第55話 遠足1日目終了
山林のなだらかな下り坂を、木を避けながら走り抜ける俺とアンリエット。やがて木も疎らになり、いつしか山林を抜けて草原に入った。
「中心エリアに近づいてきましたね。ここからは①平原のチェックポイントまではずっと平坦な草原です。さらにスピードを上げていきましょう」
「スピードを上げると言っても、どうやるんだナツ」
「アンリエットは、短距離走と長距離走の2つの走り方の違いは分かりますよね」
「ああ、短距離走はスピードは出るがすぐに息が切れて長くは走れない。長距離走は長く走れるがスピードは控えめだ。ちなみに今は長距離走の走り方で山林を抜けて来た」
「そのとおりです。でもここからは短距離走と長距離走の中間で走ります」
「そんなことをしたら、すぐにバテてしまうぞ」
「大丈夫です。少し難しい話になりますが聞いてください。短距離走は無酸素運動が主で、グリコーゲン等を燃料にします。長距離走は有酸素運動が主で、脂肪等を燃料にします。一方、光魔法ヒールはこのどちらの走法にも一定の疲労回復効果があることから、グリコーゲンと脂肪という全く異なる両方の物質を魔力によって体内で合成しているものと考えられます。これを逆に考えれば、ヒールの効果を最大限に利用するには、この両方の物質を同時に消費できる中間の走法で走る必要があります」
「言葉の意味は全くわからないが、続きを頼む」
「はい。ただしそれは人間本来の筋肉の使い方ではないため、筋肉の激しい消耗や損傷を伴います。だから継続的にキュアをかけて筋回復させるとともに、失われた水分を補給するために、水魔法ウォーターで水を発生させて飲みます。その際失われたミネラルは持参した岩塩をその水に溶かして同時に補給致します」
「最後まで聞いても、結局ナツが何を言っているのか全く分からなかった。だが、なんか行けそうなことは伝わった。よし、それでいこう」
「承知いたしました。アンリエットはわたくしと走力が同じレベルですので、わたくしがペース配分をいたします。すぐ後ろをついて来てくださいね。では参りましょうっ!」
「うわっ! は、速い!」
大人になった身体で全身を躍動させ、俺たちは速度を一気に上げて草原の中を疾走した。最近気がついたことだが、光魔法ヒールとキュアを同時に展開すると身体の細胞が活性化してブースト効果も得られる。
「アンリエット、もっとわたくしに近づいて走りなさい。そんなに離れていては十分なブースト効果が得られませんよ」
「わ、わかったよナツ」
緑の草原を一直線に高速移動する俺たちを、アカデミーの生徒たちは呆然と見送った。
「誰なんだ、あんなメチャクチャなスピードで走ってるやつらは。あんな全力疾走、チェックポイントまでもつわけがない」
「チラッとしか見えなかったが、今のはローレシア様で間違いない。後ろの大人は誰かわからなかったが、制服姿がちょっとエロいな」
「あの子ローレシア様だったのか。光魔法が連続発動していたように見えたが・・・ローレシア様は聖女だから闇属性クラスでも光魔法が使えるんだったな」
「回復しながら全力疾走してるのか。ズルくね?」
「いや、回復してるにしても、あの速度は女子の走るスピードじゃねえ。というか、人間の走るスピードですらねえよ」
「化け物かよ、あの2人は」
これまでの最高速度を叩き出して①平原のチェックポイントに到達した俺たちは、先生にスタンプをもらった後、遠足1日目の終了時間が近付いていることを告げられた。
「全生徒は夕方までに、遠足1日目を終了させてアカデミーに戻る必要があります。戻らなかった生徒は遭難者として捜索しないといけないですからね。それであなたたちは少し早いけど中心エリアに戻って、本日の遠足を終了してほしいのだけど」
「それはわかりますが、わたくしの次のチェックポイントは②ジャングルです。中心エリアへ戻らずに直接向かいたいのですがダメでしょうか」
「今からですか? そうですね、ここからジャングルエリアへ向かう途中の魔獣はとても強いので、夕方までには②にたどり着けない可能性があります。時間をオーバーするとあなたを強制終了させて、2日目は直近のチェックポイントであるこの①からのスタートになります。だからおすすめはラップタイムをこの①で記録して今日は中心エリアからアカデミーに戻り、2日目はこの①からのスタートということにすればいいですよ」
「わかりました。それであればわざわざリスクを冒して②を目指す必要はございませんね」
