第29話 再びボノ村へ
俺は修道女全員を集めて、病気の感染防止に関する基本動作を説明した。
・常に手洗いうがいを徹底すること
・患者の介護をするときは飛沫や血液には絶対に触れないように、頭からベールをかぶり鼻と口元をマスクで覆うこと。手袋も忘れずに
・患者や自分の身体を清潔に保つために、できれば水属性の魔法で作り出した水、もしくは、近くの川で汲んだ水を煮沸して、毎日身体を洗うようこと
・キャンプ地の中をできるだけ清潔にするために掃除を欠かさず、換気にも気を付けること
・患者の排泄物は厳重に取り扱ったうえで廃棄し、小動物や害虫なども見つけ次第確実に駆除すること
俺が一通り説明すると、ボノ村組の修道女たちの間には戸惑いの声が聞こえたが、キャンプ地組の修道女からは、
「ローラさんがいつもやってくれていたのは、こういうことだったのね。私よく分かってなかったわ」
「面倒なことをしてるなと思っていたけど、一番長い時間患者に接していて、それでも病気になってないローラさんですから、きっと正しいやり方なのよね」
「私の水魔法って、感染予防の役にたってたのね!」
俺とローレシアは毎日身体の操作を交代しながら、常に修道女5、6人分の働きをしており、このキャンプ内ではすでに一定の評価を得ていた。
だからキャンプ地組の修道女たちはみんな俺の言うことを素直に聞いてくれ、それを見たボノ村組の修道女たちは、半信半疑ながらも俺のやり方に賛同してくれた。
感染予防を徹底してから数日ほどたち、幸いなことに救護キャンプ地内ではまだ病気に感染する修道女は一人も出ておらず、修道女たちも徐々にこのやり方に慣れてきていた。
「ローラさん、お掃除のやり方はこれでいいの?」
「ローラさん、この「マスク」というのは口元を保護するのにとても便利ですね。もっとたくさん作りましょう」
「ローラさん、お風呂の準備ができたので一緒に入りませんか」
「誠に申し訳ありませんが、お風呂はちょっと」
「どうして? いつもアンとは一緒に入ってるのに、なぜ私たちとは一緒に入ってくれないのですか」
(おいローレシア、みんながお風呂に誘ってくれてるけどどうする? 一緒に入る?)
(ナツは絶対にダメ! わたくしは・・・まだ自分でうまく洗う自信がないし、それに・・・その)
(じゃあこの際、練習するのもいいんじゃないか)
(ち、違うのですっ! お風呂で目を開けるとナツに裸を見られちゃ)
【チェンジ】
「・・・あの、それではお風呂、ご一緒させていただきとう存じます・・・」
「きゃー、みんなローラさんが一緒にお風呂に入ってくれるって!」
「うそ、じゃあ私も一緒に入ろうかな」
「え、じゃーわたしも、わたしも」
「ちょっとみなさま、ま、待ってください・・・こ、このままでは危険です。アンも一緒に入ってくださいませ!」
そんな感じでキャンプ地の生活も軌道に乗り始め、本日の身体当番の俺は、アンリエット、アルフレッド王子と3人で早めの朝食を食べていた。
「ナツの言う通りにしていたら、修道女がまだ1人も病気に感染していない。どうしてなのだ?」
アンリエットが不思議そうに問いかけた。
「わたくしの世界ではこのようなやり方で、病気の感染を未然に防いでいるのですよ」
「ナツは大したものだな。だが君のおかげで僕の大切なローレシアも病気にならなくて済みそうだ。僕からも感謝を申し上げたい」
「まあ、アルフレッド王子からおほめに預かれて大変光栄ですわ。でもローレシアを守るという意味では、このわたくしナツも、アルフレッド王子やアンリエットと同じ護衛騎士ですね」
「ナツがローレシアの護衛騎士か・・・。なら、ナツはローレシアから絶対に離れることができないので、この3人の中では最も近くに仕える近衛ということになるな」
「くっ・・・これまでは私がお嬢様の一番近くでお守りしていたが、まさかその座をナツに奪われることになるとはな」
