第18話 魔法アカデミー
魔法王国ソーサルーラは、この城塞都市を中心に周辺の農村部のみを領地に持つ都市国家である。
狭い国土ながらいくつかの国と国境を接し、未だ滅ぼされることなく存在が許されているのは、ここが強大な魔法戦力を持つ国家であり、周辺各国もおいそれとは攻め込むことができないからだ。
またこの国はその名の通り魔法研究が盛んであり、魔法を学ぶために各国からの留学生が集まる国際都市でもある。各国は留学生を受け入れて貰うため、むしろソーサルーラとの間に友好関係を築きたいと考えていた。
そんな魔法王国の中央にあるのが、魔法研究の中心的存在である魔法アカデミーだ。アンリエットの叔母さんはなんとそこで魔法を教える先生をしていたのである。そう聞くとメチャクチャ魔法に詳しそうだな。
さて俺たちは今、その魔法アカデミーに向けて街中を歩いている。認識阻害の魔術具が作動しているため、俺たちに注目が集まることは全くない。
俺はアンリエットと手をつないでいるが、アンリエットの身長はローレシアとほぼ同じで、横を振り向くとアンリエットとちょうど目が合ってしまった。
「こうしてお嬢様と手をつないで歩いていると、小さい頃を思い出しますね」
そう言ってアンリエットは俺にニッコリと微笑んでくれた。この笑顔が俺に向けられたものではないことは理解しているが、女性に免疫のない俺にとっては、やはりこの笑顔は反則級である。
たぶん俺の顔は真っ赤になっていると思うし、心臓のドキドキも全然おさまらない。それでもなんとか平静を装い、魔法アカデミーの建物に到着した。
アンリエットが俺の魔力圏内から外に出て門番に近づくと、叔母さんへの面会を申し込む。話がちゃんと通ったのか、しばらくすると入校許可が与えられて、俺たちは魔法アカデミーの中に入っていった。
アンリエットの叔母さんに会えば、いよいよ俺たちの身体に起きた謎が分かるかもしれない。
俺は再びアンリエットと手をつなぐと、魔法アカデミーの中を進んで行った。中は大学のような構造になっていて、いくつかの校舎が渡り廊下で繋がっていて、校舎の中には大小様々な教室が設置されている。
そしてちょうど授業を終えた学生たちが教室から出てきた所で、廊下をたくさんの学生が行き交い始めた。だが街中と違って彼らは俺たちの存在に気が付いたようで、ジロジロとこちらを見ている。
(あれ、ひょっとして認識阻害の魔術具の効果が切れているのか?)
(そうかもしれません。おそらく魔法アカデミーの中は、防犯の観点からその手の魔術具は使用できなくなっているのかもしれません)
(ということは俺の姿が彼らには見えていると)
(明らかに見えてますね。ほらあそこの男子学生たちが私たちの方を見ていますよ)
そこで俺が目にしたものは、美少女に見とれてアホ面を晒している男子の姿だった。
ゾゾゾッ・・・。
瞬間、背筋に寒気を覚えた。
お、お前ら俺をそんな目でみるんじゃねえっ!
(なあ・・・ローレシア)
(あら何かしら?)
(・・・死にたい気分だ)
(まあ、そんなことでイチイチ死なないでください)
(いや、さすがにこれだけ多くの男どもに俺のワンピース姿を見られるなんて、プライドがズタズタだよ)
(あらまあ、ナツはとてもかわいいですよ。女の子としてもっとプライドを持ちなさい)
(お前、わざと言ってないか?)
(わたくしがいつも死にたくなっているのを、ナツにも理解して頂きたくて、つい)
(・・・確かにこれはキツい。ローレシアの死にたい気持ちがよく実感できた気がする)
(ふふっ! じゃあこれからもお互いの苦労を分かち合うために、毎日ワンピースを着てくださいね)
(・・・くっ)
ローレシアがすごく楽しそうに、俺のことをからかっていた。
俺はアンリエットに少し急ぐようにお願いし、逃げるようにアカデミーの奥へと小走りに進む。
奥には教員の居室と研究室が集まるエリアになっていて、アンリエットの叔母さんの部屋もその一角にある。部屋を見つけると、俺とアンリエットは滑り込むようにそこに入っていった。
「あらもう来たの。随分と早かったわね」
俺が声のした方を振り向くと、そこにはこの部屋の主である一人の女性が椅子に座っていた。魔導師のローブを着用したいかにも「魔法使い」といった出で立ちだ。
「マリエット叔母さま、お久しぶりです」
「まあまあアンリエット、ご無沙汰ね。そしてローレシアさま、お元気そうで何よりです」
マリエットと呼ばれたその女性は椅子から立ち上がると、俺に向かって丁寧にお辞儀をした。
(ローレシア、顔見知りなのか?)
