第182話 暴露合戦
カルによって明かされた真実はネルソン大将も知らなかったようで、礼拝堂に配置されている工作員たちの表情も全員強張っていた。
堕天使の直系家名が明かされたことは、その行きつく先が魔族狩りや特定貴族排斥のための内戦であり、帝国にとどまらず東方諸国も巻き込んだ社会混乱に向かうことは誰の目にも明らかだった。
これに絶望感を抱いたネルソン大将が隣にいるカルを睨みつけると、
「貴様・・・今公表した情報が今後何をもたらすのか分かってて言ったのか」
すると穏やかな微笑みを浮かべたカルが、
「もちろんわかっています。これで魔族が誰なのかがハッキリしたし、心置きなくアージェント王国との聖戦を継続できますね」
「聖戦の継続だと?! 聖戦など経典にないデタラメであり、そんなことのために貴様は我が帝国に魔族狩りや泥沼の内戦を起こそうとしているのだぞ!」
「ですがアージェント王国はシリウス教の教えに反する異端であり、たとえ聖戦の言葉が経典になくとも、彼らを打倒することは教義に沿った正しい行いです」
「アージェント王国のことなんかより魔族狩りや内戦を防ぐ心配をしろ! それを最も恐れたからこそ特殊作戦部隊による情報統制が行われてきたのに、我々のこれまでの努力が全て台無しではないか!」
「魔族狩りに内戦か・・・ネルソンそれは全て貴様の責任ではないか。貴様は主戦派貴族を排除するために帝都でクーデターを起こした首謀者であり、経典に反する行いは例え些細なことであっても異端審問にかけて火刑に処すという前例を作り、多くの枢機卿の命を奪ったくせに」
「くっ・・・」
ネルソン大将は、カルの配下の枢機卿たちが聖職者にあるまじき卑猥な行為を聖女や修道女に対して行っていたことを理由に、全員異端審問にかけて粛清し、シリウス教会を壊滅に追い込んだばかりだった。
その中には平時なら除名や追放で済んだ枢機卿もいたはずであり、戦時とはいえ異端審問を過大運用したネルソン大将にそれ以上の反論はできなかった。
それを見たカルは微笑みを浮かべながら、ゆっくりとネオンの方に歩み寄るとその隣に立って司祭たちに話し始めた。
「さて皆様、ここにいる彼女を改めて紹介しましょう。彼女の名はネオン・メルクリウス、シリウス西方教会なるニセ教団の総大司教代理である彼女は、その管轄エリアであるアージェント王国の貴族であり、家名のメルクリウスが示す通りあのエメラルド王国を滅ぼした魔王・堕天使スィギーンの直系の子孫なのです。そして彼女は邪神教団の洗礼を受けた正真正銘の異教徒であり即刻火刑に処すのが妥当でしょう」
一度はネルソン大将に傾いた礼拝堂の空気も、カルの暴露によって一気に流れが変わってしまい、司祭たちは一体何を信じればいいのかわからなくなってしまっていた。
その混乱した頭でもメルクリウスという家名がエメラルド王国を滅ぼした堕天使スィギーンの直系血族だという話にはハッキリと恐怖を感じ、ネオンの処刑を求める声がしだいに大きくなっていった。
だがそんな礼拝堂の雰囲気にもネオンは全く怯えることもなく、静かな笑みを浮かべながら目の前の司祭たちにシリウス教の教義について語り始めた。
「先ほどからのネルソン大将とカル総大司教猊下の論争をお聞きしましたが、私はある重大な事実に気が付きました。それは新教徒の皆様が旧教の教義をあまりにも理解されていないということです。皆様が邪神教団と呼ぶ旧教と皆様が信仰する新教では、その本質的な違いがどこにあるのかご存知でしょうか」
ネオンの突然の問いかけにざわめく司祭たちだったが、その発言を遮るとカルは勝ち誇ったように、
「それ見なさい! この女は自らを邪神教徒であると白状しました。もはやこの女の話を聞く必要はありません。直ちに処刑の準備を!」
