第186話 古代魔法の創造者
クロム皇帝のアポステルクロイツの指輪を手に入れるため、シリウス教国・聖地アーヴィン法王庁にやって来た俺たち3人は、ズラリと居並ぶ神官たちに出迎えられた。
「お待ちしておりましたローレシア女王陛下。ですが神使徒アゾート様は今この法王庁にはいらっしゃいません。礼拝堂でシリウス神に祈りを捧げておられますので、そちらへご案内いたしましょう」
そう言ったのは、シリウス教国の諜報部隊・ガルドルージュを統括しているバラード枢機卿だ。彼は外交も担当しているのか、俺たちのような外からの訪問者への対応も一手に引き受けている。
「お久しぶりですバラード枢機卿。わたくしがここに来た用件はすでにご存じのなのですね」
「はい。神使徒アゾート様から直接のご神託があり、ローレシア陛下がこちらにいらっしゃるので自分の所まで案内してほしいと、神を介して私におっしゃられました。アゾート様はここ聖地アーヴィンから全世界をご覧になられ、我ら信者たちに啓示をお与えになられるのです」
「そ、そうですか・・・。あの新型の通信魔法も教国の皆様からお話をうかがうと、まるで神の奇跡のように聞こえるから不思議です。では急いでおりますので早速ご案内下さいませ」
「承知しましたが、アゾート様は聖洗礼ヴェルナーガの真最中であり、全員で向かうのはよくありません。ですので神使徒の巫女に案内させましょう」
すると、バラード枢機卿の後ろに並んでいた神官の中から一人、巫女を名乗る女性が俺の前に出てきて、アゾートの所まで案内してくれることになった。
ハウスホーファ総大司教猊下の聖女隊とよく似た神官服を着た彼女は、聖属性魔法が使用できない男性をサポートしてシリウス教国での様々な神事を手伝うのが仕事だそうだ。
そして神使途となったアゾートにも一人、聖属性魔法が使えるアシスタントが付いたのだという。
巫女の案内で大礼拝堂に入ると、神使徒テルル像の裏側にある隠し通路を通って遺跡のような石室へと入って行く。
「この扉の奥に、神使徒アゾート様がいらっしゃいます。扉付近にある魔術具に陛下のアポステルクロイツの指輪をかざすと、扉が自動で開くようになっております。そこから地下に降りたところでお待ちいただければ、アゾート様が直接お出迎えになられる段取りになっています」
「承知しましたが、あなたは一緒に来られないのですか?」
「陛下がお一人で行かれるようでしたら、心配なのでわたくしも同行するつもりでしたが、護衛の女性騎士が二人もいらっしゃいますので、わたくしは必要ないでしょう。ではここで皆様のお戻りをお待ちしておりますので、いってらっしゃいませ」
「よくわかりませんがアーネスト中尉に会いに行くのに戦闘力が必要になるということでしょうか・・・。まあいいでしょう、それでは行ってまいります」
巫女の言葉に疑問を感じつつも、どんな敵が来ても負ける気がしない俺はとっとと先に進むことにした。さっそく石室の扉を開けて中に入ると、
「なっ! こ、ここはまさか・・・」
あまりに見慣れたデザインのその部屋は、この世界に存在するはずのないエレベーターだった。
「なんでこんなところにエレベーターが・・・」
ものすごい違和感を感じながらも、エレベーターに乗り込むと扉が自動で閉まって行き先のボタンが勝手に点灯し、エレベーターが下へ降りて行った。
「ろ、ローレシアお嬢様! 部屋が突然動き出しましたが、これは一体・・・」
アンリエットは初めて乗るエレベーターに戸惑いながら、階数を示す表示板を凝視していた。そしてアナスタシアも驚いているのか、俺の腕にしっかりとしがみつきながらキョロキョロ部屋の中を見渡している。
「二人とも、これはエレベーターという乗り物で高層の建物の各階を垂直に移動するために使う機械です。わたくしの元いた世界には普通にあったものですが、シリウス教国に同じものがあったのは驚きです」
長い歴史を持つ古い宗教国家に、近代的なエレベーターがある理由がいくら考えてもわからない。だが、エレベーターはかなり深い深度まで降りて行くと、ようやく停止して扉が静かに開いた。
