第58話 初めての対人戦
アンリエットはカトレアをかばいながら孤軍奮闘していた。
相手生徒は6人がかりで順番に間断なく魔法を撃ち込んで来ており、アンリエットは魔法防御シールドでどうにかダメージを抑えながら反撃の機会をうかがっている。
だが、アンリエットの後ろで隠れるように座り込んでいるカトレアは、どうやら足にケガを負ってしまったようだ。
顔をしかめながらそれでも何とか相手生徒に向けて魔法を放とうと、痛みを我慢して呪文詠唱していた。
俺は呪文詠唱しながら二人に駆け寄ると、カトレアに向けてキュアを放った。
魔方陣からの白い癒しのオーラが、カトレアを身体を包み込む。
「大丈夫ですか、カトレア!」
「ローレシア様っ! 助けに来ていただきありがとうございます。おかげで痛みがなくなりました」
「それはよかった。でも話は後にして、まずは敵の攻撃を防戦いたしましょう」
「はいっ!」
敵は6人。
顔も性別もマントの色も認識阻害の魔術具の効果によって全て不明。ただ敵が放ってくる魔法から、火、水、風、雷の4クラスの生徒らしいことは分かった。
アンリエットが魔法を撃ち終わったところで、いったん呪文詠唱をやめさせて状況を確認する。
「アンリエット、敵の正体は?」
「不明です。私たち二人がチェックポイントに向かう途中でいきなり襲われました。そして戦っているうちに正規ルートから外れて、ここに誘導されたのです」
「戦況は?」
「敵6人による波状攻撃を受けた後、カトレアが負傷したためずっと守勢に回ってました。敵が生徒なので殺傷能力の高い魔剣を使用することが出来ず、今日は模擬剣も持参していなかったため、魔法のみで対応しておりました」
「わかりました。剣が使えずアンリエットにとっては厳しい状況の中、カトレアを守りよくぞここまで戦い抜いてくれました。でもここからは、わたくしも参戦いたしますので、これで6対3。敵が誰かは存じませんが、絶対に勝ちましょう」
「「はいっ!」」
さて、状況もわかったし戦闘再開だ。俺は手始めにアンチヒールを放つ。魔力は大量に使うものの、敵の強さや弱点属性がわからない時には、問答無用のこの魔法が便利なのだ。
【光属性魔法・アンチヒール】
6人の上空に出現した魔法陣が、敵生徒たちの身体から体力を奪い始める。ただ体力を奪いすぎると命の危険があるため、最初は威力を弱めて様子を見る。
結果、誰一人倒れる者はいなかったのだが、
【光属性魔法・ヒール】
敵生徒の中にどうやら光クラスの生徒もいたのか、ヒールによって敵の体力がみるみる回復していく。
(・・・まずいな。魔力効率を考えるとアンチヒールとヒールの撃ち合いでは俺たちに分が悪い。別の攻撃方法を取るしかない)
(だったらミラーを使ってみましょう。魔法師同士の戦いならこの魔法が一番いいかもしれません)
(それ初めて使うけど、どうやるんだ?)
(この魔法が発動したら、一定時間だけ敵の魔法が反射できる魔方陣が、右手の前に現れます。敵の魔法をその魔法陣で受けて、鏡のように反射させるのです)
(わかった、やってみよう)
左手をロザリオに触れながら右手を前に突き出し、ローレシアの言う通りに呪文を詠唱する。すると右手の前に魔法陣が出現した。そして魔法名を叫ぶ。
【光属性魔法・ミラー】
魔法陣がブルッと軽く振動すると右手に固定され、右手を動かすと魔方陣も一緒に動くようになった。 ミラーと言うから鏡のようなものが現れるのかと思ったが、ただの魔方陣だったのでちょっと残念だ。
さっそく俺は、敵が放ってきたファイアーを魔法陣で受けてみる。すると火の玉が反射して反対側へと飛んでいった。鏡と同じで入射角に応じた方向に魔法が反射するので、うまく敵に当てられるかもしれない。
面白いなこれ!
