第2話 プロローグ②(ある侯爵令嬢の末路)
プロローグ後編です
冬の舞踏会。
冬期を王都で過ごす領地貴族たちが精力的に動くこの時期に、毎年王家が主催する大舞踏会が、今年も王宮で開催された。
きらびやかなドレスに身を包んだ貴婦人たちがパートナーと共に楽隊の奏でる演奏に合わせてダンスを踊る中、王宮ホール中央の王族が集う場所に、ローレシアは第3王子に呼びつけられた。
「ローレシア。本日でお前との婚約を破棄する」
多くの貴族の目の前で、ローレシアは婚約破棄という令嬢として最も恥ずべき処断を、突然受けてしまった。
もちろん第3王子が自分を疎ましく思っている自覚はあったが、それは女遊びを注意したからであり、婚約破棄には正当な理由が必要だ。
だがローレシアにはその理由が思い浮かばなかった。
「エリオット様、なぜわたくしが婚約破棄をされることになったのか、その理由をおたずねしてもよろしいでしょうか」
すると第3王子が忌々しげな顔をしながら、
「そなたはこともあろうにキュベリー公爵家の次女のマーガレットに理由もなく執拗な嫌がらせを続けた。爵位が上の公爵令嬢に対する非礼を行うために、私の婚約者としての地位を濫用するなど、言語道断」
「わたくしはマーガレット様に嫌がらせなどしておりません。そもそも彼女とは接点もございませんが」
「そんなことはないだろう。マーガレットからはお前から受けた仕打ちの数々を毎晩聞かされているぞ」
「・・・毎晩ってまさか、マーガレット様とそのようなはしたないことを」
「それを言うなら、お前も第4王子との間に隠し事があるのではないのか。いろいろな噂を耳にしている」
「アルフレッド様とは、何もございません!」
「ふん、私よりも側室の王子を選びやがって。だから私がそなたを誘った時に、即座に断ったのだろう」
「あれは! ・・・こんな場所で話す内容ではございませんが、きちんと婚姻を結ばないと貴族たちに対し王家としての示しがつきません」
「・・・王家として、王家としてって、お前は二言目にはそれだ! 年下のくせにいつも私に説教ばかりしおって、女は男に従っていればいいんだよ」
「しかし・・・」
「そのくせ、私の知らぬところで第4王子と逢瀬を重ねているのが許せん」
「だからそれは誤解だと」
「婚約者のくせに無駄に身持ちの固い優等生など私は好かぬ。それに比べて公爵家のマーガレットはいい女だよ」
「そんなことで・・・」
「婚約破棄はしたが、お前を第4王子には渡さない。お前の実家にはこちらで調べたお前の罪状を送りつけておいたから、これからどうなるか楽しみだな」
「・・・何をされたのでしょうか」
「実家に帰ればわかることだ。そして気が向いたら、今度はお前を私の妾にしてやってもいいぞ」
「妾って、まさか!」
「とにかくこれで婚約は解消だ。私の視界からとくと消えるがよい。衛兵、こやつをこの城からつまみ出せ」
「はっ!」
衛兵に取り押さえられてパーティー会場から退出させられる中で、わたくしは第3王子とマーガレットが寄り添う姿を見た。そのマーガレットがわたくしのことを見て笑い、その後ろにひかえていたキュベリー公爵のニヤニヤとした目つきで、黒幕が誰なのかを思い知った。
わたくしは助けを求めようと第4王子を見たが、側近たちに行動を止められているらしく、わたくしの方を見ながら悔しそうに拳を握り締めているだけだった。
家に帰ったわたくしを待ち受けていたのは、両親からの激しい叱責だった。
わたくしに身の覚えのない大量の罪状に頭を抱えてうろたえる両親。それらは全てでっち上げで、わたくしが無罪であることをどれだけ説明しても、両親は全く聞き入れてくれなかった。
それどころか逆に、わたくしの教育にどれだけの財産を投じたかを散々愚痴られた上に、アスター家にまでが罪が及ばないように、直ちにわたくしとの縁を切って、わたしを貴族社会から追放することがその場で決定された。
そんな捏造した罪状など無視してわたくしのことを助けてほしいのに、両親はそれを聞き入れることなく第3王子の主張だけを受け入れる。落ちぶれた侯爵家にはもとより王族に逆らう力などないのだ。
