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第183話 消えたカルを追って

 カルの魔法によってクロム皇帝たちが忽然と消えた礼拝堂に一瞬の静寂が訪れた。


 騒動の中心にいた人達が全員いなくなったことで、ただただ翻弄されてばかりだった司祭たちや、壇上に取り残されたカル以外の枢機卿たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 だがそんな静寂を打ち破るように、一人の男が礼拝堂の奥から壇上に飛び出して来た。


 ボルグ中佐だ。


 彼が壇上から俺たちを見つけると、大声で叫ぶ。


「ローレシア女王陛下っ! カルのやつが例の古代魔術具を起動させ、アルトグラーデスの地下神殿に全員を転移させたことが、たった今確認されましたっ! ここまでは我々の計画通りです!」





 時は前日にさかのぼる。


 ボルグ中佐から今回の作戦の説明を受けた際、カルが古代魔法に精通し、様々な古代魔術具を継承しているため、どれを使ってくるか分からないことが作戦を困難にしているという話になった。


 カルは古代魔法の大家でもあった3代前のシリウス教会総大司教ミスト・クリプトンの弟子であり、ミストはその知識と祖先から受け継いだ古代魔術具の全てをカルに遺したのだそうだ。


 そしてこのボルグ中佐は、本名をアッシュ・クリプトンといい、自身がミストの孫にあたることを明かした。カルはもともと修道院の孤児だったが、その魔力の才能を見いだしたミストは、彼を自分の弟子としてクリプトン家の屋敷に引き取り住込みで働らかせた。


 つまりボルグ中佐とカルは子供の頃からの幼馴染みだったのだが、古代魔術に全く興味がなかったボルグ中佐は早くにクリプトン家を出て行ってしまい、同じく商売にしか興味のなかった中佐の父親であるブロック・クリプトンにも愛想をつかしたミストは、カルを自分の後継者として溺愛していったらしい。


「古代魔術具の全てをカルに持っていかれたのが今となっては痛恨の極みだが、明日の神官総会を叩き潰すためにはヤツが何を使ってきてもいいようにあらゆる事態を想定して対応するしかない」


 ボルグ中佐がそう言って自分が知っている魔術具とそれに対応するための工作員の配置を説明していくと、それまで静かに話を聞いていたフリュオリーネが中佐の作戦に修正を加えた。


「工作員の数が十分ではないので中佐の作戦通りに兵力を分散するとカルを取り逃がす危険性が増します。ですのでカルに特定の魔術具を使わせるよう誘導するというのはいかがでしょうか」


 そのフリュオリーネの言葉に、ボルグ中佐の目が光った。


「ほう・・・ではメルクリウス軍総参謀長殿の作戦を聞かせてもらおう」


「承知しました。長きに渡る戦いの歴史が物語っているように、数多ある古代魔術具の中にあってエメラルド王国の王族や高位貴族に対抗する上で決定的な効果を発揮したのが、特定の魔力保有者を捕獲して地下神殿に永遠に拘束するという例の魔術具です。完全な逆転勝利を目指すカルなら、状況さえ整えれば必ずこの魔術具を選択するでしょう」


「なるほどな。だがヤツがその選択をするにはどんな状況を整えればいい?」


「クロム皇帝陛下を囮に使います。ダゴン平原の一戦で我が夫が陛下と直接対決をした時に気がついたそうなのですが、陛下はType-ランドンという土属性魔法の特別な家系の血筋なのだそうです。その彼の護衛に闇属性のわたくしと光属性のフィリアさん、それから火属性のクレア様と4属性が大魔力で威嚇すれば、追い詰められたカルはあの魔術具を使用する絶好の機会だと判断するでしょう」


「クロム皇帝が土属性の特別な血族だと?! ・・・にわかには信じられんが仮にそうだとすれば中々いい作戦だ。総参謀長殿が言うように、古代魔法に詳しい者ほど例の魔術具の性能には絶対の自信を持つはず。カルはあの魔術具に解除方法が存在しないことを知っているはずだし、実はアポステルクロイツの指輪がそれを無効にする鍵であることはもちろん知らない」


「ええ、そこを逆手に取るのです。わたくしたち全員分のアポステルクロイツの指輪をローレシア女王陛下にお渡ししておきます。カルが例の魔術具を発動させてわたくしたちをアルトグラーデスの地下神殿に転移させたら、この指輪を使って解放していただきとう存じます。そしてボルグ中佐の方は、アルトグラーデスに工作員を配置し、カルとの来るべき最終決戦に備えてくださいませ」


 俺に判断はつかないが、特殊作戦部隊の幹部であるボルグ中佐が感心しているところを見ると、このフリュオリーネの作戦はかなり確実性の高いものだということは想像がついた。俺も大きくうなずくと、


