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第185話 正統政府義勇軍の最後②

 接近戦に秀でた幼女の相手はバーツに任せ、レオンハルトは若い男女二人との魔法戦に注力することになった。


 二人の魔力は弱い勇者クラスかそれにすら届いていないのに、最強であるはずの自分を十分に追い詰めるだけの強力な魔法攻撃を交互に繰り出してきた。


「こ、こんなことがあってたまるかっ! 僕は最強の勇者なんだ。なのにこいつらはどうしてその僕と互角に戦えるんだ!」


 この二人がアポステルクロイツの指輪の力を使っていることは明白だが、これを使いすぎると胸が締め付けられるように苦しくなり、何かを失って行く喪失感に苛まれる。


 だからレオンハルトとしては、これ以上この指輪を使いたくなかった。


 だが目の前の二人はその苦痛や恐怖を一切感じないのか、その表情に笑みすら浮かべながらアポステルクロイツの指輪を燦然と輝かせている。


「くそっ! こいつら絶対にまともじゃない。こんな指輪を使い続けたら、どんな恐ろしいことが起こるか絶対に理解していないだろう」




 そんな笑顔で戦っている元未来の嫁が、今度は自分と全く同じ魔法を発動させようとしていることにレオンハルトは気が付いた。


 今から使うのは水属性の大魔法アビス。これは大量の水を海底から召喚させて、地上の全てを粉々に粉砕して飲み込むという破壊魔法だ。


 勇者アラン以外にこの魔法を使う人間をこれまで見たことがなかったが、今まさに互いに放とうとしているこの魔法は、撃ち負ければその水圧によって四肢がバラバラに粉砕されて即死する恐ろしいものだ。


 ここまでは互角の戦いを続けてきた元未来の嫁が、アポステルクロイツの指輪を嬉々として光らせているため、対抗上自分もこの指輪を使わざるを得ない。



 ズキンッ!!



 レオンハルトの心臓に激痛が走ったが、ここで魔力を緩めたら即死につながる危険な状況に、自分もアポステルクロイツの指輪で魔力をブーストするしか選択の余地がなかった。


「くっそーーーーーっ!」



 【水属性魔法・アビス】

 【水属性固有魔法・アビス】





 互いの魔力を振り絞って大量の水流をぶつけ合ったアビス対決はどうにか引き分けに終わったが、濁流がここにいる5人以外の全てを流し去っていく中、指輪の影響で身体中に激痛が走るレオンハルトは、反対に楽しそうにほほ笑んでいる元未来の嫁に恐怖した。


「ダメだ・・・もうこれ以上は指輪は使えない」


 だが彼女の隣には別の大魔法を完成させつつある男がいて、彼が出現させた魔方陣のあまりの禍々しさにレオンハルトは苦痛に表情を歪ませながらも、再び指輪の力を借りてバリアーを展開せざるを得なかった。



 【水属性固有魔法・絶対零度の監獄】

 


 その魔法はありとあらゆるものを凍結させる究極の魔法であるが、より強力な魔力によるバリアーを展開すればほとんどを阻止できることが知られている。


 そしてこの若い男の魔力はレオンハルトよりかなり低いため、この魔法の発動は何度も防いできた。


 だが今回は、



 バキッ!!



