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第191話 聖地アルトグラーデスの戦い⑤

 世界がコマ送りのように速度を落としていくと、それまで倍速再生のようだったフィリアの戦いがハッキリと見えてきた。


 これがクロックアップか!


 俺は魔剣シルバーブレイドを握りなおすと、そこにオーラをまとわせて、カルのゴーレムへと突進した。ゴーレムと一心不乱に戦っているフィリアはこちらを振り向きもせず、だが俺のオーラを感じて、


「お姉様にはわたくしの動きが普通に見えているのでしょう? ウフフフフ、どうやらわたくしたちは同じスピード特化型だったみたいですね。ではスピードでカルを翻弄して魔力を浪費させるよう立ち回ってみましょう。お姉様もその程度のことはできますわよね」


 あいつの作った指輪に関してはフィリアの方が使い方を心得ているようで、完全に上から目線で話してくる。ローレシアの妹のくせに生意気だ。


「あなたに言われなくても、そのぐらいのことは考えておりました。いつもはわたくしの足手まといなのですから、遅れをとらないようせいぜい頑張りなさい」


「あら、それぐらい憎まれ口を叩けるのなら、お姉様の体力も魔力も心配はなさそうですね。ではダンスの時間ですわ、踊りましょうお姉様」


 そう言うとこちらを振り向くことなくゴーレムを駆け上っていったフィリアが、魔剣を叩きつける。


 俺もフィリアの背中を追いかけるように、ゴーレムに向けて魔剣を振り下ろした。




 搭乗型ゴーレムのコックピットでカルは大いに焦っていた。さっきまではローレシアを完全に圧倒して、あと一撃で勝てたはずだったのに、別の光の魔族の出現でローレシアが覚醒してしまった。


 目では追いきれないほどの速さで動く2体の魔族に翻弄され、カルは防戦一方の展開になっていた。


 攻撃には手が回らず、防御だけで手一杯。ゴーレムの魔剣では敵の攻撃を受けきれないため、全方位バリアーで凌ぎきるしかない。そのため余計な魔力を消費するが、バリアーがなければゴーレム本体に敵の攻撃が届いてしまい、ゴーレムが破壊されればこれ以上の魔術具を持ち合わせていないカルは、その瞬間に敗北が決定する。


「やはりローレシアではなく、最初からクロム皇帝を狙っておくべきだった」


 ローレシアの指輪を見たカルは、魔力を使い果たさせることで確実にローレシアを倒せると判断し、クロム皇帝から狙いを変えた。


 だがもともとゴーレムのスピードについていけてなかったクロム皇帝を、ローレシアはこれに乗じてさっさと後ろに下げてしまったため、今さらクロムに狙いを変えられない。


 カルはローレシアの指輪を見て浮き足だってしまい、またしても作戦ミスを犯したのだ。その挙げ句が今の窮地だった。


「・・・ダメだ。今回のアルトグラーデスでの作戦は完全に失敗だ。だが全てを諦めるのはまだ早い。シリウス教会が滅ぶのは避けられないが、単身アージェント王国に潜入して古代遺跡の探索を行えば私の目的は達せられる。そう言えばアッシュのヤツが亜人族との交流を求めてクリプトン家を出ていった時、当時の私はあいつの気持ちがまるで理解できなかった。だが今ならその気持ちが少し分かる気がするな」


 カルはそう決断すると、転移陣で脱出するため本部基地に向けてゴーレムを走らせる。だがそう易々と逃げられる訳もなく、すぐに目の前をローレシアが立ちはだかった。


「待ちなさいカル! このわたくしから逃げられると思っているのですか!」


 魔剣を勇者色の7色のオーラで染め上げたローレシアが仁王立ちになっている。


「ああ逃げられるとも! なぜなら貴様はすぐにその魔力を使えなくなるからだ。私が貴様にくれてやったその指輪はアポステルクロイツの指輪などではない、真っ赤な偽物。「深淵の呼び声」という名前の古代の魔術具だよ。魔力ブースト機能は確かにあるが、それを使いすぎると指輪はどこまでもその術者の魔力を奪いつくし、やがては魔力を失ったただの廃人となる。どうだローレシア、絶望の淵に立った気分は!」