「承知しました。ではフリュオリーネ様の作戦に従い皆様の指輪を預からせて頂きます。ところでクロム皇帝もアポステルクロイツの指輪をお持ちなのですか」


「いいえ、陛下はまだお持ちではありません。ですのでわたくしから夫にお願いして、陛下の分の指輪も作っていただきます。夫なら一人分の指輪など大した手間ではないはずですし、ローレシア女王陛下には明日取りに行っていただければ大丈夫です」


「承知いたしましたが、フリュオリーネ様の夫とはどなたで、どちらに伺えばよろしいのでしょうか」


「わたくしはアゾート・メルクリウス伯爵の正妻なのですが、夫は今シリウス教国に滞在中で、新型の通信魔法を使って戦況を監視しつつ、帝国全土に展開するアージェント王国の各部隊に指示を与えています」


「まあ、アーネスト中尉はそのようなことを・・・」






 俺は昨日の作戦会議の様子を思い出しながらアンリエットとアナスタシアを連れて壇上に駆け上ると、


「ボルグ中佐、フリュオリーネ様がクロム皇帝を囮に使うと聞いた時はさすがにびっくりいたしましたが、カルがここまでこちらの思惑通りに動いてくれるとは思いませんでしたね」


「ローレシア女王陛下がびっくりされる気持ちも分かりますが、カルに使わせた魔術具はブロマイン帝国の祖先たちがかつてエメラルド王国との戦いに勝利するために実際に使用した実績のある決戦兵器なのです。ですのでカルが使用する確率が相当高いと、総参謀長殿も自信を持っておられました」


「わたくしも、皆様が確信を持っておられましたのでこの作戦に乗らせていただきましたが、昨日彼女から手渡されたこのアポステルクロイツの指輪でその魔術具を無力化すればいいのですよね。クロム皇帝の指輪はこれから取りに行くからいいとして、ネルソン大将たちの分がございませんが」


「ネルソン大将とメーベル総大司教は堕天使の末裔としての血が薄いため、転移先は拘束の魔術具ではなくその隣にあるただの地下牢になるはずです。必要なのはクロム皇帝の分だけなので、土属性魔力を付与したアポステルクロイツの指輪をアーネスト中尉から受け取っていただければ大丈夫です」


「そういうことなら承知しました。では、これからの作戦はどのように」


「地下神殿に飛んだカルは、そのまま特殊作戦部隊本部を占領するためにシリウス教会の魔法戦部隊を連れて攻め込んでくるはずです。私はすぐに本部に戻って彼らの攻撃に応戦しますので、ローレシア女王陛下は指輪を受け取ったらすぐに我々と合流して地下神殿に向かいましょう」


「承知しましたが、アーネスト中尉はシリウス教国のどちらにいらっしゃるのでしょうか」


「詳しい場所は私も知らないので、聖地アーヴィンの法王庁を訪ねて頂ければ、法王庁の神官たちが案内してくれると思います」


「法王庁の神官・・・では港町トガータからシリウス教国に参りますので、転移陣の準備をお願いします」




 大混乱の神官総会はボルグ中佐の部下であるネスト大尉たちに後を任せることになったが、礼拝堂に集まった司祭たち全員の安全を確保しつつシリウス教会の実働部隊を迎撃し、この街にあるシリウス教会支部を壊滅させるため、戦力はいくらあっても足りないようだった。


 そのためローレシア勇者部隊をここゲシェフトライヒに置いて行くことにし、俺はアンリエットとアナスタシアの二人だけを連れて、シリウス教国経由でアルトグラーデスへ向かうことになった。


 そして港町トガータに転移した俺たち3人は全速力で西に走り、帝国とシリウス教国の国境にある巨大な魔導障壁を大聖女の杖で解放すると、法王庁に向けて走り出した。






 このゲシェフトライヒでの神官総会の一幕と前後して、帝都ノイエグラーデス南平原では正統政府義勇軍同士の戦闘が新たな局面を迎えていた。


 クロム皇帝の生存が明らかになったことで、マルク皇帝の即位とヴィッケンドルフ公爵の摂政就任は簒奪行為となり、それを全面的に支持して帝都ノイエグラーデスに進軍した正当政府義勇軍も帝国の逆賊となってしまった。


 だがそのすべての発端は、ダゴン平原でのアージェント王国との交戦中に勇者レオンハルトがクロム皇帝を暗殺したことであり、融和派皇族リアーネから皇権を取り戻すという大義名分も重なり、彼のウソの報告に乗せられて主戦派貴族が踊らされてしまった結果でもあった。