俺はミラーで敵の攻撃を反射しながら、さらに別の魔法を準備する。そして、
【闇属性魔法・ドレイン】
俺の放った魔法によって、一人の敵生徒の頭上に魔法陣が出現し、魔力を吸収し始めた。魔力は全部吸い取っても魔力欠乏症になるだけで死なないから、遠慮なくいただくとしよう。
と張り切ってはみたものの、俺は闇魔法が得意ではないため、敵生徒の全魔力を吸い取れるはずもなかったが、慌てて懐のマジックポーションに手を伸ばしていたことから、それなりには効いているようだった。
あのクソ不味いポーションを強制的に飲ませることができて、少くとも嫌がらせにはなっているな。
それよりアンチヒールとは異なり、ドレインで吸い取った魔力が俺に補充されたのが大きい。これで俺はポーションなしで魔力が補給できる。やったぜ。
しかし魔獣との戦闘と異なり、魔法師同士の戦いは使用する魔法もいつもと違うし、駆け引きも複雑だ。ちょっと戦いが楽しくなってきた。
さて、お次はどんな魔法を試そうかなっと。
【水属性魔法・アイスジャベリン】
さっき空の魔獣・サンダーイーグルを見事仕留めたアイスジャベリンだったが、今度はちゃんと発動しなかった。氷の槍が小さすぎて飛ばしても全然ダメージを与えられそうになかったのだ。
(ナツ、ここは砂漠だから大量の水を必要とする魔法は使えませんよ)
(そうだった。水魔法って水を作り出すのではなく、周りの水分を集めてくるんだったな。砂漠には水分なんかないから、氷の槍なんてできるわけがなかった)
すると水属性魔法で有効なのって、敵が使っているブリザードだけか。だが敵は水属性クラスの生徒だから強力な凍結効果が得られてるが、俺は初心者なのでそこまでの威力はだせない。今日の戦いでは水魔法は放棄するか。
そしていくつかの魔法を試行錯誤した結果、やはり光魔法ミラーと闇魔法ドレインを併せて使用する作戦に落ち着いた。ドレインを撃ちつつミラーで敵魔法を反射させるため、実質的に手数が2倍になり、戦力は6対4。さらに戦況を持ち返すことに成功した。
そして戦いは持久戦へと移行して、戦況が完全に膠着状態に陥ってしまった頃、これが遠足の妨害工作の時間稼ぎであることに気づいた。
こんなことをしている場合じゃなかった!
(ローレシア、これじゃ時間ばかりかかって全く埒があかない。なにか一気に片をつける方法はないかな)
(そうですね・・・・光魔法師を特定できれば、先にその生徒を倒した後、アンチヒールを使用するという方法もあるのですが)
(認識阻害がかかったこの状態で、あの6人の中から光魔法師を特定するのが難しいんだよな)
(ヒールを全体魔法として全員同時にかけてるので、魔法陣の位置からは魔法師を特定できないですしね)
(そう考えれば、光魔法師って相手にとってはとても厄介な存在なんだな)
(ええ。今日の魔法師との対人戦で、先に倒すべきは光魔法師だということが身に染みて分かりました)
(しかし、あの6人から光魔法師を特定する方法なんてあるのか・・・あ、わかった)
(お、思い付くのが早いですわね・・・。それでどのようにするのでしょうか)
(ちょっと乱暴だが、ワームホールを使ってみよう)
俺は使用魔法をドレインからワームホールに切り替えて、魔法の詠唱を始めた。そして、
【闇属性魔法・ワームホール】
敵生徒の頭上に魔方陣が展開し、闇の球体が一人の敵生徒を包み込んだ。
そして何処かへとワープさせる。
その場所とは・・・10メートル上空だ。
突如空中に転移したその敵生徒は、重力に引かれて地上へと落ちてきた。
「うわああーーっ!」
高所から落下したその敵生徒は、下が砂漠の砂地のため致命傷を負うことはないが、落下の衝撃で相当のダメージを受けた。
【光属性魔法・キュア】
だが、すぐにキュアが放たれると、その敵生徒はすぐに回復して戦いに復帰する。
「次っ!」
俺はワームホールを先ほどとは別の生徒に向けて放つ。俺が詠唱している間にも、彼ら自身が互いの位置をこまめに入れ換えるが、魔力に飽かせて次々に落下させていくと、キュアを放つタイミングが極端に遅い生徒が見つかった。
「今落下した敵生徒が光魔法師です。みなさまこの方に全ての攻撃を集中させてください!」
そしてアンリエットが火属性魔法を、カトレアが雷属性魔法をその生徒に撃ち込み、俺はドレインにより徹底的に魔力を吸収してやった。
そしてとどめの一発を放った。
【闇属性魔法・ワームホール】
10メートルの高さからその光魔法師を再び落下させると、気絶してそのまま動かなくなった。
「光魔法師は倒しました。これで敵は残り5名です。徹底的に殲滅致しましょう」
俺のその言葉に敵は明らかに狼狽えた様子で、必死に防戦を始めたが、俺には彼らからドレインで吸いとった魔力が山のように余っている。それを使って上空にアンチヒールの魔法陣を出現させた。
【光属性魔法・アンチヒール】
この長い戦いの中で、相手の体力がどの程度あるか把握できた俺は、彼らが死なない程度にコントロールしたアンチヒールを敵上空に発動させた。
そして、最も体力の少ない最初の一人が動かなくなるとアンチヒールを止め、通常攻撃にシフトする。
「全員、総攻撃開始です! 今準備している魔法は、最も弱っている敵生徒から順番に集中させ、一人ずつ確実にトドメを指してくださいませっ!」
長い戦いが終わり、敵生徒6人全て気絶させた俺たちは、彼らの懐から認識阻害の魔術具を奪った。
「男子生徒ばかり6人ですね。この中にカミール・メロアという人はいますか」
「お嬢様。カミール・メロアというと朝の時点で1位だった生徒ですよね・・・。私の知る限り、この中にカミールと思われる人物はいません」
「私もここにカミールはいないと思いますが、なぜ彼を探すのでしょうか」
「3位のジャンから、彼が怪しいとの情報がございました。でもここにいないのであれば、別に結構です。この人たちは連行して先生に引き渡しましょう」
こうして俺たちは、6人の男子生徒たちを引きずって、正規ルートへと戻っていった。
次回、襲撃者の正体
ご期待ください