だが、このカルの拙速な態度を不審に思ったネルソン大将は、
「いや、待つのだ! 彼女はシリウス西方教会の総大司教代理であり、この私と同様ここで話をする権利がある。さあネオン殿、心置きなく話しなさい」
いつのまにかカルの微笑みが消えているのを見て、ネルソン大将はこれが彼に対する有効打であることを確信し、ネオンに続きを話すよう促した。
「ではお言葉に甘えて続きをお話いたします。さて、ブロマイン帝国では旧教に触れることすら禁忌とされているため皆様がご存知ないのは当然です。実は旧教と新教に教義の違いはほとんどなく、異なるのはシリウス神との向き合い方、つまり日々のお祈りの回数とか祈りの言葉や所作の違いだけなのです」
その言葉にざわめき立つ礼拝堂の司祭たち。それを見たネオンは一呼吸置いて話を続ける。
「ではなぜ旧教から新教が生まれる必要があったのでしょうか。それはエメラルド王国を追放されてこの地に建国した皆様の祖先たちは、明日を生き抜くために未開の荒野を必死に開拓し、1日3回のお祈りをする余裕など全くなかったからです。そこで教義の内容をそのままに、神への祈りを簡略化させたのが皆様の新教なのです」
それに即座に反論したのが、隣にいたカルだった。
「そんなバカなことがあるものか。邪神教団は魔力至上主義でありシリウス教とは全く異なる!」
だがネオンは微笑みを絶やさずカルに向き直ると、
「カル・・・あなたはもう一度最初からシリウス経典を読み直した方がいいでしょう。魔力とは神の奇跡の力であり、それを地上にもたらす貴族が神の代理人として敬われるのは当然のことです。その神の恵みである魔力によって人々が豊かで幸せな人生を生きられるように説いたのがシリウス教であり、その意味では新教も魔力至上主義と言えるでしょう」
そんなネオンに、カルは感情むき出しにして怒鳴り散らす。
「何を知ったかぶりしやがって! たかが小娘のくせに総大司教のこの私にシリウス教の説教をするなど、ふてぶてしいにも程がある!」
それでもネオンは微笑みを絶やすことなく、
「あなたが説教をされるのは、総大司教のくせにシリウス教のことを全く理解していないからです。まさか『ブロマイン帝国と東方諸国、アージェント王国の3宗派で経典の内容が少し違う』ことはさすがにご存じですよね? そして『3つの経典の中で、ブロマイン帝国のものこそ旧教に最も近い』という事実も」
「なんだと! ・・・我がブロマイン帝国の経典が、邪神教団に最も近い・・・そんなバカなことがっ!」
狼狽するカルにネオンは更なる事実を突きつける。
「エメラルド王国を脱出したシリウス教徒たちが最初に根を下ろしたのがアルトグラーデス。ここを新たな聖地と定めた新教徒たちは、大陸全土に新教を布教するため各地に散らばりました。その行く先々で受け入れられるように土着の宗教やら生活の習慣を取り入れて教義内容が少しずつ変化していったのですが、それはアルトグラーデスを中心に同心円を描くように遠く離れるほどその地域の特色が強く表れて行きました。つまり新教のオリジナルであるブロマイン帝国版が旧教に最も近いのです」
「そんなことが・・・」
理路整然と各宗派の違いを説明するネオンに呆然とするカル。
「ここにいる賢明な司祭の皆様なら私が今言ったことを実感できると思いますが、いかがでしょうか」
その問いかけに、司祭たちはみな口をつぐんで沈黙した。彼らは東方諸国を含めた辺境地域で布教活動をした経験があり、ネオンの言っていることが肌感覚として理解できたのだ。
「どうやらブロマイン帝国のシリウス教会は各地域の司祭クラスは優秀なのに、本部にいる幹部の勉強不足が想像以上に酷いようですね。その筆頭がカル、総大司教のあなたです!」
その言葉に、表情を作るのを完全に放棄したカルが怒りを顕にした。
