第41話 フィメール王国の衝撃①(アスター侯爵家の醜態、エリオット王子の錯乱)
今日は、フィメール王国サイドの話を2話分公開します。ローレシアの大聖女就任に慌てた、王国の人達の醜態です。
明日からは、15人の侍女たちを仲間に加えた新生活をお送りいたします。
ローレシアの大聖女就任とソーサルーラ・アスター侯爵家創設の報は、各国外交官によりすぐさま本国へと報告された。
ローレシアの母国フィメール王国もその例外ではなく、王宮に届けられた一報は瞬く間に王国貴族社会へと拡がって行った。
だが外交官からの報が、その衝撃的な内容に反して事実のみを淡々と伝えたものであったため、伝聞が拡散する中で事実のみを語る者は意外と少なく、ある者は尾ひれのついた噂話としてこそこそ話し、ある者は虚飾にまみれた妄想をこれ見よがしに言う。
自分のしゃべりたいことや聞きたいことが拡散していく、それが貴族の社交界だった。
こうしたローレシアの情報は、結果的に虚実織り交ぜた形で実家アスター家にも伝わり、噂を聞きつけたアスター侯爵家の分家たちは、何が真実なのかを知ろうと当主の元に押し寄せた。
「アスター侯爵、ローレシアがソーサルーラで侯爵位を得たという噂が流れているが、本当の事なのか」
「ハワード、ローレシアは修道院で毒殺されたんじゃなかったのか。これは何かのデマか、あるいは別の誰かがローレシアの名を騙っているに違いない」
「わざわざローレシアの名前を騙って何の得があるんだ。あんな出来損ない」
「いろんな噂が流れていて、実際に何が起きたのかがさっぱり分からん。侯爵なら正確な情報を掴んでるのではないのか。分家の俺たちにも教えてくれ」
分家に押し掛けられて狼狽えているその男は、ローレシアの父親でアスター家当主、ハワード・アスター侯爵だ。
「私も寝耳に水で、王宮に報を入れた外交官に直接確認したのだが、ローレシアが大聖女になって侯爵位を授与されたことは事実らしい。なんでもソーサルーラで流行り出したエール病を、その膨大な魔力と神のご加護によって、患者を全て完治させたことが評価されたそうだ。全く信じられん話だが」
「あのエール病を・・・まさか嘘だろ? それに膨大な魔力に神のご加護なんて、どうしてそんなものがあのローレシアにあるんだ。見た目だけは美少女だが、平均以下の魔力しかないただの出来損ないじゃなかったのか?」
「そうよ、そうよ。そのくせ出しゃばって第3王子のご乱行に注意なんかするから、婚約破棄された上に、アスター侯爵家までキュベリー公爵家に睨まれてしまって、とんだ疫病神だってローレシアを家から叩き出したのは、父親であるあなたでしょ」
「うるさい! ローレシアがソーサルーラでやったことなんか、私が知るわけないじゃないか」
「んまっ、開き直ったわこの男。もし本当にあのローレシアが噂通りの大魔力を持っていたのなら、あの子を手放してしまった私たちは大損害よ。そもそもあれだけアスター家始祖の容姿を見事に備えた子なんて滅多に生まれるものじゃないし、ひょっとして当主のあなたが魔力測定を間違えたんじゃないの」
「・・・きっとそうに違いない。魔力なんて急に増えたり減ったりするもんじゃないし、今のローレシアに膨大な魔力があるのなら、それは生まれながらにして魔力に恵まれていたということだ。だってあの容姿だぞ、魔力がない方がおかしい。それに気が付かなかったとは、なんてバカな父親なんだハワード!」
「なんだと貴様ら。言うに事欠いて、この私に全ての責任を押し付けるつもりか! ローレシアの魔力に一喜一憂していたのはむしろお前らだし、お前らの方がローレシアの追放を求めていたのではないか!」
「そ、それは・・・」
「大体お前たちは、自分に大した魔力もないくせに、人の娘にばかり頼ろうとするクズばかりじゃないか。それに自分の娘を失ったのはお前たちじゃなく、この私なのだ」
「何が自分の娘だ。疫病神扱いしてあっさり捨てたのはお前自身のくせに。修道院に暗殺者を差し向けたのもハワード、実はお前じゃないのか」
「何だと貴様ら、世の中には言っていいことと悪いことがある!」
「いいや、この際だからついでに言ってやる。キュベリー公爵家に恭順の意を示すために、なぜ俺達分家の土地をキュベリー公爵家に差し出したんだ。まず自分の土地を差し出すのが筋だろう。ふざけるな!」
「あれはお前たちが恭順の意を示せと言うからしたまでのこと。代わりに私の娘たちをお前らのボンクラ息子の婚約者にしてやっただろ。本家との繋がりが強くなってよかったじゃないか」
「何を恩着せがましく。ローレシア以外の娘なんて、他家との政略結婚にも使えない余り物だろうが」
「なんだと、貴様!」
「そういえば、ローレシアがソーサルーラの侯爵位を授与されたと言ったよな。なら、お前とローレシアは同格。お前はもう引退して、この家門をローレシアに譲り渡せ。そしたら魔法王国ソーサルーラの庇護下に入り、キュベリー公爵家に牛耳られたこんな国なんか気にしなくてもよくなる。そうだよ、ボンクラのお前が当主をしているよりもその方が家門が栄える」
「それはいい考えね。ハワード、いまからローレシアの所に行って頭を下げて謝っていらっしゃい。そして当主を代わってもらうようお願いするの。そうすれば私たちアスター家の問題は全て解決するのよ」
「貴様らどこまで私をコケにすれば気が済むんだ! それに捨てた娘に頭を下げて当主を代わってくれってそんなみっともないマネできるわけないだろ! もうお前たちの身勝手さにはうんざりだ。二度とここにくるな!」
騎士に分家たちをつまみ出させたアスター侯爵は、静かになった執務室で一人頭を抱えた。
「・・・なぜ私は自分の娘を追放してしまったんだ。あの時もう少しあいつの話を聞いてやれば良かった。しかもローレシアがまさかあんな力を隠し持っていたなんて。途方もない宝を私は手放してしまったのか。なんて愚かなことをしてしまったのだ・・・」
王宮では第3王子エリオットが、キュベリー公爵に向けて激昂していた。
「どうしてくれるんだ、キュベリー! ローレシアがソーサルーラの貴族になってしまったじゃないか!」
「申し訳ありません。ですが、さすがにこれは想定外のことでして・・・」
「あの堅物のローレシアを妾にすれば、18歳の婚姻を待たずとも思いのままにできる上、自分の娘も差し出すと言うから僕はお前の策に乗ったのだ」
「ええ・・・」
「それなのに、いざ婚約破棄をしてみたらローレシアは暗殺されるわ、生きていたと思ったらよりにもよってソーサルーラの侯爵になるわ、これでは僕の婚約者が、ローレシアからお前の娘に入れ替わっただけではないか!」
「そ、それは・・・」
「そうだキュベリー、お前今からソーサルーラに行って、ローレシアにもう一度僕の婚約者になるよう説得してこい。それがダメならローレシアを拐ってこい。さもないと貴様の娘との婚約を破棄するぞ」
「王子! マーガレットに手を出しておいて、今さらそれはないでしょう。それにもうローレシアはソーサルーラの貴族。もはや簡単に手を出せる相手ではありません!」
「そんなことこの僕が知るか! ローレシアを妾にすることがお前の娘と結婚する条件だったのだから約束は果たせ。ローレシアはもともと僕のものなのだ」
「・・・はっ、承知いたしました」
次回は夕方ぐらいまでに公開したいと思います




