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第181話 暴露された真実

 ついさっきまで、カルの扇動によってネルソン大将に敵対心を燃やしていた礼拝堂の司祭たちも、神使徒ヴェルナーバというシリウス教の聖人の言葉に完全に毒気が抜かれ、中には背教者になりたくない一心からひたすら神に祈り続ける司祭たちもいた。



(すげえなネルソン大将は。猿芝居一つであの礼拝堂の雰囲気を一気にひっくり返して、当初の作戦通りの展開に強引に持って行ってしまった・・・)


(カルも大概の悪人だと思ってましたが、それに輪をかけてネルソン大将もとんだ食わせ物でしたね)


(だがここまでのところ、カルが荒事を仕掛けてくる気配が感じられない。そろそろ実力行使をしてきても良さそうなはずなのだが)


(それをやってこないのは、教会の外に潜ませていたカルの実働部隊を私たちの勇者部隊や特殊作戦部隊の工作員たちで妨害しているのでしょう)


(外のみんながうまくやってくれているのか! そしてこの会場の中には十分な数の実働部隊がいないから、カルはネルソン大将を実力で排除したくてもできない。つまりここまでは特殊作戦部隊の計画どおり)


(そうです。これでようやく舞台は整いましたね)


(じゃあ俺たちも計画通りに、この狐と狸の化かし合いを見守ることにしよう)





 さてその二人は、穏やかな笑みを浮かべつつもお互いは一切見向きもせず、神使徒テルル像の前に並んで立っている。


 そして最初に司祭たちに語りかけたのは、ネルソン大将だった。


「さてここにいる司祭の皆様は私の経歴をよくご存じだと思いますが、私が所属する特殊作戦部隊には特別な権限が与えられています。それは聖戦に勝つという目的のために帝国内外で諜報活動を行い、そこで得た情報を公開し、あるいは秘匿することで、信者たちの思想や行動をコントロールすることです。私は皆さんが知らない驚くべき情報を持っておりますが、今ここで言いたいことはただ一つ。私はここにいる誰よりも真実に近い場所にいるということです」


 ネルソン大将の言ったとおり、特殊作戦部隊とはシリウス教会の諜報部隊であり、同時にこのブロマイン帝国を裏で支配する秘密警察でもあるのだ。そのトップの発言に司祭たちはごくりと一つ息を飲んだ。


「ところで特殊作戦部隊に入隊した隊員は、最初に一つの契約を結びます。これは組織が得た情報を上司に断りもなく勝手に外部に漏らすと、即座に命を失うという契約魔法です。それほどまでに厳重に管理されている情報の中でも最大の禁忌をここにいる皆様にお教えしましょう。それは「聖戦」がシリウス経典に後から書き加えられたウソの教義だということです」


 だが、そのネルソン大将の発言をカルが即座に否定する。


「皆さん、騙されてはいけません! ここにいるネルソンという男はまさに特殊作戦部隊のトップであり、情報を自由に操作する権限を持っています。だから、彼の全ての発言は彼の意図した方向に皆さんを誘導するための罠であり、決して信じてはなりません。もし彼の言を信じればその瞬間にその者は背教者となり、死後永遠に地獄で苦しむことになります」


 カルの主張は、ネルソン大将の発言は全て思考を誘導する罠でありそれを信じた瞬間に地獄に落ちるという、司祭たちに対する脅しになっている。


 それはさすがに無理があると思うが、ネルソン大将は諜報機関の人間でありその言葉が100%真実だと誰も思わないのも事実である。


 それはネルソン大将にも自覚があったようで、


「我が組織の長年の行いが災いし、ここにいる皆さんには素直に言葉を聞いてもらえなくなったのも当然のことかもしれません。ですので私は今から、皆さんがよくご存じのシリウス教の歴史に沿って語らせていただきます。そして皆さん自身の頭で、聖戦とは何だったのかをご判断いただきたい」


 ネルソン大将はそう言うと、シリウス教が誕生する土壌となったルシウス国の歴史から簡単に振り返りつつ、経典に聖戦が書き加えられた背景を説明した。





 俺の理解できる範囲でまとめるとこういうことだ。


 太古の昔、この大陸にはルシウス国という超大国があって、魔力が失われつつあるこの世界に危機感を抱いた当時の指導者たちが、神の使徒を地上に召喚して人間の身体に受肉させた。これが魔族の誕生だ。


 魔族は貴族の一員として受け入れられると、魔族の血を受け入れて強大な魔力を持つようになったルシウス貴族が魔力を持たない平民を支配する封建社会が長く続いた。やがて圧政に虐げられた平民を救うためにテルルが布教を始めたのが、このシリウス教だったらしい。


