第195話 舞踏会の夜
Subjects runesと同名のエピソードですが、主人公が異なる別視点のものとなっております。
両方を読み比べて、差分をお楽しみください。
舞踏会が始まった。
純白のロングドレスを身にまとい、アスター王家の王冠を頭に乗せ錫杖を左手で握った俺は、その右手をクロム皇帝にエスコートされ、大ホール奥にある玉座へとゆっくり歩いて行く。
この玉座は、何かある度にローレシアにプロポーズしていたクロムがいつも用意していたものだ。最初はギャグかと思っていたこの玉座に本当に座る日が来るとは、全く想像もしていなかったな。
クロムは二つ並んだ玉座の左側に俺をそっと座らせると自分は右側の玉座に座り、大ホールに集まる王侯貴族たちを見据えた。
そしてリアーネが俺の左側、バイエル宰相がクロムの右側に立つと、宰相が舞踏会の開会を高らかに宣言した。
超大国ランドン=アスター帝国にふさわしい、とんでもない広さのこの皇宮大ホールには、それでも所狭しと多くの帝国貴族たちがひしめき合っていた。
その貴族たちに混じって、東方諸国連合軍に従軍していた王侯貴族たちや、アージェント王国の陸海軍総司令官とその幕僚である高位貴族たちもこの舞踏会に参加していた。
そんな彼らがこぞってクロムと俺への謁見を求め、長い行列を作る。その一番先頭にいるのがアージェント王国の王族。アルト王子とアウレウス公爵兄弟、エリザベート王女とシュトレイマン公爵の5人だ。
前者の3人はアージェント一族の素養を継承した王族で、後者の2人はクリプトン一族の素養を継承した王族だが、俺たちのランドン=アスター帝国も彼らの統治機構を参考に国作りをしていくことになる。
次に挨拶に訪れたのは、東方諸国の盟主ソーサルーラ国王と第2王子のランドルフだ。
これまでは帝国元老院による半属国的な扱いが災いして、何かと衝突することが多かった帝国と東方諸国だったが、俺が女帝になったことで今後は平和路線に大きく舵を切る。
俺が魔法王国ソーサルーラの大聖女を引き続き務めるのも、東方諸国との友好の象徴となるためだ。
「まずは大聖女ローレシアとクロム皇帝陛下のご婚約に祝福の意を示させていただきますが、我が息子ランドルフとの婚姻が成立せず、痛恨の極みです」
ソーサルーラ国王がさも残念そうに祝辞を述べる。
「婚姻関係がなくても、わたくしはソーサルーラとの関係を疎かにすることはございませんので、そこはご安心くださいませ」
「もちろん我々は大聖女ローレシアを信頼してますので、今回は大人しく身を引くのです。さもなければ、そなたをかけて帝国との戦争になっていたでしょうからな」
いきなり物騒な発言をするソーサルーラ国王は、いたずらっぽくニヤリと笑っていた。
「わたくしにそこまでの価値はございませんが、無駄な戦争がひとつ減ったことに喜びを感じます」
質の悪い冗談を言うソーサルーラ国王を適当にあしらうと、今度は隣にいるランドルフ王子が俺に話しかけて来た。
「勝負に負けた俺は、潔くクロムにキミを譲ることにするが、最後に一曲だけ俺とダンスを踊ってほしい。それぐらいの願いは聞いてくれるかい、ローレシア」
こんな場合どう答えたらいいのか分からない俺は、隣のクロム皇帝の顔を見た。クロムは小さくうなずくと、俺の代わりにランドルフ王子に答えてくれた。
「是非ローレシアとダンスを踊ってやってくれ、ランドルフ王子。余はそなたとともに過ごせたこの数か月間が本当に楽しかった。余は幼いころからライバルの皇族たちとの戦いに明け暮れて、友を持ったことがなかった」
「クロム皇帝・・・」
「これからも余の大切な友人として、変わらず付き合ってくれると嬉しい、ランドルフ」
「ああ。それは俺も同じ気持ちだ。・・・ローレシアとの婚約、本当におめでとうクロム」
その後も東方諸国の王族たちが順番に挨拶に訪れた後、帝国貴族の重鎮たちが挨拶の列を作る。基本的に主戦派寄りだった帝国貴族たちは、リアーネの説得により今は融和派へと転向している。そのためクロムや俺への信用を一から得るために必死なのだろう。
だが、そんな長い行列をすっ飛ばして、リアーネとバイエル宰相の2人に連れて来られたのが、アージェント王国のメルクリウス伯爵だった。
何か急な打ち合わせが入ったとかで、舞踏会には遅れて参加する旨の連絡があった彼だが、それも無事終わったようで、3人の美少女を連れての登場だ。
1人は正妻のフリュオリーネ・アウレウス・メルクリウス。アージェント王国の名門アウレウス公爵家の令嬢だ。
