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第189話 聖地アルトグラーデスの戦い③

 ステッドのことはアナスタシアとフィリアに任せ、俺たちは混乱から立ち直ろうとしているカルの魔法戦部隊に向けて攻撃態勢を整えていた。


 だがその敵の中にカルの姿は見えない。俺たちを追って既に本部基地内に乗り込んだのだろうか。


 俺は目の前の敵戦力をざっと見積もる。


「数はおよそ500人程度。その全員が一定レベル以上の魔力を持っているようです。先のフィメール王国での戦闘でステッドが率いていた部隊とは別物。シリウス教会の主力部隊と考えて良さそうです」


 それにクロム皇帝も同意して、


「ローレシアの言う通りだ。ここであの部隊を葬ればシリウス教会は実動部隊を失い、組織は完全に壊滅する。あの陶酔しきった目の狂信者どもが望むように、余が崇高な殉教の機会を与えてやろう」


 だがこの魔法戦部隊は、これまで見てきた軍隊としては間違いなく最強クラス。少なくともアスター騎士団が正面からまともにあたっても、まず勝つことはできないだろう。ソーサルーラ騎士団が相手をしてようやく互角か。


 それ以外だと、ダゴン平原で見たメルクリウス騎士団なら何とかできるような気もするが、あちらはけた外れに大きな魔力を持った少数の騎士と、魔力に乏しい大多数の騎士たちの集団戦闘を売りにしている。


 だから全員が平均的に高い魔力を持つこの魔法戦部隊とは性質があまりにも違いすぎて、どちらが強いかは想像できない。


 つまりそれほど目の前にいるのは強敵なのだ。


 だがクロム皇帝は、


「何も難しく考えなくても大丈夫だよ、ローレシア。敵に組織的な戦闘をさせなければ、魔法戦は個々の戦闘力で勝敗は決まる。余にはそなたがくれたこのアポステルクロイツの指輪があるし、ここにいる全員が魔力では奴らより遥かに上。とにかく敵を分断し、我々が魔力切れさえ起こさなければ、必ずや勝利を勝ち取れるだろう」


 その皇帝の言葉に、メルクリウス騎士団の総参謀長だというフリュオリーネも同意し、


「クロム皇帝陛下のおっしゃるとおりです。今は敵の組織連携を崩す事だけに集中し、それ以外の小細工などは一切不要。大聖女クレア様、あの邪神教徒たちを神の奇跡たる魔力でねじ伏せましょう!」


「そのとおりねフリュオリーネ。じゃあ私たちの本当の力を、今こそ解放してあげましょう!」


 ネオンがニヤリと笑って手のひらに火球を出現させると、獰猛な笑みを浮かべたボルグ中佐が、


「よし、ここは一発ど派手にぶちかましてやるか! せっかくこの俺様も指輪をもらったんだ。アージェント王国式の魔法を遠慮なく使わせてもらうぜ!」


 そう言ってクリプトン朝王家の末裔らしく、黄色のオーラを爆発させて笑った。そして、ネルソン大将とメーベル総大司教も、


「我々はこの老体だから直接の戦闘は控えるが、魔力には自信があるので後方からみんなの支援に徹するとしよう。安心して戦ってくれたまえ、若者たち!」


 まさに死地に向かわんとするみんなの表情は、実に晴れ晴れとしていた。俺はアンリエットと互いの役割を確認すると、みんなに向かって言った。


「わたくしも最初は支援に回ります。皆様は目の前の敵を確実に葬り去ってください。各自、攻撃開始!」


「「「了解っ!」」」






 俺が聖属性魔法グローをかけ直したり光属性魔法のバフを展開している間、みんなは得意魔法を遠慮なく敵に叩きつける。


 ボルグ中佐はトールハンマーを、ネオンは太陽の抱擁を、フリュオリーネは絶対零度の監獄を次々と発動させていく。敵の強力なマジックバリアーに妨げられ本来の威力は損なわれているものの、それでも桁違いの火力が敵魔法戦部隊に襲いかかる。


 その俺たちに対しても、500人からの敵が一斉に魔法攻撃を始める。そしてこちらが繰り出した攻撃の数10倍もの火力が俺たちに襲いかかってきた。


 だがその防御は、俺が一手に引き受ける。


 敵味方全体で一番魔力の高い俺のバリアーは、そう簡単には突破できないからだ。


 味方の魔法発動のタイミングに合わせてバリアーを細かくコントロールする俺に代わり、アンリエットが攻撃役を担う。


 そして彼女は、あの魔法を再び発動させた。



 【系統外魔法・デス】



 敵のバリアーの防御力を完全に無視して、確率的に敵の魂に直接攻撃をするこの範囲魔法は、ここにいる誰よりも多くの神官兵の命を瞬時に刈り取った。


 まるで死神に魂を奪われたかのように、バタバタと倒れていく神官兵たち。


 その殺傷力に大きく目を見開くネオンたちとは対照的に、クロム皇帝は笑顔でアンリエットを称賛した。


「でかしたぞアンリエット。それでこそローレシアの嫁だ。ならばローレシアの夫として、余もいささか張り切らねばならぬようだな」




 ローレシアの嫁。


 今、クロム皇帝は確かにそう言った。


「どうしてそれを・・・」


 困惑する俺に、皇帝は平然と向き直ると、


「アルフレッドから全て聞いた。ランドルフもこのことは承知している」


「アルフレッドが・・・」


「そなたを妻に迎えるために、3人で正々堂々と勝負をしていることはローレシアも知っていると思うが、アルフレッドは自分に有利に働くかもしれない情報も包み隠さず余とランドルフに全て公開した。彼は本当に大した男だ。中々できることではないぞ」


