第44話 女の子として生きる覚悟
全員の部屋割りが決まると、各自自分たちの部屋へと散っていった。部屋の調度品を確認して壊れているものがあれば修理するなり新しく購入しなければならないが、幸い全て問題がなかったようで、自分の荷物を収納し生活環境を立ち上げていく。
午前中は各自そんな風にすごしたが、お昼になると食事をするために3階食堂にみんなが集まってくる。
「あれ、みなさまその服装は?」
俺が驚いたのは、全員いつもの修道服からメイド服に着替えていたのだ。侍女長のマリアが、
「私たちはローレシア様の侍女としてこのアスター邸に住むのですから、ここではメイド服が正装です」
「言われてみれば修道服のままでは変ですよね・・・みなさまメイド服がとてもよくお似合いです」
「ありがとうございます。さあ、お食事の用意が出来ておりますので、ローレシア様も早くテーブルにおつき下さいませ」
俺はテーブルについて改めてみんなの様子を見る。全部で15名のメイドたち。年長が28歳で美人さんのマリアで年少が9歳のミル。多くは10代後半から20代前半だ。これだけ若くてきれいなメイド集団に傅かれるなんて、男なら誰もが憧れるシチュエーションである。
(ナツはメイド服に興味があるのですか? さっきから心臓がどきどきしていますが)
(ギクッ! ソ、ソンナコトハナイヨ)
(ふーん、そんなにメイド服が好きなら、わたくしもメイド服を新調いたしましょう。ナツはそのメイド服を着て、鏡の前で自分の姿を眺めていればよろしいのではないでしょうか)
(なるほど! その手があったか)
(じょ、冗談で言ったのに、随分と食いつきがいいですね・・・。でもわかりました。午後に服の仕立て屋が来ますので、その時にお願いしてみましょう)
一方、アンリエットとアルフレッド王子は魔法アカデミーの制服のままだ。
「2人は屋敷でも制服のまま過ごすのですか」
「私は特に考えはないのですが、騎士として動ければ何でもいいです」
「僕はこの制服が動きやすくていいんだ」
「そうですか。でもわたくしはあとで自分のメイド服を作ろうと考えています。アンリエットも一緒にいかがですか」
「え、ナツ・・・お嬢様もメイド服を着るのですか。それなら私も久しぶりにメイド服に腕を通させていただきます」
「なら僕は執事服を購入するとしよう。だが全員がこのような服を着れば、一体だれがこの屋敷の主だか、わからなくなるな」
「それだ! 貴様にしてはいい考えだアルフレッド。全員がメイドなり執事になれば、仮に刺客が侵入してもターゲットが誰だか絞りにくくなる」
「それはいいですね。ではこの屋敷では全員メイド服と執事服を着用すること」
「「「はい、ローレシア様!」」」
午後は当面のドレスや装飾品をそろえるため、屋敷に服の仕立て屋や宝石商を呼んでいた。
一番広い一階大ホールに仕立て屋のお針子さんたちが大人数でぞろぞろと入っていく。17人の女性全員分の仕立てを一斉に行うため、その何倍もの人数が必要になるからだ。
そして一番最初は、身体のサイズの測定だ。
俺という存在を知らないので当たり前のことだが、みんななんのためらいもなく一斉にメイド服を脱いで下着姿になってしまった。修道院で支給される例の色気のない標準的なものを身に付けているのに、元貴族令嬢や夫人だけあって全員美人ぞろいのため、俺の目が思わず釘付けになってしまう。
ローレシアに気付かれる前に、静まれ俺の心臓。
でもこうして彼女たちを見ていて思うのだが、貴族は大抵美女を嫁にするから、その子供が美男美女になることが多いのだろうな。ここにいるみんなも美人でスタイルがよく、ローレシアみたいな貧乳はサラ、ニア、ミル以外に誰もいない。
ていうか、サラにも負けてる?