 勝ち誇ったカルに、だがローレシアは平然と、


「そんなことは、とっくに存じ上げております」


「何っ!」


「あなたの指輪など、とうの昔にわたくしのこの剣で粉々に破壊いたしました」


「だが、今その指輪をつけているではないか!」


「これはあなたの作った偽物なんかではありません。本物のアポステルクロイツの指輪です」


「本物だと? ふざけるなっ! 本物の指輪は世界に一つしかなく、今は邪神教団のハウスホーファが持っているものだけだ!」


「さすがは古代魔法の大家を自称するだけのことはありますね。あなたの口からハウスホーファ総大司教猊下のお名前を聞くことになるとは驚きました。ですがこの指輪は、その猊下から手渡されたもの」


「ウソをつけっ! あの国の周りには膨大な聖属性魔力による魔導障壁が張り巡らされていて、絶対に入ることができないのだ! 私がそんなことも知らないとでも思っていたのか。適当なウソを吐くな!」


「そこまでご存知とは感心いたしましたが、大聖女クレア様がわたくしたちに同行している時点で、それがウソではないとなぜ気づかないのですか」


「大聖女クレア・・・まさかその指輪は本物の!」


「でも勘違いしてもらっては困ります。これは猊下が持っていた神使徒テルル様の指輪ではなく、わたくし専用に作られたアポステルクロイツの指輪なのです」


「専用だと・・・ふん、何をバカなことを。あの指輪は神使徒テルル様が30日の聖洗礼ヴェルバーナを経てようやく地上にもたらされた唯一の指輪。それを」


「あなたは本当に何も知らないのですね。可哀そうな人・・・今シリウス教国では、テルル様以来の2人目の神使徒の誕生に、国全体が祝賀ムードなのですよ」


「ふ、2人目の神使徒・・・テルル様以来の神使徒の誕生だと? う、ウソだっ、絶対にあり得ない!」


「ウソではありません。その彼の手によってもたらされたアポステルクロイツの指輪はすでに20を超え、わたくしだけでなくここにいる仲間たちも、本物の指輪を身に着けて戦っています」


「それこそウソだ! 神がお前ら魔族なんかに指輪を渡すわけがない!」


「信じられないのならそれでも構いませんが、あなたが狙っているわたくしの魔力切れなど、いつまで待っても訪れませんし、わたくしの速度をもってすればあなたを転移陣室まで逃がしてしまうことなど、絶対にありえません」





 ローレシアの言葉の真偽を確かめるため、カルは懐にしまっていた魔力測定器を取り出した。これもミスト・クリプトンから受け継いだ古代魔術具だが、アージェント王国で一般的に使われている魔力測定器と、基本的には同じものだ。


 これで目の前のローレシアと、その妹らしき二人の魔力を測定してみた。


「ローレシアの魔力は・・・に、2200だとっ! 何なのだこのデタラメな数値は・・・この計測値に間違いがなければ、私の魔術具では絶対に出せない強いブースト効果なのは確か。それにこの妹魔族も魔力が800前後に達しているし、1000を軽く超えてるやつまでいる」


 今度は自軍を測定してみると、こちらの計測値はいたって妥当なのものだったが、ゴーレムの腹部に乗っている二人の勇者の魔力は既に100を切っていた。


 2人の魔力の完全喪失までそう時間はかからないということだが、カルの予想とほぼ一致していて計測値として間違いないことが裏付けられた。


 つまりローレシアはウソをついていない。


「なぜだ! ミスト師匠はこの私が世界の王になれると断言してくれたのだ! この魔力の才能と古代魔法に関する知識があれば、この私こそが世界の王、いや神使徒にだってなれたはずだ。・・・何者なのだその2代目を名乗る神使徒はっ!」


 だがローレシアは冷たい表情で、


「カル・・・あなたは随分と自己評価が高いようですが、先ほど大聖女クレア様がおっしゃられたとおり、あなたは古代魔法の知識において、2代目の神使徒様の足元にも及びません。人には分というものがございますので小者は小者らしく、慎み深く生きるのが長生きのコツだと存じます」


