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第196話 断罪【閲覧注意】

【閲覧注意】

前半から中盤にかけて斬首刑シーンがありますので、苦手な方は読み飛ばして下さい。


後半はステッドの奴隷落ちです。

 ランドン=アスター帝国の成立から数日がたった。


 旧フィメール王国を再び併合してアスター大公領となった自領への一時帰郷を明日に控え、日一日と寒さが厳しくなっていく雪がちらつくその日、戦争犯罪者たちの処刑が執り行われた。


 帝都ノイエグラーデスの片隅にある公開処刑場は、既に見物人であふれかえっていた。中世ヨーロッパと同じく処刑が庶民の娯楽の一つになっているここ帝都でも、民衆がこれから始まる3人の大罪人の処刑を心待ちにしていたのだ。


 非公開で処刑されるヴィッケンドルフ家やクラーク家などの成人男子が、その見せしめとして市中を引き回されて民衆から罵倒を浴びる中、彼ら戦争犯罪者の最後尾で全裸にされたマルク、バーツ、レオンハルトの3人が、処刑人に引きずられながら民衆の前をゆっくりと歩かされる。


 市中を練り歩かされた戦争犯罪者の列がやがて公開処刑場へと到着し、だらしなく太ったマルクの醜い裸体が見物人の前にその姿を見せると、女性たちを中心に一際大きな歓声が上がった。


 マルクが摂政・ヴィッケンドルフ公爵に政治を全て任せて奴隷女と自室に籠っていた暗愚な皇帝だったことは、帝都の臣民にも周知されている。


 もともと彼がかつて娶った令嬢たちの哀れな末路は有名で、退廃的で享楽的な高位貴族の代表格として、庶民からは嫌悪の対象となっていた。


 加えて慰み者にされて無残に死んでいった奴隷女たちへ同情も重なり、街の女たちはまるで自分たちがそうされたかのようにマルクに対する怒りで燃え上がっていたのだ。


 マルクが自分の前に来るのを見計らって唾を吐きかけたり、汚い言葉で罵倒する。その度に街の女たちを睨みつけるマルクだったが、処刑人がマルクの身体に鞭を打って反抗的な態度を戒めた。


 そしていよいよ刑の執行となり、処刑台に登らされたマルクはいよいよ自分の運命を悟ったらしく、その巨体を揺らして命乞いを始めた。


「待ってくれ・・・余はまだ死にたくない! クロムよ、頼むから余を殺さないでくれ・・・」


 処刑場の最奥に設置された玉座の片方にクロムの姿を見つけたマルクが、必死に命乞いをする。


「おっ、伯父上に言われて皇帝になっただけで、余がそなたの地位を奪ったわけではない!」


 だがクロムが彼に言葉を返すことはない。


 そのまま四つん這いにさせられて、自分の目の前に置かれた数多の罪人の血で汚れた桶の底を覗かされた瞬間、マルクは恐怖で失禁した。


「ひーっ! や、やめて・・・やめて!」


 だが処刑人はそのまま斧を振り下ろすと、一撃でマルクの首を切り落とした。鮮血を噴き出しながら力なく崩れるマルクの巨体。恐怖に目を見開いたまま身体から切り離されたマルクの首がその桶の中にごろりと転がり、その瞬間を見届けた見物人からは一斉に歓喜の声が上がった。




 その様子に顔を引きつらせるレオンハルト、バーツの二人と、ヴィッケンドルフ公爵家をはじめとする主戦派貴族たち。


 マルクの遺体が処刑台から乱暴に引きずり下ろされると、レオンハルトとバーツの二人の順番が回ってきた。処刑台へと引きずり上げられる二人に向け、主戦派貴族たちは深い憎しみと恨みを込めて睨みつける。


「貴様ら二人のせいで、我々までこのような目に!」


「お前たちニセ勇者の卑怯な魂など、絶対に神の御許に帰ることはないだろう。地獄の業火に焼かれながら永遠に後悔し続けるがよい」


 主戦派貴族たち全員からの怨嗟と呪詛、そして見物人たちの罵倒と歓声に包まれながら、レオンハルトとバーツが処刑台に乗せられた。


 全裸にされた二人の勇者は、マルクと異なり筋肉で引き締まっており、街の女たちは別の意味で歓声を上げている。街の男たちは若干の嫉妬を感じながらも、これから無残に処刑される二人の運命をニヤニヤ笑って楽しんでいた。


 レオンハルトは一時の重篤な状態からは脱したものの、未だ身体中に皮下出血を起こして下血を垂れ流している。本来はまだ治療が必要な状態なのだが、これから処刑をされる彼にはもう延命治療の必要がなく、キュアやヒールをかけてもらえることは永遠にない。