(子供の頃に何回か顔を会わせたことがあるけれど、直接話をしたことはないわ)
(わかった、ありがとう)
「わたくしの方こそ、突然お訪ねして申し訳ございませんでした。ただ、マリエット様のお知恵をお借りしたいことがあり、非礼を承知でお願いに参りました」
「まあ、何か事情がありそうね。私で役に立てることなら、お話をお聞かせください」
俺とローレシアはマリエットに、ローレシアが修道院で暗殺されたあと死者の指輪で甦ったこと、実はこの身体に別の世界から来たもうひとつの魂も宿っていることを伝えた。
これまで俺たちからこの話を聞かされていなかったアンリエットはかなり困惑した様子だったが、マリエットの方は途中で口を挟むこともなく、俺たちの話を最後まで真剣に聞いてくれた。
話が終わるとマリエットは部屋の奥から水晶玉を取り出し、水晶に触れるように指示した。俺が水晶玉に触れると、冒険者ギルドの時と同じように七色の光が渦を巻いて輝き始めた。
「・・・これは凄い」
マリエットは水晶をみつめながら何やら早口で独り言を呟き、そして猛然と紙に何かを書きなぐり始めた。そして突然席を立つとそのまま書庫に向かって走りだし、しばらく出てこなくなってしまった。
そして俺とアンリエットがポツンと取り残された。
「どうしたのアンリエット。そんな不安そうな顔で」
「私はお嬢様がお亡くなりになったことにずっと責任を感じておりました。あの舞踏会の時私は同席しておらず、修道院でも食事に毒を盛られていたことに気づかず、2度の失態を犯してしまいました。だから死者召喚の魔法でお嬢様が復活されたときは、今度こそ誠心誠意お仕えしようと心に決めていたのです」
「そんなに思い詰めなくてもいいのですよ、アンリエット」
「でも別の魂まで引き寄せてしまい、また失敗をしてしまいました」
「失敗って、どうしてそんな・・・」
「実は復活されたお嬢様のちょっとした仕草に違和感を感じておりましたが、死者召喚魔法の影響で細かい動作ができないのだと思っておりました。でも別の魂が身体を乗っ取ってしまったのであれば、話が異なります。今話している相手はお嬢様ではありませんよね」
「アンリエット・・・」
「お嬢様はどこですか。あなたがお嬢様を隠してしまったのではないですか? それでお嬢様が苦しんでおられるのなら、私はもう・・・」
俺たちの実態を知らないアンリエットから見れば、当然の心配だと思う。だが彼女を安心させる言葉を俺は持っていない。今は何を言っても信用して貰えないだろう。
(どうしたらいいと思う、ローレシア)
(そうね・・・それでは、アンリエットにこう伝えて下さい。「わたくしが第3王子との婚約が決まった10歳の春に、あなたが立ててくれたわたくしへの騎士の誓いは、今この瞬間でもちゃんと守られていますよ。安心してくださいアンリエット」と)
(わかった、ありがとうローレシア)
俺がローレシアに言われた通りに言うと、アンリエットは目を大きく見開いた。
「あの時の誓い・・・」
「そう、この先わたくしが地の果てに行こうとも、必ず側でお仕えすると。そして今、この魔法王国ソーサルーラの地に、わたくしたち2人がいる」
「・・・お嬢様!」
そう言うと、アンリエットはポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
俺はアンリエットに、この身体を動かしているのは確かに俺だが、ローレシアはここにいて、いつもアンリエットのことを見ていると。そして俺を通していつでも会話ができることを伝えた。
アンリエットは涙を流しながら、黙ってこくこくと頷いて俺の話を聞いていた。
「それから、今まで黙っていてごめんなさいね」
最後に謝ると、アンリエットが大声で泣き出した。
俺はアンリエットが泣き止むまでずっと、静かに隣に座っていた。しばらくしてアンリエットも落ち着きを取り戻したころ、マリエットが本を抱えてこちらに戻ってきた。
「いくつかわかったことがあるわ。あなたたち二人に何が起きたのか今から説明してあげる」
次回、ローレシアの身体と転生の謎が判明する
ご期待ください