 テルルは早くに殉教したが、その遺志を継いだ妹のテトラがルシウス貴族を打倒してエメラルド王国を建国、シリウス教を国教として保護したことでこの宗教が一気に広まった。


 だが建国時こそ平民の解放を国是としたエメラルド王国だったが、旧ルシウス貴族たちが王国中枢に入り込んで徐々に腐敗が進行していき、それを正そうとした貴族たちは時の権力者によって殺されたり国外追放にされ、その多くの者が当時死の荒野とされていたダゴン平原の東へ民衆を連れて逃げ延びていった。


 これがブロマイン帝国の祖先たちであり、エメラルド王国を取り戻して圧政から平民を救うための長い戦争が始まった。


 ここまでは司祭たちも何事もなく聞いていたが、次のネルソン大将の発言はそうではなかった。


「だがエメラルド王国との戦争を勝利するためには、圧倒的な魔力を誇る指導層だけではダメで、平民や中下級貴族たちの兵力を集める必要があった。この時に彼らはシリウス経典に聖戦の文字を書き加えてしまったのだ。そしてその指導層もまた魔族の血を受け継いだ旧ルシウス貴族であり、つまるところ魔族同士の戦いに普通の人間を巻き込むためにシリウス経典が利用されていただけなのだ」




(結局、魔族の根拠が神話になっていて俺的にはどうもスッキリしないが、それ以外はネルソン大将の話におかしなところは特になかったと思う。ローレシアはどう思った?)


(わたくしもブロマイン帝国の歴史はあまり存じ上げておりませんが、聖戦の発端とされている魔族同士の内紛などよくある貴族家同士の戦争と大差がないように思いました)


(結局俺たち二人には何の驚きもない話だったが、司祭たちは相当な衝撃を受けているみたいだな)


(本当ですね・・・この司祭たちの反応を見てると、ブロマイン帝国内でいかに魔族に関する洗脳と情報統制が行き届いていたのかがよく理解できます)




 そしてネルソン大将の話を聞き終わった司祭たちは、徐々に憑き物が落ちたようなすっきりした表情になり、ネルソン大将への賛同が増えていく。


 だがここでカルの反撃が始まった。


「皆さん、確かに今のネルソンの話は歴史的事実をベースに聖戦を否定しています。ですがこの問題の本質は、魔族がシリウス経典を改ざんしたことではないのです。聖戦の正統性は全く別の所にあり、ネルソンはそのことに触れずに魔族による改ざんだけを根拠にしました。実は今のネルソンの話には続きがあるので、私が今からそれをお話ししましょう」


 あからさまに否定されたネルソン大将は、隣に立つカルを睨み付け、


「今の話の続きだと? ・・・貴様、一体何の話をしようとしているんだ!」


 だが激昂するネルソン大将を見向きもせず、カルは穏やかな笑みを浮かべて司祭たちに語りだした。


「ネルソンの話には、なぜアージェント王国の者たちが魔族と呼ばれ神に背く邪悪な存在なのかという肝心な部分が抜け落ちています。今からその理由をお聞かせしますので、それを聞いてもなお私が背教者だと言い切れるのか、自分の頭でよく考えてみてください」




 そうして始まったカルの話は、長きに渡ってエメラルド王国に君臨し人々を支配していた王族や高位貴族たちを圧倒的魔力で次々と粉砕し、アージェント王国を建国した魔王の物語だった。


 その魔王とは、かつてルシウス国が召喚した14体の堕天使のうち、すぐに消滅して歴史から消え去った火属性の堕天使スィギーンの男女のつがいであった。


 魔王は自分に逆らう敵は圧倒的な魔力で消滅させる一方、恭順を示す者に対しては膨大な魔力と強力な新魔法を与えて自らの眷属としていった。


 そうやって建国したアージェント王国はエメラルド王国と違い腐敗こそ無くなったものの、魔力至上主義による徹底した弱肉強食の社会となり、魔族同士やそれを束ねる派閥が常に戦う修羅の国と化した。そして魔族の圧倒的な力の前に、魔力を持たない人々は絶対服従を強いられる奴隷となった。


 この魔力至上主義という考え方は、シリウス教国を名乗る邪神教団の教義とも完全に一致し、より強い魔族が多くの子孫を残すことで世界を魔力で満たすことを善とし、魔力を持たない平民は家畜として保護の対象とするという、我々シリウス教徒とは真っ向から対立するものであった。


 カルの主張はすなわち、確かにエメラルド王国での魔族の内紛から始まった聖戦だったが、本物の魔王が降臨してアージェント王国を建国したことで、聖戦が本来の意味を持つようになったということらしい。


 話を終えたカルの隣では、ネルソン大将が驚愕の表情を見せていた。


「アージェント王国の歴史だと・・・。特殊作戦部隊でも十分に把握できていないあの国の歴史を、なぜおまえがそこまで詳しく知っている!」




(あれ? ネルソン大将が突然焦り出したな。でもたかが隣国の歴史なんかそれほど大した秘密とは思えないんだが)