そして後の2人はシリウス教国最高指導者・大聖女クレア・ハウスホーファ、つまりネオンと、神使徒の巫女ジューン・テトラトリス侯爵令嬢である。
このメルクリウス伯爵、同じ日本からの転生者だというのに、こいつはハーレムエンドでしかも自らが神に近い存在となった元魔王という、ラノベのお約束を全て達成できた真の「もののふ」だ。
一方、TS転生の俺は、最後は男と結婚することになった精神的BLエンドである。
なんなんだよこの格差は・・・。
ちょっと頭に来たからこいつの大嫌いな宗教ネタでからかってやった。すると過剰反応して、大勢の貴族たちがいる前で宗教を否定する発言をしようとした。
俺もさすがにマズいと思ったが、3人の嫁がよってたかってこいつが発言する前に口を封じてしまった。
マジかよ! すげえ連携プレイだな・・・。
古代魔法の創造者にして、堕天使スィギーンの生まれ変わりだったこの男。その実態は、完全に3人の嫁の尻に敷かれている、ちょっと間の抜けた伯爵だ。
カルやその師匠のミスト・クリプトンが、アージェント王国との全面戦争も辞さずに手に入れようとした古代魔導文明の遺跡。
その所有者こそが目の前にいるこの男だが、カルはその事実を知らず、自分が追い求めた理想であるメルクリウス伯爵の顔を見ることもなく死んでしまった。
もしカルが彼の存在を知っていたら、それでもアージェント王国との戦争を続けたのだろうか。
今となっては、もうその答えはわからない。
挨拶が終わって立ち去ろうとするメルクリウス伯爵を、俺は少しの間だけ引き留めた。せっかく古代魔法の大家が目の前にいるのだし、どうしても聞いておきたかった質問をしてみた。
あまり人に聞かれたくない内容だったので、彼の耳元でそっと問いかける。
「メルクリウス伯爵・・・クロムとの結婚を今さら取り止めるつもりはありませんが、その前に一つだけ知っておきたいことがございます」
するとメルクリウス伯爵は真面目な表情で、
「ナツの質問はたぶん、ローレシアと身体を共有している今の状態を正常化できるか、ということだろ?」
やはりわかっていたか。
「メルクリウス伯爵はこの世界で最高の魔法の権威であり、そのあなたが出来なければ何人たりともそれを行える者がいない。だから教えてほしいのです」
「俺もいつかは聞かれると思って、その答えを事前に考えておいたんだ。結論から言えば二人を分離する方法はある。だがそれで二人の望むような結果を生み出すことはない」
「望む結果は生み出せない・・・たとえどんな魔法を使っても、わたくしとローレシアの望みには答えられないということですか・・・」
俺は深い落胆と同時に、それと同じくらいの安堵を感じながら彼の答えを待った。
「方法は2つあるんだが、そのうちの1つは今すぐにでも可能だ。俺が最初にこの世界に転移した時に使っていた仮の肉体・・・俺たちの用語で「被験体」というものに意識を転移する方法がある。「被験体」は今手元に1体しかなくて、メルクリウス騎士団のサー少佐が現在使用している。その肉体を譲り受けてナツの意識を転移させれば、一応は二人を分離できる」
「サー少佐の肉体にこのわたくしが転移・・・」
「だがこの肉体には生殖機能がないので、ナツとローレシアがそういう目的で結ばれることはできない」
「・・・もしそんなことをしたら、今の状態と変わらないどころか、ローレシアが誰か別の殿方の子供を産まねばならないではないですか!」
「その通りだ。だから俺はこの方法はお勧めしない」
「わかりました。では第2の方法は」
「それは・・・」
俺はメルクリウス伯爵に話を聞いて本当に良かったと心の底から思った。
心が晴れ晴れした俺は彼に礼を言うと、クロムとの結婚に一切の迷いがなくなった。
俺はクロムとの子供を産む。
そしてローレシアとアンリエットを、生涯変わらず愛し続ける。
お前は宗教が大嫌いかも知れないけど、俺はお前の言葉で本当に救われた。
ありがとう、神使徒様。
そしてダンスの時間が始まった。
最初は俺とクロム皇帝の二人だけで、ホール中央でダンスを踊るのだが、すべての王侯貴族が見守る中、ダンスが苦手な俺がクロムに恥をかかせてはいけないと思い、ローレシアに身体の操作を代わろうとした。
だが、クロムが俺とダンスがしたいと強く申し出たため、ローレシアの指示に合わせて俺自身でダンスをすることになった。
「なかなか上手いじゃないかナツ」
「クロムのリードとローレシアの指示のおかげです」
周りに聞こえないように耳元で囁くクロムの声に、俺の心臓がときめきを感じながらも、そんなそぶりを少しも見せずに平然とダンスを続ける。
曲の序盤を終えたところでようやく他の参加者たちが次々と俺たちの周りでダンスを始める。