「きっ、貴様ーっ!」





 俺の挑発にまんまと乗って怒りで我を忘れたカルは、完全にその足を止めて大魔法を撃つ構えをした。


 だが魔力を集中させてオーラを練り始めたものの、いくら時間をかけても十分なオーラが集まらない。


 どうやらゴーレムの中にいる二人の勇者は、その魔力をほとんど失ってしまったらしい。


 なかなか魔法を撃てないカルの前に、アンリエットとクロム皇帝が立ちはだかる。


「やっと足を止めたか。これで私もアイツと戦うことができる」


「アンリエット!」


「ローレシア待たせた。後ろの敵に手間取って、そなたの支援が遅くなってしまった」


「クロム皇帝も、よくご無事で! カルはもう限界ですので、ここで一気に勝負を決めます」


「わかったが、勇者の二人は大逆罪の見せしめとして重い刑罰を科さねばならんので、できれば生け捕りにして欲しい。逆にカルは殉教者とさせないため、勇者と同列に処刑することは避けたい。難しいことは承知の上で、カルだけを消滅させることは可能か」


「もちろん最初からそのつもりです。カルは宗教上の指導者で狂信者から信奉されています。カルを神格化させてカルト教団を作らせないため、彼の一切を消滅させてしまいます」


「すまないなローレシア・・・やってくれ」


 そしてクロム皇帝は、アンリエットとフィリアとともにカルのゴーレムを取り囲んだ。






 俺は呪文を唱える。


 もはやこれが日本語なのかも疑わしいその呪文は、20世紀後半から21世紀の初頭にかけてテレビ放映されていた、変身シーンや必殺技を繰り出す際に魔法少女たちが使う魔法の呪文だった。


 日本人なら誰でも知っている5種類の魔法の呪文をただ単純に繋げただけの長い長い呪文だ。俺はそれをその魔法少女になりきったつもりで、完全コピーしたように正確に唱えきった。


 そして最後の一節を唱え終わると、俺の右手の先には見慣れた魔方陣が浮かび上がった。だがそこに充填された光のオーラは桁外れの量だったが・・・。


「これがカタストロフィー・フォトンの真の力」


 そのあまりの魔力量に、敵味方ともに思わず戦いの手を止めて魔法の発動を固唾を飲んで見守った。もちろんこれが何の魔法か理解している味方のみんなは、視力を守るために発動の瞬間地面に伏せるのだが。





 カルは自分に向けられた桁違いの膨大な魔力に卒倒しそうになった。


「何だこれは・・・や、やめろ、やめてくれ!」


 そしていつまでたっても完成しない自分の魔法を放棄して、ローレシアの前から慌てて逃げだそうとした。だがクロム皇帝たちに阻まれたった数歩を歩いただけで、次の一歩を踏み出す機会を永遠に失った。



【光属性固有魔法・カタストロフィー・フォトン】



「嫌だーっ、まだ死にたくないっ!」


 だが猛烈な閃光に包まれたカルは、魔金属オリハルコン製のゴーレムのコックピットとともに一瞬で分子レベルまで蒸発し、カルの肉体を構成してた数10種類の元素もろとも、大気中へと拡散していった。


 そして、胸の部分より下だけが残ったゴーレムは、その場に静かに崩れ去った。






 シリウス教会との戦いは終わった。


 神官兵の最後の一人まで全て葬り去ると、狂信者たちに宗教利用させないよう、ここでの出来事を歴史から完全に抹消するための証拠隠滅作業が始まった。


 本件に関わる一切の証拠を完全に消去するため、神官兵の遺体は全て分子レベルで消滅させると、他のいかなる遺品も残さないよう、地下神殿や本部基地周辺の調査を徹底的に行った。


 途中、ゲシェフトライヒのシリウス教会を無事制圧できたことや、正当政府義勇軍の壊滅、エストヴォルケン基地陥落など、友軍の戦果が次々と報告されてきた。それでもクロム皇帝はこちらからの情報を完全に遮断し、証拠隠滅作業を黙々と進めたのだ。


 それもようやく一段落し、ブラウシュテルン攻略に向けて戦場に復帰しようかと話し合っていたその時、情報統制を解除したばかりの特殊作戦本部基地にアージェント方面軍司令官のヘルツ中将が転移してきた。





「ヴィッケンドルフ公爵が自害されました。正当政府は全面降伏し、領都ブラウシュテルンを開城。簒奪者マルク以下主だった首謀者は全員拘束監禁し、領都は我が方面軍とバイエル宰相閣下の率いる融和派義勇軍が占領を開始しました」