・・・これが第3王子が狙っていたことか。
第4王子との婚姻を阻止するため、わたくしを平民に落とした上で、マーガレットを正妻にした後わたくしを妾として囲うつもりなのね。
これを考えたのはおそらくキュベリー公爵・・・。
両親との話し合いも徒労に終わり、その後屋敷にいるわたくしの弟妹や親族、そして主だった家臣たちに向けて、わたくしが第3王子との婚約を破棄されたこと、そしてそれに至ったわたくしの罪状が読み上げられ、最後にお父様がわたくしに下した処分も発表された。
みんなの前に立たされて一人絶望しているわたくしに対して、親族たちは再び失望を与えられたことを恨み、これ以上ないほどの表情でわたくしを侮蔑した。
そしていつも特別扱いだったわたくしに嫉妬していた実の弟妹たちは、こんなわたくしの末路に怒りを顕にしていた。
「お姉様のお陰でわたくしたちはろくな教育を受けさせてもらえませんでした。おかげでまだ嫁ぎ先も決まっていないわたくしたちの気持ちなんか、お姉様には永遠に分からないと思っていました。婚約破棄されていい気味ですわね」
「姉上だけ特別扱いというのが正直気に入らなかった。挙げ句の果てに平民に落とされるなんて、姉上への教育費は全くの無駄金だったじゃないか。どうしてくれるんだ!」
そんな弟妹の言葉に追い打ちをかけるように、親族からも容赦ない罵声が飛んだ。
「そもそもアスター侯爵家の娘を王族の婚約者にするべきではなかったのだ。分をわきまえなかったから、キュベリー公爵家から目の敵にされたんだ。下手をすると、今後もずっと嫌がらせが続くかもしれない。さっさと公爵家に恭順の意を示して、ローレシアみたいな疫病神を早くこの家から追放してしまえ」
結局、家族や親族の中にはわたくしの心配をしてくれる者など一人もいなかった。
いつも身勝手な親族には何も期待していなかったが、両親や弟妹がここまで冷たいとは思わなかった。アスター家とはこれで縁が切れるが、むしろ清々するぐらいだ。
本当はこのアスター家やわたくしを排除したキュベリー公爵家、そして第3王子に仕返しの一つでもしたいが、もうその機会もわたくしには訪れない。
・・・・・悔しい。
それでもアスター家の家臣の中には、この決定がおかしいと反論してくれる者もいた。ブライト男爵だ。
男爵はお父様の決定を覆そうと必死に説得を試みてくれた。だがお父様の決定は覆らず、結局わたくしはアスター家を離縁されてただの平民となった。
平民となった元女性貴族にはいくつかの選択肢があったが、第3王子の妾には絶対になりたくなかったので、わたくしは修道女になる道を選んだ。
ただその際、わたくしの幼馴染であり侍女と護衛騎士の両方をしてくれていたアンリエット・ブライト男爵令嬢が、自ら志願してわたくしと共に修道院に入ることになった。
こうして必要最小限の手荷物だけを持たされて、わたくしとアンリエットは侯爵家の馬車に乗せられて、修道院へ送られたのだった。
修道院生活もそろそろ一週間。
今日もつらい仕事が終わり、唯一の楽しみである夕食の時間になった。
今日のわたくしは配膳係ではなかったため、アンリエットとともにテーブルについて夕食が運ばれて来るのを待っていた。
やがておいしそうな香りと共に夕食が配膳され、修道女長の祈りのもと、神への感謝を感じながら本日最後の食事をみんなで楽しむのだ。
そして神への祈りを終えて、わたくしも夕食を口にしたその時、
突然、胸に激痛が走った。
喉が焼けるように熱く、呼吸がうまくできない。
毒だ・・・。
わたくし、食事に毒を盛られたんだ。
嫌だ死にたくない・・・苦しい! 誰か助けて!
急速にかすれ行く意識の中で、隣に座っていたアンリエットが悲痛な表情でわたくしの身体を抱きしめたのがわかった。
目に涙を浮かべてわたくしに何かを叫んでいる。
でもわたくしの耳には、大切な幼馴染みである彼女の声が、もう何も聞こえない。
五感が失われていき、胸の苦痛も感じなくなった。
そうか。
これでわたくしの人生は終わるんだ。
・・・・・。
そして、わたくしは17年の人生に幕をおろした。
次回から本編の開始です
ご期待下さい