第187話 聖地アルトグラーデスの戦い①
俺たちが転移した先は、かつての神聖シリウス帝国の帝都にして、新教の聖地・アルトグラーデスにある特殊作戦部隊本部基地の転移陣室だった。
工作員に案内されて建物の一階に降りると、既にそこでは特殊作戦部隊とシリウス教会魔法戦部隊の戦闘が繰り広げられていた。
本来はマジックジャミングによって一切の魔法が使えないはずの本部基地内部で、おそらくカルの古代魔術具で解除されたのであろう、互いの属性魔法が広い一階フロアーを滅茶苦茶に破壊していた。
その最前線に立つボルグ中佐が俺たちの到着に気付くと、こちらに向かって叫んだ。
「ローレシア女王陛下、お待ちしてました! 我々の予想を超えた大軍に攻め込まれ、地下神殿に加えこの本部基地内にまで侵入を許してしまったのです」
そう言って苦笑いをするボルグ中佐は、クロム皇帝に勝るとも劣らない強大な魔力を持ってるようだし、他の工作員たちも高い魔力を有している。それでも後手に回っているのはシリウス教会側の魔法戦兵力の多さと、たぶんカルが使用しているバフの効果だろう。
「お待たせして申し訳ありませんでした。ですがアーネスト中尉からちゃんと指輪をいただきましたので、地下神殿への突撃はいつでも可能でございます」
俺たち3人はボルグ中佐のもとへ駆け寄ると、彼の手にその指輪を渡した。
「これは確かにアポステルクロイツの指輪・・・だが雷属性の魔力が付与されている。こいつはまさか?」
「はい、これはボルグ中佐用にとアーネスト中尉からお預かりしたものです」
「この俺にも指輪を・・・」
そう、さっき渡された指輪はクロム皇帝やアンリエットたちのものだけではなかった。アゾートはたった一日で、ボルグ中佐の分を含めて4つの指輪を作っておいてくれたのだ。
「・・・恩にきるぞアゾート。その礼としてお前さんの嫁を必ず全員救い出してやる!」
さっきまでの苦笑いが消え真面目な顔つきになったボルグ中佐は、アポステルクロイツの指輪を大事そうに指にはめると、普段の帝国式の呪文ではなくアージェント王国式の呪文を唱えた。
【雷属性固有魔法・トールハンマー】
その魔法はカタストロフィー・フォトンととてもよく似た魔法だった。
手元の魔法陣が膨大な魔力を帯びると、まっすぐに伸ばした右手の先からまばゆい閃光が走り、一直線に敵中央を貫ぬくとこれまで苦戦していた魔法戦部隊のバリアーをいとも簡単に撃ち抜いて、光線上にいた敵の神官兵を一瞬で消滅させた。
そしてそれを撃ったボルグ中佐も驚いた表情で、
「・・・これが伝説の魔法トールハンマーの威力か。爺さんから教えてもらった古代魔術の中で唯一興味があって詠唱呪文を覚えていたんだが、まさかこの年になって本当にぶっ放す機会にめぐまれるとはな」
そういってほくそ笑んだボルグ中佐の表情は、まるで初めて剣を握った少年のような顔だった。
(ローレシア、今のボルグ中佐の詠唱呪文・・・発音がめちゃくちゃだがあれは確かに俺たちの国の言葉、日本語なんだ)
(アーネスト中尉たちが古代ルシウス国の魔法に改良を加え、敵に使わせないように自分たちの国の言葉に呪文を置き換えたのが、今のアージェント王国の魔法なのですよね)
(そして、かつてアージェント王国の王家だったクリプトン家から魔術具と魔法知識を受け継いだカルは、結果的に前世のアゾートたち日本国防軍が作り出した魔法を使用していることになる)
(であれば、やはり!)
(ああ! さっきあいつから聞いた情報が今でも通用するなら、どんな魔術具が使用されたとしても俺たち二人の魔力があれば必ずカルを倒すことができる!)
