第34話 城下町の大掃除
久しぶりにぐっすり眠った俺は、魔力も体力も完全に回復し清々しい朝を迎えた。
チェンジを唱えて今日の身体当番のローレシアに交代し、修道女用のテントから這い出して、朝のミーティングに顔を出した。
修道女たちから昨日の報告を受け、魔法アカデミーの生徒たちがとてもよく頑張ってくれたこと、今日以降も毎日15~20人程度は手伝ってくれることになったことを聞いた。
「これでこの救護キャンプは、不足分の戦力が確保できました。でも城下町の中はエール病患者が増え続けています。わたくしたちのキャンプへの搬送が抑制されていることを考えれば患者の数は想像以上に多く、感染爆発を起こすまでそれほど時間的猶予はございません」
「ローラ様が昨日お話されていたネズミの駆除の件はどうなりましたか?」
「はい。騎士団と街の有力者の皆様には一応お話を聞いていただき、前向きに検討していただけるようでございます。アンは何か話を伺ってますか?」
「実は先ほど騎士団から報告があり、すでに昨日からネズミ駆除作戦が開始されたとのことです」
「えっ、もう始まっているのですか?」
「はい。病気が蔓延している下町だけでなく、城下町全体で一斉に駆除を行うそうですよ」
「まあ、それは頼もしいですね! それでは今日の午後にでもネズミ駆除の現場を見に行ってみませんか」
「クラスメイトたちと入れ替わりで、救護キャンプを抜ける訳ですね。承知しましたローラさん」
「それから修道女の皆様にお願いがございます」
「はい、なんでございましょうか、ローラ様」
「前から気になっていたのですが、そのローラ様という呼び方をやめてください。わたくしのことは呼び捨てかせめて「さん」づけで呼んで欲しいのです」
「でもローラ様には「様」をつけた方が、イメージに合っていると思うのですが」
「イメージですか?」
「だって細かな所作にも気品があって、言葉使いもとても丁寧なので、思わず「様」をつけたくなってしまうのです。ダメでしょうか?」
「だ、ダメってわけではございませんが、わたくしは皆様と同じ一人の修道女です。もしわたくしに様をつけるのであれば、わたくしは皆様にも様をつけとうございます」
「ローラ様が私たちに様をつけるのは構いませんが、ローラ様はもう同じ修道女ではなく私たちのリーダーなのです。だからこれからもずっとローラ様と呼ばせて頂きます」
「リーダーって、えぇぇ・・・」
午後クラスメイトたちが救護キャンプに手伝いにやって来ると、それと入れ替わるように俺たち3人は城下町に入っていった。
キャンプ地を見張っていた乱暴な男たちは既に居なくなっており、城門の兵士達にも修道女は門を通すようにと、騎士団から通達が出されたようだ。
城門を入るとすぐそこは下町になっており、住人達が大人も子供もこぞってネズミ狩りをしていた。それを見張っている騎士に話を聞くと、どうやらネズミ一匹あたりに賞金がついたようで、騎士団は住人の駆除数を確認して、持ち込まれたネズミを処分するのが仕事のようだ。
「それで一匹捕まえるといくらもらえるのですか?」
「5ギルです」
「それならネズミ10匹集めると50ギルになって、宿屋一泊分・・・えっ!? そんなに稼げるのなら、普通の仕事をするよりもネズミ退治をしていた方が儲かるじゃないですか!」
「ええ、ですから街の住人たちは目の色を変えて、ネズミを追いかけているんですよ」
「なるほどわかりました。それからあそこの男たちはなぜ路上で裸になっているのでしょうか」
「あれは風呂に入っているのです。ネズミ退治の間は素肌を出さないよう服を着込んでいるため、とても汗をかきます。だからネズミを燃やした炎で湯を沸かし、風呂にしているんです。ちょっと匂いますが、街の男たちには好評なんですよ」
「そ、そうですか(汗)・・・」
「ローラさん、あんな見苦しいものを見る必要ございません。早く向こうへ参りましょう」
俺たちは下町を過ぎて街の中心へと歩いて行くが、どこもかしこもみんなネズミ退治ばかりしている。
昨日の今日でこんなに早く対応してもらえるのはとてもいいことなのだが、対応が極端過ぎてなんか冗談みたいだ。ランドルフ王子様様である。
そんな中心街にある一軒の大邸宅の前では、男たちがこん棒を持って何かを待ち構えている。何をしているのか見ていると、邸宅から大量のネズミが飛び出してきて、みんながそれを駆除し始めた。ネズミが嫌う煙で邸宅の外に燻し出したようだ。
そんな逃げ惑うネズミの一匹がこちらに向かって走ってきた。ローレシアは慌てて剣を構えようとするが、その前にアンリエットが一刀両断に叩き斬った。
「大丈夫ですか、ローレシアお嬢様」
「平気です。剣の修行はナツが行っていたので、どうもわたくしは咄嗟の動きに反応できないようです」
