第27話 エール病
ところが、そんな修道院生活を始めて数日後、村で治療にあたっていた修道女の1人が疫病に感染して、俺達のいる救護キャンプに運ばれてきてしまった。
そしてそれがさらに数日で2人、3人と増えていき、これ以上は危険と判断した神父さんがボノ村での救護活動を断念。この救護キャンプのみの治療に切り替えてしまった。
それをキャンプ地の修道女たちにも知らせるために訪れた神父さんに、本日の身体担当をしていたローレシアが食って掛かった。
「ボノ村から修道女を全員引き上げてしまうと、衰弱して自力で村から出られなくなった患者はどうなってしまうのでしょうか?」
「我々の撤退時になるべく多くの患者をこの救護キャンプに連れてくるが、その後は村人自らの力でここまで来てもらうしかない」
「そんな・・・それではここに来ることが出来ずに、治療を受けられない患者がたくさん出てしまうではありませんか」
ローレシアがそういうと、神父さんの顔つきが変わった。
「ローラよく聞くんだ。この病気はエール病だ」
「エール病!」
「そうだ。昔から周期的に発生してきた恐ろしい病気で、一度これが流行すると村が全滅するまでおさまらない、とまで言われている」
「全滅・・・」
「そして今回のことで、エール病は神のご加護を受けている私たちでさえかかってしまうことがわかった。下手をすれば我々が全滅し、助けられる命も助けられなくなってしまう。だから私たちにできることは、この救護キャンプにいる患者を全力で助けること。それ以上はどうすることもできない」
(ローレシア、神父さんの言っていることは正しい。修道女の命も大切であり、彼女たちを危険にさらしてまで救護活動を続けることなどできない)
(おっしゃるとおり、わたくしは治療にあたる修道女たちのことを考えていませんでした。わたくしたちにできることをすべきでしたわね)
ローレシアもそのことに納得し、神父さんの方針で治療を行うことで心の整理をつけていたところ、今度は城下町の中で病人が発生したという急報が届いた。
救護キャンプに運ばれてきたのは教会の近くに住む少年で、修道女たちによるとよく礼拝堂にお祈りに来ていた顔見知りのようだ。
まだ軽症だが村人と同じような症状がでており、感染を怖れた街の住人が少年をこのキャンプに送り込んできたのだろう。少年の母親が心配そうに尋ねる。
「この子は大丈夫なんでしょうか。ボノ村ではたくさんの人がこの病で死んでいると聞きます」
「この救護キャンプに居れば、わたくしたちが魔法で治療を行います。絶対に助けてみせますわ」
「お願いします、シスター! どうかこの子の命をお救い下さい」
その後も街の住人が一人、二人と救護キャンプに運ばれてきた。みんな教会の近くに住んでいる住人ばかりだった。
(ローレシア、ひょっとしたら修道女から街の住人に病気が伝染して広がったのかも知れないな・・・)
(そうですわね・・・だったらわたくしたちも病気にかかってしまうかもしれませんわね)
(その危険性はかなり高い。一応俺は、感染しないように注意はしているつもりだけど)
(それって、ナツがいつもしている手洗いうがいの事でしょうか? そんなことをしても、病気に感染しなくなるなんて聞いたことがありませんよ)
(この世界では手洗いうがいの習慣はないの?)
(ございません。そんなことをするよりも、病魔を撃退するための神の加護が得られるよう、礼拝堂でたくさんお祈りをした方が早いと思います)
(お祈りって、そんなので病気がどうなるわけでも)
ローレシアの話や他の修道女たちの行動を見ている限り、どうやらこの世界の病気に対する考え方と日本の衛生習慣との間にはかなりの違いがあるようだ。
たぶん日本のやり方の方が正しいとは思うのだが、どうやってそれを証明すればいいのか考えていると、俺の耳元で突然ガツンという大きな音がした。
(ローレシア、一体なんだ今の大きな音は)
(ちょっと待って)
ローレシアが慌てて音のした方を見ると、足元には大きな石ころが転がっていた。
・・・石を投げつけられた?
誰かがローレシアに石を投げつけたらしく、常時展開していたバリアーに弾かれて、石が地面に転がっていた。
周りを見るといつの間にか街の住人がキャンプ地の周りに集まっていて、俺たちに怒りをぶつけていた。
(まずい、危険だから身体の操作を俺に代われ!)
(承知しました!)
【チェンジ!】
よし、身体の操作が俺に戻った。
「あなたたち、なぜわたくしに石をぶつけるのですか。危ないではないですか!」
「うるせえ! お前たち修道女がボノ村から病気を持ち帰ったせいで、俺たちの下町が大変なことになったじゃないか!」
「俺達は知ってるんだぞ。これはエール病だろ。一度流行すると街や村が全滅するまで止まらない死の病」
「お前ら修道女はもう城門の中には絶対に通さない。その救護キャンプから一歩も外に出るな!」
「そんな無茶苦茶な。わたくしたちにも食事や休息が必要です。修道院に戻れないと倒れてしまいます」
「後でお前たちのお仲間が生活道具を持ってこのキャンプにやって来る。お前たちの家は今日からこの救護キャンプだ」
「だいたい修道女のクセに病気にかかるなんて、神への祈りが足りていないヤツが病人の治療なんかするんじゃねえよ。ほんと迷惑な話だな。お前たちも最後はエール病患者とともに、ここで死ね」
どうやらこの男たちは、キャンプ地で治療にあたっている修道女たちが城下町に病気を持ち込まないように、ここで見張っているつもりのようだ。
俺たちは修道院に戻れなくなってしまった。
次回、救護キャンプを大改革します
ぜひご期待ください




