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第179話 フィリアの処分

 特殊作戦部隊の手引きによって商都ゲシェフトライヒに転移したローレシア勇者部隊。その工作員の一人が俺たちに近付いて来ると、


「ご協力に感謝しますローレシア女王陛下。私は特殊作戦部隊ネルソン大将直属のボルグ中佐と申します。今回の作戦はシリウス教会を壊滅させる絶好の機会ですが、同時に我々に対するカルの警戒も相当なものがあります。ですので皆様には我々の作戦に従って行動していただきます」


「それは承知いたしましたが、まずはボルグ中佐の作戦をお聞かせください」


「もちろんです。それでは別室にご案内しますので、陛下と総大司教代理のネオン様、それから護衛を2人ほど選んで私について来て下さい」


「ではわたくしの護衛はアンリエットと・・・」


 俺が誰を連れて行くか考えていると、アナスタシアが前に出てきて、


「ローレシア、わたくしを連れて行きなさい」


「お義母さまを?」


「ステッドのホーリージャッジメントには遅れを取りましたが、それでもあなたの母親です。わたくしにあなたの大切な命を守らせてくださいませ」


「お義母様・・・承知いたしました。ではお義母さまもついて来て下さい」





 ボルグ中佐の案内で俺たち4人が応接室に入ると、部屋のソファーに座っていた一人の貴族令嬢が、優雅な笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がった。


「お待ちしておりましたローレシア女王陛下。わたくしはアージェント王国公爵家のフリュオリーネ・アウレウス・メルクリウスと申します」


 そこにいたのは、魔法アカデミーの風属性クラスでカミール・メロアを屈服させていたあの女王様だった。彼女も今回の作戦に参加するらしい。


 俺も挨拶を返すため、スカートを軽くつまんでほほ笑む。


「アスター王国女王のローレシア・アスターです。アカデミーではあなたのお姿をたまにお見掛けしておりました・・・」


 学園の話をしようとして、しかし彼女の後ろに控えていた侍女の存在に気づいて、思わず息を飲んだ。


 そこにいたのはローレシアの妹のフィリアだった。俺が彼女に気づいたのとほぼ同時に、アンリエットとアナスタシアの二人が剣を抜いて、俺を守るように立ちふさがる。そして、


「フィリア! あなたがどうしてここに!」


 アナスタシアの絶叫ともとれる強い言葉に、応接室に緊張が走った。


 だがフリュオリーネが落ち着いた声で、


「お二人方とも剣を納めてくださいませ。ここにいるフィリアがアスター王国の大罪人であることは承知しておりますが、彼女は今わたくしの侍女として働いてもらっています。陛下がこちらに来られると聞いて、これまでの謝罪とお願いをしようと考えていました。誠に勝手なお願いで恐縮ですが、フィリアをわたくしどもに譲って頂けないでしょうか」


 だがそれに納得できないアンリエットは、


「そこにいるフィリアはローレシアお嬢様を毒殺し、私が死者召喚魔法でお嬢様を蘇らせた後も2度に渡ってお嬢様を殺そうとした極悪人です。アスター王国騎士団長の立場としては、彼女をすぐに拘束してアスター王国に送還しなければなりません」


 すると少し困った表情をしたフリュオリーネが、


「実はフィリアを地下牢から出したのはわたくしたちなのです。そのことについてはこのとおり謝罪いたしますが、彼女は既にわたくしたちアージェント王国の貴重な戦力として働いてくれており、今回の作戦でも重要な役割がございます」


 そう言ってフリュオリーネは頭を下げたが、


「だが、フィリアがいつ豹変してローレシアお嬢様に襲いかかって来るとも限りません。我々はフィリアを全く信用できないのです」


「・・・皆様が心配される理由もわかりますが、このフィリアは今はわたくしの忠実な侍女なのです。陛下や皆様に危害を及ぼすようなことは絶対にしないと、わたくしが約束させていただきます。フィリアさん、あなたからもちゃんと許しを乞いなさい」


 そうフリュオリーネが命じると、今まで黙っていたフィリアが一歩前に出て、


「若奥様がおっしゃったように、わたくしはお姉様やお母様、アンリエットたちにはもう手を出しません。それにお姉様のことなんか何の興味もなくなったし、アスター王国にも帰国したくもありません。なぜならわたくしは愛するご主人様と若奥様のお二人にお仕えして、アージェント王国で一生を終えるのですから」


 謝罪どころか、怪しげな笑みを浮かべて勝手なことを言うフィリアに苛立ちを覚えたアンリエットは、


「なんだと貴様! ・・・それならどうしてこの前、ダゴン平原で私たちを殺そうとしたのだ!」


「それはあなたたちがご主人様の邪魔になると思ったからです。今回あなたたちはご主人様の協力者としてここに来たのですから、わたくしがあなたたちを攻撃することなどあり得ませんわ」


「何をぬけぬけと図々しい、この犯罪者が!」




 アンリエットが警戒感を緩めない中、その隣で剣を構えるアナスタシアは、


「フィリア・・・わたくしの教育が良くなかったせいで、あなたもステッドもとんでもない犯罪者に育ってしまいました。わたくしもイワンもとても反省しておりますが、アスター王国にはあなたが帰って来られる家はもう存在しません。もう二度とわたくしたちの前に現れないと約束するなら、貴族の身分をはく奪して国外追放とすることで許してあげようと思います」


 アナスタシアがそう言うと、フィリアはとてもうれしそうに、


「さすがはわたくしのお母様。そこのアンリエットよりずっと物分かりがよくていらっしゃる。もちろんわたくしは二度とアスター王国には戻るつもりはありませんので、それで結構でございます」


