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第46話 新居での最初の夜

 冒険者ギルドでのトレーニングを終えた俺たちは、夜遅くアスター邸に戻ってきた。玄関扉を開けた広い屋敷の中は、廊下に設置された燭台のロウソクの炎でうっすらと灯されているだけで、とても薄暗い。俺はライトニングを唱えて明かりを灯し、夜の屋敷を5階の自室へと向かった。


 1階大ホールの大階段から2階ピロティへ、その奥の階段から3階に上がると、廊下北側から時計回りに周回しつつ、さらに南階段から4階へ上がっていく。


 やたらと屋敷の中をぐるぐると移動しないと上へ行けないのは、きっと刺客などから当主を守るための構造なんだろうな。


 そしてやっとのことで5階北側廊下にたどりつき、そこで王子とは別れる。俺とアンリエットは、さらに廊下を時計回りに進み、王子とは反対側の南の部屋へと入っていく。ここが今日からアンリエットと2人で住む場所だ。




 だが、


「おかえりなさいませ、ローレシア様」


 2人の侍女が部屋の中で出迎えてくれた。同じ年齢のカトレアと真ん中の義妹ニアだ。


「2人ともどうしたのですか」


「はい、侍女長からの命令で、今日から2人ずつ当番でローレシア様のお部屋に住み込んで、お世話をさせていただくことになりました」


「え、住み込むって?」


「ローレシア様のお部屋には、侍女用の小部屋が3つございます。そのうちの一つはアンリエット様が使用されるので、残り2つを毎日2人の侍女が交代で使用いたします」


「そこまでしなくても、アンリエットがいれば大丈夫ですよ」


「・・・私たちもローレシア様のお世話がしたいのですが、やはりダメでしょうか」


 2人がしょんぼりと俺の方を見ている。これ以上は俺には断れない。


「わ、わかりました。それではお2人は、そこの部屋をご自由にお使いください。それからアンリエット、汗をかきましたのでお風呂に入りましょう」


「はい、ローレシアお嬢様」


「お待ちください、ローレシア様。今日のお風呂当番は私、カトレアが行いますので、アンリエット様はゆっくりとおくつろぎください」


「え、当番が決まっているのですか?」


「はい、侍女長を除く14名で2つの当番が順に回ってきます。毎晩その2名がこの部屋を使わせて頂くのです」


「そうなのですか。それでカトレアがお風呂当番なら、ニアは何の当番なのですか」


「はいローレシアお義姉様、わたくしはお花摘当番でございます!」


「お、お、お花摘当番!?」


「わたくし高貴な方々のお花摘に憧れておりまして、せっかく貴族になれたので、頑張ってお義姉様のお世話をいたしますっ!」


「あの、お花摘の意味をわかっていますか、ニア?」


「はい、アレをアーしてゴニョするのですよね」


「・・・そ、その通りです」




(ローレシア、俺はもう限界だ! 身体の操作を代わってくれよ。ニアにそんなことされたら罪悪感で押し潰される)


(あらナツ。アンリエットにいつもお願いしていることなのに、どうしてニアはダメなのですか)


(アンリエットも本当はダメだけど、もう何ヵ月もされていたからいつのまにか慣れてしまった。ていうかローレシアもいい加減に自分でしろよ)


(逃亡時はその方向で頑張ったのですが、また身分が高位貴族に戻ってしまったので、もういいかなと)


(でもさすがにこのいたいけな少女にそんなことさせられないよ)


(ナツ・・・大人しくニアにお世話されなさい)


(・・・だが、しかし)


(ナツはわたくしと共に高位貴族として生きていくのでしょう。これは貴族社会の慣習なのだから、ナツにも慣れて頂かなくてはなりません。それともこの程度の覚悟も決められないと言うのでしょうか?)


(高位貴族としての覚悟だとっ! ・・・くっ!)


