第49話 国王との謁見
ローレシアが侯爵になって一週間が経ち、新生活がようやく立ち上がったころ、国王陛下からの招請により正式に謁見を賜ることとなった。
身体の操作をローレシアと交代し、アンリエットとアルフレッド王子の2人を従えて王宮を訪れ、ランドルフ王子と会談した応接室に通されてしばらく待つ。そしていつもの騎士団隊長が現れ、国王の待つ謁見の間へと案内された。
謁見の間に通されると、2つ並んだ玉座の奥の扉が開いて、王家の方々が謁見の間に入ってきた。そしてランドルフ王子ともう一人王子が玉座の両脇に立ち、国王と王妃がそれぞれ玉座に腰をかける。
ローレシアが両陛下の前に歩み寄ると、スカートをつまんで床に片膝をつき、長い挨拶を述べ始める。
だが、国王がそれを制止すると、
「アスター侯爵、本日は呼び立ててすまなかったな。堅苦しい挨拶は抜きにして、今日はそなたとじっくり話し合いたいのだ。ささやかではあるが昼食を用意しているので、それを食しながら今後のことについて話をしよう」
「大変勿体ないお言葉、承知いたしました」
王宮の庭園を望むバルコニーに用意されたテーブルには、王族4人とローレシア、アルフレッド王子の計6名が座り、アンリエットはローレシアの後ろで侍女として控える。そうして始まった昼食会で国王は改めて、これまでのいきさつをローレシアに尋ねた。
ローレシアはフィメール王国から逃亡するに至った経緯、クールンでの冒険者生活やエール病制圧に至るまでのソーサルーラでの日々、そして侯爵家立上げの状況について語った。
国王はそれを静かに、王妃はハラハラとしながら、2人の王子は実に興味深そうに、ローレシアの話を聞いていた。そして話が一段落した所で、話題はローレシアの今後へと移った。
「さてアスター侯爵。この国は都市国家ゆえ、多くの貴族は広大な領地を支配しているわけではない。では彼らはどのように富を産んでいるのかわかるか」
「わたくしの聞くところでは、各貴族家は様々な事業を興していると」
「その通り。貿易や金融、小売業など他国では商人が行うような実業を我が国では貴族が担っている。また他国の領地貴族が母国から籍を抜いて我が国に臣従しているケースもある」
「そんな貴族もいるのですか」
「我が国は魔法王国ゆえ、近隣諸国よりも多少軍事力があり、その庇護下に入りたいと考える貴族は少なくないのだ」
「そうでしたか」
「ところでアスター侯爵。我が国の貴族となったからには、王国に税を納める必要がある。そなたはどのようにして富を産むつもりだ」
「わたくしは事業を行った経験がございませんので、今すぐには答えを持ち合わせておりませんが、当面は医療を行いたいと存じます」
「今建設中の病院だな」
「はい。わたくしが治せる病はごく一部ではございますが、ある種の疾病は確実に治すことができると考えています。これを住民に提供することでソーサルーラ王国全体に富をもたらせればと考えています」
「あいわかった。そなたの価値はまさにそこにあり、今回侯爵位を授けた理由でもある。今後は貧民だけでなく富裕層や近隣諸国の患者も診てもらうことになるので、しっかりと取り組んでほしい」
「承知いたしました」
「また近隣諸国へ治療に赴く際には、親善大使という形で外交も担ってもらうことになる。つまり我が王国の顔ということだな」
「そのような大役をこのわたくしが」
「エール病を制圧した麗しの大聖女なのだから当然のこと。そなた程我が国のイメージアップに繋がる人材は他にいない。期待しておるぞ」
「かしこまりました」
「それから話は変わるが、アスター侯爵」
国王が真面目な顔をしてローレシアを見る。
「なんでごさいましょうか、国王陛下」
「そなたはまだ学生だが、いずれはアスター侯爵家を繁栄させることも考えないといけない。率直に言えば、伴侶を持つ当てはあるのか」
「・・・そのことについてですが、侯爵位を賜ったからにはいずれは婚姻を結び、家門を繁栄させる義務があることは理解しております。ただ急な話でございましたので、相手については全くの白紙にごさいます」
「ふむ・・・そこのアルフレッド王子とは、婚姻の約束はしておらぬのか」
「・・・王子からは以前に求婚されましたが、その時は逃亡中の身であり、王子の将来を考えてお断りさせていただきました」
するとアルフレッド王子が椅子から立ち上がり、
「ローレシア、僕ならいつでも君との結婚を」
「王子! 今の立場だとなおのこと、王子との婚姻は難しく思っております。わたくしはこのソーサルーラで侯爵の地位を賜りましたので、王子との婚姻となるとフィメール王家と正式に関係を結び直さなければなりません。ですがわたくしは、フィメール王家とはもう関わり合いたくないのです」
「ローレシア! だから僕は王族を抜けると」
「今となっては、フィメール王家がもうそれを許さないでしょう。アルフレッド王子・・・申し訳ありませんが、わたくしとの結婚はどうか諦めてください」
「そんな・・・くっ!」
