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第177話 カミール・メロアの末路

 カミールは敵兵のいない方向に軍馬を向けて戦場を離脱しようとしたが、その時後方から自分を呼び止める声が聞こえた。


「止まりなさい、カミール!」


「この声は、まさか・・・」


 カミールが振り返ると、そこにいたのは軍馬にまたがったローレシアだった。


「ローレシア・・・貴様!」


 宿敵ローレシアを目の前にしたカミールは、自分の中に溜まり続けていた彼女への憎しみや嫉妬、その他ありとあらゆる悪感情が一気に噴き出し、この戦場から逃亡しようとしていたことも忘れて、自分の魔剣を抜くとそこに魔力を注入した。


 そして馬をローレシアへ向けると、一気に接近して大上段から魔剣を力一杯振り下ろした。


「ローレシア、死ねっ!」


 ガキーーーンッ!


 だがローレシアはそれを剣で軽く受け流すと、鋭い一撃をカミールに返した。


 キーンッ


「くっ・・・なんてやつだ」


 ローレシアの攻撃を辛うじて盾で受け止めたカミールは、再びローレシアに剣で挑んでいく。


 マジックジャミングの影響下で属性魔法が使えない中でも、カミールは自慢の魔力を戦いに活かすために、高価な魔剣を帯刀して接近戦に備えていたのだ。


 魔剣は魔力を攻撃力に上乗せできる分、通常の剣とは勝負にならないほどの攻撃力を持っているのだが、誤算だったのはローレシアも魔剣を持っていたこと。


 魔力と剣技の両方で劣るカミールは、すぐに追い詰められていく。


「くそっ、ローレシアめ! なぜ貴様はいつも、この俺の前に立ちふさがる! 貴様さえアカデミーに転入してこなければ俺は!」


 憎悪を露わにして魔剣を力いっぱい打ち込むカミールとは対照的に、ローレシアは何の感情も現さずに剣を振る。そんな彼女がようやくその口を開くと、


「カミール、なぜメロア騎士団を率いてわたくしたちに襲い掛かるのです。今すぐに兵を引きなさい」


 その人を見下した態度に、カミールはカッと頭に血が上った。


「黙れっ、この魔族め!」


「魔族って・・・あなたはシリウス教会に騙されているのです。この世に魔族など存在しません」


「うるさい! 貴様のような薄汚い魔族とそれに率いられた蒙昧な劣等国の東方諸国連合軍など、名門貴族であるこの俺が全員始末して我が帝国に一歩も踏み入れさせん! よってローレシアはここで死ねっ!」


 カミールはそう言うと自分の限界まで魔剣に魔力を注入して、緑色に輝く風のオーラをまとった魔剣でローレシアの首めがけて横一線に振り抜いた。



 ガキーーーンッ!!



 だが虹色のオーラをまとったローレシアの魔剣が、目にもとまらぬ速さでカミールの剣を宙に飛ばし、そしてカミールの首筋に彼女の剣の先が触れた。


「降伏なさい、カミール!」


 一瞬の出来事に、ただ呆然とローレシアを見つめるカミール。そして、


「なぜだ・・・。なぜ俺は貴様に勝てないんだ。俺は帝国名門貴族メロア伯爵家のカミールなんだぞ。貴様のような劣等国の人間に・・・いや神に背いた穢れた魂の魔族なんかこの俺が負けるわけにはいかない! ローレシア、絶対にこの手で貴様を殺してやる!」


 剣を突きつけられながらも揺るがぬ憎悪を見せつけるカミールに、一つだけため息をついたローレシアは剣を降ろして左手を前に突き出すと、その魔法を発動させた。



 【無属性魔法・マジックシールド】



 その瞬間、彼女のマジックバリアーがカミールを軍馬ごと包み込むと、徐々に圧縮を始めた。


 ゴリゴリ! ボキッ! グチャーッ! 


