第37話 修道女たちとの最後の夜
全ての治療が完了したころにはすっかり日も暮れていた。アカデミーの生徒たちは学生寮へと帰って行き、残された修道女や元患者たちは、今夜一晩このキャンプに滞在することになった。
すでにその役目を終えたこの救護キャンプは、明日以降はボノ村の村人の避難キャンプとして利用することにし、修道女たちは修道院へ帰る。
だから今夜はこの救護キャンプでの最後の夜で、しかも久しぶりに全員がゆっくりと眠ることのできる夜でもあった。
「ローラ様、お風呂の用意ができました。今日は私と一緒に入りましょう」
「ずるい! なんでよりによって今日のお風呂当番があなたなのよ」
「これも神の定めた運命。受け入れなさい」
「くーっ、悔しい」
そうなのだ。このキャンプではお風呂当番の修道女だけがローレシアと一緒にお風呂に入ることが許されることになったのだ。
風呂が用意してあるテントに入り、洗濯当番の2人の修道女に服を脱がされるローレシア。このキャンプでは頭からベールをかぶっているのが普通であり、お互いの顔は、お風呂か眠る時ぐらいしか見ることはできない。
「はあ・・・。ローラ様って本当にお美しい・・・。さすがは大聖女様」
「あのわたくし大聖女ではございませんが・・・」
「これが神のご加護を直接賜ることのできる、寵愛を受けし大聖女様の御姿なのね」
「わたくしの話を・・・聞いてらっしゃいませんね」
「それではお身体をお清めいたします。まずはその御髪から」
一緒にお風呂に入った修道女が一生懸命ローレシアを洗っていく。上から下まで隅々と、洗い残しがないように丁寧に洗ってくれるのだが、俺はこの子のことが少し気になった。
目をつぶっているためあくまでも想像だが、この子はかなり胸が大きい。さっきからローレシアの背中にムニムニと当たっているのだ。
(ナツのバカ! わたくしの背中にばかり神経を集中させないでください!)
(悪かった、ローレシア。でも気にしないようにするなんてちょっと無理だよ)
(もうっ! 今は女の子同士でお風呂に入っているんだから、変な気持ちにならないでください!)
(そう言われても俺も男だし・・・やっぱりその)
(ナツと身体を共有して初めて気がついたのですが、男の人って胸の大きな女の子が好きなのですか)
(どちらが好きかと聞かれれば、大半は胸があった方がいいと答えると思う。・・・・でも俺はそれだけでその子を好きになることはないよ)
(ふーん、そのわりにはいつも女の子の胸ばかり気にしてるように見えますが)
(うっ、それは・・・)
(まあいいでしょう。ではもしナツの好きな女の子に胸がなくても、ナツは構わないのですか)
(それはそうだよ。まあ多少は残念な気持ちになると思うが、俺はその子の中身に惚れているから、胸の大きさなんて二の次なんだよ)
(随分と具体的なご意見ですが、どなたか好きな人がいらっしゃるのですか?)
(好きな人って・・・あっ、違う違う! 俺は彼女がいたことがないから想像だよ。エア彼女)
(エア彼女ってなんですか?)
(エア彼女は想像の中の彼女のことで、実体がなくて頭の中にしか存在しない人のことだよ)
(あれ? それってわたくしみたいですね!)
(ギクッ! ろ、ろ、ローレシアの事ではなく、も、妄想の彼女ってことだよ)
(ふーん・・・妄想の彼女ね)
ローレシアにからかわれているうちに、いつのまにかお風呂が終わってしまった。完全にローレシアの手のひらの上で転がされている感じがして悔しいが、彼女が楽しそうにしているから良しとしよう。
だけど俺は思う。
ローレシアとは出会った頃に比べて今はまずまずの関係を築けている。だからこそ、このバランスを壊すのがとても怖い。身体を共有しているローレシアと俺は、決定的に決裂してしまえば、生きていくことさえできないだろうから。
だから俺は彼女との距離感を慎重に保つ必要があると考えているのだ。
(ナツ・・・今回のエール病騒動のことで、一言だけ言わせてください)
(・・・どうしたんだ、ローレシア)
(患者を治療している時の必死なナツや、ウィザーを使った治療法を見つけた時の真剣なナツ、どちらのナツもとても誠実で好ましく思いました。言いたかったのはそれだけです。早くお風呂から上がりましょう)
(わ、わかった・・・)
夜は一番大きなテントに全員集まって、最後にみんなで一緒に眠ることになった。だが彼女たちは大人しく眠るつもりはないようで、ワイワイと女子トークを始めている。
「ローラ様たち3人は、明日からどうなさるおつもりなのですか?」
「明日は城下町の中の救護所を巡ってエール病の治療を行いたいと存じます。皆様にもぜひ手伝っていただきたいのですが」
「もちろんです、大聖女様っ!」
「だから、わたくしは大聖女ではございませんのに」
「その後は私たちと修道院に戻られるのでしょうか」