 それと同時に、主戦派貴族筆頭であったメロア伯爵は、息子の勇者アランがその最後の瞬間までクロム皇帝に忠誠を誓い続けていた事実を知らされ、クロム皇帝に恭順の意を示すべきだとしたザグレブ侯爵と共闘して、皇帝を討って生き残りに賭けるクラーク伯爵の騎士団に対し先制攻撃を仕掛けた。


 かくして義勇軍を2分して幕を開けた同士討ちは、ザグレブ侯爵とメロア伯爵率いる通称ザグレブ軍と、クラーク伯爵率いる通称クラーク軍に10万ずつに分かれて開戦した。


 そして憎しみの連鎖によって、その戦いがみるみるエスカレートすると、ほんの短い期間で全軍の2割が損耗するという泥沼の戦いへと発展していた。だが、


「ザグレブ侯爵、メロア伯爵、大変だ!」


 ザグレブ軍の軍議の場に血相を変えて飛び込んできた主戦派貴族の一人が、息も絶え絶えにとんでもない事実を伝えて来た。


「同志だと信じていた帝都ノイエグラーデスの貴族家当主たちが・・・我々を裏切ったっ! やつらは皇女リアーネの説得に応じて、どうやら融和派に転向したらしい。転移陣の使用が解禁されて当主家が騎士団に加わったかと思うと「これからはアージェント王国との共存共栄を目指す」と言って、自らを「融和派義勇軍」と称し我々に宣戦布告を突きつけて来た」


 それを聞いたザグレブ侯爵は、


「クラーク軍に宣戦布告をするのなら話はわかるが、なぜ我々と戦うのだ! 我々はクロム皇帝に付くことを宣言し、クラーク軍とこれまで死闘を繰り広げてきたではないか!」


「それは私から彼らに伝えたのだが、やつらは「主戦派は全て敵」の一点張りで、聞く耳を持たないのだ」


「そんな・・・確かに皇女リアーネは生粋の融和派皇族であり、我々とはこれまで天敵の間柄だった。だがクロム皇帝が魔族との同盟を進める限り我々もそれに同調する立場であり、もはや過去の敵対関係を越えて手を取り合う時が来たのだ。融和派義勇軍には皇女リアーネも交えての話し合いがしたいと伝え、彼らとの交戦は控えるのだ」




 ザグレブ侯爵の指示により、必死に戦いを避けようと努力をしたザグレブ軍だったが、融和派義勇軍は話し合いに応じることはなく時間だけが過ぎていった。


 そしてその後たった数日で、ザグレブ軍、クラーク軍ともに開戦当初の半数にあたる2万程度にまで討ち減らされ、融和派義勇軍は両軍を半球形に包囲すると戦線を北へと押し上げていった。


「皇女リアーネはあくまで我々を主戦派貴族とみなして、この機会に殲滅しようと考えているようだ。であればやはり我々は、リアーネを討つためにやはり帝都ノイエグラーデスを攻略するしか・・・」


 ザグレブ侯爵が悲壮な表情で決意をにじませるが、メロア伯爵が、


「いやそれはダメだ。我々2万の軍勢だけではもはや帝都攻略はなしえないだろう。クラーク軍2万と戦いながら我々を南方から包囲する融和派義勇軍9万も相手にし、さらに帝都治安維持隊1万と謎の帝都防衛システムである新型エクスプロージョンを攻略して帝都を陥落させることなどできると思うか」


「むむっ・・・ではどうすればいいというのだ!」


「我々はこのまま北上して帝都を通過し、ブラウシュテルンに展開中のアージェント方面軍に合流、クロム皇帝陛下から皇女リアーネとの仲を仲裁いただくのはどうだろうか」


「なるほど、我々がアージェント方面軍に合流するのか・・・中々の名案だぞメロア伯爵! 我々は何としてでも、クロム皇帝の下にはせ参じるぞ!」


 このメロア伯爵の提案が採用され全軍に進軍命令を発しようとしたその時、司令部に斥候が飛び込んできた。


「クラーク軍に新たな動きがありました。全軍北上を開始しました」


「北上だと?! ・・・まさかクラーク軍のやつら、我々同様にクロム皇帝に取り入って命乞いをする気では・・・この恥知らずがっ!」


 ザクレブ侯爵が焦りの色を見せるとメロア伯爵も、


「ザグレブ侯爵、クラークのやつらに先を越されて、あることないことでっちあけられれば、我々が逆賊として討伐されてしまう。あのレオンハルトの一族ならその程度の卑劣なことなど造作もなく行うであろう」


「その通りだメロア伯爵、あの卑劣漢に先を越されてはならん!」


「よし、全軍直ちに出撃、クラーク軍より先にブラウシュテルンに到達するぞ!」

次回、正統政府義勇軍の末路です


お楽しみに

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