 クロム皇帝とランドルフ王子も、ついに俺たちの秘密を全て知ってしまったのか。


 だが秘密を明かしたアルフレッドには、今は感謝の念しか感じない。




「クロム皇帝は、わたくしが殿方だと知ってもなお求婚されるのでしょうか」


「ふむ・・・そなたの本当の名前は確か「ナツ」だったかな。余と共に過ごしたローレシアは、そのほとんどの時間でナツ、そなただったのであろう。つまり、余にとってローレシアとは、ナツそなたのことだ」


「・・・もしかしてクロム皇帝には、ローレシアとわたくしの区別がハッキリとつくのですか」


「ああ、もちろんだとも。そなたが両親やマリアたちメイド軍団そしてレスフィーヤとの時間を過ごす時、そなたの人格が突然変わるのを見て驚いたが、理由が分かれば全てに納得がいった」


 アンリエット以外に俺とローレシアの区別ができる人間はいないと思っていたが、まさか皇帝が・・・。


「そんなにハッキリとお分かりになるのなら、どうして生粋の貴族令嬢であるローレシアではなく、ただの戦闘要員である殿方のわたくしなんかを」


「だから言ったであろう。余にとってのローレシアはナツそなたのことであり、この大陸の恒久平和を共に実現するパートナーは、そなたしか考えられない」


「クロム皇帝陛下・・・」



 トクン・・・トクン・・・



 俺の鼓動が高まり始めた。


 アルフレッドには何度となくときめいたこの俺の心臓は、クロム皇帝にも同じように反応するらしい。


 俺は改めて皇帝に確認する。


「本物のローレシアはわたくしの愛する妻ですが、同じ身体を共有しているため彼女に世継ぎを産ませることができません。ですのでアスター家の血筋を子孫へと繋ぐために殿方に抱かれるのは、ローレシアではなくこのわたくしと決めております。それでもわたくしをお選びになるのですか、クロム皇帝陛下!」


 俺は思いの丈をクロム皇帝にぶつけた。だが皇帝は優しく微笑むと、


「もちろんだよ、ナツ」


「クロム皇帝・・・」


「余にとってのローレシアとは、ナツそなたなのだ。仮にローレシア本人が余との婚姻を求めたとしても、余はナツ・・・そなたを選ぶ。愛しているよ、ナツ」



 ドキンッ! ドキンッ!



(もうダメだ・・・この身体は完全にクロム皇帝を求め始めている。たぶん本能がそうさせるのだろうが、この身体から湧き上がる情動は、俺には止められそうにない・・・)


(ナツ・・・どの殿方と結婚するかは、全てあなたにお任せいたします。わたくしの婚約者であったエリオットとは比べるまでもなく、この3人ならどなたも大変素晴らしい殿方だと、わたくしは自信を持って言い切れます。あとはナツ、あなたの決断次第です)


(本当にいいのかローレシア)


(アスター家の血筋を残すことは、わたくしがナツに無理を言ってお願いした事であり、それをナツ一人に押し付ける結果となってしまって、大変申し訳ないと思うと同時に心より感謝しているのですよ)


(ローレシア・・・)


(その上、ナツが生涯ずっとわたくしのそばに居てくださるのですから、これ以上の幸せはございません。わたくしの愛は永遠にあなたに捧げます、ナツ)


(俺も愛しているよ、ローレシア。・・・あの神官総会でハッキリとわかったが、この戦争が終結した後も大陸には魔族を巡ったより大きな混乱が待ち受ける危険性が高い。そうさせないために、俺たちは人生の決断をする必要がある。それは・・・)





 俺たち二人が一つの決断をするのを見て、静かに微笑えみを浮かべたクロム皇帝が、その魔法を放った。



 【土属性魔法・グランドクロス】



 神官兵の一部が地面に押し潰されるようにバタバタと倒れると、同時にその地面も地下へと陥没していき、周りの土砂が崩れて神官兵ごと穴を埋めていく。


 一度に多くの神官兵を生き埋めにしたその範囲魔法は、一定のエリアに数十倍もの超重力を瞬間的に発生させるもので、結果このような現象を起こした。


 重力はマジックバリアーで防ぐことのできない力場であり、バリアーの防御力を無視して発動するアンリエットの攻撃魔法と匹敵するダメージを敵に与えることに、クロム皇帝は成功した。