かごの外に出るとそこは無機質なエレベーターホールになっていて、そこで待っていたのは、久しぶりに会う同級生のアゾートだった。
「お久しぶりですアーネスト中尉。わたくし、魔法アカデミーで隣の席でしたローレシア・アスターです。先日は新型の通信魔法でお話させていただきましたがこうしてお会いするのは春に教室で少しお話をさせていただいて以来になりますね。ところで一つお聞きしたいのですが、なぜここにエレベーターがあるのでしょうか」
彼とは久しぶりに顔を合わせるが、俺は思わずエレベーターのことを聞いてしまった。すると、
「ようこそわが家へ、ナツとローレシア。それからローレシアの母上とアンリエットもいらっしゃい。でも久しぶりに会ったというのにいきなりエレベーターの話をするとは、今のローレシアはナツが身体を操作しているということで間違いないよな。お前って本当にお嬢様言葉しか喋れないんだな」
このアゾートとはつい先日、東方諸国連合軍の軍議の最中に新型の通信魔法を使って会話をしたのだが、その時は俺とローレシアがいつも会話をしているように頭の中だけで彼とも普通に会話をし、俺本来の話し方を彼は知っているのだ。
そして俺のお嬢様言葉を聞いて楽しそうに笑うアゾートに、悔しくなった俺は普通に喋れるかどうかもう一度トライしてみた。
「・・・お嬢様言葉以外もちゃんと・・・しゃ、しゃべれますわ。こっ、このようにっ、ガリッ! ダメです・・・やはり普通に話すのは無理のようですね。このとおりどんなに頑張っても・・・お嬢様言葉が抜けないのでふ、ガリッ!」
イッター・・・思いっきり舌を噛みまくってしまった・・・イツツツ。
俺が口を押さえていたら、アゾートが頭を掻きながら謝ってくれた。
「ごめん。笑って悪かったよナツ。ほら、クロム皇帝やローレシアの母上たちの分の指輪も作っておいたから、これを使ってクロム皇帝やネオンたちを解放してやってくれ。ついでにシリウス教を壊滅してくれると助かるんだけど」
「まあ、アンリエットとお義母様の分まで! ありがたく頂戴いたしますが、さすがにシリウス教を壊滅させるのは不可能です。代わりにシリウス教会を壊滅させますのでお任せください、神使徒アゾート様」
「神使徒って・・・俺を神使徒というのは本当にやめてくれよ! 俺はシリウス教なんか大嫌いなんだし、この世に神など存在しないんだぞ!」
お嬢様言葉を笑われた仕返しにちょっとアゾートをからかってやるつもりだったが、どうやら彼にとって神使途はクリティカルヒットだったらしい。神使徒と呼ばれることが心底嫌そうなアゾートに俺は尋ねた。
「でしたらアーネスト中尉はどうして聖地アーヴィンの礼拝堂にずっと籠りっぱなしなのですか? そんなところにいて直接みんなの頭の中に語り掛けるから、バラード枢機卿たち敬虔な信者たちがあなたのことを神使徒とおっしゃるのですよ」
「この新型通信魔法・ユビキタスは、ここからしか使えないんだよ。だが俺が狂信者どもに誤解されるのは全くの不本意だから、通信の最後には必ず「この世に神など存在しない」と毎回念を押すことにするよ」
「そんなことは絶対にやめてくださいませ! アーネスト中尉が宗教を嫌う気持ちは同じ日本人としてよく理解できますが、今はシリウス教会との最後の決戦の時であり、7つの堕天使と現在の貴族家のつながりが明らかになった今、シリウス教とそれを信仰する世界中の人々は危ういバランスの上でギリギリ立っているのです。そんな時にアーネスト中尉があの通信魔法で余計な発言をされれば、信仰心を否定された世界中のシリウス教信者によって、魔族狩りやら特定貴族をターゲットにした泥沼の内戦が勃発し、世界がバラバラに分断いたします!」
「え、何それ? 状況が全く見えてこないんだけど」
「・・・アーネスト中尉は、ゲシェフトライヒの神官総会の様子はご覧になっていらっしゃらなかったのでしょうか」