(・・・くすっ。ごめんなさい、少しナツをからかいすぎました。しばらくはわたくしが代わって差し上げますので、少しずつでいいのでこの生活にも慣れていって下さいね)


(はい・・・わかりました)



 【チェンジ!】





 カトレアがお風呂の準備を始めたが、その様子を寂しそうに見ているアンリエットに、ローレシアは優しく語りかけた。


「そのような顔をしないでください、アンリエット」


「ローレシアお嬢様・・・」


「逃亡生活の間、本当にご苦労様でした。これからのあなたは騎士団長としての職務に専念して頂いてよろしいのですよ」


「・・・お嬢様のお世話をするのは、これまで苦労だと思ったことはなく、むしろお嬢様を独占できる喜びの方が多かったのです。ただお嬢様の地位を考えると、このように侍女たちに囲まれて生活されるのが本来の姿であり、私のわがままを通すのは筋違い」


「アンリエット・・・」


「だから私は騎士としての努めに専念します」


「ありがとう。ただわたくしたち2人だけになった時は、またアンリエットにお願いしますね」


「はいっ!」


「それから、今日はわたくしのベッドで一緒に寝ましょう。アンリエットともっとお話がしたいので」


「よ、喜んでっ!」





 就寝の時間になり、カトレアとニアはそれぞれの部屋へと戻っていき、アンリエットだけが残った。アンリエットはローレシアとお揃いのネグリジェを着て、広いベッドに2人で入っていった。


 いろんなことがあった新居初日が終わり、明日から魔法アカデミーに復帰する。


「アンリエットとはいつも一緒の部屋で寝ていましたが、こうして同じベッドに入るのは久しぶりですね」


「はい、子供の頃以来です」


「今夜はまだ眠くないのでたくさんお話しましょう」


 それから2人は、夜遅くまでずっと話続けていた。






「ねえ、アンリエット。ナツが眠ってしまったので、わたくしも間もなく眠りにつくと思います。ただその前に一つだけ聞いてもいいかしら」


「はい、なんでしょうか」


「アンリエット、あなたナツのことが好きよね」


「お嬢様! ・・・何をいきなり」


「隠さなくてもいいのです。アンリエットとは物心ついたころからの幼馴染みだし、あなたのナツに対する態度はわたくしにも全て見えているので、それぐらいの察しはつきます」


「・・・お嬢様に隠し事はできませんね。はい・・・私はナツのことが気になっています。この逃亡生活の中で私は徐々にナツに惹かれていきました」


「そう・・・」


「ただ、どうして同じ女の子であるナツにこんなにも惹かれるのか、自分がおかしくなってしまったのではないのか、とても怖いのです」


「・・・アンリエット」


「私はお嬢様をお慕い申し上げておりますが、それは敬愛の感情でございます。でもナツに対してはそれとは別の気持ちを抱いてしまったのです。女同士でこのようなことを考える自分は間違っていると、何度も自分を否定して見たり、態度には絶対に出さないように細心の注意を払っていたのですが・・・お嬢様には全てお見通しなのですね」


「・・・アンリエット、そこまでナツのことを」


「はい。あのエール病患者への真摯な態度、雑草処理の魔法を治療法に利用してしまう頭のよさ、別の世界の知識を使ったのだとしても誰もができることではない、人として尊敬すべきものです」


「そうね、わたくしもそう思います」


「それにナツは剣の訓練をとても真剣に取り組むのです。私の指示をキチンと守り、教えた技術はどんどん吸収していくので、ナツに夢中で教えているうちに、2人で訓練をする時間がいつの間にかとても楽しみになってしまって・・・」


「そう・・・アンリエットは本当にナツが好きなのですね」


「お嬢様お願いです。今の話は決してナツには言わないで下さい。何とか自分でこの気持ちに決着をつけ、ナツとは同性の友人として、キチンと接することができるようにいたします」


「・・・無理はしないでくださいね、アンリエット」


「・・・はい、お嬢様」




 わたくしは心の中でアンリエットに謝った。本当はナツは男性で、ナツに惹かれるアンリエットは女の子として何もおかしくないことを。


 でもわたくしは言えなかった。今そのことを言うと、微妙なバランスの上に成り立っているわたくしたちの関係がどんな風に変化するのかわからないから。


 ・・・いいえ、それは言い訳ね。本当はわたくし自身がナツに惹かれていて、アンリエットのことを怖れているのかもしれない。




 ごめんなさいアンリエット、でも今はまだ・・・。

次回から学園生活に復帰です


ご期待ください

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