 全身を走る激痛や吐き気、倦怠感など、ありとあらゆる苦痛を感じながら雪がちらつく冬の帝都で全裸を晒されるレオンハルトは、それでも間近に迫ってくる死の恐怖と生への執着が頭の中を埋め尽くす。生物の本能として、最後の瞬間まで死から逃れたいのだ。


「あああ・・・あうあ・・・た、助けてくれ・・・・ローレシア・・・」


 玉座に座る若き女帝に涙を流して助けを求めるレオンハルトだったが、もはや喋ることも困難なほど衰弱した彼の声は、隣で同じく四つん這いにされているバーツ以外に聞こえることはなかった。


 必死に命乞いをするレオンハルトよりも先に、すべてを観念し終始無言だったバーツの首が落とされた。


 バーツの首が血で汚れた桶の中に転がり落ちるのを見たレオンハルトは、あまりの恐怖に失禁した。


「・・・あああっ! ・・・ひゃうあ・・・」


 そしていつまでも続くレオンハルトの意味不明な言葉は、だが処刑人の斧が真っすぐに振り落とされた瞬間から、もう何も聞こえなくなった。代わりに見物人の歓声で処刑場が埋め尽くされる。


 その後3人の首が処刑場の壇上で串刺しにされて晒されると、首から下の胴体は罪人を埋葬する墓地へと運ばれて、しばらくさらし者にされた後に他の罪人とまとめて土に埋葬されることになる。






 3人の公開処刑が終わり全ての見物人は処刑場から外に出されていく。その様子を玉座で見ていた俺に、クロムは優しく声をかける。


「ナツの世界ではこのような処刑は行われていないのだろう。見物人もいなくなったし、そなたがもうここにいる理由はない。自室に戻って明日の旅の準備でも始めた方がいい」


 そう言って、俺を離宮へ戻るよう促すが、


「いいえ、わたくしもクロムと共に最後までこの処刑を見届けます。今回の内戦はわたくしたちが勝利できましたが、敗北していれば今あそこで刑を受けていたのはわたくしたちだったはずです。それに彼らの死の上に帝国の平和を築いていくのですから、その死に様をこの目に焼き付けて生涯背負っていきたいのです」


「・・・そうだな、ナツの覚悟はわかった。では余と二人で彼ら全員の死を目に焼き付けることとしよう」




 そして見物人が一人もいなくなった処刑場で、主戦派貴族たちが流れ作業のようにその首を切り落とされていく。その全ては成人男性であったが、たった一人だけ未成年者がいた。


 カミール・メロアだ。


 マルクを皇帝として担ぎ上げた主戦派貴族14家のうちメロア家だけが無罪として許された。


 それは勇者アランの忠義に報いるための恩赦だったが、カミールの愚行によりその家族にだけは例外的に厳罰が与えられた。


 父と兄は不出来なカミールを恨みを込めた目で睨みつけるだけで、カミールの謝罪の言葉に対して一言も口をきかなかった。


 カミールは自分の連座で処刑される父と兄に申し訳なく思うとともに、平民に落とされた母親やまだ幼い弟妹たちのことを考えると胸が締め付けられた。


 聞かされた話によると、わずかばかりの金を握らされて帝国から追放されることが決まった家族は、東方諸国のどこかの国で生活を立ち上げるらしい。


 だが名門貴族家の一員として暮らしてきた彼女たちに生活力など皆無であり、メロア家からの援助を一切受けられない彼女たちが無事に冬を越せるとはとても思えなかった。


 自分の軽率な行動で家族の未来を奪ってしまったカミールには、だが今となっては絶望に打ちひしがれながらその最後の瞬間を待つしかなかった。


 やがて目の前で父親の首が斬り落とされ兄がその後に続いた時、とうとう自分の順番が回ってきたことを理解する。


 乱暴に引きずられて処刑台へと上がらされる途中、玉座に座るローレシアの姿が目に入った。


 帝国の女帝にまで上りつめたその少女は、魔法アカデミーに突如転校してきた因縁のライバルだった。


 東方諸国の小国の伯爵家を追放された平民の彼女が、突然ソーサルーラの大聖女に祭り上げられ、魔法アカデミーでちやほやされていたのが許せなかった。


 超大国ブロマイン帝国の名門貴族である自分が彼女に負けることは許されず、だがあらゆる努力を惜しまなかったにも関わらず、どうしても勝てなかったカミールの心は、いつしか彼女への殺意で埋め尽くされていた。


「一体何をやっていたんだろうな・・・」


 ガートラント要塞の戦いで彼女に敗北してようやく自分の愚かさを知ったカミールは、もう一度やり直せるなら今度は女帝ローレシアのもと、新帝国のために働きたいと思った。


 だが無常に振り下ろされた処刑人の斧によって、その機会は永遠に失われた。






 次の日俺はローレシア勇者部隊を率いて旧アスター王国に帰還した。しばらくここに滞在して帝国への併合のための仕事に忙殺されることになるのだが、その前にやっておかなければならないことがある。