 魔法が部分的に発動して空気が凝固したことで急激な気圧差から突風が生じ、レオンハルトは吹き飛ばされてしまった。


「ぐわーっ!」


 凍りつくような極寒の地面にゴロゴロと転がるレオンハルト。


「アポステルクロイツの指輪がうまく使えない・・・僕の魔力が・・・」


 限界を感じたレオンハルトは、どうにか立ち上がると、これ以上の戦闘は不可能と判断し、その場を走り去った。


「ダメだ・・・僕では魔族にはどうしても勝てない。これ以上アポステルクロイツの指輪を使う訳にはいかないし、逃げるしかない。くそっ!」



 レオンハルトの逃走に気が付いたバーツは、自身もアポステルクロイツの指輪の使いすぎによる激痛で、この戦いに限界を感じていた。


「待ってくれレオンハルト! 俺も撤退する」


 だがそんな二人の頭上に魔法陣が展開すると、どこかへと強制的に転移させられるのを感じた。






 若い帝国軍士官3人との戦いをレオンハルトたちに任せたクラーク伯爵は、融和派義勇軍による包囲が比較的手薄な北東の方角へと転進していた。だが、


「やっと見つけたぞ、クラーク!」


 声のする方向を見ると、メロア伯爵が騎士団を率いてこちらへ迫っていた。慌てて逃げるクラーク伯爵にメロア伯爵が猛追する。


「貴様、どうして我々の居場所がわかった!」


 クラーク伯爵がメロア伯爵に問う。


「この少し先で、けた外れの大魔法を撃ちあう戦闘があった。あんな派手な戦い方をするのは勇者しかおらんし、そこから逃げ出した騎士団を探すように斥候を飛ばしたら、貴様の位置などすぐに知れたわ」


「ちっ、そういうことか・・・最早これ以上は逃げても無駄だな。よし騎士団全員聞け! 我々の敵の後方に迫るメロア騎士団である。反転突撃せよっ!」





 こうして約300騎のクラーク騎士団とほぼ同規模のメロア騎士団の戦いが始まったが、当主であるクラーク伯爵とメロア伯爵が直接対決するという異例の展開に、互いの主君を守るよう騎士たちが入り乱れての大混戦となった。


「観念するのだクラーク! 薄汚い反逆者レオンハルトとともに貴様の命運はもう尽きているのだ!」


「黙れメロア! 我がクラーク家の名誉にかけて降伏など一切せん! どうせ滅びるなら断頭台ではなく戦いの中で華々しく散ってやるまでだ。それに反逆者は貴様も同じだろう。たとえ我々を戦場で討ち負かせても、主戦派のレッテルの張られたお前たちなどクロム皇帝が許すはずがない!」


 魔剣を握り締め、互いに魔力の限りに剣を打ち合う両伯爵。


「いいや貴様の首を刎ねればクロム皇帝もお喜びになるだろう。なにせ貴様は皇帝暗殺をしでかした大罪人レオンハルトの生家クラーク家の当主だからな」


「くっ・・・レオンハルトのやつめ、あいつのせいで我がクラーク家の名誉が・・・」


「本当にバカなやつだなお前は。レオンハルトの素行を見ればクラーク家の家柄の悪さも分かるし、そもそも守るべき名誉など存在せぬわ! その点我がメロア家には息子の勇者アランがいる。皇帝はアランを命の恩人として感謝しており、皇帝からの書状には当家に対して温情が加えられることが記されてあったわ」


 それを聞いたクラーク伯爵は苦々しく顔を歪めたが、すぐにあることを思い出す。


「ふん、バカなのはどっちだメロア。勇者アランの功績だけであれば確かにそうかもしれないが、貴様の甥のカミールは今どこにいる? 貴様が騎士団の半分を与えてガートラント要塞にいる東方諸国連合軍を討伐しに向かわせたのではなかったのか。我々の放った斥候の報告では、カミールに帰還命令を出した形跡はないようだが、どうせ怒りで頭がいっぱいのお前はカミールのことなど忘れていたのであろう」


「・・・カミールだと? しまった! 東方諸国連合軍にはクロム皇帝が溺愛するローレシア女王がいる。早くあいつを止めなければ! だがこの状況ではあの要塞に連絡を行うことすら不可能だし、すぐに決着がつくような戦場でもあるまい。先に貴様を倒してからでも間に合うはずだ・・・」


「だからお前はバカだと言っている。貴様の甥が冷静な男であればそうかもしれないが、あいつはローレシアに何やら逆恨みをしていたじゃないか。それに貴様はあいつに教えたのであろう? 要塞の東側へ抜ける進軍経路の存在を」