「それは違いますよアンリエット。わたくしはあなたが一番の護衛騎士だと思っています。どうかこれからもローレシアのためにしっかりと仕えてくださいね」
「ナツ! そうだな、私はこれからも誇りをもってローレシアお嬢様にお仕えする。この剣に誓うよ」
さて、救護キャンプの衛生面は整ったものの、街の中からは次々と患者が運びこまれて来る。どうやら下町から街の中心部まで病気が広まりつつあるらしい。最悪の事態だ。
このままいけば患者の数が大変なことになり、この救護キャンプがパンクして、患者に十分な治療を与えられなくなるのも時間の問題だろう。
このキャンプ地の中で受け身で対応していてはダメだ。街を何とかしないといけないが、ここの修道女と違って街の住人は俺の感染予防法なんか絶対に聞かないだろうし、そもそもこのエール病の治療法が何もわかっていない。
こうなったら、打開策を探るため今回の病気の発生源となった農村を調べる必要があるな。
「アンリエット、アルフレッド王子。わたくし、農村の様子を見に行こうと思います」
「それは危険だ。農村に入ればさすがのナツでも病気に感染してしまう恐れもあるし、ここを監視している街の住人達も勝手な行動を黙っていないだろう」
「しかしこのままでは、街全体に病気が広がってとんでもなく恐ろしい事態になりかねません。そうならないためにも、この病気の原因を調べる必要がございます!」
「ナツ・・・しかし」
アルフレッド王子は危険だと頑なに俺を止めようとするが、
「ナツ、私もお供させてもらう」
「アンリエット!」
「ナツはこの救護キャンプでの病気の蔓延を防いだ。私たちよりも病気に関する知識があるのは間違いない。だったら街全体に病気が広がらないようにする手立てを見つけられるんじゃないだろうか」
「・・・そうだな。僕はローレシアが心配なあまり、判断を間違えていた。今考えるべきことは民の命。そこを見誤るとは僕は王族失格のようだ」
「そんなことはありませんよ王子・・・では王子もわたくしと一緒に農村に向かっていただけるのですか」
「もちろんだよ。君一人をそんな危険な場所に行かせるわけにはいかないからな」
キャンプ地のことは修道女たちに託して、ボノ村に向かう準備をする。俺がいない間の治療用にと、魔導石に貯められるだけの魔力を注ぎ込んで置いていき、俺達3人は救護キャンプから外に出た。
「どこへ行くんだお前たち!」
キャンプ地を監視している街の男たちだ。
「これからボノ村へ行き、病気の原因を調べに行って参ります」
「病気の原因を調べにだと? ふざけるな! お前たちはここで患者の世話だけをしていればいいんだ!」
「しかしこのままでは街全体に病気が広まってしまいます。その前に何か手を打たなければ大変なことになりますよ」
「そんなことはお前が考えることではない! お前の仲間の修道女たちに教会で祈りを捧げさせている。病気の治療は彼女たちに任せておけばいいんだよ」
「そんなことでは、この病気は食い止められません。早くボノ村に行かなければ」
「うるさい、黙れ!」
そう言うと、男たちが一斉に殴りかかってきた。
だがアンリエットとアルフレッド王子が素早く前に立ちはだかり、男たちを食い止めた。
「貴様ら! ローレシアお嬢様に手を上げることは、この私が絶対に許さん」
「そうとも! 僕のローレシアに指一本触れて見ろ、その瞬間にお前たちの首が飛ぶ。その命はないものと思えっ!」
2人に簡単に組み伏せられた男たちは、
「痛てて・・・なんて強さなんだこいつらは。ただの修道女と修道士ではない・・・」
「くっ・・・貴様ら。ボノ村に行きたいのなら行くがいい。だがこのキャンプ地に戻ってくることは絶対に許さないからな」
力では敵わないことを覚った男たちは、睨みつけるような目つきで俺たちがボノ村へと向かう姿を黙って見ていた。
次回、ボノ村の実態があきらかになり、意外な真実が浮かび上がる
ぜひご期待ください