「この小娘が! 黙って聞いていれば言い気になりやがって。たかがネルソンの作ったニセ教団の総大司教代理のくせに偉そうに説教をたれてるんじゃねえ!」
「あらあら・・・とても総大司教猊下とは思えない汚い言葉遣いですね。それにニセ教団とはひどい言われようですが、シリウス西方教会はシリウス経典に基づくしっかりとした教団です。私は西方教会の総大司教本人からぜひ代理をしてくれと泣きつかれたのでここにやって来ましたが、私の本当の身分はシリウス教国の次期指導者にさせられようとしている、クレア・ハウスホーファです」
「お前があの邪神教団の次期指導者だと!? それにクレア・ハウスホーファと言えば500年前にエメラルド王国を壊滅させたあの魔王の・・・」
「さすがアージェント王国の歴史をクリプトン家から直接教わっただけのことはありますね。まさか私の名前をあなたがご存じだったとは。では改めて自己紹介しますが、アージェント王国建国の英雄ラルフ・アージェント、セシル・クリプトン、デイン・バートリーの3名に、古代ルシウス国より時間を超越してやってきた男女二人の魔王メルクリウスとともに、腐敗したエメラルド王国を滅ぼした大聖女クレア・ハウスホーファとは私のことです」
そのあまりにも荒唐無稽な話に、一瞬表情が抜け落ちたカルは、
「突然何をバカな話を・・・お前、頭は大丈夫か」
「この話を信じられないのも無理はありません。ですが今の私は、古代ルシウス国の時代からシリウス教国に受け継がれた古代秘奥義【聖属性究極魔法・リーインカーネイション】によって、再びこの時代に甦った転生者なのです。二人の魔王メルクリウスとともに」
「聖属性究極魔法・リーインカーネイションだと! 我が恩師が生涯追い求めてついに手にいれることができなかった永遠の命とも呼ぶべき転生魔法! その存在すらもシリウス教国の鉄のカーテンにより隠し通された究極魔法を使って、あの大聖女クレア・ハウスホーファが現代に甦っていたというのか・・・しかも2体の魔王メルクリウスとともにっ!」
ネオンの正体にショックを受けたカルが呆然としながらブツブツと何かをつぶやく。それを見たネルソン大将や礼拝堂の司祭たちは、ネオンの話が真実であることを間接的に理解した。
(ネオンが二重転生者だという話は聞いてたが、まさかこんな経歴の持ち主だったとは・・・シリウス教国の幹部たちのあの丁重な態度がやっと理解できたよ)
(ネオン様はシリウス教国でほぼ神格化されていましたからね。ですがわたくしが気になるのは二人の魔王メルクリウスとともに転生したってところです)
(二人の魔王か・・・ネオンがメルクリウス家に転生したってことは、その二人もきっと近くにいるはず)
(ええ。つまりアーネスト中尉とセレーネ様がその魔王ということになるのですが)
(でもあの二人ってどう見ても魔王って柄じゃないよな。特にアスター邸のエミリーの部屋に転がり込んでたセレーネなんか、ネオンと見た目がそっくりなだけのただのポンコツ美人・・・)
騒然となった司祭たちに、ネオンが話を続ける。
「ここまでしゃべったから全て暴露しちゃいますが、私は転生を繰り返した結果なんと136歳の誕生日を迎えてしまったのです。こんな見た目ですが実はこの世界の誰よりも年上で世界で一番シリウス教に詳しくなってしまいましたが、その年長者からの命令です。魔族討伐だの聖戦だのバカげたことはやめなさい! 人々の幸せのために魔力保有者が存在しているのに、魔族狩りなんかで人々が殺し合うなど、シリウス神はそんなこと望んでいません。全くバカバカしいっ!」
ネルソン大将から始まったぶっちゃけトークは、カルの爆弾発言でピークに達したかと思いきや、ネオンの告白に至って礼拝堂内は大混乱の渦になった。
そんな思考停止状態の司祭たちに向けて、ネルソン大将が突然宣言する。