「まずい! あれを使って大軍で敵の後背を突けば、要塞との挟撃が完成してしまう。もしローレシア女王の身に何かあれば、怒り狂った皇帝は我がメロア家に何をするか分かったものではない」


 メロア伯爵の顔色が急速に悪くなるのを見たクラーク伯爵は、ニヤリと笑いながら、


「どうしたメロア。カミールが心配でワシと戦っている場合ではなくなったであろう。さあ、今すぐ戦いをやめてガートラント要塞へ向かうのだ。もう時間がないぞ、さあ、さあ!」





 メロア伯爵の動揺を誘うクラーク伯爵がその攻め手を一気に強める。じりじりと後退するメロア伯爵の背後から、周囲に放っていた斥候の一人が慌てて報告を始めた。


「伯爵、緊急報告です! 東方諸国連合軍3万が先ほど融和派義勇軍と合流し、我々に対する包囲網を完成させました」


「「何だと!」」


 メロア伯爵と同時に、それを聞いたクラーク伯爵も声を上げる。


「ガートラント要塞の戦況は依然不明ながらも、要塞を突破した連合軍はその兵力を半減させつつ、この帝都周辺まで進軍することに成功した模様です」


「ローレシア女王は無事か! それからカミールがどうなったかわかるか!」


 クラーク伯爵が傍にいるにも関わらず、メロア伯爵は斥候に報告を続けさせる。


「理由はわかりませんが、連合軍を率いていたのはローレシア・アスター女王ではなくソーサルーラ国王のようです。ローレシア勇者部隊のメンバーはランドルフ王子を除いて全員行方不明・・・要塞戦ですでに戦死した可能性があります。それからカミール坊ちゃんの行方もわかっていません」


「ローレシア女王が戦死・・・」


 呆然とするメロア伯爵にクラーク伯爵は大きな高笑いを上げた。


「ハーッハッハ! どうやら遅かったようだなメロア伯爵! 貴様の甥のカミールはローレシアを相当に憎んでいたようだから、どうせローレシアへ集中攻撃を浴びせて彼女を殺してしまったんだろう。メロア家が皇帝に許しを得る機会もこれで永遠に失われたな」


 そのクラーク伯爵の大声は当然周りで戦う他の騎士たちにも聞こえ、士気の下がったメロア騎士団はクラーク騎士団の猛攻により一気に劣勢に傾いた。それを追い込むようにクラーク伯爵が叫ぶ。


「メロアよ! ・・・貴様も、貴様のメロア家ももう終わりだ。このまま滅びるよりも我々と手を組んで、ともにクロム皇帝を討ち果たすのだ!」


 そして一度剣を止めたクラーク伯爵は、メロア伯爵の答えを待つ。


 何かブツブツと独り言を繰り返していたメロア伯爵は、だが剣を握りなおすと猛然とクラーク伯爵に斬りかかった。


「黙れクラーク! こうなったらメロア家の名誉にかけて貴様を討つ! たとえここでメルア家が断絶されたとしても、せめて未来の歴史にはメロア家の栄光を伝え残しておくのだ。大逆者クラーク家を滅ぼした誠の忠臣としてな!」


 メロア伯爵の説得に失敗したクラーク伯爵は、頭をすぐに切り替えるとクラーク騎士団に命じた。


「そうか・・・ならその望みもここで断ち切ってやる。メロア伯爵を今すぐに殺せ!」


 一気に劣勢に追い込まれたメロア騎士団は、猛り狂うクラーク騎士団の猛攻にメロア伯爵への護衛が間に合わない。クラーク騎士団を押し返してメロア伯爵を助け出そうと突撃を敢行するが、その厚い壁に完全に跳ね返されてしまう。


「メロア伯爵ーーっ!」


 クラーク騎士団に周囲を取り囲まれてしまったメロア伯爵は、自分の最大限の魔力を使ってクラーク伯爵に打ち込んだ。だがクラーク伯爵に自らの刃が届くよりも先に、クラーク騎士団の刃がメロア伯爵に届いてしまった。