 バリアーに首をへし折られて、悲痛ないななきとともに絶命した哀れな軍馬の、その首から噴き出す血を全身に浴びるカミール。


「ひっ、ひーーっ!!」


 慌てて馬から滑り降りてその場にうずくまるが、なおも圧縮するバリアーが馬の亡骸をどんどん破壊して、カミールは軍馬の血肉に埋もれていく。


「や、やめろ・・・うわあああっ!」


 半狂乱になりながら、慌てて自分のバリアーを展開し、ローレシアのバリアーに抵抗する。


 だが圧倒的な魔力の差により、カミールの全力のバリアーもあっけなく防御力を失って消失する。そして軍馬の血肉にまみれたカミールが、慌ててバリアーを張りなおす。


「そんな・・・ここまで魔力の差が・・・」


 そんなカミールの姿を無表情で見つめるローレシアが、彼に降伏を呼び掛ける。


「あなたの負けですカミール。その軍馬のように死にたくなければ、わたくしの質問に答えなさい」


「わかった! 頼むからもうやめてくれ!」







 俺はカミールを生け捕りにしてメロア騎士団に降伏を呼びかけるとともに、帝国軍の機密を吐かせようと思った。


「カミール、あなたたちの騎士団はガートラント要塞の東側に潜んでいたわけでも、要塞の中を通過してきたわけでもありませんね。要塞を通らずにこちら側に抜ける隠し通路があるのなら、今すぐに教えなさい」


 俺はそう言いながらバリアーに力を加えて、カミールを締め付ける。


 バキバキッ、メキメキメキ!


「うぎゃーっ!」


 俺のバリアーと無残に死んだ軍馬の亡骸に挟まれて、カミールのバリアーがその魔力を消耗して消失する。そして軍馬の亡骸に埋もれたカミールが半狂乱になりながら俺に助けを求めた。


「ゴブッ・・・もう許してくれよローレシア・・・頼むからここから出してくれ・・・俺はまだ死にたくない・・・俺はこんなところで死んでいい人間ではないんだ・・・」


「では隠し通路の入り口に案内なさい。さもなければ、あなたもその軍馬と同じように、ただの肉塊に変えて差し上げます」


「わかった! 教えるから早くここから出してくれ」


「いいえ、そこからは出しません。あなたは全く信用ができないので、このままの状態で通路まで案内していただきます」


「おえええっ! 早くここから出してくれ・・・もう気が狂いそうだ・・・ゴブブブ・・・た、頼むから、ここから出してくれ・・・」


「お断りいたします。その中が嫌なら、早く隠し通路に案内することです」


 半狂乱で泣き叫ぶカミールをバリアーごと上空に浮かび上がらせると、光魔法ライトニングで発光させてその場にいる全員に見えるようにした上で、今すぐ降伏するよう呼びかけた。


 メロア騎士団の騎士たちは、このカミールの悲惨な姿を見て、自分たちの置かれた状況をすぐに理解すると、武器を地面に放り出した。


 次々に武器を投げ出す騎士たちの姿に、メロア騎士団の中にカミールのために命を捧げようとする騎士が誰一人としていなかったことが、誰の目にも明らかになった。


 そしてメロア騎士団降伏の報は警察保安隊にも伝わり、彼らも武装解除に応じた結果、主なき軍隊は呆気なく崩壊した。





 武装解除させた敵兵は全員捕虜として収容することになったが、その数が2万人以上にも及ぶため、占領中の属国に護送するだけでも連合軍1万の兵力を割く必要があった。


 また要塞戦やメロア騎士団との一連の戦いにより、5千もの兵力を失った他、要塞の正面に2万の兵力を残しておく必要もあり、俺は3万5千の兵力でカミールの白状した隠し通路に侵入することにした。


 その途中、要塞内部へとつながる分岐路があったため5千の兵力を配置してそこを封鎖し、3万の軍勢全てが隠し通路を通り抜けたのを確認した後、ようやくカミールのバリアーを解除した。


 恐怖で失神していたカミールを魔術具で拘束して、軍馬の血と臓物でドロドロになったその全身を水属性魔法ウォーターで洗浄すると、ようやく彼は意識を取り戻した。


 そして怯えた目のカミールを突き放すように俺は、


「カミール、あなたを国家反逆罪で逮捕いたします」


 その言葉にカミールが真っ青になり、


「国家反逆罪だと! それは逆賊リアーネに従うお前たちのほうじゃないか! 俺はお前に隠し通路を教えてやったんだから、約束どおり解放しろ!」


「約束ならもう守りました。あなたをバリアーからちゃんと出してあげたでしょ。そもそもあなたはクロム皇帝が生きているにもかかわらずマルク皇帝を担ぎ出した簒奪者ヴィッケンドルフの共犯者です。その上にあなたの場合は、自らの騎士団を率いてクロム皇帝と同盟を結んでいるわたくしたち連合軍と交戦したのですから、戦犯としての責任も取っていただく必要がございます」


「・・・クロム皇帝陛下が生きている? 何をバカなことを」


 俺はカミールに、ダゴン平原の戦いの経緯やそこで起きたレオンハルトとバーツの裏切り、皇帝が瀕死の重傷から回復して、アージェント方面軍を率いて帝都に進軍している事実を教えた。


