第180話 神官総会への潜入
そして神官総会当日。
ローレシア勇者部隊のメンバーは作戦通り教会周辺の各所に散って行き、ネオンはネルソン大将らと共に俺たちとは別行動。
俺はアンリエットとアナスタシアの三人で修道服に身を包むと、神官総会の会場となる教会の礼拝堂に入っていった。
ボルグ中佐が弱みに付け込んで買収した司祭の付き人として、神官総会に出席するのだ。
礼拝堂に入ると中は既に司祭やその付き添いの神官たちでいっぱいになっていた。
帝国全土から集まった司祭は全部で300人。この司祭の一人一人が貴族の領地ごとに配置されていて、その領地内にある教会と神父さんたちを傘下に置く、その地域の総元締めなのだ。
そして今回、この300人の中から30人を新たな枢機卿として選定する。その選定基準は、信者数とか上納金の額とか多岐にわたるが、中でも気になるのが神官兵の徴用数という項目で、目標人数は1000人となっている。カルのやつ、主戦派貴族の兵力の補充に神官総会を利用するつもりなんだ。
その総大司教カルはというと、礼拝堂の正面奥にある巨大な神使徒テルル像の前で、他の枢機卿たちとともにズラリと横一列に並んで立っている。
そして開会時刻になり礼拝堂の扉が閉められると、いよいよ神官総会の開会が宣言された。
礼拝堂にいる全ての神官が一斉に神に祈りを捧げ、カルが穏やかな微笑みを浮かべながら神官たちの祈りが終わるのを待つと、会場全体にいきわたるような大きな声でゆっくりと話し始めた。
「さて皆様、今回の神官総会がなぜ突然開かれたのか、その事情を最初にお話させていただきます。帝都ノイエグラーデスが逆賊リアーネによって封鎖され、我らの教会本部も襲撃を受けて多くの仲間たちが殉教されたのは記憶に新しいと思います。一方、皆様の中には管轄する領地で被害にあった方もいるかも知れませんが、大変由々しきことにこの帝国の大地を魔族が自由に闊歩して蹂躙の限りを尽くしています。どうしてこのような何が起こっているのでしょうか」
そこで一区切りおいてカルは教会全体を見渡す。カルの言葉に大きくうなずいている司祭もいれば、何も知らずに状況を理解できていない司祭もいる。そんな司祭たちにカルは話を続ける。
「ブロマイン帝国は、その前身である神聖シリウス帝国の時代からシリウス教の守護者として、魔界・アージェント王国の魔族どもを駆逐するため聖戦を戦い抜いてきました。ところがローレシア・アスターというメスの魔族が逆賊リアーネを通じて帝国中枢に入り込み、クロム皇帝を色香で篭絡して、魔族の軍勢を我が帝国に引き入れてしまったのです」
俺から見れば嘘八百のふざけた話だが、何も知らない司祭たちは沈痛な表情でカルの話を聞いている。
「この人類存亡の事態に、我々シリウス教会は何をすればよいのか。すでに皆様の頭にはシリウス経典のある一節が思い浮かんでいることと思いますが、そうなのです。神を裏切った堕天使の末裔たる魔族をこの地上から全て駆逐するため、聖戦を戦う神官兵をマルク皇帝の下に結集させるのです!」
カルの言葉に司祭たちは顔をほころばせて興奮し、その演説に酔いしれる。
「だがその前に、我らの大切な仲間であった今は亡き枢機卿たちの遺志を継いで、今日新たな枢機卿30名を選任し、シリウス教会こそが真に神の教えを正しく伝える布教者であることを帝国臣民に知らしめるのです。そして魔族に魂を売った背教者ネルソンと、彼が設立したシリウス中央教会なる邪神教団をこの世から抹殺せしめるのです!」
なおも続くカルの演説はやがてクライマックスに入り、礼拝堂は興奮のるつぼと化した。
「総大司教カルに神の祝福あれ!」
「今こそ魔族どもに神の鉄槌を!」
「邪神教団の首魁ネルソンを今すぐ火刑に!」
(ローレシア・・・この雰囲気はマズいかも。司祭たちが完全にカルの話を信じ切っているぞ)
(総大司教カルは扇動者としても一流のようですね。作戦ではネルソン大将がこの会場に乗り込んでカルの本性と醜態の数々を全て公表し、司祭たちをこちら側に引き入れるとおっしゃっていました。ですが、この興奮状態の中で本当に成功するのでしょうか)
