第43話 アスター邸への引っ越し
魔法王国ソーサルーラの高位貴族となったローレシアには、それに相応しい品位を保持する義務がある。
例えば邸宅。侯爵家としての最低限の広さと格式のある邸宅で、そこには他の貴族や外交官との社交が行えるだけの貴賓室や応接室、パーティーを開催できるホールなどの設置が求められる。
また社交用のドレスや宝飾品もそれなりに必要で、王家からの報奨金はこれらを買い揃えるために殆ど使いきってしまうだろう。
そして貴族としての品位保持義務は、ローレシアにだけかかるのではなく、同じく貴族へ返り咲いた侍女たちにも身分相応に発生する。
だが侍女たちは、ドレスはともかく自分用の邸宅を用意することが現実的に不可能なため、ローレシアのために用意された邸宅に全員が一緒に住むことで解決をみることになった。
さてその邸宅は、街の中心部からやや東側にあり、最近まで別の高位貴族が住んでいたが、維持費を捻出できなくなり王家に売却されたものだった。
最近まで貴族が住んでいたため管理は行き届き、中の調度品もそのまま使用できる状態なので、見学ついでにそのまま引っ越しすることにした。
俺たちは逃亡生活だったし、みんなも修道女で私物などほとんど持っていなかったから実質的に身一つ。引っ越しは極めて簡単なのだ。
さて全員揃って新邸宅(アスター邸)に到着した訳だが、俺はその家を見て呆然とした。
まず門がでかい。敷地を取り囲む白い壁の中央に設置された、馬車が余裕で出入りできるような大きな門をくぐると、正面には大きな噴水が鎮座しており、その周りには庭園が広がっている。
そして噴水の向こう側には、地上5階建ての大邸宅がそびえ立っていた。
(なんだこれは・・・ものすごい豪邸だな。こんな大きな家に俺たちは住むことになるのか)
(そうね、わたくしたち全員が住むには少し狭い気もいたしますが、城下町の中心部という立地であれば、これぐらいで充分なのかも知れませんね)
(これが少し狭いだって?! 俺のボロアパートとは次元が違いすぎてもはや比べる気も起きないが、ローレシアはこれよりもっと大きな家に住んでいたのか)
(ええ。いくつか家がございましたが、王都にあった邸宅はこれよりも一回り大きく、それ以外にも自領の城下町に居城を持っておりました)
(居城っ!)
(ナツの世界には、お城は存在しないのですか?)
(城はもちろん存在していたが、そんなところに住んでる人なんかいなかったよ)
(人が住まないのに、なぜ城があるのですか?)
(大昔は殿様が住んでたけど、今は見物客がお金を払って中を見学する観光地なんだ)
(そ、そうですか・・・・。城の話は置いておいて、これからはここがわたくしたちの家になりますので、さっそく中を見に行きましょう)
周りを見ると、侍女たちもみんな淡々としている。みんな元貴族令嬢ばかりなので、この程度の邸宅に住むのは当然のことなのだろう。
今腰を抜かしているのは、俺以外では元孤児だった3人娘のサラ、ニア、ミルだけだ。彼女たちだけが俺の心の友かもしれないな。
さて玄関の扉を開けて中に入ると、最初に現れたのは広い玄関ホールだ。1階と2階が吹き抜けになった高い天井のホールには、正面両サイドに広い階段が2階まで伸びており、2階正面の壁は大きな絵を飾れるようになっている。そこから玄関ホールをぐるりと囲むように廊下が伸びていて、左右の壁にはいくつかの扉が見える。
(ローレシア、あの扉はなんだろう)
(あれは2階の客間ですね。見たところ左右3つずつ6部屋あるようです)
玄関ホールの一階に目を戻すと、この階の左右両壁にもいくつか扉があり、正面の壁には一際大きな扉が一つあった。この大きな扉を開いて中に進むと、そこは大ホールになっていた。
この部屋も玄関ホールと同様に天井がとても高く、シャンデリアが天井から吊り下げられていた。舞踏会でも開催されそうな勢いの部屋だ。
そしてこの大ホールの壁にもいくつかの小さな扉があり、どこかにつながっているようだ。
(1階には厨房とか倉庫など下働き用の部屋が集まっていて、あそこにある小さな扉はそこにつながっています。それから正面両サイドの広い階段は2階ピロティーにつながっていて、その先には3階へ行く階段がございます。行ってみましょう)
ローレシアの言う通りに階段で3階まで上がると、そこから少し雰囲気が変わってどこかホテルのような作りになっていた。3階フロアー全体を廊下が「ロの字」のように通っていて、同じ大きさの扉が等間隔で並んでいるのだ。
(ここには同じ間取りの個室が東西南北それぞれに4つずつ、全部で16部屋並んでいるようですね)
個室が並んでいる側の反対側にも扉があり、そこは食堂や風呂などの共用設備が集まっていた。また4階へと通じる階段もこのエリアにある。