突然の大魔法が炸裂して一瞬怯んだ敵部隊だが、それでもすぐに神官兵が基地の中に侵入して、俺たちに向けて魔法の詠唱を始める。そんな彼らの眼差しは、何かにとりつかれたように正気を失っていた。
狂信者。
奇しくもアゾートがシリウス教国の高位神官たちを指して使った言葉だが、目の前にいるカルの手下どもを表現するのにこそふさわしい言葉だと俺は思った。
自らの信仰心のためなのか、あるいはカルに洗脳されているだけなのか、もはや彼ら彼女らの心の内を図り知ることはできないが、死の恐怖すらみじんも感じさせない彼らの表情に、俺は恐怖と絶望を感じた。
おそらく、最後の一兵になっても彼らは戦いを止めることはないのだろう。
俺がこの戦いの末路に絶望を感じていたその時、隣にいたアンリエットがその魔法を発動させた。
【系統外魔法・デス】
アンリエットの生家ブライト家に伝わるネクロマンシー系の魔法・デス。
4人分のアポステルクロイツの指輪を手渡された時にアゾートから聞いた注意事項のうち、特に気になったのがアンリエットの使用する魔法についてだった。
ネクロマンシー系の魔法は生命や魂に作用するもので系統的には聖属性魔法に分類されるものの、使用する魔力は無属性という特殊なものだという。
そしてその大元の聖属性魔法を含め、当時の日本の科学技術では再現できず、アゾートたち国防軍も手を出すことが出来なかった部類の魔法らしい。
なぜそんな魔法がブライト家にのみ伝承されているのかは良く分からないそうだが、アンリエットの持つ独特の魔力特性だけは判明したらしく、彼女の指輪には日本製の固有魔法は搭載せず、ブライト家の魔法をそのままブーストできるようにしてくれた。
それを聞いたアンリエットは、その場で大事そうに指輪を自分の指にはめると、何かを決意した表情で、アゾートに向き直って深々とお辞儀をした。
そんなアンリエットの魔法が発動すると、敵部隊の神官兵がバタバタと床に倒れ出した。
「・・・みんなすまない。安らかに眠ってくれ」
ほんの一瞬、彼らに黙とうを捧げるアンリエット。
この系統外魔法・デスはブライト家秘伝の魔法で、自分より魔力の低い者に対して発動し、その魔力差に応じた一定確率で魂を直接攻撃し、死に至らしめる。
発動には高い魔力を必要とするため、これまで実際に使用される例はほとんどなかったそうだが、ブライト家本家令嬢として生を受け、未成年にしてアスター騎士団最強の薔薇騎士隊を結成するに至った天才騎士アンリエットが、俺たちと共に戦い三昧の日々を送って鍛えられた魔力をアポステルクロイツの指輪によりブーストさせたことで、ついにその閾値を超えた。
「・・・・ナツ、お前にだけつらい思いはさせない。ここにいる狂信者どもは説得して戦いを止めるような人間ではないことは私にも分かる。だから最後の一人までその命を刈り取る汚れ役は、この私が担おう」
アンリエットがあの時見せた決意の表情の意味が分かった俺は、
「アンリエットの覚悟はしかと受け止めました。ですがあなただけにそんな役目を押し付けるつもりは毛頭ございません。この血塗られた戦いの先にある平和な世界を目指して、わたくしと2人・・・いいえローレシアも入れた3人で共に進んでいきましょう」
「ナツ・・・」
さっきからずっと張り詰めた表情だったアンリエットが、俺のこの言葉でようやく笑顔を見せてくれた。するとアナスタシアが、
「あなたたち3人の固い絆は良く理解できましたが、わたくしのことを忘れてもらっては困ります。わたくしはローレシアとナツ、2人の母親なのです。もっと母親を頼りなさい」
「お義母様・・・」
聖属性魔法・グローで若返っているため母親という見た目でもないアナスタシアが、それでも俺たちを慈しむように優しくほほ笑んでくれた。
「承知いたしましたお義母様。ではここからは、敵に情け容赦は無用。最後の一人を討ち果たすまで、わたくしたち4人の全力を見せつけてやりましょう」
「当然です! では地下神殿に向けて突撃しますよ、ナツ、ローレシア、アンリエット!」
「「はいっ!」」 (はいっ!)
