第30話 森の洞穴
【注意】このエピソードには、ボノ村の悲惨な状況が描かれています。
もしそういったシーンが苦手な方は、本エピソードを読み飛ばしてもいいように、後書きに簡単な流れを書いておきました。
救護キャンプを抜け出してボノ村に到着した俺たちは、つい最近来たばかりのはずの村の、あまりに変わり果てた姿に呆然とした。
「なんなんだ、これは・・・」
それはまさに、この世の生き地獄だった。
寂れ果てたその村は、ふらつきながら水汲みをしている僅かな村民以外に人影はなく、村の片隅の空き地にはエール病で亡くなった村民が無造作に並べられ、火葬の順番を待っていた。
その脇では、遺族と思われる村人が地面にうずくまって泣いている。
この世界では、人間は死後に天国に行くと信じられていて、天国で暮らす身体が必要だということで、遺体は土葬されるのが普通であった。
だから火葬されるのは重犯罪者のみであり、今回のように疫病のためとはいえ荼毘に付されてしまうのは、死後に天国で復活することすら認められず、永遠の無が与えられることを意味するのだ。そのため、残された遺族の表情は悲痛そのものであった。
そんな遺族もやがて自分自身が疫病に感染し、すぐに同じ運命をたどることがわかっているため、そこにはもはや絶望感しか漂っていなかった。
また、土葬には慣れている村人も火葬は不慣れなため、火葬が間に合わずに放置された遺体が残暑の熱さで腐敗が進み、とんでもない悪臭をあたりに撒き散らしていた。
そんな遺体に野鳥やネズミなどの小動物、ハエなどの虫がたかって、さながら地獄絵図のようだった。
「オエーーーーッ」
俺はその光景と悪臭に我慢ができず、胃の中のものを全て地面にまき散らした。それでもまだ吐き気がおさまらなかったため、身体の操作をローレシアに代わってもらった。
(すまないローレシア。こんなことで交代させてしまって)
(構いませんわ。ナツはキャンプ地の改革で大活躍したのですから、わたくしにも少しは活躍の場をいただかないと)
(いやしかし、ローレシアもこんな酷い光景と悪臭には耐えられないだろう)
(確かに酷いですが、ナツよりは耐性があるみたいですね。わたくしは大丈夫ですから、行きたいところがございましたらご指示ください)
(本当にすまない)
身体の操作をローレシアに譲ったとはいえ、五感はすべて共有されているので、この悪臭を感じなくなるわけではない。だが俺がいくら気持ち悪くても、ローレシアが吐き気をもよおさない限り身体は全く平気なようだ。
清潔な日本で育った俺は、このような環境への耐性が全くないことを改めて実感した。やはりローレシアたちとは住む世界が違うんだな。
村の中をぐるっと一周してみて分かったが、村人の大半はすでに病気に感染しているようで、症状の重い村人は家の中に完全に閉じこもり、症状の軽いものが辛うじてその世話をしていた。
若い患者などは自力で救護キャンプまでたどり着いていたから、ここに残されているのは老人が多い。それを家族や近隣で助け合いながら、何とか命をつなげている。
(・・・俺は間違っていた)
(突然どうしたのですか、ナツ)
(ここから修道女を撤退させる時、ローレシアが神父さんに噛みついたことがあっただろ。俺は神父さんの判断が正しかったとは今でも思うが、あの時俺は君を止めるのではなく、撤退のタイミングで一度この状況を見に来るべきだったんだ)
(・・・見ていたら何かが変わったのでしょうか)
(俺たちならもう少しマシな状況にできたと思う)
(マシな状況というと)
(ここにいるのは体力のない老人ばかりだ。だから修道女たちはキャンプ地まで全員を連れてくることができなかったのだが、俺たちならそんな患者もケアしながら連れてこれたはずだ)
(・・・確かにそのとおりかもしれません)
(あの時はすまなかった、ローレシア。俺達は自分ができることを頑張るべきだが、何もやる前から決めつけてはいけなかったんだ。救えたかも知れない命を俺は見過ごしてしまった・・・)
(・・・ナツ)
(・・・・・済んでしまったことを嘆いても何も始まらないし、今日の目的は調査だったな・・・。もう少し村の中を歩いてみようか)
(そうね、行きましょう)
俺は村人の生活の様子、食料や水など、病気の原因につながりそうなものを探した。俺に専門知識はないが、日本の生活習慣との違いで何か違和感を感じとれるかもしれないと思い、ローレシアには村の中を隅々まで歩いてもらった。
だが何もわからないまま、やがて村はずれにあるあの開拓現場までたどり着いてしまった。ここはあれから放置されていたようで、また雑草が生えてきている。
そしてこの開拓地の向こうはまだ森が広がっており、木や草がうっそうと生い茂っている。
(あれっ?)