 ヘルツ中将が報告すると、クロム皇帝がため息を一つつき、


「そうか全て終わったか・・・ご苦労だったなヘルツ中将。こちらもようやく作業が終わり、シリウス教会の奴らの痕跡を完全に消し去ったところだ」


「それは大変お疲れさまでした。ではそろそろこちらへお戻りになられるので」


「ふむ・・・ブラウシュテルンの後始末はバイエル宰相に任せることにして、余は帝都へと帰還する」


「はっ!」





 その後皇帝と共に帝都へ向かった俺はアンリエットとアナスタシア、ネオンの3人を伴い、アルトグラーデスの戦いでの唯一の生き残りであるレオンハルトとバーツそれにステッドの3名を帝国軍本部基地最下層の地下牢へと秘密裏に連行した。


 レオンハルトとバーツの2人は既に魔力を永遠に失って普通の人間になってしまった。だが念のため魔力を封印して厳重に拘束している。


 カルとの戦いの後、破壊されたゴーレムから助け出されたバーツは、冥界の呼び声の副作用による想像を絶する苦痛により三日三晩生死をさまよったが、今は体力は回復している。


 そしてもう完全に観念したようで、俺たちへの反抗心は微塵も見せず、素直に連行されている。


 一方のレオンハルトだが、意識はハッキリとしているものの、自分の足では歩けないほどの重篤な症状が続いている。身体の至る所にアザのような斑点ができすぐにあちらこちらから出血をする始末だ。


 担架に乗せられてずっと苦しみもがいているレオンハルトは下血も酷く、放っておけばそのまま命を失う危険性があり、俺とアナスタシアたちで代わる代わるキュア&ヒールをかけて延命させている。


 ネオンがそんなレオンハルトを診察した結果、急性の放射線障害の可能性があることがわかった。


「バーツは何ともないのに、どうしてレオンハルトだけが強い放射線を浴びたのか、よくわからないわね」


「核兵器が使用されたということでしょうか」


「この世界に核兵器など存在しないわ(材料は集めたけど)。放射線自体は自然界のどこにでも存在していて、特に珍しいものでは無いのだけど、これほどの障害を与えたとなると、余程強い線源に触れてしまったということね・・・」


 そう言いながらネオンが不思議そうに首を捻っているが、医者のネオンが分からないんじゃ俺にそれ以上のことがわかるわけがない。


 レオンハルトのことはネオンに任せて、俺はステッドの野郎を牢屋にぶちこんだ。


 こいつは全身に大火傷を負っていてそのままでは命を失うところを、アナスタシアが治療を行って一命は取り留めた。


 そして猿ぐつわをはめて全身を拘束した状態で魔力を封印している。食料も一切与えずヒールでの栄養補給のみだ。


 ステッドはブロマイン帝国ではなくアスター王国における犯罪者なので、アスター王国の法律で処罰を受けることになる。


「お義母様、ステッドはどのような罰を受けることになるのでしょう。ステッドはカルの信奉者ではないため、クロム皇帝からはアスター王国へ引き渡す旨をご快諾いただきましたが」


「そうですね・・・まだ未成年ですので、前例を踏襲すれば終身刑ですが、終身奴隷刑もございます」


「マーガレットやエリオットと同じ刑罰ですね」


「ええ。どうやらこの子は、マーガレットとエリオットの二人を奴隷として購入し、自分の家に住まわせていたようなのです」


「ええっ! ステッドがあの二人を買ったのですか」


「そうなの。そしてどうやらあの二人にかなり酷い仕打ちをしていたらしくて、取り調べ中にその話を聞くたびに何度卒倒しそうになったことか。例えば」


「け、結構ですっ! そんな話、わたくしは聞きたくありません! ステッドのことは全てお義母様にお任せしとう存じます!」


「わかりました。では王家の方針として、あの子も終身奴隷刑の方向で法学者には伝えておきます」





 こうしてバタバタのうちに帝都での数日が経過し、明日はいよいよ、今回の戦争の当事者が集まった終戦協定を締結するための会談だ。


 俺たちそれぞれ入念な準備をして明日に臨んだ。

次回、終戦協定


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結局、カルは何をしたかったのやら。 まぁ、カルはアゾートに負けたようなものですね。 [気になる点] 1、ステッドを利用した理由。 2、ジオエルビムの強化人間シリーズの家名を公開したこと。 …
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