(今の状態の司祭たちに冷静な判断ができるようには見えないし、ちょっと難しい気がするな・・・。だが今はネルソン大将たちに任せるしかないだろう。今回俺たちは戦闘員であり、カルとの決戦に備えて意識を集中するだけだ)
そして熱狂する司祭たちを前に、カルは演説の締めくくりとして礼拝堂全体に聞こえるように大声で宣言した。
「そして皆様にご報告があります。その背教者ネルソンを我々は先ほど捕らえました。実はこの神官総会の開催を特殊作戦部隊に知られないように細心の注意を払っていたのですが、万が一の事態も想定してニセの情報を流しておいたのです。そしてネルソンは愚かにも我々の仕掛けた罠に引っかかり、ここに拘束されるに至ったのです。ではこれより、背教者ネルソンに対する異端審問を始めます」
突然のネルソン大将逮捕の報に衝撃を受ける司祭たち。ざわめきがおさまらない礼拝堂に、ネルソン大将たち3人の総大司教が魔術具で完全に拘束された状態で、司祭たちの前に連れ出された。
両手足をしっかりと縛られて神使徒テルル像の前に並ばされる3人。そしてカルはその一人ひとりの顔を順番に眺めて行き、突然ニヤリと薄笑いを浮かべた。
「おやおやこの中に一人、本物の魔族が紛れ込んでいるようですね」
魔族という言葉に、どよめきが起こる礼拝堂。
「異端審問を始める前に、そもそもこの者たちがシリウス教信者なのかを確認する必要まで出てきました。本当に嘆かわしいことです。誰かここに洗礼の魔術具をお持ちなさい」
すると若い修道士が奥から大きなシリウス経典を持ち出してそれをカルに渡した。カルはその経典を3人の前で広げ、何かの呪文を唱え始めた。するとネルソン大将ともう一人、ソーサルーラ出身の東方教会総大司教メーベル氏の頭上には神々しい光が降り注いだが、ネオンには頭上だけは暗黒の靄のようなものが浮かび上がった。
それを見た司祭たちは恐怖に顔を引きつらせて、
「ひーーっ! なんと恐ろしい」
「魔族だ! 呪われし堕天使の末裔が目の前に!」
「この暗黒の靄は、間違いない。悪魔の洗礼を受けた邪神教徒の証だっ!」
(ローレシア、あの魔術具って)
(あれがこの前わたくしが申し上げた、洗礼を受けたかどうかを見分けるための魔術具です。洗礼を受けているとネルソン大将のように頭上に光が降り注ぐのですが、洗礼を受けていなければ何も光らないのですぐに分かるのです。でもネオン様のあれって・・・)
(たぶん旧教の洗礼を受けているとあんな風に暗黒の靄に包まれるように設定されているんだよ・・・俺にあの魔術具が使われるとマズいな)
そしてネオンを恐れた司祭たちは、懐からシリウス教徒の証であるロザリオを取りだすと、口々に祈りの言葉を唱えつつそれをネオンに向けた。
すると「退魔の石」と呼ばれる魔力の塊がロザリオから発射され、ネオンやそのすぐ近くにいるネルソン大将たちに容赦なくぶつけられた。
手足を拘束されて、魔術具で魔力も完全に封じられた3人は、攻撃を防ぐ手立てもなく床にうずくまる。だが一向に止まない退魔の石に、ネルソン大将がどうにか立ち上がると、ネオンをかばうようにして立ちはだかった。
「みんなもうやめてくれ! それよりも私の話を聞いてほしい!」
「黙れ、ネルソン!」
「異端者は我らの退魔の石で魂を浄化されよ!」
それでもやむことのない退魔の石に、ネルソン大将の額は割れてその顔には血が滴り落ちる。
「落ち着いて聞いてくれ。みんなはカルに騙されているのだ! ここにいるネオンは確かに旧教の洗礼を受けているが、神を篤く信仰する立派な人間だ。そしてカルこそが神の教えに背く本当の異端者であり、この私が火刑に処した枢機卿たちと同じ、肉欲に溺れ堕落した背徳の徒なのだ。もしカルに従うのならその者はみな背教者となり、魂は穢れ死んでも神の御元に帰れなくなる。みんなは本当にそれでいいのか!」
ネルソン大将が必死に司祭たちの説得を試みるものの、誰もその話に耳を傾けようとはせず、退魔の石をネルソン大将にぶつけ続ける。
(おいローレシア・・・これって本当に作戦通りに進んでいると思うか?)
