第28話 重大な勘違い
男たちもあまり長い時間修道女としゃべっていると病気が感染すると思ったのか、ある程度怒りを発散させ終わると、キャンプ地から少し距離をとってこちらを見張りだした。
こちらとしても、いつまでも男たちの相手をするほど暇ではないので、再びローレシアに身体の操作を戻して、患者たちの治療に専念することにした。
そしてしばらくすると、先ほど男たちが言ったとおり、街の住人達に囲まれて魔力持ちの修道女たち全員がこの救護キャンプへ連れてこられた。
やはり、ここに俺達を集めておいて城下町に病気が蔓延するのを防ぐつもりのようだ。
修道女の中には、たまたま修道院に休息に戻っていたアンリエットとアルフレッド王子の姿もあった。
「ローラさん、ご無事でしたか!」
「アンにアル、大変なことになってしまいましたね」
「ああ、下町は今パニックになっていて、怒りの矛先が修道院に向けられてしまった。だがこの救護キャンプに閉じ込められている間は、逆に僕はローラから離れないでいられる。だからローラのことは僕がこの身に代えて守って見せるから安心してくれ」
「ありがとう存じます、アル。それよりその荷物はなんですか?」
アンリエットとアルフレッド王子の手には大量の手荷物が抱えられていたのだ。
「これはローラさんや私たちの着替え、生活に必要な道具、それに食料です。当分はこの救護キャンプから出してもらえそうにないので、これだけ大量の荷物になってしまいました」
「それはご苦労でした、2人とも」
「これぐらい何でもない。それよりもしてほしいことがあれば、なんでもこの僕に言ってくれ」
「いいえローラさん。アルではなくこのアンにお頼りくださいませ。女性のデリケートなお世話は、男のアルなんかには絶対に任せられません」
「だが身の安全を守るのは男である僕の方が得意だ」
「それも不要だ。なぜなら貴様よりもこの私の方が強いからだ。それとも今ここでどちらが強いか決着をつけてやってもいいぞ。かかってこいアル」
「アン、おやめなさい。アルもこうおっしゃってくれているのだから、二人はもう少し仲良くしてくださいませ」
「くっ・・・お嬢様がああおっしゃっているので、貴様にも何か手伝ってもらうことにしよう」
「ああ、僕も君と同じローラの護衛騎士だ。そうしてもらえると助かるよ」
俺は改めて現状を整理してみる。
今後、魔力持ちの修道女たちは、全員この救護キャンプに住み込んで病人の治療に専念する。
ボノ村に派遣されていた修道女10名のうち、まだ元気なものが6名、それにこのキャンプ地で治療にあたっていた俺達8名を加えた計14名が全戦力だ。
ちなみに、病気に感染した4名の修道女は、今このキャンプ地で中程度の患者として治療を受けている。
神父さんや魔力を持たない普通の修道女、修道士は城下町内の修道院に全員隔離されている。ただし、キャンプ地で俺たちの生活補助や患者の手当を手伝うために、普通の修道女10名が追加でこのキャンプ地に配属された。今回神父さんが送り込んでくれたのだ。
次に患者だ。現在このキャンプ地にいるのは、重症患者が15名、中程度の症状の患者が20名だ。
1人の修道女で診ることのできる重症患者は2名であり、中程度の患者なら4名を診ることができる。俺(=ローレシア)は修道女5人分の対応が可能。つまり、修道女(アルフレッド王子を含む)が13名になったことで、このキャンプ地は俺を加えて修道女18名分のキャパシティーになった。これは重症患者36名分、中程度の患者なら72名分に相当する。
だが修道女がいなくなった村からは、今後患者が押し寄せてくるだろうし、街に病気が蔓延し始めたら、そこからも患者が押し寄せて、このキャンプは一気にパンクするだろう。
一方で、このキャンプで治療を受けている患者は、一進一退を繰り返し、中程度の患者も含めて完治するものがまだ一人もいない。現状このキャンプを出られるのは、死んだ患者のみだ。
これはつまり、キュア&ヒールは対処療法にしかなっておらず、エール病気の治療方法もいまだ不明。
それなのに新たな患者が次々とこのキャンプに運びこまれ、病床の数だけがどんどん増えて行っている。
これが今の現状だ。
(これでは全くきりがありませんね・・・)
(そうだな。これだけキュアをかけているのに病気が治らないなんてどうしてなんだろう)
(それはキュアが怪我の治療を行う魔法で、病気を治すのに用いるものではないからです)
(ちょっと待って。キュアが病気の治療に使えないのなら、俺達は今まで何をやっていたんだ)
(時間稼ぎです)
(時間稼ぎ? なんの?)
(そもそも病気とは、身体に入り込んだ汚れた毒素が原因で引き起こされるものであり、それを取り除くには神の御威光で浄化するのが基本です。わたくしたちはその神の御威光が届くまでの時間稼ぎをしているに過ぎないのです)
(そ、そんなバカな! その神の御威光とやらが届くまで、みんなただ待っていただけだったの?)
(そうです。逆に伺いますが、ナツは何のためにキュアをかけていると思っていたのですか?)
(それはもちろんキュアで治療をするためだよ。ていうか神の御威光って何なの?)
(わたくしたちの教会の礼拝堂で修道女たちがいつも神に祈りを捧げていたでしょう。あれが神の御威光を賜るための儀式です。彼女たちの祈りが神に通じるまで、わたくしたちはこの魔力を使ってできる限りこの患者たちの時間を稼ぐのです)
(・・・・・)
(どうしたのですかナツ、急に黙り込んで)
(俺が元いた世界とは、病気に対する考え方があまりにも違いすぎると思っていたところだ)
(違いすぎる・・・ナツの世界では病気の時に神に祈らないのですか)
(全く祈らないわけじゃないが、病気の治療法はちゃんと別にあって病院の医者が治してくれるんだよ)
(それは祈祷師か何かが病気を治すということでしょうか)
(祈祷師ではなく、病気を治療する薬をくれたり、病気の箇所を切って治してくれる人の事だよ)
(ああ薬師と治癒師のことを言っているのですね。でも彼らはケガを治すのが仕事で、わたくしたち同様に病気の治療は専門外なのですよ)
この世界には本当に神様がいて、神の御威光とやらで病気を治すのかも知れないが、現状どう見てもその御威光が効いている形跡はない。だったら、治療方法がわからない今、少なくとも俺のやり方を試してみても損はないだろう。
(・・・よしっ!)
(突然どうしたのですか?)
(この病気はただ待っていても患者がどんどん死んでいくだけだ。なら、神の御威光が届くまでは、俺の元いた世界のやり方を試してみてもいいだろ)
(ナツの世界の・・・)
(ああ、前にも言ったとおり、俺の元いた世界はこの世界より遥かに進んでいる。だから俺たちのやり方がこの世界でどこまで通用するか、やってみても損はないだろ?)
(ナツのいた世界・・・そうね、わかりました。ナツの言うとおりにやってみましょう。ではわたくしたちに、そのやり方を教えてくださいませ)
次回、救護キャンプ地に現代の衛生知識を導入する
ご期待ください




