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第198話 エピローグ

 春のあたたかな日差しの中、帝都ノイエグラーデスに二組のロイヤルカップルが誕生した。




 皇宮大ホールでは、シルクのウェディングドレスに身を包んだ俺とリアーネが、クロムとアルフレッドにそれぞれエスコートされ、シリウス中央教会ネルソン総大司教猊下が待つ祭壇の前にゆっくり歩いて行く。


 会場にはランドン=アスター帝国だけでなく、東方諸国やアージェント王国、メルクリウス=シリウス教王国の王候貴族が詰めかけ、彼らの見守る中、4人が祭壇の前に並んだ。


 ネルソン猊下がシリウス経典の一節を読み上げて、この結婚が神によって認められた神聖なものであることを宣言すると、俺とクロムはお互いのアポステルクロイツの指輪を指に着け合って、今日から夫婦となることを神に誓った。


 そしてクロムがベールをそっとあげて俺にくちづけをする。その瞬間、皇宮の鐘が大きく鳴り響いて、俺たちの婚姻が成立したことを帝都全体に伝えた。


 その後皇宮バルコニーに出て、広場に集まった民衆に手を振って結婚の報告をすると、民衆は大声援で答えて、俺たちの結婚を喜んでくれた。


 それから皇宮の中に戻ると、披露宴が始まった。




 ランドン=アスター帝国成立の日の舞踏会よりもさらに参加者が増えた今回の披露宴は、大ホールでは全員が入りきれないため、皇宮の中庭で開催された。


 先ほどの結婚式での厳粛な雰囲気とは異なり、この披露宴ではきらびやかに着飾った王侯貴族たちによる華やかなダンスも繰り広げられ、みんな楽しそうに俺たちの結婚を祝福してくれた。


 参列した貴族たちに求められるまま、俺はクロムと何度もダンスを踊ったが、リアーネ、アルフレッド夫妻による完璧なダンスを意識するあまり、俺は途中何度も躓いた。その度にクロムが優しく導いてくれる。


 披露宴は同時に貴族たちの社交の場でもありその後も延々と続いたが、俺はお披露目が終わると、早々に自分の離宮へと戻った。






 その夜、離宮の俺の部屋から全ての侍女を帰らせると、アンリエット一人だけを部屋に残した。


 そして彼女を前に、少し話をする。


「アンリエット、わたくしのこの身体は今日からあなただけのものではなくなります」


 俺の正面に立ったアンリエットは、少し寂しそうな表情をした。


「ローレシアお嬢様がアスター家を背負われる限り、避けては通れない宿命なのだと頭では理解していた。だがローレシアお嬢様ではなく、ナツがクロム皇帝のものになるのは、心が張り裂けそうなほどつらい」


