第31話 ボノ村脱出作戦
(全員を避難なんて、どうやってそんなことを)
(村中の荷車を集めて、衰弱した村人を全て乗せる。そしてまだ歩ける村人と俺たちで荷車を押し、全員にキュアとヒールを重ね掛けして治療と体力補充をしながら、キャンプ地まで移動する)
(・・・さすがにそれは無茶じゃないかしら。途中でわたくしたちの魔力が尽きてしまうと思います)
(だがこのまま村人を見捨てるなんて、とても俺にはできそうもないし、他に方法も思い付かない)
(それはわたくしも同じ・・・・そうですね、自分の魔力を心配している場合ではございませんよね。それにそんな無茶な作戦、きっとわたくしたちにしかできない。やるなら絶対に成功させましょう、ナツ!)
(ああ、俺たちなら絶対にできる。力をあわせよう、ローレシア!)
そうと決まれば、さっそくアンリエットとアルフレッド王子にも方針を伝えた。この一か八かの作戦に、だが2人とも二つ返事でOKしてくれた。
「私はもちろんローレシアお嬢様の考えに従います」
「この僕も微力ながら持てる魔力を差し出そう。そして必ずやこの作戦を成功させよう」
「ありがとう存じます。それではこれよりボノ村脱出作戦を開始いたします!」
それから3人で手分けをして村人を説得して回った。村人の中には、自分達を見捨てた修道院に恨みを持っている者もいたが、粘り強く説得を続けるうちに、自分達にも助かるチャンスがあることが伝わり、村からの脱出を真剣に考えてくれるようになった。
そしてまだ動ける村人の全員を村の広場に集めて、改めてボノ村脱出作戦をみんなに伝えた。だが村の村長代理を務める老人が心配そうな顔で、
「村人の半数近くはすでに患者とともに救護キャンプに入っており、まだここに残っている村人50名は、歩けないほど衰弱した20名と、足腰の悪い年寄りばかりの30名。とてもキャンプ地までたどり着ける自信がありません」
「それなら大丈夫です。わたくしたち3人が常にヒールをかけて続けて、みなさまの体力を回復させます。必ずキャンプ地まで送り届けますので、みなさま頑張りましょう」
「本当にそこまでしていただけるのですか。・・・我々はすでに誰からも見放された身であり、もう全てを諦めておりました。修道女さまたちにそこまでお力添えをいただけるなら、もう感謝の言葉もありません。どうせこのまま死を待つくらいなら、ぜひ我々をキャンプ地に連れていってください」
「では大至急、村を出発する準備をお願いします」
そして村人は急いで脱出の準備を行うと、村にあったありったけの荷車に病人と食料などを詰め込み、救護キャンプに向けて出発した。
俺は身体の操作を再びローレシアから交代し、マジックポーションを片手にキュアとヒールを村人全員にかけ続けた。
村人は全部で50人。うち荷台に乗っている20名は中程度の患者ばかり。歩いている30名は軽症者だが全員年寄だ。
彼らのために必要な魔力は、荷台の20名に対しては修道女5人分、歩いている軽症者はその半分で足りるとしても修道女4人分弱。俺たち3人で修道女7人分だから、2人分弱足りない・・・。しかも歩いている老人たちへの体力補給に追加的なヒールも必要だ。
正直キツい・・・。
ここにいるのはみんな病人でしかも老人。少しでも体力が不足すると命にかかわるため、さらに安全マージンが欲しい。
「みなさま、もう少し歩く速度を落としてください。休憩をなるべく多くとって、体力回復に努めながら進みましょう」
できるだけヒール分の魔力を節約し、村人には食事でエネルギー補給をしてもらう。アンリエットの火属性魔法で消化のよい粥を作って、老人たちの体力を回復させよう。
結果として進行速度は遅くなり、キャンプ地に到着する前に夜を迎えてしまった。仕方なく見晴らしのいい場所まで移動してそこで野宿用のテントを張り、野営の準備を整える。
そして、アンリエットとアルフレッドが交代で見張り、俺とローレシアが一晩中キュアとヒールをかけ続けるという役割分担を提案したところ、
「ナツはお嬢様と少し休んでいてくれ。その分私が徹夜で頑張るから」
「アンリエットだけに負担をかけさせるわけにはいかない。ナツ、この僕にもローレシアの分を頑張らせてほしい」
「いけません。2人には見張りをしっかり頑張っていただき、交代の間はしっかりと休んでください。徹夜をするのはわたくしの仕事です」
「ナツ、これはお嬢様の身体だぞ! あまり無茶をさせるな」
「いいえ、これはローレシアと相談して決めたことです。はっきり申し上げて、あなたたち二人が頑張ったところで、修道女2人分の戦力が3人分になるわけではございません。でもわたくしなら、5人分を7人分に増やすことぐらいはどうにか可能です。これは冷静な計算に基づいた結論なのです。わかったら、わたくしの指示に従いなさい」
