第63話 再びフィメール王国へ
翌朝、旅の準備を整えたローレシアはアンリエットとアルフレッド王子を連れて王宮を訪れた。
そして国王に出立の挨拶をした後、ランドルフ王子の案内で転移陣が設置してある部屋へ通された。
「本当は俺もついて行きたかったんだが、一応これでも王族なんで何かと面倒なルールや手順があるんだ。もちろんローレシアに何かあればそんなもの無視して駆け付けるつもりだが、当面は騎士団から騎士を一人つけておく。せいぜいこき使ってやってくれ」
「まあ、騎士団から騎士が。そのお方はどちらに?」
「俺だよローレシア」
「あなたはジャン!」
ランドルフ王子の後ろに控えていた騎士団の中からジャンが歩み出して王子の隣に並んだ。王子がジャンの肩に手を乗せながら、
「大人の騎士と違って、ジャンはアカデミーの同級生だからローレシアも気が楽だろ。でも剣の腕は確かだし魔法だってなかなかのものだ」
「ええ、とても見事なゴーレム馬に乗ってましたね。よろしくお願いいたしますね、ジャン」
「ああよろしく! フィメール王国の滞在中は、俺はローレシアの護衛騎士だ」
するとアンリエットが、
「ジャン、お嬢様の護衛をするなら私の指示に従ってもらおう。私はアスター侯爵家の騎士団長だからな」
「ほう、アンリエットが騎士団長か。わかった、よろしく頼むぜ、騎士団長閣下」
そしてジャンはアンリエットの前で片ひざをつき、騎士の礼をとった。
「ではローレシアたち4人はその魔法陣の上に立っていてくれ。今から転移陣を作動させる」
ランドルフ王子がそういうと、今度は騎士団の後ろから宮廷魔導師団が現れて、転移陣を起動するための呪文詠唱を始めた。詠唱が進むにつれて床の魔法陣が徐々に輝きを増していき、呪文詠唱が完了して転移陣の上に魔力が満ち溢れると、
「ローレシア、気を付けて行って来てくれ。もしもの時は必ず連絡をよこして・・・」
ランドルフ王子の言葉が途中で掻き消える。転移が始まったのだ。周りの景色が歪みだして一瞬異空間を漂ったかと思うと、再び景色がはっきりとしてきた。
先ほどと同じような部屋に騎士が整列しているが、ランドルフ王子達ではなく国境の守備兵部隊だ。
「アスター侯爵閣下に、全員敬礼!」
ザッ!
隊長の号令により、守備兵部隊は全員きれいな敬礼で俺たちを出迎えてくれた。そして彼らの案内で国境門をくぐると、そのままフィメール王国へ入国した。
フィメール王国側で俺たちを待っていたのは、王国の外務卿、ウォーレン伯爵だった。
「アスター侯爵閣下、フィメール王国へようこそお越し下さいました。この度は閣下の寛容なるお心遣いにより、我が国からの要請に応じてのご来訪を賜り、王家に代わってお礼申し上げます」
そういってウォーレン伯爵は恭しく頭を下げた。
「ウォーレン伯爵、お久しぶりです・・・堅苦しい挨拶はそこまでにして普段通り接していただければと」
「アスター侯爵・・・ローレシア様よくぞご無事で。そしてアルフレッド王子、お帰りなさいませ」
「ウォーレン。わざわざ出迎えご苦労であった」
ローレシアによると、このウォーレン伯爵は王国の中でも良識派とされ、明晰な頭脳と教養に富んだ人物で長く外務卿として活躍してきたそうだ。フィメール王国の貴族の中では信頼できる人らしい。
「本日のご予定ですが、ここから一度転移陣で王城に転移しました後、そこから馬車で王族の別荘地に向かいます。姫様は別荘滞在中に病気に感染され、そこでそのまま療養生活を送られているのです」
「承知いたしましたが、あの・・・ウォーレン伯爵、わたくしは親善大使としてこの国にやって参りましたが、やはり王家の皆様にはできるだけ顔を見せたくありません。できれば儀礼的なものは最小限にとどめていただけると助かるのですが」
「承知しております。今回は事情もございますので、アスター侯爵のご来訪は公表しておりません。よって公式の晩餐会や式典なども予定しておらず、秘密裏に行動頂けるように配慮いたしました。失礼かと思いましたが、これでよろしかったでしょうか」
「さすがウォーレン伯爵。そこまでご配慮いただき、文句のつけどころがございません。それではこっそり別荘地に赴くことにいたしましょう」
俺たちは先ほどと同様に、今度はフィメール王国の転移陣を使って王城まで転移した後、王城の裏口から隠れるように馬車で出発し、王都を離れた。
「あまり目立たないように、貴族用ではなく騎士団の馬車を用意いたしました。乗り心地は良くないですが我慢してください」
「大丈夫ですよ伯爵。わたくしたち、フィメール王国からの逃亡の際には、庶民用の乗合馬車に何日も揺られて、しかもその馬車の用心棒までやっていたぐらいです。それに比べればこの馬車は快適ですよ」
「うっ・・・それをおっしゃられますと、なんとも。しかしローレシア様が用心棒ですか・・・」
(ウフフフッ。いつもポーカーフェイスのウォーレン伯爵の顔がひきつってる、可笑しい~)
(ローレシア・・・お前、わざと嫌みを言ったのか)
(だって、このぐらいは言ってもいいでしょ?)