 この段階になってようやく、カルが慌てて本部基地から外に出てきた。そしてクロム皇帝の姿を確認するや顔色を真っ青に変えて、


「まさかっ! クロム皇帝がなぜ外に!」


 驚愕の表情のカルに、ボルグ中佐はニヤリと笑うとカルに聞こえるように大きな声で、


「カル、貴様なんかに教える義理はないな!」


 してやったりのボルグ中佐に気づいたカルは声を振るわせて、


「そんなバカな・・・あり得ない・・・一体何が」


 到底理解できない現実を前に混乱するカル。


 だが、クロム皇帝たちが全員拘束から解き放たれ、ほんの数名程度の部隊に教会主力部隊が押されている戦況を見て、カルはすぐに気持ちを切り換えて冷静さを取り戻した。


 自分の収納魔術具から次々と大型の魔術具を取り出すと、それらを順次起動してバフを発生させ、味方の防御力と火力を一段階増強させた。


 そして神官兵たちに向けて檄を飛ばす。


「アッシュには構うな! とにかくクロムを殺せ!」


 カルの勝利条件は単純明快。


 それはクロム皇帝の殺害であり、ボルグ中佐や俺たちの命など二の次だ。それを理解しているクロム皇帝が魔法を撃ちながらカルを煽る。


「どうしたカル! 余はここでピンピンしているぞ。貴様の主力部隊の力など所詮その程度のものか」


 カルも魔法を撃ちながら、


「黙れ魔族め! アージェント王国と手を組む魔族の皇帝など、帝国貴族も臣民も、全てのシリウス教信者たちも、もちろん神も決してお許しにならん!」


「アージェント王国は魔界でも何でもないただの国であり、魔族なども全てまやかし。いい加減にもう世迷いことを言うのはよせ!」


「何も知らない若造が知った風な口を・・・あの国が魔界と言われる所以は、別に堕天使スィギーンのせいだけではないのだ」


 アージェント王国への執拗なこだわりを見せるカルは、ここに来てさらなる真実を皇帝に突きつける。


「なんだと・・・」


「魔界にはルシウス国の古代魔導文明の遺産の全てが残されている。これを手にしたものこそが、真の世界の王となるのだ!」


「ルシウス国・・・7種14体の堕天使を産み出したとされる古代魔導文明・・・カル、貴様の真の目的はその古代の遺産を手にすることだったのか」


「ああそうだ。我が師ミストの残した遺産の中で最も価値があったのが、この未発見の遺跡への地図だ。師の果たせぬ夢だったこの古代文明の全てを手中にし、大陸統一をこの私の手で実現する。この聖戦の真の目的は魔族よりも先にこの遺跡を探しだし、古代の至宝を我が手にすることなのだ!」




(ちょっと待て、カルの言う古代遺跡ってまさか)


(おそらくさっきまでわたくしたちがいた、アーネスト中尉のご自宅のことだと思います)


(やっぱりそうだよな・・・。じゃあ世界の王となれる古代魔導文明の遺産って、かつて日本国防軍が開発した魔法や魔術具のことで、まさに俺たちが今それを使ってカルと戦っている・・・)


(カルがこのことを知ったらどう思うのでしょうね。アージェント王国との戦争を諦めてくれるといいのですが)


(いや・・・たぶん俺たちから魔術具を全て奪って、独占しようと考えるだろう。どのみちシリウス教会とカルを助けるつもりなどないから、遺跡のことを教えてやる必要はない。このまま戦闘続行だ)



「さて無駄話は終わりだ。今からその古代魔法の一端をみせてやるから、よく噛み締めながら死ぬが良い」



 【土属性固有魔法・ライジングドライバー】



 カルの膨大な魔力が彼のアポステルクロイツの指輪で増幅されて魔術具の一つに吸い込まれると、無詠唱でその魔法は発動した。


 俺たちの目の前の地面がパックリと大きな口を広げると、そこから大量のマグマが噴出して俺たちに襲いかかった。


 その熱量たるや、通常の魔法では作り出せないほど膨大なもので、天然のマグマが持つ巨大なエネルギーをそのまま利用していることが分かる。


 だが、



 【闇属性魔法・ワームホール】

 【闇属性上級魔法・ワームホール】


 俺とフリュオリーネがほぼ同時にワームホールを発生させると、津波のように迫り来るマグマを敵の頭上へと転移させ、敵部隊のバリアーを一撃で破壊した。


「ぎゃーっ!」


「熱い、助けてくれ!」


 バリアーの破壊のためにその熱量の大半が使用されたが、それでも直接浴びれば数秒もかからず焼け死ぬほどの熱量はまだ残っており、神官兵たちは溶岩に焼かれて次々と死んでいった。


 このカウンター攻撃を見たカルは舌打ちをして、


「この私の魔法攻撃をワームホールで転移させやがった。あのローレシアはともかく、もう一人の女までもがこの私の魔力を上回るのか・・・・だがこれなら、ワームホールでは防げまい!」



【光属性固有魔法・マイクロウェーブエミッション】




 光属性固有魔法だと!


 しかも俺もローレシアも知らない魔法が・・・。

次回もお楽しみに

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