。微力ながら、お味方させていただきます」
次回、王宮闘争へ
ご期待ください