(わたくしたち東方諸国の人間にとってはアージェント王国なんか存在すら知らなかった国なので、カルの話を聞いても特に感銘を受けませんでしたが、ブロマイン帝国の人達にとっては魔界として常に意識のあった特別な国なので、受け止め方がわたくしとは違うのでしょうね)


(ただカルの話には違和感があるというか、俺たちがアージェント王国で過ごして感じた雰囲気とはかなりギャップがある。ディオーネ領の人々は家畜や奴隷なんかではなく、とても生き生きと暮らしていた)


(わたくしもそのように感じます。ですがアーネスト中尉はナツと同じで平民しかいない世界からの転生者ですから、メルクリウス伯爵支配エリアだけが特別で魔王とは正反対の領地を作ったとも考えられます)


(その可能性もあるな。だがやはり俺には彼らが魔族とは到底思えない。どっから見たって同じ人間だし、カルが言うように「シリウス教の教えに反する魔力保有者は魔族である。聖戦に正統性あり」って言われても、言われた方はたまったもんじゃないよ)




 その後もカルとネルソン大将の議論が続き、どうやらアージェント王国はその建国以来ダゴン平原に大量の兵を送り込んで大陸の支配を目論んでおり、とても言葉の通じる相手ではなかったらしい。


 それでずっと戦争が続き、彼らが魔族だという以外にアージェント王国の内情もよくわからず、神聖シリウス帝国の末期ごろになってようやく、少しずつ情報が入るようになってきた。だがそのわずかな情報も特殊作戦部隊の秘密とされ、時の総大司教ですら十分な情報は得ていなかった。


 だが、


「そうかカル・・・貴様はクリプトン総大司教から、何かを吹き込まれたのだな」


「吹き込まれたですか・・・。随分と失礼な言い方をしますがそのとおりです。昔、恩師であるクリプトン総大司教猊下からアージェント王国の真実を教えていただきました。折角の機会ですし、今日はあなた方特殊作戦部隊も知らないとっておきの真実を公表することにしましょう」


「我々も知らない事実だと・・・やめろ! そんなことをしたら何が起こるかわかったもんじゃない!」


 慌て出すネルソン大将を制止すると、カルはニヤリと笑みを浮かべてそれを話し始めた。




「では今から重大な真実をお話ししましょう。皆さんもご存じの通り、古代ルシウス経典では魔族についてこう記されています。魔王とは古の禁咒魔法によって召喚したスィギーン、ネプツニ、ビスマス、オーンセン、キガース、アスタチン、シルバの7種、男女14体の堕天使であり、魔族とは彼らが人と交わった子孫たちのことです。そしてその直系子孫たちは現在も生きていて特定の家名を有しています。それは属性順にメルクリウス、ネプチューン、ビスマルク、ランドン、クリプトン、アスター、アージェントです」


 カルの発言に礼拝堂は大きなどよめきに包まれた。


「その家門なら聞いたことがあるぞ・・・アージェント王国は堕天使シルバの末裔が支配する魔族の国ということか」


「いやいや、そんなことよりもクリプトンってクリプトン枢機卿やその父は3代前の総大司教じゃないか。まさか我々シリウス教会のトップが堕天使キガースの末裔だったとは・・・」


「それを言うならランドン家だ。ここはクロム皇帝の実母の家門・・・ということは、クロム皇帝は堕天使オーンセンの末裔ということに」




(ろ、ろ、ろ、ローレシアっ! アスター家は堕天使アスタチンの末裔だって言ってるぞ! これじゃ俺たちも魔族になってしまうけど、本当かよお前・・・)


(知りませんよそんなことっ! わたくしも今初めて聞きましたし、いきなり堕天使アスタチンの末裔なんて言われたって・・・そんな)


(すまん。別にローレシアを責めている訳ではない。まあ、あくまでシリウス教ではそう言われているだけで、俺は魔族が実在するとは思っていないが)


(そ、そうよね・・・って、お母様の顔が真っ青!)


(でもこうなってくると、魔族って実はあっちこっちにいるんじゃないのか。アージェント王国に限らずブロマイン帝国や東方諸国にだってたくさん)


(そうですよね。今日の話を聞く限り、エメラルド王国から逃げたした魔族がそのうちの4家なのだから、半数以上はこちらにいる計算ですよね)


(魔族を討伐するのがシリウス教の教えなのだとしたら聖戦なんて全く意味がなく、帝国や東方諸国にいる特定の家門とその親戚縁者、婚姻関係のある貴族家とその子孫を全て異端審問にかけた方がよっぽど早い。でもどこまでの血族を魔族というかわからないし定義によってはどこまでも広がって・・・まずい! この展開はそのまま魔族狩りにつながるじゃないのか!)


(本当です! 魔族狩りなんて暗黒の歴史は、絶対に繰り返してはなりません!)

次回、魔族論争決着・・・だが


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[良い点] ランドンここにいましたか。 [一言] 一見すると、それまで言うと自らの師の立場を悪くしそうでカル自身の首しめそうですが、カルの思惑はいかに ですかね。
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