第39話 報奨
ランドルフ王子からの招請を受けて急遽、修道女たちとともに王宮を訪れることになった。
王宮は街の中心からさらに北に上がった所にある高い城壁と堀に囲まれたお城で、堀にかけられた吊り橋がゆっくりと降ろされると、騎士団の先導のもと俺達は城門の中へと入っていった。
広い前庭を抜けて城内に入ると、長い廊下を抜けた先にある王族も使用する豪華な応接室に通され、この部屋で待つように言われた。
そこでしばらく待っていると、部屋の別の扉から何人かのお供を連れてランドルフ王子が入ってきた。
「待たせてしまってすまない。まあ、そこのソファーにかけてくれ」
王子が先にソファーに座ると、ローレシアとアルフレッド王子も続けてソファーに腰かけた。だがアンリエットは座らずにローレシアのすぐ後ろに立つと、そのさらに後ろに修道女たちが横一列に並んで立った。
アルフレッド王子がランドルフ王子に尋ねる。
「それで我々をここに呼びつけた用件を聞こうか」
「いきなり本題から入るとは、相変わらずせっかちな奴だ。だがそうだな、いつまでも後ろのレディーたちを立たせっぱなしにしておくのも騎士としてのマナーに反するし、ここは簡潔に用件を言おう。ここに来てもらったのは、エール病の治療で多大な貢献を果たしたローレシアと修道女たちに報奨を与えるためだ」
「報奨か、なるほど。そういうことならローレシア、遠慮はいらないからソーサルーラ王国から報奨金をふんだんに巻き上げてやるといい」
「巻き上げるって・・・・別に報奨のためにエール病を治療した訳ではございませんが、これもクエストと考えれば適正な報奨は頂いておいた方がいいですね。それではランドルフ王子、わたくしたちへの報奨金はどのようにお考えいただいているのでしょうか」
「そうだな。報奨金の話をする前にまず金銭面以外についての話がしたい」
「金銭面以外でございますか・・・」
「ローレシア、我々は君を正式にこの王国に迎え入れたいと考えている。君たちは今フィメール王国からの逃亡生活を送っていると聞くが、この先もずっとそんな生活を続けたい訳ではないのだろう」
「それはもちろんでございます。ただフィメール王国の追っ手から逃れるためには、潜伏先を変える必要がございます。なので、ご提案はとてもありがたいのですが、この王国に定住したくてもできないのです」
「事情は理解しているつもりだ。だが我が王国としても救世主であるローレシアをこのまま手放す訳にはいかないのだ。どうだろう、我々に君の身分を守らせてもらうというのは、どうだろうか」
「身分を守る?」
「そうだ。フィメール王国がローレシアに簡単に手を出せないように、このソーサルーラ王国が君を守るということだ。だが別に身辺警護を行うと言っているのではない。君に手を出すと重大な外交問題へと発展する、そういう意味での身分保障だ」
「それってまさか」
「ローレシア、君を我がソーサルーラ王国の貴族に叙し、相応の地位と爵位についてもらう。そうすることで、フィメール王国は簡単に君に手を出せなくなる。君はもう王国から差し向けられる刺客に怯えることなく、この国に定住することができる。どうだ、この提案を受けいれてはくれまいか」
(ナツ、ランドルフ王子からのこの提案、わたくしがこの国の貴族になることについて、あなたはどう思いますか)
(俺は正直に言って、貴族社会のことはわからない。以前クールンの宿で話してくれたように、気の抜けない伏魔殿でもある貴族社会から完全に抜け出す気ならそれもいいし、この王国の貴族として保護されたいのならそれでもかまわない。俺は君の判断を尊重するしこれは君の人生だ。君の好きなように生きてほしい)
(いいえ、これはわたくしたち2人の人生です。わたくしだけの一存では決められません)
(俺達の人生・・・ローレシアは俺のことも考えてくれているのか)
(当たり前です。だってわたくしたちはもう一生共に生きていくことになったのですから)
(いや、以前にも話し合ったように、ひょっとしたら俺の魂をこの身体から分離する方法が見つかるかもしれないし、そのために冒険の旅に出るという人生も選択肢としてはあるはずだ)
(・・・ナツは、わたくしと分離したいのですか)
(そんなことはない。ただあまり早まった結論を出すのはどうなのかと)
(早まってなどおりません。わたくしはよく考えた上で、ナツとこの身体で生きていく覚悟を決めたのです。・・・ナツはお嫌なのですか)
(嫌なはずがあるものか! 俺だってローレシアとこのままずっと一緒にいたいさ。・・・でもありがとう。俺を受け入れてくれて)
(はい・・・これからも末永くよろしくお願いいたします。そ、それでこの提案どういたしましょうか)
(ハッキリ言って俺は悪くない提案だと考えている。もちろん、また同じように貴族社会の陰謀に巻き込まれることもあるかもしれないが、危険という意味では冒険者生活も同じだからな)
(そうですね。危険の種類は全く異なりますが、このわたくしも婚約破棄からエール病撲滅まで一連の件を経験して、随分勉強させていただきました)
(この短い間に本当に色んなことがあったよな。ただこれだけは言える。貴族社会に戻ってまた同じような事があっても、今度は俺が君の側にいる。俺が必ず君を守ってやる)
(今度はナツが必ず守ってくれる・・・そうね、あのエール病ですら克服したナツが側についてくれるのよね。これ以上心強いことはないわ。ありがとうナツ)
ランドルフ王子の提案を受け入れる決心をしたローレシアは、後ろを振り返るとアンリエットに語りかけた。
「アンリエット、わたくしこの提案を前向きに考えとうございます。アンリエットはどういたしますか」
「ローレシアお嬢様、私はお嬢様の騎士です。お嬢様がお決めになったことならば、例え地の果てでもお仕え申し上げます」
「わかりました。ありがとうアンリエット」
そして、再び正面を向くと、ローレシアはランドルフ王子にハッキリと言った。
「そのご提案を受けさせていただきます」
ローレシアの返事を聞いたランドルフ王子は顔を綻ばせて、
「よくぞ決心してくれたローレシア。その決断に我が王国を代表して感謝申し上げたい」
「いえ、感謝するのはわたくしの方です・・・これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしくお願いする。次はここにいる全ての修道女たちに相談だ。我が国はそなたら修道女の献身も高く評価している。そして報奨として提案したいのが、そなたたちの名誉の回復だ」
名誉の回復と聞いた修道女たちは、予想外の言葉にお互いの顔を見合せてざわめきだした。そして一人の修道女が代表して王子に尋ねた。
「その名誉の回復というのは、本当にそう言った意味と捉えてよろしいのでしょうか」
そう言った意味って何だろう。
「ああ、そなたたちの想像しているとおりのことだ。そなたたちのように魔法を使用できる修道女は、もと貴族令嬢が何らかの理由でその身分を剥奪され、平民として修道院に入っているものがほとんどだと思う。もし君たちが望むのなら、我が王国は君たちの身分も保障し、王国貴族として迎え入れる準備がある。どうだろうか」
ランドルフ王子の提案を聞いた修道女たちは、ある者は喜びの表情をし、またある者は目に涙を浮かべて何かに思いを馳せている。
そして先ほどの修道女が一人一人の意思を確認していき、総意としてこの提案を受けることになった。
王子との会談はその後、報奨金の受渡しやその使い道についての話題になり、ローレシアからいくつかの提案が行われた。
そしてそれらも全て受け入れられると、王子との会談は終了し、ローレシアと修道女たちの貴族社会への復帰が正式に決まった。
次回は、修道女たちの今後についてです
ご期待ください