 ステッドの処罰だ。


 旧アスター王国の法律により終身奴隷刑に決まったステッドは、エリオットとは違ってマーガレットという奴隷紋で定められた配偶者がいないことから、去勢手術がすでに施されていた。


 新帝国の皇室に連なる血を散逸させないためだ。


 さらにクロム皇帝から借りて来た魔術具を使って、ステッドの行動に奴隷紋による制約をかける。


 それは旧アスター王国の領地内から外に出られないという移動の制限と、女性との生殖行為を一切行ってはいけないという念のための措置だ。


 俺は自分の魔力でステッドに奴隷紋を刻むと、エリオットとマーガレットの夫婦を引き取ってくれた奴隷商人に彼も引き取ってもらった。


「陛下、このステッドはとても見栄えがいいので男娼として高く売れそうです。エリオットの時は夫婦奴隷という制限もありそれができませんでしたが、こいつなら存分に金を稼いでくれるでしょう」


「そのようなニーズが本当にあるのでしょうか」


 あまり想像したくはないが、カルのような男色趣味を持つ男たちも一定数は存在するのだろう。


「シリウス経典では固く禁じられていますが、貴族の中にはお忍びで男娼を求められる方も多くいますし、平民の富裕層は宗教上の制約がないため、常に一定のニーズがあります。それに最後は炭鉱奴隷たちの性欲のはけ口として使い潰される場合もありますが、いずれにせよステッドは客には困らないでしょうね」


「そうですか・・・。それではステッド、あなたとはもう二度と会うこともないでしょうが、残りの人生を奴隷として人々に奉仕し、その生涯を全うなさい」


「もがーーっ! もがーーーっ!」


 涙を流して必死に赦しを乞うステッドだが、奴隷商に力ずくで押さえつけられ荷馬車に放り込まれると、馬車は下町の方へと走り去って行った。





 ステッドを見送ったアナスタシアが俺に尋ねる。


「カルはどうしてステッドなんかに目を付けたのでしょうね」


 今となっては全て闇の中で真相は分からないが、


「カルは堕天使の血族がどの家門かを知っていましたので、自分の手下として一人欲しかったのかもしれません。そこにちょうどアスター家を追放されたステッドがいたので、目を付けたのでしょう」


「あの子がカルから色々な古代魔術具を持たされていたのも、わたくしたちの特別な血と相性が良かったのかも知れませんね」


「ええ。メルクリウス伯爵にお聞きすれば何かご存じかも知れませんが・・・今となってはもうどうでもいいことですね」




 アナスタシアもそれで納得したようでこの話は終わりになったが、彼女はより深刻な表情で眉間にしわを寄せる。


「ナツ、ステッドが通っていたという商売女の店を全て洗い出し、あの子の子供を産んだ女がいないか調査していますが、今のところそのような事態には陥ってないようです」


 アナスタシアがずっと気にしていたのはご落胤問題だ。あとでよくわからない連中から皇族の一員だと名乗りを上げられる事態を避けるためにアナスタシアは必死なのだ。だが、


「肝心のあの子だけは、行方が掴めないのです」


「・・・マーガレットですね」


「ええ。ステッドの家は既にもぬけの殻で、おそらくカルがステッドを連れ出した直後には、あの家には誰も住んでいなかったようなのです」


「ではエリオットと二人で逃亡を・・・」


「だと思います。それでアスター王国全体に捜査網を広げていたのですが、困ったことになったのです」


「困ったこと?」


「ええ。あの二人の奴隷紋で移動を許可したのは「ローレシアの統治する国」なのですが、ランドン=アスター帝国が成立してしまったため、新帝国ならどこへでも自由に移動できるようになってしまいました」


「それはマズいですね・・・旧アスター王国内でもたくさんの街や村があってあの二人を見つけられないでいるのに、こんな超大国の中で奴隷の夫婦を探すのはひょっとしたら不可能なのでは・・・あの二人にアスター王国の帝国への編入が知られる前に、一刻も早く探し出してしまいましょう」





 雪が本格的に降り積もってきた冬のある日、旧フィメール王国の国境から帝国領内へと入った馬車の荷台から降りたその貧しい夫婦は、わずかばかりのお金を農夫に渡して深く頭を下げると、そのまま西へ向けて歩いて行った。


 身重の妻をいたわるように寄り添う夫の姿に、その農夫はシリウス神の加護がこの若い夫婦にあらんことを祈って、馬車を引き返していった。

次回は、クロムとの結婚を控えたナツの話


お楽しみください

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