「うっ・・・」
「きつく言ってごめんなさい、アンリエット。でもこのローレシアの身体を大切に思っているのは、わたくしナツも同じなのです。どうか信じてくださいませ」
「・・・そうだなナツ、すまなかった。お嬢様のことをお願いする」
「ローレシア、ナツ・・・僕たちの力が及ばないために徹夜をさせてしまい、本当に申し訳ない」
「そんなことありません。王子たちがしっかり見張りをしてくれるから、わたくしは村人の治療に専念できるのです。逆にこんな無茶な作戦に付き合って頂けて、感謝の気持ちしかございません、王子」
「ナツ・・・」
なんとか夜通し村人全員のケアをやりきり、枯渇した魔力をポーションで補給していると、ちょうど夜が明けて空が白み始めた。時間がもったいないのですぐにテントをたたむと、再びキャンプ地へと出発する。俺は眠い目をこすりながら先頭に立って村人たちを誘導した。
村人たちは俺が徹夜で魔法をかけ続けたことを見ていた。それでもなおキャンプ地へと向かう自分達に対して、今だ途絶えることなくキュアとヒールをかけつづける姿に、みな涙していた。
「ローラ様はまるで聖女様のようだ」
「ワシらのためにここまでしてくださるなんて、なんともったいない・・・」
「わしらの命があるのはローラ様あってこそ。おお、神よ! 我々にローラ様をお遣わしになられたご慈悲に感謝いたします」
「みなさま、あと少しでキャンプ地です、頑張りましょう。それからわたくしは、聖女ではなく勇者です」
「おお・・聖女様がワシらに声をかけてくださった」
「これは聖女様、なんともったいない」
「だから聖女ではなく勇者なのですが・・・」
そうしてさらに半日ほどたったころ、ついに城下町の外に設置された救護キャンプが見えてきた。
「やりました! 何とかキャンプ地にたどり着くことができました」
「やったな、ナツ!」
「ローレシアお嬢様もお疲れ様でした」
枯渇した魔力をマジックポーションで無理やり補充し、胃はポーションで一杯になっている。もう瓶を見るのも嫌だ。だがやっとギリギリここまでたどり着くことができた。
ここまでくれば、後はこのキャンプ地にいる仲間の修道女たちの力を頼ることができる。
ボノ村脱出作戦は成功したのだ。
だが、キャンプ地を目前にして俺たちの行く手を遮る者たちがいた。馬に乗った騎士が10騎。
この城下町を守る騎士団だ。
「お前たち直ちに止まれ! これ以上先に進むことは許さん」
前に出てきたその騎士は、おそらくこの騎士団の隊長か何かだろう。がっしりとした体格で眼光鋭く、馬上から俺たちを睨みつけている。
「この村人たちは全て病人です。一刻も早く救護キャンプで保護する必要がございます」
「黙れ! そいつらをキャンプ地に入れることなど認められん」
「なぜですか。わたくしはあのキャンプで救護活動にあたっている修道女です。この村人をちゃんと保護しなければ、全員命を失ってしまいます」
「お前たちが勝手にボノ村へ行ったとの通報は受けている。その上村人まで引き連れてここまで帰ってきて、それでキャンプ地に入れられるわけがないだろう」
「それはどうしてですか!」
「これ以上街の住人に病人を増やされては困るからだ。ただでさえお前たち修道女が村から病気を持ち帰って大変な時に、村人なんか街に近づけられるわけがない。早くこいつらをもとの村へ追い返せ」
「そんなことできるわけないでしょう! みんなもう体力の限界で、これ以上動くことすらできません。このままジッとしていれば、ここで命が尽きてしまいます。はやくキャンプで救護しないと危険です」
「やかましい! 村人よりも街の住人の命の方が優先なのだ。この命令が聞けないのなら、全員ここで叩き斬ってやる。まずは女、貴様から血祭にあげてやるからその首を差し出せ」
そういって隊長が剣を抜くと、馬上から俺の首めがけて剣を振り下ろした。
ガキーーーンッ!
だが、隊長の剣は俺に触れることなく、空をくるくると舞い上がると後方の地面に突き刺さった。
「何者だ!」
隊長の前に立ちはだかったのは、剣を右手に握りしめたアンリエットだった。修道服の中に忍ばせていた剣を抜いて俺と隊長の間に入り込むと、軽々と隊長の剣を弾き飛ばしてしまったのだ。そして、アンリエットは隊長の喉元に剣を突きつける。
「貴様! ローレシアお嬢様、それにナツに斬りかかるとは、命が惜しくないようだな。今すぐ黙ってこの場から引くよう、直ちに部下に命令しろ!」
「アンリエット、わたくしのことも・・・」
「くっ・・・ええいお前たち、早くコイツらを殺せ」
「動くな! この男がどうなってもいいのか。一歩でも動けば、お前たちの隊長を今すぐ殺す」
9人もいる騎士たちだったが、アンリエット一人の気迫に完全に押され、その場から動けなくなった。
次回もご期待ください