そこで俺はある違和感を感じた。
異臭だ。
この開拓地は村の遺体置き場からかなり離れているため、ここに来る途中までは遺体から出るあの独特の異臭からは解放されていた。
なのにここに来てまた、あの悪臭が匂ってきた。
今は風は吹いておらず、村から流れてきているわけでもなさそうだ。しばらく辺りを歩き回り、どうやら森の中からわずかに異臭が感じ取れる気がした。
(ローレシアはこの匂いに気がつかなかったのか)
(ええ全く。でも言われて見れば微かに匂うような。ナツはこの匂いにすごく敏感なのですね)
(俺の世界では死臭を嗅ぐ機会がほとんどないので、ローレシアたちよりも敏感になるみたいだ)
俺はローレシアに、森の中を匂いのする方向へと進んでもらった。やがてその先に、小さな洞穴が見えてきた。匂いの発生源はこの洞穴の中なのか。
「よし、中に入ってみよう」
そう言うとアルフレッド王子は先頭に立って洞穴に入り、ローレシアを挟むように最後尾をアンリエットが守る。ローレシアはライトニングをかけながら洞穴の中をゆっくりと進んでいった。
中はそれほど広くなく、すぐに行き止まりにたどり着いた。その洞穴の一番奥の壁には、よりかかるように一人の男の遺体が転がっていた。
「こんなところに人が・・・」
ローレシアがそっと光を向ける。
その男はこのあたりではあまり見ない異国風の服を着ており、匂いから遺体はかなり腐敗が進んでいるように思った。洞穴の中はかなり涼しいのにこの状況、死後それなりの時間が経過しているのかもしれない。
もっとよく見るため遺体近づくと、突然そこに群がっていたネズミなどが一目散に散っていった。
「きゃあーっ!」
「ローレシア、バリアーをしてるから大丈夫だ」
「そ、そうね。ごめんなさい、アルフレッド王子」
ローレシアがライトニングの光を男に近づける。やはりこの男は村人と同様エール病にかかって死んだようだ。ネズミに食われて白骨化が進んでいるが、肉片に残った黒く硬化した皮膚の切れ端がこの病気の特徴を示していた。
(ローレシア、おそらくこの男だ。この異国からの旅人が、今回のエール病の感染源だと思う)
(どういうことですの、ナツ)
(あくまでも仮説だが聞いてほしい。この男は旅の途中でエール病にかかり、なんとかここまでたどり着いた。だがこの洞穴で休んでいるうちに病気が進行してしまい、そのまま死んでしまった)
(でもこんな森の中で一人で死んだのなら、村人に病気など感染しないはず)
(おそらくさっきのネズミだよ。もしくはネズミの体毛にいるダニかも知れないが、それが病気をボノ村に運んで村人に感染させた)
(ネズミがまさか・・・)
(この洞穴はちょうどあの開拓現場の近くで、森が伐採されて住む場所を失った小動物が、農村に入り込み易くなっていた。ほら、俺達がウィザーで草を枯らした時も小動物が四散してただろ。そしてそんな小動物の中に、この旅人の遺体をかじっていたネズミも混じっていて、村に侵入して病気をまき散らした)
(もしこの旅人が亡くなったのが数週間ほど前だとしたら、エール病が流行りだした時期と辻褄が合いますわね)
(ああ。そう考えていくと、教会近くの下町でなぜエール病が発生したのかも説明がつく。実は修道女から病気が感染したのではなく、たまたま下町が城門の近くにあったため、外から街に入ってきた病気を持ったネズミが最初に住み着いたのがあの下町だった)
(たしかに)
(さらに言うと、街の住人たちは修道女から病気が感染したと騒いでいるが、であれば当の修道院からもっと感染者が出ているはす。でも実際はボノ村班の4人以外に感染者は出ていない。つまり人から人への感染ではなく、ネズミなどの小動物や害虫を介した感染だったんだ)
(じゃあ、修道女が病気を持ち込んで街に蔓延させた訳ではなかったのですね)
(そうだ。下町で発生した疫病は修道院とは関係なく、病気を持ったネズミの移動とともに、街の中心部へと拡散されていった)
(だったら今わたくしたちがすべきことは、城下町に戻ってネズミの駆除を行うこと、そうですわね)
(その通りだローレシア。早く街に戻ってみんなに伝えないと)
洞穴から出ると、俺たちは急いで村へ駆け戻った。村にはやはりネズミなどの小動物が跋扈しており、ダニなどの害虫が大量にわいていた。俺たちはバリアーを常時展開して防虫スプレー代わりにしていたから、それが結果的に病気の感染を防いでいたのだ。
さっそく村のネズミや害虫の駆除を行おうとして、はたと困った。この3人でどうやって駆除する。
とにかくネズミの数が多すぎるのだ。
だがこの村の住人にネズミを駆除しろと言っても、今はほとんどが病人。絶対に無理だろう。
・・・・・仕方がない。
(村人を全員キャンプ地に避難させよう。この村を放棄する)
ボノ村の調査の結果、病気の感染源がネズミやダニなどの害虫であることがわかったローレシアたち。
これを伝えるために城下町に戻らなければならないが、ボノ村の住人たちをここに置いては行けない。
次回、ボノ村脱出作戦
ご期待ください