 周りの騎士たちの総攻撃を受けてバリアーが破壊されたメロア伯爵の身体に、騎士たちの剣や槍が容赦なく突き刺さったのだ。


「ぐわーーっ!」


 身体を串刺しに貫かれたメロア伯爵は、大量の血を流しながら地面に倒れ伏すと、


「・・・大逆者クラーク討伐は叶わなかったが・・・わが命をもってメロア家の名誉は保たれた・・・皇帝陛下これでお許しを・・・」


 それだけ言うと、メロア伯爵は息を引き取った。


 主を守り切れなかったメロア騎士団は、その戦意を喪失すると騎士団長の判断でクラーク騎士団に降伏した。だがその時、





「クラーク伯爵に告ぐ! 直ちに降伏なさい!」


 クラーク伯爵が声のする方を振り返ると、先ほどレオンハルトたちに任せたはずの若い帝国軍士官3人が治安維持隊を引き連れて集結していた。


「お前たちはさっきの! 勇者レオンハルトはどうしたんだ?! 勇者バーツはどこに・・・」


 するとリーダーの女性士官が、


「あの二人は魔法戦でわたくしたちに勝てないことを知ると、転移魔法でどこかへと逃亡しました」


「そんなバカなっ! 勇者が二人もいながら、たかが治安維持隊の士官ごときに勝てなかったというのか。そんなバカなことが・・・」


「もしウソだと思うなら、これから一戦試してみますか? わたくしたち3人なら、まだまだ魔力に余裕がありますが」


 そう言うとその女性士官が黄色のオーラを爆発させた。勇者をも超える強力なオーラが天高く立ち上ると彼女の身体に還流して大気中のマナが共振した。



 バチ、バチ、バチッ!



 この場の誰も彼女の正体を知らなかったが、彼女こそ主戦派貴族が魔族と蔑むアージェント王国の最有力後継者候補、エリザベート・アージェントであった。


 そして本物のアポステルクロイツの指輪でブーストをかけた彼女の魔力は、この時点で平時の勇者レオンハルトの魔力すらも超えていたのだ。


 かつて目にしたことのないほどの膨大な魔力が自分たちに向けられているこの現実に、彼女こそが圧倒的強者であり自分達は狩られる側の草食動物であると、本能が悲鳴を上げた。


 クラーク騎士団の騎士たちはそのあまりの恐怖に、手に持っていた武器を次々と彼女たちの前に放り投げていった。


 そして当主のクラーク伯爵も、


「・・・栄光ある帝国貴族クラーク家も、これで命運が尽きたか。我が一族の誉と思っていたレオンハルトだったが、結局あいつには最後まで裏切られ続けたな・・・あいつさえいなければこんなことには」


 そして武器を捨てたクラーク伯爵が力なく地面に座り込むと、周りを包囲していた治安維持隊が殺到して伯爵の魔力を封印し、拘束の魔術具で締め上げて帝都へと連行していった。






 クラーク軍総大将のクラーク伯爵が拘束され騎士団も降伏したことが治安維持隊によって発表されると、各主戦派貴族家もこれ以上戦い続けることが不可能と判断し、次々と投降していった。


 そして主敵がいなくなったザグレブ軍は、ザグレブ侯爵が戦闘終了を宣言するとともに武装解除するよう軍全体に命じた。そしてクラーク軍と同様、治安維持隊によって帝都へと連行されていった。


 かくして帝都ノイエグラーデスを包囲していた正統政府義勇軍は完全に消滅し、クラーク軍1万5千とザグレブ軍2万の軍勢は全て捕虜となり、帝都周辺に敵対勢力は完全にいなくなった。


 そして皇女リアーネには、治安維持隊1万と融和派義勇軍9万、そして彼女の主・ローレシア女王からの援軍である東方諸国連合軍3万からなる総兵力13万の軍勢がその手元に残った。

次回は再び、ナツとローレシアのエピソードです


お楽しみに

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