「2人の事情はよくわかった。実はここにいるランドルフだが、こいつは次男で王位はこの長男が継ぐため今は騎士団長などをしておる。ちなみにまだ婚約者が決まっていない。侯爵さえよければこいつの嫁として我が王家に入り、その子供に侯爵家を継がせるという方法もあるが、どうだ」
「大変勿体ないお言葉にございます。ただまだこの国に来たばかりで社交界にもデビューしておりません。結論を出すには少しお時間をいただきとう存じます」
「それは当然のことだ。全く結論を急ぐものではないので、じっくりと考えてほしい」
「かしこまりました」
「ローレシア・・・」
悲痛な表情をするアルフレッド王子を、ランドルフ王子は心配そうに見つめていた。
「ところでこれは外交ルートを通じて正式に要請があったことなのだが、フィメール王国からそなたの身柄を直ちに引き渡すよう要求があった」
「身柄の引渡し!」
「そうだ。フィメール王国の第3王子エリオットからの要請だが、彼が言うにはそなたはまだ自分の婚約者であるらしく、不幸な行き違いから行方知れずになっていたそなたを捜索していたところ、我が王国が保護していたと聞いたので、直ちに自分の元に返してほしいのだそうだ」
「お断りください。先ほども申し上げましたように、フィメール王国とは、一切の縁を切りとう存じます。ましてエリオットの顔など二度と見たくありません」
「もちろん、エリオット王子にはすぐ断りを入れた。そなたは我が王国の貴族なのだからな」
「ありがとう存じます」
「それと同じような話がキュベリー公爵とアスター侯爵・・・・そなたのお父上からも来ていたが、全てお断りした」
「キュベリー公爵とお父様がなぜ?」
「さあな。どうせそなたの強大な魔力が惜しくなったのだろう。浅ましい話だ」
「何を今さら・・・」
「さて、そなたのお父上なのだが、どうやら侯爵位を剥奪され伯爵に降格されるとの情報も入っている」
「お父様が降格・・・伯爵になるのですか!?」
「今回の件でフィメール国王は大層ご立腹のようで、そなたを放逐したアスター侯爵が全責任を負わされることになるらしい。侯爵家の領地の一部は既にキュベリー公爵家のものとなり、多くの分家はアスター家から離反していったそうだ。このままで行けばおそらく数年と待たずに伯爵位すら保てなくなるだろう。魔導の名門として近隣諸国に名が知れたアスター侯爵家も地に落ちたものだ」
「アスター家がそんなことに・・・」
「父上のことが、やはり心配か?」
「いいえ、わたくしは今のアスター家、つまり自分の家族や分家の者達には、一切の同情はいたしません。自業自得です。ただご先祖様から受け継いだこの血筋には名誉を感じているのです。彼らの力不足が本当に嘆かわしい」
「なるほど、そうであったか。だが今やこちらのアスター家こそが本家であり、そなたは魔導の名門を標榜するにふさわしい当主なのだ。アスター家の繁栄はそなた自身が担えばよい」
「そうでした・・・彼らのことはもう忘れます」
「それからキュベリー公爵についてだが、ヤツはどうも怪しい。我々も探りきれなかったが、その修道院に送られたという暗殺者もキュベリー家の手の者である可能性が高い。我々も警備を厳重にするが、そなた自身も気を付けよ」
「はい。わたくしは自らを鍛えるべく魔法アカデミーと冒険者ギルドでの訓練を毎日欠かさず行ってます。もう昔のローレシアではございません」
「頼もしいな。さすがは全属性持ちの勇者だ」
「いつ彼らが仕掛けてきても対応できるように、万全の準備を行います。それに来月はアカデミーの遠足がございます。そこで、これまで磨いてきた魔法の腕を試してみとう存じます」
「アカデミーの遠足か! ならば存分に暴れてくるがいいアスター侯爵」
王宮からの帰り道、アルフレッド王子はずっと元気がなかった。さすがのアンリエットも王子を慰めようといろいろ話しかけては見たものの、王子は生返事を繰り返すばかりだった。
それを見かねたローレシアが、
「アルフレッド王子、先程の件ですが、」
「・・・・ローレシアが我が王国を憎んでいることは承知していたつもりだったが、あそこまでハッキリと言われるとさすがに傷つくな」
「別に王子が悪いわけではないので、もう元気を出してください。ただ貴族の婚姻は家同士が行うものなので、わたくしがフィメール王家と一切の関わり合いを持ちたくないから王子との結婚ができないだけです。友人としては末長くお付き合いさせていただきたく」
「友人としてか・・・・君が誰のものにもならないのならそれもいいかも知れないが、君はいずれ結婚して誰かの子を産む。それが僕でないのが悔しいんだ」
「アルフレッド王子・・・」
「ランドルフ王子はいいヤツだが、君を渡すわけには行かない。僕は君のためならこの身分などいつでも捨てられる。だから僕とのことも前向きに考えてくれ」
「・・・王子のお考えは承りました。幸いわたくしたちにはまだ時間がございます。国王も仰られたようにこの件はじっくり時間をかけて考えましょう」
次回は遠足です
ご期待ください