「それならば折角の機会ですので、ネズミ相手に剣の修行をしてみますか」
「面白そうですね。試しにやってみようかしら」
「それではちょうどもう一匹こちらに向かってくるネズミがいますので、あれを叩き斬って下さい」
「わかりました、あのネズミですね。ショートソードを構えてコンパクトに振り抜く・・・えいっ!」
ローレシアが剣を振るがネズミの下で空を切った。そしてネズミはそのままローレシアに向かって飛んでくると、ベール越しに顔面にへばりついた。
「い、いやあぁぁぁっ!」
そしてローレシアが剣をブンブン振り回しているうちに、ネズミはどこかに逃げて行ってしまった。
「お、お嬢様、ネズミはもうどこかへ逃げて行きましたので、もう剣をお仕舞い下さい。そんなに振り回すと危のうございます」
「へっ?」
「もうネズミは逃げました」
「そ、そうね。・・・こほん、やはりわたくしに剣術はまだ早かったようです。わたくしは魔法でネズミを退治致します」
「お嬢様にはその方がよさそうです」
「ではアンリエットにアルフレッド王子、あちらの邸宅に行ってみましょう。今からネズミを燻し出すようですよ」
「わかった。だが一体何をするつもりなんだ、ローレシア」
「アンチヒールを使って、ネズミをまとめて駆除しようと思います」
「なるほど、範囲魔法か。だが邸宅丸ごとだとかなりの魔力を消費するが、魔力がもつのかローレシア」
「物は試しです。とにかくやってみましょう」
街の住人に説明して邸宅内から全員待避させると、ローレシアは魔法の詠唱を始めた。すると、邸宅の上空に魔方陣が出現し、彼女の魔力を吸い取りながらドンドン大きくなっていった。
そして邸宅全体を覆うまで魔方陣が巨大化すると、ローレシアは魔法を発動した。
【アンチヒール】
アンチヒールはヒールの反対魔法で、魔方陣の範囲内にある生き物から体力を奪い取る。ヒールなら魔方陣から光属性の魔力のオーラが降り注ぐが、このアンチヒールでは邸宅の中から白い魔力のオーラが多数立ち上って、魔方陣に吸収されていった。
「ローレシア、あの空へと立ち上っていく魔力は?」
「あの小さなオーラの一つ一つがネズミの体力が魔力に変換されたものです」
「ということは、この邸宅の中にはあれだけの数のネズミがいたということか」
「そうなりますね」
やがて全てのネズミから残らず体力を奪い取ると、上空の魔方陣が消えて辺りは元の風景に戻った。そしてローレシアはエリア担当の騎士を呼び、この邸宅のネズミの駆除が終わったことを告げた。
「ご苦労様でした修道女さん。それでは駆除数を確認しますので、ネズミの死骸を見せてください」
「え・・・えーと、今手元にはございません」
「するとどこにあるのですか?」
「あの邸宅の中にございます」
「では、邸宅の中のネズミの死骸をここに持ってきて下さい」
「・・・わたくしはネズミがどこで死んでいるのか存じ上げませんが」
「そう言われましても、死骸を確認しないことには駆除数を数えることができません」
「・・・・・」
「ローラさん、アンチヒールは確かに効果がありましたが、ことネズミの討伐クエストにはどうも向いていないようですね。屋根裏やら床下に隠れているネズミの死骸を、これから一匹ずつ探しに行きますか?」
「い、嫌です」
「なら、あとは街の住人たちに任せて、彼らの稼ぎにしてもらうしかありませんね」
「・・・とても残念ですが、アンの言うとおり諦めましょう」
結局俺たちは、アンリエットが倒した一匹分の5ギルを受け取り、城下町を後にした。街を上げてのネズミ駆除の様子が確認できたことで、ひとまず安心することはできたからだ。
俺たちの仕事はネズミ取りではなく、あくまでキャンプ地にいる患者たちを救うこと。そのために、貴重な魔力を使うべきなのだ。
(アンチヒールを使ってたくさんネズミを駆除したのに、報酬がネズミ一匹分なんてガッカリです)
(そんなにガッカリしなくても、駆除できたことに変わりはないんだから、それでいいじゃないか)
(だって、貴重な魔力をアンチヒールにごっそり持って行かれて、成果がたった5ギルなんて・・・)
(確かにアンチヒールは魔力を使いすぎるよな。これがウィザーだったら魔力がずっと少なくてすむんだけど、ネズミには全く効果がないし)
(そうですよね。もしネズミが植物でしたら、わたくしたちがウィザーで町中を浄化させられましたのに)
(さすがにそこまでの魔力は俺たちにもないよ・・・だがネズミが植物って・・・・あれちょっと待てよ。これはひょっとすると使えるかもしれない!)
(ナツ、突然どうしたのですか)
(ローレシア、ちょっと試したいことがある。身体の操作を俺と代わってくれ!)
次回、ナツの思いつきが思わぬ効果を上げる
ぜひご期待ください




