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第184話 正統政府義勇軍の最後①

 クラーク軍の動きを見て慌てて北進を開始したザグレブ軍だったが、実はそのクラーク軍の方がより追い詰められた状況であり、彼らはクロム皇帝打倒に自分たちの全ての命運をかけて北上を開始したのだった。


 だが南方を半円状に包囲されたクラーク軍は、ブラウシュテルンへ進軍するにしても必ず帝都近くを通過しなければならず、桁違いの破壊力を誇る新型エクスプロージョン防衛システムの洗礼を受けることは必至の状況だった。


 そこでクラーク伯爵は味方の兵士たちを先行させてエクスプロージョンの犠牲に差し出しつつ、その後方から慎重に馬を進めた。


 その後、数発のエクスプロージョンが哀れな兵士たちを飲み込んで行ったものの、全弾が発射される前に帝都の城門が突然開くと、中から治安維持隊が大挙して出撃してきた。


 この状況自体はクラーク伯爵の想定内であり、兵力を広く分散させたのはエクスプロージョンの被害を少なくするためと、自軍の兵たちに治安維持隊をかく乱させ、なるべく時間を稼ぐためのものだった。


 そして自分は精鋭の護衛騎士を引き連れつつ斥候を多数放ち、敵に見つからないよう最大限に警戒しながら進軍した。


 だがそこまでしたにも関わらず、考えられないほど早い段階でクラーク伯爵は治安維持隊に発見される。クラーク騎士団が気づくよりも先に、いきなり強力なエレクトロンバーストによる魔法攻撃を受けたのだ。


「ぐわああーーっ!」


 味方に死傷者こそ出なかったものの、ただの兵士が放ったとは思えないほど強力な魔法攻撃に、クラーク伯爵は半ばパニック状態で騎士団長を怒鳴りつけた。


「騎士団長! なぜ我々の居場所がこんなにも早く敵に把握されているのだ! 斥候は今まで何をしていたのだっ! それに我々の周囲にはマジックジャミングとバリアーの両方が展開されていたはず。なのになぜ魔法攻撃を受けたのだ!」


「落ち着いてください伯爵。我々の防御はあのクロム皇帝が相手でもその攻撃を防げるほどの最高レベルのものですが、おそらくそれを越える魔力を持つ兵士が皇室近衛師団には配属されているのでしょう。ですが我々には人類最強の勇者が二人もついています。ここからは彼らに相手をしてもらいます」


 そして護衛と共に後ろに下がった伯爵に代わって、二人の勇者が治安維持隊の兵士に立ちはだかった。





 クラーク家の本家筋であり、小さいころから頭の上がらなかった騎士団長に命令されたレオンハルトは、渋々ながらも治安維持隊の兵士たちの前に出た。


 だがその敵の姿に彼は愕然とする。


 目の前の敵はたったの3人であり、そのうちの一人は10歳にも満たないような小さな少女だった。


 残りの二人も成人するかどうかといった年頃の若い男女であり、その3人ともが兵士ではなく士官服を身に着けていた。


「あの士官服の襟章・・・こいつら帝都治安維持隊でも皇室近衛師団でもなく、帝国軍特殊作戦部隊の士官じゃないか・・・つまりネルソン大将の手下か!」


 警戒感を強めたレオンハルトだったが、彼らの魔力が異常に強いことはすでに感じとっていた。幼いながらもクラーク伯爵や騎士団長を越える魔力を持つ少女と、皇族でも最強の部類のクロム皇帝を超えるほどの魔力を持つ若い男女。


 特にその女性士官は3人の中でも特に魔力が強く、もはや勇者ヤーコブとも優劣がつかないほどだった。


「まさかあの女も勇者なのか・・・いや、もしそうなら我々とともに訓練を受けていたはずだが、彼女の存在など今まで聞いたことがない。だとすれば6属性持ちか」


 レオンハルトはいつしか、この透き通るような美貌を持つ女性士官に惹かれていた。勇者アラン亡き今、世界最強の魔力保有者となった自分の世継ぎを産むのは、目の前にいるこの女性士官しかいないと男の本能がそう訴えていた。


 そしてレオンハルトは思った。


 この名もなき女性士官はおそらく下級貴族か平民であり、名門貴族である自分とでは身分違いが問題になるだろう。


 だが彼女ほどの魔力があれば、自分の両親やクラーク伯爵もきっと彼女との結婚を認めてくれるはずだ。それに彼女だって、クラーク家の一員になれるのなら喜んで僕の世継ぎを産んでくれるに決まっている。


 レオンハルトの頭の中では既に、彼女との甘い新婚生活が思い描かれていた。だがそんな気持ちとは裏腹に、その女性士官はいきなり冷や水を浴びせるような行動に出たのだ。仲間を両脇に立たせるとレオンハルトに対し、


「二人ともお聞きなさい。クラーク伯爵は決して殺してはなりません。この者には帝国として裁きを与える必要があり、生きたまま捕らえてリアーネ様に引き渡さねばなりません。ただしそれ以外の者は生死を問わず、特にこの勇者二人は手加減して勝てる相手ではありませんので、最初から全力で挑みましょう」


