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奴隷の夫婦のその後

 雨の降りしきるある夜、とある田舎の農家の納屋で新たな命が誕生した。


 ボロをまとった妊婦がどうにか難産を乗り越え、それをたった一人で付き添った夫が生まれたての赤ん坊を妻に見せた。


「ほら見てみろよ、女の赤ちゃんだ。キミに似てとても美人さんだな」


「・・・ああ、わたくしの赤ちゃん」


 夫から赤ちゃんを受け取った妻がその頬にそっと手を触れると、小さな命は震えるような小さな声で産声をあげた。


「・・・ほぎゃあ」


 それを慈しむようにほほ笑んだその妻は、だが次の瞬間には表情を曇らせて夫を見つめた。


「・・・ごめんなさいエリオット。本当はこの子を産むべきではなかったのに」


 だが夫は妻の髪をそっと撫で、


「何を言っているんだマーガレット。たとえ僕の血が流れてなくても、この子は僕たち二人の子供だ。キミに対するのと同じだけの愛を、僕はこの子に注ぐよ」


「あなた・・・」


 その言葉に涙がとめどなく流れ落ちる妻を、夫は赤ちゃんともども優しく抱きしめた。


「これから僕たち3人の人生が始まる。それはきっと苦難に満ちたものとなるだろうが、この先どんなことがあっても僕はキミを生涯大切にするし、この子が無事に成人するまで命に代えて守り抜いて見せる」


「ああエリオット・・・わたくしにはあなたしかいないわ。心から愛してる」


「僕もだよマーガレット」


 そしてしばらく抱きしめ合った二人は、赤ちゃんの泣き声が少し大きくなったことに気が付いた。


「元気な赤ちゃんだ。きっと丈夫に育つぞ」


 そう言って嬉しそうに赤ちゃんを抱き上げる夫に、


「いつまでも「赤ちゃん」って呼んでいては、この子が可哀そうよ。いい名前をつけてあげましょう」


「名前か・・・僕は女の子の名前を付けるのは苦手だから、キミがつけてあげればいい」


「ダメよ。この子の名前はあなたがつけて」


「そ、そうか? では、こういうのはどうだろうか」


「あら素敵な名前ね。うふふっ・・・」







 そんな新たな命が誕生した納屋の外では、一人の男が中の様子をそっと覗いていた。幸せそうに笑い合う夫婦と、産声をあげる赤ん坊をもう一度確認すると、男は音も立てずにその場から立ち去った。


 そしてしばらく歩いた後に、見晴らしのいい丘の上で通信の魔術具を作動させる。


『こちらジャン。アンリエット聞こえるか』


『・・・こちらアンリエット。こんな夜更けに何だ』


 その若い男の名前はジャン。


 ランドン=アスター帝国の若き女帝ローレシアの最側近にして魔法アカデミー時代からの同級生のこの男は、とある密命を受けて帝国各地を転々としていた。


 彼が探していた者、それはローレシア女帝の実弟・ステッド・アスターの子供を宿している可能性のある唯一の女、元フィメール王国キュベリー公爵家の令嬢マーガレット・キュベリーの行方だった。


 彼女は、夫で元フィメール王国第3王子のエリオットと共に奴隷階級に落とされたものの、帝国で発生した大規模な内戦に紛れてその行方をくらませていた。


 そのためローレシアの腹心であるジャンが配下を連れて彼女たちの足取りを追っていたのだが、ようやく彼女たちを見つけたのがほんの数日前で、マーガレットは既に臨月を迎え出産間近であった。


 それから数日、ジャンは暗澹たる気分を抱えながら二人の後をつけていたが、無事に出産が終わり、生まれて来た赤ん坊がステッドの血を受け継いでいることを確認したのだ。


『アンリエット、例の件だが女の赤ん坊が生まれた。二人の会話からステッドの子供であることはまず間違いない。・・・瞳の色は緑らしい』


『・・・女か。少し面倒なことになったな』


『ああ・・・当初の予定どおり殺すか』


 ジャンは心優しい青年であり、正義の騎士に憧れて平民ながら魔法アカデミーに進学したほどで、陰謀や謀殺にはおよそ向いていないことを自覚していた。


 だがこれは自らかって出た仕事であり、世の中には平和を乱す不要な命も存在することも理解している。


 覚悟を決めたジャンに、だがアンリエットは意外なことを言い出した。


『・・・いやローレシアお嬢様からは、子供はすぐに殺さずにしばらく様子を見るよう仰せつかっている」


『様子を? だがこのままではアスター大公家に無用な混乱を起こしかねず、新帝国の分断の火種にもなりかねない。再び内戦が始まってもいいのか』


『・・・私からもそのように進言したのだが、子供が女の場合に限り生かしておくよう命じられた』


『女なら生かす? 帝位継承権は男女の区別なく与えられる。女だけ生かす意味が分からん・・・』


『・・・そうか、ジャンはずっと帝都を離れていたから、今の状況を知らないのか』


『帝都で何かあったのか?』


『ローレシアお嬢様と、シリウス教アーヴィン法王庁の大聖女クレア・ハウスホーファの二人が立ち上げた7家融和戦略会議があるのはジャンも知っていると思うが、そこでの調査で、お嬢様と同じType-アスターの血を増やすためには、直系女子が重要な役割を担うことが分かったのだ』


『Type-アスター? 何だそりゃ』


『・・・そこからなのか。長くなるので後で話すが、ローレシアお嬢様はステッドの子供が女児であれば、15歳まで成長した段階で魔力適性や性格を踏まえ、皇家に迎え入れる可能性を残そうとしておられる』


『あのステッドの子を皇家に迎え入れるだと? 正気の沙汰とは思えんが』


『・・・私もそう思うのだが、それがローレシアお嬢様のご意思だ』


『お嬢のご意思か・・・なら俺もそれに従うよ』


『・・・では、マーガレットとエリオットには引き続き監視をつけ、ジャンお前は一度、帝都ノイエグラーデスに帰って来い』


『今後の作戦を立てるんだな、了解した』





「命令なら仕方がない。一度帝都に戻るとするか」


 通信の魔術具を切ったジャンは、心にのし掛かっていた重荷がいつの間にか消えていたことに気づかないまま、街の方へと駆け出して行った。

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