そして俺たちは本部基地1階フロアーを制圧して敵を一掃すると、その躯の山を乗り越えて基地の外へと飛び出した。
だがそこにはさらに膨大な数の魔法戦部隊が展開しており、その中央でカルが酷薄な笑みを浮かべながら俺たちを待ち構えていた。
「待っていましたよアッシュ、それにローレシア・アスター。まさかあの魔族拘束用の魔術具を使うようにこの私の行動を誘導していたのにはさすがに驚きましたが、アルトグラーデスにこの私を追い込んだつもりが、十分な戦力は用意できなかったようですね」
するとボルグ中佐が、
「まさかお前さんが、これだけの魔法戦力を用意していたとはさすがの我々も把握できていなかった。しかもアルトグラーデスに全兵力を展開するなど・・・・一体どうやったのだ」
「そんなことをあなたに教える義理はありませんよ、アッシュ。それよりクロム皇帝に助かる方法はなく、死ぬまで地下神殿から出られないことはクリプトン家のあなたなら既に分かっているはず。これでクロムの廃位が決定してマルク皇帝の正統性が復活。皇女リアーネとネルソン率いる特殊作戦部隊が薄汚い簒奪者として帝国の歴史に名を刻むこととなるのです。どうですか今の気持ちは? 私は最高の気分ですよ」
「ちっ・・・随分と余裕そうだが、俺の諦めの悪さを忘れたわけではないだろう、カル」
「フフフ、そうでしたね・・・ではあなたがこの絶望的な状況をどのように脱するのか、とくと拝見させていただきましょう! シリウス教会魔法戦部隊、全軍突撃。ネルソンの手下のアッシュ・クリプトンと魔族の女王ローレシアを神の名のもとに討伐なさい!」
カルの命令により虚ろな目をした神官兵たちが本部基地に向けゆっくりと迫ってくる。するとボルグ中佐が俺の隣に来て小声で囁く。
「・・・・この大軍を突破して地下神殿に向かうのはかなり難しいでしょう。陛下のワームホールはどれぐらいの距離を跳躍できますか?」
「・・・今のわたくしなら、4人を転移させるだけであれば1kmは確実に移動できます。ただし、カルの部隊を越えて跳躍するのは不可能です。だって彼らのマジックシールドはけた外れの・・・」
「・・・では、本部基地の地下から転移しましょう。そこからなら魔法戦部隊のマジックシールドも神殿の結界も十分には展開されていません。かなりの距離がありますが陛下が全力を出せば跳躍可能でしょう」
俺は地下神殿の入り口を確認して水平距離を目算し小さくうなずくと、カルたちに背を向けて本部の建物の中へと引き返した。
背後ではカルの叫び声が聞こえる。
「もう逃げるのですか、アッシュ! さあ、敬虔なる信者たちよ、我らの正義を恐れて背を見せたアッシュとローレシアをすぐに捕らえるのです!」
後のことはひとまず特殊作戦部隊に任せ、俺たちはボルグ中佐と共に本部基地の階段をどんどん地下へと降りて行った。そして最下層にある地下牢の一室からその魔法を唱える。
【闇属性魔法・ワームホール】
ここより遥かに深い地下にある地下神殿最下層との空間を無理やりつなげることに成功すると、俺たち4人は闇の球体に身を投じた。
そこは不思議な空間だった。
辺りの壁面からは様々な属性オーラが光り、俺は特に不思議な光を放つ扉の前に立った。
ボルグ中佐によって近くの部屋から救出されたネルソン大将たちも傍に駆け付ける中、俺はアポステルクロイツの指輪でその扉に触れ、魔力の流れを遮った。
この指輪はつけた人間の魔力だけでなく、この扉のような魔術具の魔力の流れもコントロールでき、魔力の流れが断ち切られた扉の光が消失すると、ギギギと音を立てながらゆっくりと開いた。
中に入ると、部屋の中には不思議な形状の椅子がたくさん並んでいて、そのうちの4つの椅子に4人が拘束された状態で眠らされていた。
椅子から天井に繋がったチューブを通して、クロム皇帝たちの魔力がじわじわと吸い上げられている。おそらくさっきの扉や神殿の様々な魔術具に魔力が供給されているのだろう。
俺は皇帝の前に立つと、懐にしまってあった皇帝固有の土属性魔力が付与されたアポステルの指輪を取り出し、その奇妙な椅子へと押し付けた。
すると、皇帝と同じ魔力パターンに反応した椅子が活性化したところで、教えてもらった通りに椅子の中を流れる魔力を遮り、機能停止させた。
そしてチューブを流れていた皇帝の魔力が止まり、椅子全体から放たれていた怪しげな光も消えた。
「ローレシア。作戦はうまく行ったようだな」
クロム皇帝が椅子から立ち上がると、俺の方に近付いてニッコリとほほ笑んだ。
「はい。クロム皇帝自らが囮になると聞いた時は本当に驚きましたが、こうして無事にお助けすることができて今はほっとしております」
「ローレシア・・・そなたなら必ず余を助けてくれると信じていた。残りの者も早く助け出して、カルのやつを始末しに行くぞ」
「承知いたしました」
すぐにネオンたち3人も助け出すと、俺たちは地下神殿を守る神官兵を蹴散らしながら階段を駆け上って行く。そして地上に上がると、まさにカルたち魔法戦部隊の後背を突く位置に出た。
俺は気合を入れ直すと、クロム皇帝やみんなに向けて檄を飛ばした。
「皆様、後はカルを倒すだけです! そしてここにいる狂信者どもを討ち払い、この大陸に真の恒久平和を実現しましょう。総員、魔法攻撃開始!」
カルとの決戦です
次回も続きますので、お楽しみに