「我々シリウス中央教会は、ここにいるシリウス教国次期指導者、大聖女クレア・ハウスホーファを全面的に支持することを宣言する。魔族や聖戦といったシリウス経典のどこにも書かれていないウソの教義によって何百年にもわたってアージェント王国と戦争をしたり、帝国臣民同士が疑心暗鬼になって魔族狩りで殺し合う社会など絶対に容認できない! 皆さんも冷静になってよく考えてほしい。何が正しくて、何が間違っているかを!」
すると、司祭たちも徐々にネルソン大将に賛同する声が増えていく。魔王メルクリウスも恐ろしいが、聖戦や魔族狩りがもたらす未来がろくでもないものことは簡単に想像がつくからだ。だがカルも必死に司祭たちに訴える。
「みんな、ネルソンに騙されるな! コイツは魔王メルクリウスやその手下の魔族ども、そして邪神教団と手を組むと言っているのだぞ! これは重大な神への背信行為であり、もし地獄に行きたくないのなら私の言うことを聞くべきだ!」
だがそこへ、舞台裏から一人の男が声が聞こえた。
「ほうカルよ。貴様はあくまでアージェント王国との戦争継続と、魔族狩りで混乱した帝国の未来を望むということだな」
舞台裏からゆっくりと登場したのは、フリュオリーネとフィリアを護衛に伴ったクロム皇帝だった。3人はそれぞれ土、闇、光の膨大な魔力のオーラを全開にしながらカルを威圧する。
「く、クロム皇帝・・・ブラウシュテルンを包囲しているはずのあなたがどうしてここへ」
「ブラウシュテルンに籠っているはずの貴様がここにいるのだから、余がここにいても何もおかしくはないだろう。それにせっかくの神官総会だ。ここにいる全員に余が無事に帰還した姿を見てもらおうと思ってな」
「くっ・・・」
「だが先ほどはとても面白い話を聞かせてもらった。まさか余が魔族だったとはさすがに驚いたぞ。そなたはそれを以前から知っていたようだし、レオンハルトとバーツというニセ勇者二人に余の暗殺を命じたのは貴様だったという訳だ。では帝国皇帝に対する大逆罪で今すぐにその首をはねてやろう!」
そう言ってクロム皇帝は魔剣をスラリと抜き払い、そこに土属性のオーラを込めた。
「ま、待ってくださいクロム皇帝陛下っ! 私は陛下を殺そうと思ったことなど一度たりともありません」
「だが貴様は魔族を滅ぼすためなら魔族狩りすらも認めるのではなかったのか!」
「違う! それは全くの誤解です! 私が許せないのはあくまでアージェント王国の」
「・・・アージェント王国の何が許せないのだ。一体どういうなのことか説明してみろ」
「いや、それは・・・その」
「魔族だの聖戦だのとほざいておきながら、結局のところは貴様もアージェント王国と戦争がしたいだけじゃないか。司祭たちよ、今のカルの発言をよく覚えておくがいい。この男はシリウス教会を利用して帝国臣民をアージェント王国との戦争に向かわせたいだけの主戦派の権化だ。余はブロマイン帝国皇帝としてここに宣言する。今後我が帝国におけるシリウス教の首座はシリウス中央教会とし、シリウス教会は邪神教団に指定する。これは皇帝命令である」
この瞬間、ここに集まった司祭たちには一切の選択肢が失われ、全員がシリウス中央教会の傘下に入ることが決定された。これに逆らう者は邪神教団の信徒として異端審問にかけられた後、大半の枢機卿がされたように火刑に処される運命が待っているからだ。
クロム皇帝を打倒しない限り自身の処刑が決まったカルは、力なくうつむきながら懐に手を入れるとその魔術具を作動させた。
次の瞬間、カルの頭上に魔法陣が出現すると、ネルソン大将やネオンたち3人の総大司教とクロム皇帝、フリュオリーネ、フィリアの6人がカルとともに忽然と姿を消した。
次回、姿を消したカルを追って
お楽しみに