「ごめんなさいアンリエット・・・でもわたくしの愛はすでにあなたに捧げています。そしてわたくしたち二人の関係も、生涯変わることはございません」


「そうだな・・・ナツ、あなたへの愛は今後も変わりません」




 アンリエットが俺にそっと抱きつく。


 そしていつものように俺の唇に自分の唇を重ねる。こういう時のアンリエットは、普段の女騎士の雰囲気が完全に影を潜め、一人のか弱い女性として全力で俺に甘えてくる。


 身体を任せたアンリエットが、少し頬を染めて俺に尋ねる。


「ローレシアお嬢様は今どうされているのですか?」


「先ほど眠りにつきました・・・わたくしの聖属性魔法・コールドスリープで」


 俺はネオンの代わりにシリウス教国の大聖女になることを条件に、ローレシアの魂に作用して彼女を仮死状態にするこの魔法を教わっていた。


 大聖女クレアはかつてこの魔法を全身麻酔の代わりに使って、患者に外科手術を行っていたらしい。その効果と安全性は折り紙付きである。


 結局、俺はシリウス教国の大聖女になる必要がなくなったものの、ネオンからはこの魔法を自由に使っていいと快諾してもらった。




 俺はクロムと夜を過ごす時は、必ずこの魔法をローレシアに使用する。


 ローレシアは絶対にクロムには抱かせない。


 これは俺のワガママなのだ。


「じゃあ今は私だけのナツなのね・・・」


 アンリエットは一言そう言うと、俺を求めて来た。







「アンリエット・・・そろそろクロムが、この部屋に参ります」


 俺の言葉に、ベッドから起き上がったアンリエットが慌ててネグリジェを身にまとうと、俺の部屋から出て行く。


「愛しているわ・・・ナツ」


 それだけを言い残して、扉をそっと閉めたアンリエット。俺も急いで身支度を整えると、クロムの訪問に備える。


 しばらくして扉がノックされ、クロムが部屋の中に入ってきた。


 完璧な容姿を持つこの青年の、綺麗に整った金髪が燭台の灯を反射させると、その美しい顔がまるで星の煌めきを伴っているかのように見える。


 清潔なローブの隙間から均整の取れた筋肉が少し見えると、俺の鼓動は高鳴り呼吸が苦しくなる。


 クロムがゆっくりと近づいてきて、俺が座るベッドの隣に腰かけると、耳元でいつものように優しく語りかけてくれる。


 彼がその長い指で髪を優しく触れるだけで、もう胸のトキメキが抑えられない。


「クロム・・・」


 吐息と共に漏れたその言葉に、クロムはいつものように愛をささやく。


「愛しているよ・・・ナツ」


 この身体はクロムを求めているが、俺の理性はかろうじて彼に答える。


「クロム・・・わたくしは親友としてあなたを敬愛しておりますが、この愛はローレシアとアンリエットに捧げております」


 それでもクロムは優しく微笑むと、


「ナツ、そんなことは百も承知でそなたと結婚した。そなたに余を愛してくれとは望まないが、余がそなたを愛することはたとえ神でも止めることはできない。この余の愛を、ただ受け止めてほしい」


 そしてクロムは俺をゆっくり押し倒すと、そっと唇を奪った。









 この夜、俺は女になった。








 翌朝目覚めたわたくしは、いつの間にかナツと身体の操作が入れ替わっていることに気がついた。


 まだ昨夜の魔法の影響が残っていて、全身の感覚が鈍っているのだけれど、さっきからナツの精神状態がとても不安定でとても仕事ができる状態ではないので今日の公務は全部代わってあげることにした。


 わたくしのせいでナツがこうなってしまったのだから、できる限りのことはしてあげないと・・・。



 クロムは既に自室に戻っており、侍女たちによって着替えも完了していたわたくしは、部屋に入ってきた護衛騎士のアンリエットと今日の予定を確認する。


「・・・ローレシアお嬢様、お身体は大丈夫ですか」


 心配そうにわたくしを見つめるアンリエットに、


「まだ身体が少ししびれてはいますが、公務に支障はないでしょう」


「無理をなさらないように・・・それでナツは」


「・・・彼も起きてはいるのですが、わたくしともまだちゃんとした会話ができていません。彼には本当に申し訳ないことをしましたが、今はそっとしておいてあげた方がいいでしょう」


「承知しました・・・」


 アンリエットはそれ以上何も言わなかったが、とても複雑な表情をしていた。


 このわたくしも皇族として毅然と振舞ってはいるものの、内心はとても複雑な気持ちなのだ。


 アンリエットの気持ちが痛いほどよくわかる。





 午前中は、各国からの来賓との謁見をこなすため、謁見の間でクロム皇帝の隣に座る。皇帝はわたくしの顔を見ると小声で、


「ローレシア・・・ナツをそなたから奪ってしまい、大変申し訳なく思っている。・・・それでナツは今どうしているのだ」


 女帝としての公務をナツではなくわたくしがやっているのを見て、クロムはナツに何かあったのではないかととても心配している様子だ。


「ナツはあなたと顔を合わせるのがとても恥ずかしいと申しております」


 わたくしがそう言うと、クロムも頬を染めて少し照れたようにわたくしから顔をそむけた。


 なんなのよ、この態度は・・・。


 かなりイラっときたわたくしは、


「クロム、今晩はわたくしがナツと過ごしますので、部屋には絶対に来ないでくださいませ」


 するとクロムは向こうを向いたまま一言呟いた。


「・・・承知した」




 午後、クロムは内政を行うために執務室へと向かったが、わたくしは引き続き来賓との外交を続けた。


 クロムと入れ替わりに、午前中は別のお仕事をされていたリアーネお姉様がわたくしと合流すると、彼女は全身から幸せオーラを垂れ流していた。


「リアーネお姉様はナツと違って、とてもはつらつとしてお幸せそうなご様子ですね」


 すると、


「わたくしは再婚ですのでクロムやナツのような初々しさはございませんが、アルフレッドには朝まで愛していただきましたので、今はとても充実しています」


「そ、そうですか。それはよかったですね・・・」


 クロムもリアーネお姉様も、みんな幸せそうでズルい。今夜は絶対にナツと二人きりになって、たくさん愛してもらおう。







 それから少し月日が流れ、アナスタシアが元気な女の子を出産した。


 まだ生まれたばかりだが、俺にはハッキリとわかった。この子はローレシアと同じ特徴を持って生まれた紛れもないアスターの血族だ。


 こうして赤ちゃんを目の当たりすると実感がわいてくるが、俺の子供はランドンかアスターのどちらの血を受け継ぐんだろうな。


 だがどちらの子供が生まれても、これから生まれる両皇族家の子供たちはローレシアとリアーネの二人が責任を持って育てる。


 ブロマイン帝国とは違った形の強い皇帝を生み出すためのシステム。つまり英才教育が施されるのだ。


 アナスタシアを労って赤ん坊を彼女へ返した俺は、リアーネとアンリエットを連れて公務へと戻る。


 今日は「7家融和戦略会議」の初回会合が開催される。ネプチューンとビスマルクの血族を探して保護するための行動指針を策定するため、アージェントの血族のアルト王子とクリプトンの血族のエリザベート王女、そして魔王メルクリウスに来てもらっている。