「いいえ。わたくしたち3人は元々アカデミーの生徒ですので、エール病が一段落すればまた元の学生生活に戻ります」
「では修道院から出て行ってしまわれるのですね」
「・・・そうですね。少し寂しいですが」
「そっか・・・私たちとずっと一緒に修道女をやっていけるわけではないのですね」
「で、でも別にどこか遠くに行ってしまうわけではありませんし、街の中にあるアカデミーの学生寮に住んでますので、いつでも遊びに来てくださいませ」
「そうですね・・・同じ街に住んでいるのですから、また会うことはできますよね」
みんなが寂しそうにしていたから、ローレシアもこんなことを言ってしまったが、俺たちは逃亡の身だ。いつこの国を離れることになるのかわからない。
もしその時が来たら、みんなには何と言って別れを告げることになるのだろうか・・・。
翌朝、キャンプ地を引き上げる準備をしていると、巡回中の騎士団がこちらにやってきた。あの隊長だ。
「雰囲気がいつもと違うようだが、何かあったのか」
「おはようございます、隊長さま。実は昨夜この救護キャンプの患者全員の病気が完治したため、わたくしたちはこのキャンプを引き払って修道院へ戻る準備をしているのです」
「全員が完治しただと? 朝から何をふざけたことを言っているのだ」
「ふざけてなどおりません。あちらをご覧ください。向こうのテントの周りにいる彼らはボノ村から治療のために運ばれてきた元患者で、今はあのとおりピンピンしています」
「ほ、本当だ。彼らは確かにボノ村の住人・・・・。まさか本当にエール病が完治したのか。でもどうやって治した。神のご加護を得たのか!」
「うまく説明できる自信がございませんが、神のご加護ではございません。それで本日は城下町の中に設置された救護所を巡って治療を行いたいと考えております。もしよろしければ、ご案内いただけますでしょうか」
「あ、ああ・・・それはもう願ってもないことだが。しかし、全く信じられん。あのエール病が完治したのか・・・」
「それからボノ村はあんな状態で、今戻ると病気が再発してしまいます。しばらくはこの救護キャンプを村人の避難所として使わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、それは一向にかまわない」
「ありがとう存じます。それではわたくしたちの準備ができ次第、城下町の救護所に参りましょう」
「我々はいつでも皆様のお帰りをお待ちしています。ではせーのっ」
「「「いってらっしゃいませ、大聖女様!」」」
村人たちに別れを告げると、俺たちは彼らの声援に見送られながら、修道女たちを連れて城下町へと引き上げた。
城門から中に入ると、下町ではみんな相変わらずネズミ駆除に大忙しだった。だが、俺たち修道女の集団が下町の中をゾロゾロと歩いていくのを見つけると、みんな怪訝な表情を浮かべた。
そしてそのまま下町を抜けて、町はずれの修道院までたどり着くと、今度は俺たちに気付いた神父さんと修道女たちが慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「みんなどうしてここへ戻ってきた。救護キャンプはどうしたんだ?」
すると修道女たちが、
「聞いてください神父様。ここにいるローラ様が全ての患者を完治させたのです」
「完治させたって・・・エール病を? まさかそれはあり得ない。だって神のご加護はまだ我々に降りてきていないのだぞ」
「いいえ神父さま、神のご加護はすでに頂きました。ローラ様が救護キャンプで直接、神から賜ったのです」
「ローラが・・・まさか」
修道女たちの言うことがどうにも信じられない神父さんだったが、
「話の途中に失礼。我々は騎士団のものだが、キャンプ地の患者が全て完治したことは我々の方も確認済みだ。今ここに城下町からの患者を連れてきているので、見てもらえればわかるだろう」
「あっ、その少年は!」
下町から出たエール病患者第1号として救護キャンプに送られた少年が完全に回復し、俺たちに同行していたのだ。
その少年の元気な姿を見て、神父さんたちはエール病が完治したことを信じるより他に方法はなかった。
そして慌ててその母親を呼びに行くと、病気が完治して帰ってきた少年を見た母親は、涙を流しながら礼を言って、少年を連れ帰っていった。
「しかし本当にエール病が完治したとは、今もって全く信じられん・・・」
「もう神父さんは頭が固いな~。だったらこうしましょう。私たちは今から街の救護所に治療に行くから、神父さんもみんなも一緒についてきて、私たちのローラ様の奇跡をその目で確認すればいいと思うよ」
「それはいい考えだ。ローラが得たという神のご加護もどんなものかそこでハッキリするだろうからな」
次回で治療が完了です
その後新展開を予定してますのでご期待ください