(ナツ・・・またみんなの胸を見ているようですが、何かわたくしに文句がございますか)
(あ、いや、それは)
(もうっ・・・ナツは本当に胸がお好きなのですね。それはそうと、そろそろ身体の操作をわたくしに代わってください。服の仕立てはわたくしが直接動いた方がいいと存じますので)
(それもそうだな)
【チェンジ】
(それじゃあローレシア、あとはよろしく)
(はい、わたくしにお任せくださいませ)
採寸が終わるとあとは服の生地を選んだり、デザインを決めたりするだけで、特に面白くはない。というか長い。みんなはキャッキャいいながらいろいろなドレスを手にとって、どれが誰に似合うか楽しそうに話し合ってるが、俺は全く興味がないので、早くこの時間が終わってほしいと思っていた。
(ナツ、随分退屈そうにしていますが、あなたも好きな服があればわたくしに教えてくださいませ)
(いや、これは女性の服だから、ローレシアが全部選びなよ)
(でも毎日交代で身体の操作を行うのですから、このうちの半分はナツが着る服になるのですよ)
(これが俺の服・・・)
(そうです。ナツもそろそろ女の子として生きる覚悟を決めなければいけません)
(女の子として生きる覚悟・・・)
(わたくしがナツと一生を共にする覚悟を決めたのですから、ナツも覚悟を決める必要があると思います)
(・・・そうだな。いずれは覚悟を決める日が来るとは思っているが、やっぱり急には難しい。少しずつ慣れて行くのではだめかな)
(・・・いいですよ、実はわたくしも同じですから)
(ローレシアはもう覚悟を決めたんじゃないのか)
(もう一つの覚悟です・・・)
(もう一つの覚悟って?)
(・・・その・・・いつまでもお風呂で目をつぶっているわけにもいきませんので、ナツにわたくしの素肌をいずれ見せなければなりません。でもまだそこまでの勇気がなくて・・・申し訳ございませんが、わたくしの覚悟が固まるまで、少しずつ慣れさせていただければと・・・)
(そっちの覚悟かっ! も、も、もちろんだよローレシア。お互い少しずつ慣れて行こう。そうしような)
(え、ええ! ご理解いただけて恐縮です・・・)
ローレシアがめちゃくちゃ恥ずかしがっているが、か、可愛すぎるっ!
(ローレシアの覚悟はわかったけど、俺が女の子としての覚悟を決めるというのは、何をどうすればいいんだ。今日みたいに服を選んでみんなとキャッキャすればいいのか?)
(それなのですが・・・わたくしはこの魔法王国ソーサルーラで正式にアスター侯爵家を創設しました。それと同時にわたくしは一族の始祖の特徴を正しく受け継ぐ直系の血筋でもあるのです。つまり先祖から引き継いだこの血筋をわたくしの代で途切れさせるわけには行かなくなりました)
(血筋を引き継ぐ・・・ということは、まさかっ!)
(いずれはどなたかと婚姻を結んで、子供を産む必要があるということです。ナツに必要なのはその覚悟でございます)
(えーーーーーーっ!)
(平民の冒険者として生きていくのであれば、血筋を残すことなど考えなくても良かったのですが、侯爵家を創設したからには貴族の責務がございます。大聖女の地位も侯爵位もわたくしとナツが共にあって初めてその責務を全うできます。ですのでナツは女侯爵、つまり女としての一生をこのわたくしとともに歩まなければならないのです)
(女としての一生・・・)
(わたくしもナツに全てを見せる覚悟をいたしますので、ナツも子を産む覚悟をしてくださいませ)
この日は結局、社交用のドレスを5着と最低限の宝飾品や身だしなみグッズ、それにちゃんとした下着類を必要な分だけ購入した。デザインはローレシアが全て選んで、結局俺が意見を挟むことはなかった。途中から「女の子として生きる覚悟」のショックが大き過ぎて、服のデザインなんか考える余裕すらなかった。
いずれこの俺が子供を産む・・・だと?
ローレシアが誰かと結婚したら俺も自動的にくっついて行くことになるので、よく考えれば当たり前の事なのに、なぜか今までそのことに気づいてなかった。
アホか俺は。
だけどローレシアが結婚か。相手は誰だろう・・・やはりアルフレッド王子あたりが有力なんだろうか。あるいはローレシアは、他の誰かを選ぶのだろうか。
ローレシアが誰かのものになる・・・俺は嫌だな。できればローレシアは誰にも渡したくない。
次回は騎士団としての装備を整えます
やっとナツとアンリエットの出番です
ご期待ください




