第48話 ギャラリーのオッサン対策
アカデミーから帰宅して夕食をとると今度は魔剣士の装備に着替えて、3人で冒険者ギルドへと向かう。昨夜から始まった騎士団の訓練で、身体の操作は俺に交代する。
そして昨日と同じようにギルド裏の闘技場を借り、訓練前半は聖属性魔法・グロウをかけての模擬戦を行うのだが、またギャラリーのオッサンたちがイヤらしい目つきでアンリエットを見ていた。
やはりアンリエットには注意しておいた方がいい。
「アンリエット。グロウをかけた時のあなたのその姿は、殿方には少し刺激が強すぎると思うのですが」
「そうか? ・・・うーん確かに、胸が大きくて邪魔だな」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あのー、アンリエット。言う事はそれだけですか」
「それだけだが・・・」
「恥ずかしいとか、もうエッチとか、そう言った感情は起こらないのでしょうか」
「ないな。まあ強いて言えば、ナツやお嬢様のようなそのスタイルがうらやましいとは思うが」
「え、この身体がうらやましい!? ど、ど、どうしてでしょうか」
「剣士向きの精悍な身体だからだ。胸が邪魔にならず剣が自由に動かせるし、最強を目指すにまさに理想的な身体だ。それに引き換え私の身体はどうしてこう、だらしないのだろうか」
「ええええっ!」
アンリエットの意外な言葉に俺は衝撃を受けたが、アンリエットは逆に落ち込んでしまった。
「何を言っているのですかアンリエット。わたくしはあなたがとてもうらやましいのです。そのような女性らしい素敵な身体を、悲観する必要はございません」
(ナツ。どうせわたくしのこの身体は女性らしくありませんから。悪うございましたね、フン!)
(ローレシア、今はアンリエットと話しているんだ。ローレシアがそこで拗ねると話がややこしくなるから少し黙っていてくれ)
(どうせわたくしの胸は小さくて、剣士向きでございます・・・ブツブツ)
(め、めんどくさい)
「ナツはこのだらしない身体がうらやましいのか?」
「だらしないなんてとんでもない! アンリエットはとても魅力的な美しい女性だと存じます」
「美しい?! そ、そうか・・・・少なくともナツは私のことをそう思ってくれているんだな」
「はい、もちろんです。ですので服装をもう少し大人しめのものに」
「この私が美しいのか・・・ナツにそう言われると、やる気が出てくるな。よし、ナツとアルフレッド! 二人まとめて相手をしてやるから、かかってこい!」
「あの~アンリエットさん? わたくしの話をちゃんと聞いてますか」
「ナツ。かかってこないなら、私の方から行くぞ! うぉりゃーっ!」
「うわあっ、アンリエットっ!」
ダメだ、アンリエットが全く話を聞いてくれない。無駄に元気になったから、余計に胸が大きく揺れて、ギャラリーのオッサンたちが大喜びじゃないか。
訓練が終わってアスター邸への帰り道、上機嫌で前を歩くアンリエットの少し後ろを、俺とアルフレッド王子が付いていく。その途中、王子が俺にこっそりと耳打ちをする。
「ナツ・・・アンリエットのあの服装、なんとかならないのか。僕も男だから、あの大きな胸が気になって訓練に身が入らないんだが」
「わたくしも同感です。あの服装での訓練はさすがにマズいと思い、先ほどもアンリエットに何とかわからせようと試みたのですが、ご覧のとおりあの子は全く聞く耳を持ちませんでした。本当に困りましたね」
「ナツもあの胸が気になるのか。アンリエットの胸は女性すらも惑わしてしまうんだ。すごいな」
「・・・・・」
(ナツ、一応言っておきますが、アルフレッド王子もアンリエットも、あなたを女の子だと思っています)
(それは何となく気がついていた。俺は異世界から来たことを2人に話したが、それ以上の踏み込んだことは何も言ってないからな)
(それにわたくしと違って王子とアンリエットには、ナツの言葉遣いがわたくしと全く同じになってしまっているので、普通に会話をしているだけでは、ナツが男の子だとは絶対に思わないでしょうから)
(だよな。だがこのまま黙っていてもいいのか?)
(いずれ話すべき時が来るとは存じますが、それは今ではございません)
(そうだな・・・わかった)
「どうかしたかナツ。急に黙り込んでしまって」
「いいえ、何でもございません。アンリエットの服装のことでしたね。彼女には胸をしっかりと固定するような胸当てを購入します。剣をふるうたびにあんなに揺れていたら、ギャラリーのオジサマたちを喜ばせるだけでございますので」
「頼む、そうしてやってくれ。・・・しかしナツとは気が合うな。なんかこうして話していると、ナツには失礼だが男友達のような錯覚を感じてしまう」
「さ、左様でございますかっ! わ、わたくしも王子とは同性の友人と話しているような気分でしたので、き、奇遇ですね・・・」
「ナツと同性・・・僕はそんなに女性的だろうか」
「そ、そ、そういう意味ではございません。男女間のそういった恋愛感情とは異なる、友情のようなものを感じると申し上げたかっただけです(アセアセ)」
「男女の友情という意味か・・・ホッ」
なんとか王子を誤魔化せたが、ローレシアは何かがツボに入ったのか、さっきからずっと爆笑している。もうローレシアのことは放っておいてアンリエットの服装を早くなんとかしなければ。
翌日マリエットの研究室での魔法の訓練を終えると屋敷へは戻らずに、そのまま武器屋街へと向かった。女騎士用の胸当てを購入するためだ。なるべく軽量で伸縮性に富んだものが良さそうだったので、多少値は張ったが特殊な革素材でできた胸当てを見つけることができた。
「アンリエット、今日からこれをつけて訓練をいたしましょうね」
「ナツ・・・私なんかのためにこんな高価な物を購入させてすまないな。しかしなぜそこまで気にかけてくれるのだ」
「ギルド裏の闘技場には、酒に酔ったオジサマたちがたくさんいて、アンリエットの身体を好奇の目で見ておりました。わたくしはそれが耐えられないのです」
「あのオヤジどもの目を・・・」
「だから今日からそれをつけて訓練いたしましょう」
「ナツ・・・」
「それと上半身のシャツが胸の大きさを強調してしまっているので、少し大きめに手直ししてもらいに行きますよ」
「何から何まですまない。ナツ・・・ありがとう」
「どういたしまして」
そして仕立て屋に向かおうとする俺の手を、アンリエットがそっと掴んだ。
「どうしたのですか、アンリエット?」
「・・・いや、何でもない。ただ少し手を握りたかっただけだ」
「フフフッ。そういえばクールンの街でショッピングした時にも手をつなぎましたね」
「そういえばそうだったな。・・・でもあの時とは、少し違うけど」
慌てて引っ込めようとするアンリエットの手を俺は掴み、そのまま手をつないで仕立て屋へと向かった。隣を見るとアンリエットの耳が少し赤くなっていた。
次回、ソーサルーラ国王への謁見です