帝国貴族だけでなく、東方諸国やアージェント王国の王侯貴族たちもそれぞれのパートナーを見つけてはダンスの輪に加わって行く。そんな貴族たちの中に、メルクリウス伯爵の姿を見つけた。
彼は最初のパートナーを、正妻のフリュオリーネではなく、ソーサルーラのアスター邸に今も転がり込んでいるセレーネを選んだ。
白銀に輝く長い髪と赤い大きな瞳のこの美少女は、大聖女クレアがこの時代に転生するために選んだ現身であり、500年前に突如現れた魔王メルクリウスの半身だ。
そんな魔王の二人が俺たちのすぐ近くでダンスを楽しんでいるなんて、ここにいるすべての貴族たちは想像すらしていないだろうな。
1曲を踊り終えた俺は、パートナーをクロムからランドルフ王子へと交代する。クロムが俺を彼に引き渡すと、心ゆくまでダンスを楽しんでくるように声をかけて玉座へと戻って行った。
「ではローレシア、俺とも一曲お付き合い願おう」
「承知いたしました、ランドルフ王子」
黒いタキシードがよく似合う、明るい茶髪のイケメン王子がさわやか笑顔で俺をリードしていく。
そのダンスはクロムよりも大味で少しワイルドだ。
「卒業まであと少しだけど、魔法アカデミーにはまだ通うんだろ、ナツ」
ランドルフ王子は人前では俺のことをローレシアと呼ぶが、誰にも聞こえない場所ではナツと呼ぶ。
「ええ。ただ帝国での公務やアスター王国の帝国への編入があって、あまり通えないかもしれません」
「じゃあ、我が国の大聖女としての仕事は当分休みになるな」
「でも少し落ち着いたら、そちらの仕事も再開しなくてはなりませんね。療養所をいつまでもアスター家の分家に押し付けているわけにも参りませんし、伝染病の備えもしておかなければなりませんから」
そして曲が終わり、最後に優しい笑顔でお辞儀をしたランドルフが、俺のもとを静かに離れていく。
ああ・・・これで彼と一緒にダンスを踊ることも、もう二度とないのだろうな。
俺がランドルフの後ろ姿をぼんやりと見送っていると、アルフレッド兄妹が彼と言葉を交わしていた。
そしてレスフィーアがランドルフの手を引いて、再びホール中央へと戻ってくる。どうやらランドルフの次のパートナーが決まったようだ。
そしてアルフレッドもこちらに歩いてくると、俺の足元跪いて、
「ナツ、最後にローレシアと一曲ダンスをすることを許してはもらえないか・・・」
そうだな・・・。
ローレシアはアルフレッドの幼馴染であり、腹違いの兄の婚約者だった。そんな叶うことのない初恋の相手だった彼女を最終的にアルフレッドから奪ってしまったのは、他でもないこの俺だ。
俺はコクリと一つうなずくと、小さな声でその呪文を唱えた。
【チェンジ】
アルフレッドとローレシアのダンスが始まった。
俺よりもはるかに洗練されたダンスを披露するローレシアの姿に、周りの貴族たちはうっとりとした表情でため息をつく。
黄金の長い髪に緑色の大きな瞳を輝かせる若き女帝陛下と、少しだけ髪が伸びた金髪をキラキラと輝かせる優し気な表情の王子との華麗なるダンスは、ホールにいるすべての貴族たちの注目を一身に集めた。
曲に合わせていつまでも楽しそうに踊る二人だが、曲の終わりが近づくにつれて、名残惜しそうに別れを悲しんでいるようにも見えた。
そして曲が終わり、二人は静かに身体を離した。
「さようならローレシア。これでキミとダンスを踊ることも、もうないだろう」
「ええアルフレッド・・・。あなたの気持ちに答えられなくて、本当にごめんなさい」
「ローレシア・・・ナツと2人でいつまでも幸せに暮らしてくれ。それが僕の今の願いだ。それからナツ、僕はキミに謝りたい。キミに求婚したことは完全に僕の間違いだった。キミをローレシアの代わりのように考えてしまっていたが、キミはローレシアではなくナツ・・・僕の大切な親友なんだ」
アルフレッドの謝罪に、ローレシアは小さな声でその呪文を唱えた。
【チェンジ】
いつまでも頭を下げるアルフレッドに、俺は優しく声をかける。
「アルフレッド・・・もう顔を上げてください。わたくしたちは親友なのですから、これからも友人としてわたくしの傍にいて、このランドン=アスター帝国をともに支えてください」
「ああ、そうだな。僕は全力をもってナツとクロムという2人の親友が作るこの新帝国をともに支えていくことにするよ」
そして俺はアルフレッドと固い握手を交わす。
アルフレッドはいつものさわやかな笑顔に戻ると、静かに俺の元を去って行った。
次回は、戦犯の断罪です
念のために、閲覧注意とさせていただきます