 その瞬間、レオンハルトの心は怒りに満ち溢れた。


 せっかくこの勇者レオンハルトが正妻として娶ってやろうと考えていたのに、この女はなんて恩知らずなんだ! くそっ・・・こんな女なんか・・・。


 そしてレオンハルトは彼ら3人を威圧するように告げた。


「アーハッハッハッ! 貴様は自分の魔力に余程自信があるのか、勇者であるこの僕に勝つつもりでいるようだな。だが、たった3人で立ち向かって来るなんて命知らずにもほどがある。今の発言を撤回して許しを乞うのなら、貴様だけは僕の妾として生かしておいてやろう。どこの馬の骨ともわからん奴だが、それだけの魔力があれば名門クラーク伯爵家の一員であるこの僕の世継ぎを産む資格は十分ある。有り難く思え!」


 殺してしまおうとも考えたがやはりこれだけの美貌と強大な魔力は捨てがたく、レオンハルトはどうしてもこの女性士官に自分の世継ぎを産ませたかった。


 だがそれが気に入らないのか相棒の勇者バーツが、


「おいレオンハルト、その男もかなり魔力が高い! 俺たち二人が負けるとは思わんが、油断をすると護衛騎士たちの被害も馬鹿にならん」


 一瞬バーツもこの女を狙っているのかと警戒したレオンハルトだったが、冷静に考えればバーツの言う通りであり、この3人は敵として侮れない。


「バーツは相変わらず慎重な奴だな。この女には僕の世継ぎを産ませたいので正直殺したくはないのだが、イザとなれば皆殺しにすればいいだけの話。勇者との戦いは魔力の差ですべてが決まることを、奴らに身をもって理解させてやることにする!」


 そう言ってレオンハルトは、勇者らしく魔剣を7色のオーラで輝かせると、女性士官目掛けて斬り込んでいった。そして3人を覆うバリアーを粉砕しようと力いっぱいに魔剣を振りぬいたが、




 ガイーーーーンッ!




 彼女のバリアーは激しく軋んだものの粉砕されることはなく、魔剣を弾かれ反動でレオンハルトは後ろに大きく転倒し、背中と尻を地面に叩きつけられた。


「な、なんだとっ! 僕の攻撃がこいつらのバリアーに弾かれるなんて・・・」


 だがレオンハルトが叫ぶのと同時に、敵の幼い少女も顔を真っ青にした。


「やはり勇者の攻撃では、私の護国の絶対防衛圏は長くは持ちません! 私が接近戦で時間を稼ぎますのでお二人は魔法戦の準備を!」


 何だとっ?! 今のバリアーは女性士官のモノではなく、あの一番魔力の低い幼女のモノだというのか。




 ドグオーーーンッ!




 だがそんなことを考えていた瞬間、その幼い少女が目にもとまらぬ速さで剣をふるうと、レオンハルトのバリアーを一撃で粉砕して彼の身体を宙に飛ばした。


「ぐはーーーっ!」


 再び地面に背中を強打したレオンハルト。だが一瞬気が遠くなった彼を守るように勇者バーツが二人の間に入ると、その幼い少女と接近戦を始めた。


 ガッキーンッ!


「ボサッとするなレオンハルトっ! こいつらは皇女リアーネが帝都に引き入れた魔族だ。そうでなければこんな幼い少女がたった一撃で俺たち勇者をバリアーごとふっ飛ばせるわけがない。俺がこいつを食い止めるからお前は魔法戦の準備を!」


「くそっ・・・こいつらは魔族だったのか! この僕の人生を狂わせた魔族は絶対に生かしてはおけん! 根絶やしにしてやる・・・」


 魔族という言葉に、レオンハルトの頭にローレシアの姿がよぎった。そして女性士官に対する愛情がそのまま憎悪へと変化した。







 背後にいるクラーク伯爵たちが自分たちを置いてこの場を逃げ去って行くのを感じながら、レオンハルトは自分の愛を踏みにじった名前も知らない未来の嫁をどうやって殺すのかで、頭がいっぱいになっていた。そしてバーツが少女と一騎打ちをしている間に、そのとっておきの魔法の詠唱が終わった。



 【風属性魔法・死神の虚空】



 敵を強固な結界で包み込んで中の空気を全て抜き去るというこの魔法は、相手を窒息状態にすると同時に身体中の穴という穴から血液や体液を噴き出させて死に至らしめるという、残忍極まりない大魔法だった。それを初手に選択するほど、彼女に対する憎しみがレオンハルトを駆り立てていた。


 そしてレオンハルトの圧倒的な魔力によって、その死の結界に包まれてしまった女性士官は、自分が展開していたバリアー内に残された空気を頼りに残り僅かな余命を享受していた。


