第23話 アンリエットの想い
昼休み、ローレシアはクラスメイトの女子達にアンリエットを加えたメンバーでランチをとるのが日課だ。そしてランチの後は女子達と別れて、アンリエットと2人でマリエットの研究室に向かうのだが、今日ばかりは少し違った。
研究室へと向かうの廊下の途中、ローレシアは急に立ち止まり、アンリエットに向けてこう告げた。
「アンリエット、今から申し上げることを落ち着いて聞いてください」
「・・・はい。なんでしょうか、お嬢様」
「今日、第4王子がわたくしの闇魔法クラスに編入してきました」
「なっ! アルフレッドがまさか」
「あなたがそのような反応をすると思いましたので、食堂ではクラスメイトの方たちには黙っていて頂きました。少し静かに話しませんか」
「・・・わかりました。それでアルフレッドはどこに」
「僕ならここにいる」
するとアルフレッドが廊下の曲がり角からスッと現れ、ローレシアの横で跪いた。
「アルフレッド、貴様!」
「アンリエット、今日からは僕もローレシアの騎士。これからよろしく頼む」
だがアンリエットの表情には困惑と苛立ちが現れ、10数秒の葛藤の後、懐に隠し持っていたショートソードを抜いて、アルフレッドに向けて構えた。
それを見たアルフレッドも懐のショートソードを抜き、アンリエットに応戦する構えを見せる。
慌てたローレシアが2人の間に割って入り、
「2人ともやめなさい! それにここは学校ですよ。そんな物騒なものを持ち込まないで下さい」
「しかし、アルフレッドが・・・」
「最初に剣を抜いたのはあなたでしょう、アンリエット。早く剣をしまいなさい」
「・・・くっ、わかりました。申し訳ございませんでした、ローレシアお嬢様」
「アルフレッド王子も剣をしまって下さい。これからマリエットの研究室に参りますので、2人ともそこで少し頭を冷やして下さい」
ローレシアの仲裁で渋々ながらアルフレッドの同行を認めたアンリエットだが、この様子だと彼を認めることは当分なさそうだな。だがいったい何が彼女をそこまで・・・。
今日も研究室にはマリエットが先に到着していたが、俺たちと一緒にアルフレッドが研究室に入ると、当然、彼女が慌てだした。
「あ、あ、アルフレッド王子! なぜこのアカデミーに王子がいらっしゃるのですか!?」
「今日からこのアカデミーの闇魔法クラスに編入してきたんだ。よろしく頼む」
「よろしくって、王族が勝手にアカデミーに編入なんかされたら問題が生じるのでは」
「それは大丈夫だ。父上と母上にだけは行き先を伝えてあるし、この国の国王にも直接話を通してある」
「・・・両国王が了承済みでしたら」
マリエットは一応はホッとした表情になったが、逆に俺はドン引きした。国王に話を通してまでローレシアを追いかけて来るって、どんだけローレシアのことが好きなんだよ。
さらに王子は話を続ける。
「それに今日からは僕は王族ではなくなった」
「え、王族ではなくなった?」
「ああ、今日からはローレシアの騎士アルフレッド。ここにいるアンリエットとは同僚になるから、そのように扱ってくれて構わない」
「アンリエットと同僚って・・・王族をそんな風に扱えるわけないじゃないですか」
アルフレッドの話に、マリエットはただ慌てるだけだったが、アンリエットは好戦的な目で、
「私はまだ貴様を認めたわけではない。それに私と同僚などと虫唾が走る。今すぐ貴様を叩き斬ってやる」
「落ち着きなさいアンリエット! ・・・しばらくはアルフレッド王子の好きなようにやらせましょう。そのうちに飽きて王国に帰ってくれます」
「ローレシア、僕が君に飽きるなんてことは絶対にない。だからそんな風に言わないでくれ」
「・・・時間がもったいないので、もう魔法の訓練を始めます。アルフレッド王子はアンリエットと一緒に部屋の外でお待ちください。それから2人とも絶対にケンカをしないように。わかりましたね」
夕食をとってから寝るまでの間の時間を利用して、俺とアンリエットはこの街のギルド裏にある闘技場で、戦闘訓練をすることを日課にしている。