(まあそれはそうだが・・・なんだかんだ言っても、ここはローレシアの生まれ育った国なんだな。昔の知人と再会するとやはり心が和むのか)
(そうね・・・わたくしも意外でしたが)
ウォーレン伯爵との会話が一段落すると、これまで大人しくしていたジャンがローレシアに尋ねた。
「ローレシア、朝から気になっていたのだがその服装はなんだ」
だがローレシアが答えるより先にアンリエットが、
「こらジャン! ローレシアお嬢様を呼び捨てにするんじゃないっ! 貴様はお嬢様の護衛騎士なのだからちゃんと敬称をつけろ、バカ者」
「そんなこと言ったって俺平民だし、騎士団でも一番下っ端だから、そういうのには慣れてねえんだよ」
「平民も下っ端も関係ない。とにかくお嬢様を呼び捨てにするな」
「わ、わかったよ・・・。じゃあ、お嬢」
「お嬢・・・なんか、ならず者の呼び方みたいで気に入らないが、まあ呼び捨てよりはいいだろう」
アンリエットのお許しが出たみたいだ。
「じゃあ改めて、お嬢。その服装は?」
「これは修道服なのですが、病院のスタッフにはこの白衣の修道服を着てもらうことになっているのです。アンリエットもお揃いですし、アルフレッド王子はその男の子バージョンなのですよ」
「ふーん、確かにデザインは修道服だけど色が白いと随分と違って見えるもんだな。それでその頭のベールも必要なのか」
「これは病気をうつされないようにするための防護着です。今は王国の人に顔を見られないように着けているだけですが」
「ふーん、そういうことか」
そして王城を出発して1日半、途中の街で一度宿泊をしつつ、馬車は王族の別荘地へと到着した。
ここは王都から少し離れた高原で、なだらかな山あいを切り開いて作られた広大な別荘地だった。こんなものを持っているなんて、王族はやはりスゲーな。
敷地の門をくぐってもしばらく馬車は走り続け、やがていくつかある建物の一つに到着した。馬車を降りて、俺たちは別荘の応接室に案内され、ローレシアとアルフレッド王子が部屋のソファーに腰をかけた。
「みなさま、この部屋でしばらくお待ちください」
ウォーレン伯爵がいったん部屋を退出するようだ。
(ローレシア、ついにここまで来たわけだけど、そのレスフィーア姫ってこの別荘の中にいるんだよな)
(ここは王族が保有する別荘地の中でも王都から一番近く、王族がよく利用される場所なのですよ。王女が遊びに来るにもちょうどいいのです)
(なるほど。とてもいい別荘だと思うけど、ちょっとおかしくないか)
(おかしい? ナツはこの別荘が気になるのですか)
(はっきりしたことは分からないんだが、どうもこの別荘地を見た時から違和感を感じるんだ)
(違和感・・・ですか)
(ああ。なんとなくだけど何かが引っかかるんだ)
俺がこの別荘に感じる違和感をローレシアに伝えたところで、応接室にウォーレン伯爵が戻ってきた。
だが、伯爵の後に続いて部屋に入ってきた人物を見た瞬間、ローレシアが硬直した。
「フィメール国王・・・陛下」
次回、国王そして妹姫レスフィーアとの対面
ご期待ください