「はい。勝敗はラップタイムの累計で競いますので、遠足期間内であればいつゴールしてもいいのですよ。無理せず自分のペースで挑戦してくださいね」
「承知いたしました。それではわたくしは、①平原で本日の遠足を終了いたします。アンリエット、あなたはどうしますか」
「私もここでラップタイムを刻もうと思いますが」
「そうですか。確かに次の目的地は③山頂ですので、ショートカットを選択する意味は一応ございますが、あまり距離が縮まらない上におそらく途中に断崖絶壁がある可能性がございます。わたくしなんか、それでお尻をひどく打ちましたので、専用の装備がなければあんなところもうこりごりです」
「なるほど、それでは私はショートカットを狙わず、中心エリアでラップタイムを刻んで2日目をスタートいたします」
「それがいいと存じます。ではアンリエット、今から中心エリアに全速力で戻りましょう」
「そうしていただけると助かります、お嬢様」
俺とアンリエットは早めに遠足を切り上げると、魔導ゲート広場で王子やエミリー、カトレアが戻ってくるのを待った。夕方に近づくにつれて、ばらばらとアカデミーに戻ってくる生徒の中に王子たちの姿を見つけると、みんな揃ってアスター邸へと帰宅した。
そして夕食後に俺は5階の自室に全員を集め、今日の結果と明日の作戦を確認した。
「アルフレッドは3か所目⑥砂漠のチェックポイントで終了したのですね。進捗度合いはわたくしと同じ」
「ただラップタイムはローレシアよりも遅い時刻になっているがな」
「明日のスタートは⑥→①へのショートカットを狙うということですね」
「ただ今日の⑤→⑥でわかったことだが、砂漠エリアは巨大な虫タイプの魔獣が出る。ショートカットする際は、みんな気をつけるんだぞ」
「エミリーとカトレアはそれぞれ2か所目のチェックポイントで終了ですね」
「はい、ローレシア様。2日目はここからショートカットを狙って行こうと思います」
「エミリーは④→⑤なのでわたくしからアドバイスはできませんが、カトレアは②→③なのですよね。ここはおそらく断崖絶壁があるはずなので、もし明日挑戦するなら登山グッズを用意した方がいいでしょうね。ロッククライミング状態になる可能性がございます」
「そうなのですか! 事前に教えていただきありがとうございました」
「いいえ。それからみなさまを待っている間に先生から教えていただいたことなのですが、命が危険になりそうなときは、緊急救助の魔法が発動して助けていただけるのだそうです。ただしその代わりラップタイムに大幅なペナルティーが課せられるようです。みなさま注意してくださいね」
「はい!」
今夜はエミリーとカトレアをこのまま俺の部屋に泊め、王子だけ自室に帰っていく。俺は王子を部屋のドアまで見送りに行った。
「ナツ、今日は本当にありがとう。お陰でケガをせずにすんだよ」
「お礼など不要です。明日の遠足では王子と会うことはないと存じますが、闇クラスが罰ゲームを受けないようにお互い全力を尽くしましょうね」
「そうだな、ナツが罰ゲームを受けるのは僕としても何とか阻止したい。・・・それじゃあ、おやすみ」
「ええ、王子もおやすみなさい。明日の遠足も頑張りましょう」
王子が去っていくのを見送りながら俺は思った。
(王子とは、こんな風に友人としての会話がちゃんとできているし今の王子の態度も普通だった。山頂での出来事はやっぱり気のせいだったんだよ)
(ナツがそれでいいのなら構いませんが、ナツは男の人を好きになった方が幸せではないかと、わたくしは思います)
(ま、まさか、ローレシアはそういう趣味の人!?)
(ち、違いますっ! わたくしはただ、いずれ殿方と婚姻を結ばなければならないため、ナツにとってはその方が苦痛が少ないと思っただけでございます)
(そうだった・・・。なるべく考えないようにしていたが、いつかはやってくる男同士の結婚生活! そのことを考えれば、いっそそっちの世界の住人になった方が・・・い、嫌だ! ガクガクブルブル)
(ナツもわたくしも、覚悟を決めるにはまだまだ時間が必要ですね。でもわたくしたちは二人で一人。力をあわせて二人で困難を乗り越えていきましょうね)
(男同士の結婚生活なんて本当に乗り越えられるのか疑問だけど、なぜかローレシアとなら何だって乗り越えて行けそうな気がするから不思議だ。でもその時の俺って一体どうなっているんだ?)
次回、遠足2日目はより白熱した戦いへ