俺は修道服でアンリエットは女騎士装備だが、俺は目立たないよう認識阻害の魔術具を身に付けている。
今夜も二人で木製の模擬剣を使って戦っていたが、ふいにアンリエットが俺に話しかけてきた。
「アルフレッドがお嬢様の騎士になることを、ナツは認めるのか」
「そうですね・・・わたくしはローレシアから話を聞いただけで、王都で実際何があったのか見たわけではございません。ですのでアンリエットのように、彼に対してそこまで怒ることもできないのです」
「ナツはそうかも知れないな。でも私は彼を許すことができそうにない。・・・アルフレッドをというよりは、あの国の王族全員に対してだが」
「王族全員ですか」
「第3王子の素行が悪かったのは、王族の誰もが知るところ。なのにローレシア様に対していたわりの言葉をかけるどころか、第3王子の素行の悪さをローレシア様の責任だと言う者までいる始末」
「なら第4王子はこうしてここまでやって来て、謝罪までしてくれたじゃないですか。王族の中では一番いい人だと思いますよ」
「確かにそうかもしれないが、肝心な時には全く役に立たず、結局お嬢様を死なせてしまった。でもそれは私自身にも言えることで、あの舞踏会の場に居合わせなかった上に、修道院でお嬢様の食事に毒を盛られたことにも気がつかなかったなんて。ああ・・・私はとんでもない失態を」
「もうその話はやめましょう。ローレシアもこうして生き返ったことですし、アンリエットが責任を感じる必要は全くございません。でも今の話でなんとなくわかりました。アンリエットは自分のことが許せなくて、同じ気持ちを第4王子にも投影してしまっているのではないのですか」
「・・・確かにそうかも知れないな」
「なら、アンリエットはきっと第4王子と仲直りができると思います」
「・・・でもすぐには無理だ。私自身、自分のことが赦せなくて、私の心の整理がつくまではどうしても」
「アンリエット、今の言葉で十分です。そのうち時間が解決してくれると思いますよ」
「・・・ありがとうナツ、少し気持ちが楽になった」
(ナツ、わたくしからもお礼を言わせて。アンリエットの悩みを聞いてくれて大変助かりました)
(アンリエットにはいつも世話になってるから、これぐらいなんでもないよ)
「礼には及びませんよ、アンリエット。それとさっきの話ですが、わたくしはどちらかと言えばキュベリー公爵家の方を許せないと思います。アンリエットはどう思いますか」
「キュベリーか・・・確かにあいつらは生かしておけないな。よし、私たちはもっと強くなって、いつか奴らを返り討ちにしてやりましょう」
「・・・アンリエットはもう十分強いと存じますが、まだ強くなるおつもりでしょうか」
「もちろんだナツ。私にもキュアとヒールの重ね掛けを頼む。もっと訓練のペースを上げていこう」
「わ、わかりましたが、ほどほどにお願いしますね」
俺はアンリエットと戦いながら、アルフレッドのことを考えていた。正確にはアルフレッドと会話をしていた時の、ローレシアの気持ちについてだ。
ローレシアはアルフレッドに対して突き放すような言い方をしていたが、感情の部分では違っていた。ローレシアはアルフレッドがそばにいてくれることを好意的に思っているのだ。
建前と本音、王族としてあるべき王子の姿と、自分を求めてくれている今の王子の姿に、大きな隔たりがあるのだろう。
決して混ざり合うことのない2つの選択肢を前にして、ローレシアは建前を選んだに過ぎなかった。
俺はローレシアの気持ちがわかっているから、アルフレッドが騎士になることを許容する。
アンリエットが嫌がる気持ちも分からなくはないが、ローレシアがそう望むのなら、俺はそれを受け入れるのが筋だろう。
そう、頭では分かっているのだが・・・。
なぜかはわからないが、ローレシアのことを考えるたびに、俺の胸は少しチクッと痛くなった。
次回は気楽に楽しめる日常のエピソードです
ご期待ください