 このランドン=アスター帝国はまだ立ち上がったばかりであり、大陸の恒久平和の実現に向けて、仕事は山のようにある。


 俺は侍女長のマリアが取りまとめた報告書を読み直すと、各家の代表者が待つ会議室へと急いだ。












 それから長い歳月が流れた。


 女帝を退位し、帝国を子供たちに託した俺とローレシアは、アンリエット一人を連れて、聖地アーヴィン法王庁で大聖女の位に就いた。


 女帝としての仕事をやり終え、第2の人生もシリウス教信者のためにすべて使いきった俺は、やがてすっかり年老いて大聖女の引退の時期にも来ていた。


 そして俺たちと一緒に年を重ねたアンリエットは、護衛騎士として若いころから無理を重ねた反動からか俺よりも先にその人生を終えようとしていた。


「ローレシア様・・・ナツ・・・」


「アンリエット、しっかりして」


 アンリエットは苦しそうに何かを話そうとするが、その言葉に力はなく、もうほとんど聞き取れない。


 俺は彼女の意識があるうちに話しておく。


「アンリエット・・・もういいから、わたくしの話を聞いてちょうだい」


「・・・ナツ」


「わたくしもローレシアも、そしてアンリエットも、十分長い人生を過ごしました。そしてやるべきことも全てやり終えたと思います」


「・・・・・」


「わたくしたちはこの人生をやり遂げたのです・・・もう、思い残すことは何もありません。ずっとわたくしたちに尽くしてくれて、ありがとうアンリエット」


「・・・ナ・・・ツ・・・」


 俺はアンリエットの手を固く握ると、最後に別れを告げてローレシアに身体の操作を移した。



 【チェンジ】



 そしてローレシアも、アンリエットに最後のお別れをする。


「アンリエット・・・今まで本当にありがとう・・・もしあなたがいなければ、今のわたくしはありませんでした」


「・・・ロー・・・レシア・・・さま・・・」


 涙を流すアンリエットの手を、慈しむように優しく握るローレシア。


「アンリエット、わたくしとあなたは物心ついたころからの幼馴染みで、この長い人生をずっと共に過ごしてきたかけがえのない親友でした。そして本当に色々なことがございましたが、ランドン=アスター帝国はすでに建国50年を超え、当時からは想像できないほどの発展を遂げました」


「・・・はい」


「でもね。アンリエットもわたくしも、たった一つだけこの人生でやり残したことがございます」


「・・・・・」


「そう・・・わたくしたち二人が愛したナツ。彼の子を産めなかったこと」


「・・・・・」


 アンリエットが寂しそうに遠くを見つめる。だが急に表情を変えると、


「・・・ローレシア様・・・まさか」


 アンリエットは最後の力を振り絞って、ローレシアの手を握る。震える彼女の手にローレシアの涙がぽつぽつと零れ落ちる。


 そして決意を込めた目でアンリエットを見ると、


「今から、わたくしの生涯最後の大魔法を使います。これはナツと二人で決めていたことだから、アンリエットは何も心配しなくてもいいのよ」


「・・・ナツ・・・ローレシア様・・・あああ」


 アンリエットの大きな瞳から涙が溢れると、彼女は静かに目を閉じた。


「わたくしとアンリエットとナツ。この3人は必ず再会できると信じております。そしてまたこの3人で、今とは違う新たな人生を送りましょう」


 ローレシアは膨大な量の聖属性オーラを練り上げ、長い長い詠唱の果てに、その大魔法を発動した。



 【聖属性究極魔法・リーインカーネイション】



 神々しくも柔らかな光が寝室全体を覆うと、アンリエットとローレシアそしてナツの3人の魂が肉体から離れて、魔法陣の向こう側へと消えた。








 そして寝室には、ベッドに横たわったアンリエットと、そのベッドの脇の椅子に座りながらうつぶせになったローレシアの二人の遺体が取り残された。


                    ~完~

この長い物語にお付き合いいただき、大変ありがとうございました。


本エピソードを持って、令嬢勇者は完結です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  完結おめでとうございます。あの後、3人はどんな感じに転生するのかが気になって落ち着かなくなってしまいました。もし次回作があるならば、その作品の主人公達は実は生まれ変わったナツ達だった展開が…
[良い点] 私はナツがいつの日本からこの世界に転移してきたのか、またシリウス神にも会うかと思っていましたが、そこまでいきませんでしたね。 最後はまだ物語が続きそうなエンドでした。 記憶が戻るにはきっか…
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