 それでも諦めずに魔法の詠唱を続ける彼女の姿に、レオンハルトは激しい憤りを感じた。彼女を絶望の淵に追い込んで殺すために彼は大声で叫ぶ。


「この結界は僕の魔力を越えなければ絶対に破壊することのできない特殊なバリアーだ。したがってキミの6属性の魔力では決して破ることはできないだろう。そしてキミが力尽きてバリアーが消失した瞬間、その美しい顔が真空で無残に引き裂かれて死ぬのだよ! アーッハッハ!」


 真空では声が伝わらないことを知らないレオンハルトは、女性士官の心を挫こうと怒声を張り上げる。


 そんなレオンハルトとは無関係に、女性士官の詠唱が完了すると、彼女の前に現れた魔法陣と、彼女から湧き出す無尽蔵の雷属性のオーラに、レオンハルトの本能が最大級の危険信号を発した。


 レオンハルトは何かを考えるより先に、自身最強のバリアーを自分の正面に展開すると、間一髪で彼女から発射された電撃を防いだ。


 その電撃はこれまで見たことのないようなすさまじいもので、強烈な閃光とともに死神の虚空のバリアーを一瞬で消滅させ、レオンハルトが展開した自身最強のバリアーすらも完全に消滅させてしまったのだ。


「そんなバカな・・・この女は最強勇者である僕よりも魔力が上だとでもいうのか!」


 自分よりも強力な魔力を持つ者は魔族ローレシアを除いてこの世には存在しない。この女も魔族とは言え自分よりも魔力は低いはずであり、自分のバリアーを消滅させるなどありえなかった。


 その時のレオンハルトは魔力の強さが魔法戦の勝敗を決すると思い込んでいた。そして彼女の放ったこの魔法の本当の恐ろしさが、目に見える破壊力などでは決して測れないことを知らなかった。


 実は彼女が放った雷属性魔法・トールハンマーは、天文学的な数量の荷電粒子一つ一つが数100KeV~数MeVの高エネルギーで加速されており、レオンハルトはそれをバリアーで全て遮ってしまった。


 その結果生じるのが制動輻射だ。


 この制動輻射は、荷電粒子の運動エネルギーが全て電磁波に変換されることによって発生し、そのエネルギー強度に相当する大量のX線やγ線がレオンハルトの身体を容赦なく貫いた。


 それが彼の身体にどのような悪影響をもたらすのかはある程度時間が経過しないと分からないが、少なくとも彼の細胞核にある染色体には修復不可能な損傷が無数に生じたことは間違いないだろう。


 幸か不幸か、この世界には細胞レベルの人体のメカニズムを紐解く学問は存在せず、レオンハルトはたった今の自分に何が起こったのかを知る術はない。




 だがそんなレオンハルトにボーっと物思いに耽っている暇はなく、今まで気にも留めていなかった若い男性士官の魔法が発動したのだ。


 突然頭上に広がった巨大な魔法陣の中央から漆黒の小さな点が落ちてくるだけの魔法だったが、その挙動が火属性魔法のエクスプロージョンと酷似しており、レオンハルトは本能で危険を察すると、意識するよりも早くこの場から逃げ出していた。


 自分の後方からはバーツや特殊作戦部隊の3人が猛烈な速度で追いかけてくるのを感じつつ、さらに後方、自分たちがさっきまでいた場所では途方もない大爆発が発生した。


「ダゴン平原にいた魔族の奴らですら、これほどの強力な破壊魔法は使っていなかった。この男性士官は魔力こそ勇者クラスには届かないものの、かなり上位の魔将軍と見て間違いないな」


 レオンハルトは、この大爆発に巻き込まれた多くの義勇軍兵士たちが無残に命を散らしていくのを横目で見つつ、最強であるはずの自分が得意の魔法攻撃で若い男女の士官に追い詰められていくこの状況に納得がいかなかった。少し後ろを走るバーツに、


「バーツ・・・勇者はこの世の誰よりも強いのではなかったのか。あの女に僕のとっておきの魔法が効かなかった上に、バリアーを簡単に破壊された・・・一体どうしてなんだよっ!」


「冷静になれレオンハルト! ・・・俺たちの後ろを追いかけてくる男性士官の指を見てみろ。どこで手に入れたのかは知らんが俺たちと同じアポステルクロイツの指輪をしている。手袋で隠されてはいるが、あの女性士官も指輪で自分の魔力を引き上げていたから、お前の魔力を一時的に越えることができたんだろう」


「アポステルクロイツの指輪か・・・ならこの僕たちも同じ手を使えば、魔力はこちらの方が圧倒的に上」


「そう言うことだ。もう一度さっきと同じ展開に持ち込むから、俺たちも魔力にブーストをかけて、一気に勝負を決めるぞ」


 言うが早いか逃げるのをやめたバーツが身体を反転させてエレナに突撃した。魔力を倍増させたバーツはそれを自身の魔剣とバリアーに全て投入し、エレナの小さな身体に叩きつけた。

次回も続きます


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[気になる点] クロム皇帝やリアーネ皇女の属性わかりませんが、7属性の勇者の訓練をしていたのならば6属性持ちには何させていたのでしょうか? それこそ1人2人勇者部隊の隊員くらいになっていても不思議では…
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