「そんなもの見るわけないだろ。俺は宗教が大嫌いなんだし、シリウス教関係はネオンに全部丸投げ・・・コホン・・・彼女に一任したんだよ。あの神官総会で俺が手を貸したのは、俺のアシスタントの統合思念体にいい感じのセリフを適当に喋ってくれとお願いしたぐらいだ。そこも全てネオンの作戦だったので、俺は完全にノータッチだった」
このアゾートという男、どうやら筋金入りの宗教嫌いらしい。
いよいよそうなると、こいつがシリウス教国に引き籠って神使徒としてあがめられている現状に、違和感しか感じない。
こいつの言動に危うさを感じた俺は、変なトラブルを引き起こさないように一つだけアドバイスしておくことにした。
「アーネスト中尉の不用意な発言が世界に混乱を招かないよう、ご発言の前には必ずネオン様に相談なさってください。もしくは神使徒の巫女さまもいらっしゃいますので、彼女に相談するのも良ろしいかと」
「え、神使徒の巫女って誰? そんなやついたっけ」
「バラード枢機卿の後ろに控えていた神官たちの中にいらっしゃいました。このエレベーターのところまで案内してくれたのも彼女です」
「ああ、バラード枢機卿の後ろにいつもくっついている金魚の糞どもか・・・え? あの中に神使徒の巫女なんていたの?」
「ひょっとしてご存じないのですか?」
「もちろん知るわけないよ、そんなやつ。俺はここに来る時に一瞬シリウス教国を通過しただけで、その後はずっとこの家から一歩も外に出ていないから。俺はあの国とは極力関わり合いたくないから、ヒールとキュアだけで引き籠り生活を送っているんだよ」
「通過って・・・でもここはシリウス教国ですよね」
「地理的にはそうだが、ここは古代ルシウス国時代の遺跡で日本国防軍の軍事拠点があった場所だ。そして俺はここで軍事用の魔法研究をしていて、俺の職場兼住居でもあったんだよ」
「ここが古代ルシウス遺跡で、しかも日本国防軍の軍事拠点って・・・えーっ?! 古代で一体何があったのですかっ!」
「その話は少し長くなるから、この戦争が終わったらゆっくり話してやるけど、要するに最初に俺は大学の研究室や国防軍の部隊と一緒に古代ルシウス国に異世界転移してきて、そのルシウス国と戦争をするためにより強力な攻撃魔法を開発する国防軍のプロジェクトに参加していた。アージェント王国で現在使用されている魔法のほとんどは当時作られた日本製の魔法だ」
「にっ、日本製の魔法?! そんなものが存在するとは・・・だからネオン様がたまにお使いになられる強力な魔法は、詠唱呪文が日本語だったのですね。そしてそれを作っていたのがアーネスト中尉あなただったということですか」
このアゾート、ネオンと同じ二重転生者で聖戦のきっかけとなった魔王メルクリウスというだけでなく、古代ルシウス国との戦争のために攻撃魔法の開発をしていた軍の研究者だったんだ。
つまり古代魔法の創造者か・・・。
「アーネスト中尉のお話はとても興味深く、是非ゆっくりとお話を伺いたく存じますが、「この戦争が終わったら」なんて死亡フラグのようなことを言うのはおやめください。縁起が悪う存じます」
「あ、本当だ・・・完全に死亡フラグになってたよ。おっと、無駄話が長くなったが、ナツは急ぐんじゃなかったのか」
「・・・そうでした。ではこの指輪はありがたく頂戴いたしましたので、これからアルトグラーデスに行って戦ってまいります」
「ああ、頑張れよナツ! ネオンとフリュとフィリアの3人は俺の大切な仲間だ。彼女たちのことをよろしく頼む」
「フィリアについては後日相談させていただきたいことがございますが、3人のことはこのわたくしにお任せくださいませ」
それから古代魔法と指輪に関するいくつかの注意点を聞いた後すぐにアゾートと別れて、エレベーターを昇って地上に出た。
さっきの巫女さんはエレベーターの出口でちゃんと待っていてくれて、アゾートは宗教が嫌いだから彼女の存在すら知らないが、俺はここで待っていてくれた彼女に感謝して、丁重にお礼を言った。
彼女はそれをとても喜んでくれ、俺の代わりに魔導障壁を消してくれたり、港町トガータに向かう俺たちを最後まで見送ってくれた。
さあここからアルトグラーデスでカルとの決戦だ。
次回からいよいよ最終決戦
お楽しみに