「・・・わかりました。それではローレシアがそれで許せば、あなたとは完全に親子の縁を切ります。ですがその前に一つだけ教えてください。先ほどあなたが言っていた「愛するご主人様」とはどなたですか」


 フィリアとの絶縁を宣言したアナスタシアだったが娘の恋愛の相手はやはり気になるようで、その質問にフィリアが身を乗り出して答えた。


「それはここにいる若奥様の夫でいらっしゃる、メルクリウス伯爵ですっ! 強くて頭が良くて優しくて、もう最高の殿方なのですっ!」


 恍惚の表情でそう答えたフィリアの瞳孔が完全に開ききり、その深緑の瞳の深淵から禍々しいオーラがあふれ出すと、応接室の中を満していった。




(ローレシア・・・俺はフィリアのことをよく知らなかったが、いろんな意味でヤバい奴だな。侍女のくせに自分の主人であるフリュオリーネの夫を堂々と好きだと宣言する倫理観も酷いし、こいつは「ヤンデレ」と言って好きな男のためなら殺人をも辞さないサイコパス。その時の戦闘力はとどまるところを知らない)


(昔から変な子だとは思っていましたが、今のフィリアはわたくしの理解を完全に越えています。それに、あの瞳は人間のものとはとても思えない・・・もしも魔族が存在するとすれば、それはこの子でしょうね)


(そうだな。そして恐ろしいのがフィリアの持つ魔力だ。おそらくあのクロム皇帝にすら匹敵するだろう)


(ええ・・・でもこの子はどうやってこんなに強力な魔力を身につけたのでしょう。ダゴン平原で対峙した時よりもさらに強くなっていますし、わたくしたち以外では誰もフィリアを止めることができそうにありません。どうしましょうか、この子・・・)


(そうだな・・・こいつの場合はステッドと違って、俺たちの命やアスター王国の簒奪には興味を持っていなさそうだし、アゾートと結婚したいと言うのならそれを認めて国から放り出してやればいい。それだけでこいつは俺たちに感謝して、二度と手を出してくることはないだろう。ヤンデレとはそういうものだ)


(ナツがそうおっしゃるのなら承知しました。では、フィリアには今回の作戦を手伝ってもらった後、お母様がおっしゃるように貴族の身分をはく奪して国外追放とし、アーネスト中尉にはこの子を妾として娶っていただくことにしましょう)


(妾って・・・別に本当に結婚させなくても「結婚を認める」って言うだけで十分だと思うけど)


(いいえ、アーネスト中尉にはこの子を一生監視していただくことにしましょう。彼にはこの子を地下牢から勝手に出した責任がございますので)


(うわぁ! このヤンデレを押し付けられるなんて、メチャクチャ酷い罰ゲームだよ。・・・せっかくシリウス教会との対決の機会を譲ってもらったのに恩を仇で返すようなことになって、アゾートなんかスマン)





 俺がローレシアとの間で決まった結論をフィリアに告げようとすると、それまで黙って後ろに控えていたネオンが突然前に出て来ると、フィリアに命じた。


「フィリア、もしあなたがローレシアたちに手を出したら、その時はどうなるかわかっているわよね。この私がアゾートにお願いして、あなたを森に捨てに行くから!」


 すると真っ青になったフィリアが慌ててネオンの前で土下座をすると、


「大聖女クレア様、それだけはお許しください! 絶対にお姉様たちを殺さないので、このフィリアめを森に捨てることだけはどうかご容赦を!」


「その言葉、絶対に忘れないことね! ねえローレシア、フィリアのことはこの私に免じて今回は大目に見てあげて」


 土下座でびくびく怯えるフィリアを見たアンリエットとアナスタシアは、その態度の豹変ぶりに呆気にとられ、静かに剣をしまって俺の後ろに下がった。





 フィリアの件が落ち着いたところで、ようやく作戦の打ち合わせが始まった。


 ボルグ中佐によると、このゲシェフトライヒの一番の大きな教会の礼拝堂で、帝国全土から集まった司祭クラスの神官たちによる神官総会が開かれる。そこで欠員となった30名の枢機卿を選定するのだが、俺たちはその邪魔をして彼らにシリウス中央教会の傘下に入るよう勧誘する。


 もちろん、司祭たちの中には現体制の悪事を知っていながら付き従っている司祭もいるし、カルも黙って見ているわけがないため必ず荒事が発生する。


 その時のために、特殊作戦部隊の工作員が教会内部や周辺各所に潜んで警戒に当たったり、クロム皇帝もこの作戦に参加するためフリュオリーネとフィリアがその護衛につくことになっている。


 だから俺たちが勇者部隊全員を率いてこちらに来たのは、ボルグ中佐的にはうれしい誤算だったらしい。


「作戦の概要は理解できました。ではわたくしは戦闘要員として礼拝堂に控えていればよろしいのですね」


「ええ。今回は最低でもカルだけは確実に仕留めたいと思います。ただ注意してほしいのは、カルは強力な魔力を持っている上に、古代魔法にも精通していて、どんな攻撃を仕掛けてくるのかが予想もつかないことです。絶対に油断だけはしないでください」


「承知しました。わたくしの弟のステッドに持たせていた魔術具からも、決して侮れない相手であることは理解しております。ですが必ずカルを仕留めてシリウス教会を崩壊に追い込みましょう」

次回、カルと対決


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1、セレーネは会話があったからわかるのですが、フリュオリーネがフィリアのために他国の女王に頭下げるのにはそれなりに理由付けがあると良いですね。 2、ローレシアからすれば、アゾートたち…
[気になる点] フリュオリーネがフィリアを アージェント王国の貴重な戦力と認めてるのに アンリエットの 「なんだと貴様! ・・・それならどうしてこの前、ダゴン平原で私たちを殺そうとしたのだ!」 「何を…
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