(ちょっと様子が変ですね・・・作戦ではあの三人が会場に乗り込んで、カルの罪状を突きつけることになっていましたから)
(だが今の3人は魔力を完全に封じられて何の抵抗もできなくなっている。そしてネルソン大将の言葉に誰も耳を傾けようとはしない。もしかしてこれって緊急事態じゃないのか)
(そうですね。こういう場合にそなえてわたくしたち戦闘員が会場に控えているわけですし、ここは助けに行く場面ではないでしょうか)
俺はアンリエットとアナスタシアにも確認したが、二人とも緊急事態が発生したとの判断だった。
もしネルソン大将が俺たちに何らかの合図をしてくれれば、すぐにでも飛び出して助けに行けるのだが、3人とも床にうずくまって攻撃に耐えているだけだ。
仕方がない。ここは俺の判断で・・・。
だが俺たちが助けに行こうとした瞬間、3人の身体に突如異変が起こった。
突然3人の頭上に、空から神が降臨するかのような神々しい光が降り注ぐと、ネオンの身体が宙に浮いて拘束の魔術具が粉々に砕け散り、その身体が真っ赤な炎のオーラに包まれた。
そして燃えるような赤い目が光ると、礼拝堂全体に響くような声で、
(我が名は神使徒ヴェルナーバ。神の教えに背き欲望にまみれる背教者たちよ、よく聞くがよい!)
その怒りに満ちた女性の声は、ネオンのものではなく別人のものだった。しかも直接頭の中に響いてくるこの感じは確か・・・。
(この尊き3人の信者たちこそが真に神の教えを守る聖者であり、彼らを非難する者は神の教えを理解しない背教者。その魂は地獄の深淵で永劫の苦痛と共に流転し続けるであろう)
呪詛とも言えるその言葉だけを残して、神々しい光がすっと消えていくと、その場には拘束の魔術が粉々に砕かれ、退魔の石による傷も完全に治癒した3人が立っていた。
シンと静まり返った礼拝堂と、何が起きたのかわからずに呆然と立ち尽くすカルと他の枢機卿たち。
同様に呆然とするアンリエットとアナスタシアに、俺はこっそり耳打ちをした。
「声の主はどなたか存じ上げませんが、今のは特殊作戦部隊が最近開発した直接頭の中で会話ができる通信魔法を利用したトリックです。そして先ほどの神々しい光はおそらく聖属性魔法ウィザー。教会所属の聖女にこっそり使わせた演出なのでしょう」
すると二人とも合点がいったようで、
「・・・そういうことでしたのね、ローレシア。タネさえ分かれば何ということもない猿芝居ですが、ここにいる司祭たちは完全に騙されていますね」
そして呆気にとられたカルの前に、拘束具から解放されたネルソン大将がつかつかと歩み寄ると、
「シリウス神がお怒りだぞ。そろそろ観念をしたらどうだカル」
「ネルソン・・・あなたは一体何をやったのです!」
「信者なら言わなくても分かるだろう。見ての通り、神使徒ヴェルナーバ様からシリウス神のお言葉を頂戴したまでのこと」
「そんなバカな・・・神使徒ヴェルナーバ様と言えば神使徒テルル様に30日間の聖洗礼をお与えになったとされる神の巫女。みんな騙されてはいけません! これは絶対に何かのトリックです!」
呆然としている礼拝堂の全ての司祭たちに向けて、カルは大声で訴える。だがネルソン大将も、
「敬虔な信者なら神使徒ヴェルナーバ様の言葉がはっきりと聞こえたはずだ。神は今のシリウス教会のあり方にとてもお怒りである! 神罰が下る前にこの神官総会の場において、私ネルソンとカルのどちらが真の背教者なのかをハッキリさせようではないか!」
次回、ネルソン大将vsカルの戦いです
お楽しみに