4階も3階と同じような作りなのだが、調度品の格式が少し上がって豪華な感じがした。4つある個室が3階よりも少し広くなっており、それとは別に貴賓室と呼ばれる豪華な客間が4部屋もある。フロアーの中央にはやはりダイニングルームや水回りの設備、そして5階へと続く階段があった。
(5階がわたくしたちの部屋になります。行ってみましょう)
5階はさらに豪華だが落ち着いた雰囲気でもあり、ここが貴族家の当主とその家族が住むフロアーであることがなんとなく分かる。部屋がとても広く、中にはさらに3つの小部屋がついているスイートルームだ。東西南北に1つずつ部屋があるが、この南向きの部屋が一番広くおそらくここが当主用の部屋なのだろう。部屋の中に水回りの設備まで用意されていた。
(この南側の部屋が、わたくしとナツの新居ですね)
(お、おう・・・。そういう言い方をされると、まるで新婚生活が始まるみたいなのだが)
(新婚っ! そんなつもりで言ったのではないのですが。もう、ナツのバカ・・・)
(す、すまん、妙なことを言ってしまったな。・・・そ、そうだ、みんなの部屋も決めないとな)
(そ、そうね。わたくしは特に意見がございませんので、みんなに自由に決めてもらいましょう)
(わかった)
「それでは皆様、どの部屋に住みたいか決まりましたか?」
俺が尋ねると侍女長のマリアがスッと前に出て、
「実は見学をしている時に、私たちの部屋割りの調整をすでに終えております」
「早いですね。それでどのような部屋割りにするのでしょうか」
「はい。9名の未婚者の一代騎士爵たちとサラ、ニア、ミルは3階の個室に入ることになりました。どの部屋を使うかは、12名で決めてもらうことでいいでしょう。それから私を含めた3名の一代男爵は4階の個室を使わせていただくことにしました」
「わかりました。わたくしはそれでいいと思います。ところでアンリエットとアルフレッド王子はどうしますか?」
「私はお嬢様と同じ5階に住まわせていただければ」
「いいですよ。部屋はまだ3つ空いておりますので、お好きな部屋をどうぞ」
「そうではなくて、お嬢様の部屋の中の小部屋をいただければと」
「・・・あの部屋は護衛や侍女が住む部屋だと聞いています。ちゃんとした部屋がたくさんございますのでそちらに行かれれば」
「いいえっ、私はローレシアお嬢様の護衛騎士です。ですので一番近くで控えていたいのです。どうかお願いいたします!」
「・・・アンリエットがそれでいいのなら、わたくしは別に構いませんが・・・。ではわたくしたちはまた同じ部屋ですね」
「そうだなナツ・・・あ、いえ、お嬢様」
「アンリエット・・・」
アンリエットは俺たちだけの時は俺のことをナツと呼ぶが、侍女たちがいる前ではローレシアお嬢様と呼ぶ。俺の存在は当分誰にも言わないことにしたのだ。
「それではアルフレッド王子。あなたはどちらの部屋をお使いになりますか」
「僕はこの中で唯一の男だから、この家に住むこと自体がご令嬢たちの体面的にもふさわしくない。だが僕もローレシアの騎士であり、アンリエットと同様に常に近くにいるべき。そこで2階の客室の一室を与えてくれないだろうか」
「2階の客室は玄関ホールにあるのですよ。王子にそんな部屋を与えるわけにはまいりませんので、ちゃんと3階以上にお住み下さいませ」
「いやしかし、みんなこれから貴族の伴侶を探すことになるのに、男と一緒に住んでいると噂されれば無用の誤解を与えかねない」
「確かにそのとおりですが・・・それならいっそ5階に住むのはどうでしょう。ここは3階からは離れていて、4階にはマリアたちが、5階にはわたくしやアンリエットが見張っている、という形にすれば彼女たちに悪い噂が立ちにくいと存じます」
「だがそれではローレシアに悪い噂が」
「わたくしは一向に構いませんが」
「・・・そうだな。ローレシアはこの僕が一生そばにいるのだし、ローレシアが他の誰かと結婚することはない。わかった僕は5階に住むよ。部屋は階段の真正面にある北の部屋に住んで、そこで外部からの侵入者を警戒しておくことにするよ」
全員の部屋が決まってホットしていると、アンリエットがアルフレッド王子の部屋に待ったをかけた。
「アルフレッド、貴様は5階に住む必要はない。この私がローレシア様のお近くに控えているので、貴様は玄関ホールに住んでそこを警備していろ」
「なんだとアンリエット。お前がそう言うならやはり気が変わった。僕もローレシアと同じ部屋に住むので、アンリエットと同じ小部屋を与えてくれ」
「王子、さすがにそれはダメです。それにアンリエットもいい加減になさい。あなたは騎士団長なのですから、王子とも仲良くするように。王子には5階北側の部屋に住んでいただきます。これは決定事項です」
次回はドレスの仕立て
そこでナツは重大な覚悟を迫られる
ご期待ください