「ウソだ! そんなことが信じられるものか!」


「わたくしの言葉が信じられないとおっしゃるなら、それでも別に構いませんが、あなたは自分の行いに対して責任を取らなくてはなりません。衛兵、この大罪人を護送車に放り込んでおきなさい!」


「はっ!」


「ちょっと待ってくれ、ローレシア! 国家反逆罪だとどうなる? 戦犯って何をされるんだ・・・」


「帝国での裁きはクロム皇帝やリアーネ様がお決めになることですが、アスター王国の法律では斬首か終身刑、恩赦があれば鉱山奴隷という道も残されてます」


「何だと・・・い、嫌だ、俺はまだ死にたくない! これは何かの間違いなんだ。ちゃんと説明するから、命だけは助けてくれ!」


「弁解ならわたくしではなくクロム皇帝におっしゃりなさい。衛兵、早くこの者を連れていきなさい」


「頼むローレシアー、俺を助けてくれ!」


 魔力を封じられて拘束されたカミールは、必死でこの場から逃れようとするも衛兵たちに抱えられて護送車に連れていかれた。



(ナツ・・・カミールとは魔法アカデミーの同級生として色々ありましたが、結局最後まで分かり合えないままこのような結末になってしまいましたね)


(・・・そうだな。カミールは同級生だし勇者アランにも悪いとは思うが、彼はメロア騎士団を率いて俺たち連合軍に多大な死傷者をもたらした訳だし、戦争責任はきっちり果たしてもらわなければならない。そうじゃないと東方諸国のみんなも納得できないだろう)





 空が少し白みかけもうすぐ夜明けが訪れる。この戦場が明るくなる前に軍の配置を整えなければならず、俺は急いで軍議を招集する。


「ここからの作戦ですが、このガートラント要塞をどのように対処いたしましょうか。このまま無視して進軍するというのも手としては考えられますが」


 するとソーサルーラ国王が、


「いや、ここは捨て置けない。要塞にはまだ3万以上の帝国軍が居座っており、我々が全軍で帝国内に侵入すれば、その間に東方諸国に攻め入られてしまうからな」


「そうですね。結局この要塞をなんとかしないと先には進めないのですから、このまま東西から挟み撃ちにして攻め落としましょうか」


 俺がそう言うとランドルフ王子が、


「いやここはそう簡単に攻め落とせるものではない。それよりも連合軍を二手に分けるというのはどうだろう。我々にはまだ6万5千もの大軍があり、要塞の帝国軍と同数の兵力をこの要塞の攻略に投じても、まだ3万以上の軍勢が残る。それで帝都ノイエグラーデスに進軍する」


「本当は兵力を分散するのは良くないのですが、方面軍を封じ込めることができるのなら、その方が合理的かもしれません。では帝都へ進軍する部隊、要塞を攻略する部隊、そして兵站を維持し捕虜を護送する部隊の3つに分けましょう」






 要塞中央の砦を失って要塞西部に拠点を移した方面軍司令部は、一夜明けて戦況が一変していたことに衝撃を受けていた。


「なぜだ! なぜ要塞の西側にも連合軍が布陣している! いつの間にこのガートラント要塞が突破されたのだ・・・」


「わかりません。夜間も要塞内での戦闘は継続していましたが、敵は完全に攻めあぐねていた様子でしたので・・・」


「・・・仮にそれが欺瞞工作だったとして、どうやって奴らが西側に抜けたかだ。まさかあの隠し通路が発見されたのか? いやそんなはずは・・・」


 隠し通路の出入り口は魔法による迷彩がかけられていて、偶然では絶対に見つけられないようになっている。だがエレット中将の考えは、司令部に飛び込んで来た伝令の一言で崩れた。


「司令官閣下! 要塞から隠し通路への出入口に連合軍が布陣してバリケードを構築しています! 我々は外に出られません!」


「なんだとっ! やはりあの隠し通路が見つかっていたのか・・・そうか、メロア騎士団が・・・あの若造が隠し通路の存在を知っていて、それを不用意に使用してしまったのか。それを連合軍に見つかって、逆に通路を使用された・・・。くそっ! あの若造のせいで何もかもが台無しじゃないか!」


 怒り狂ったエレット中将がひとしきり怒りをぶちまけると、ため息を一つついて、力なく椅子に腰を下ろした。そして窓の外を見ながら、


「どうやら我々の負けだな・・・」


「・・・では連合軍に降伏なさるのですか?」


「まさか。戦いはこのまま続行する。連合軍に圧力をかけ続けて東方諸国への侵略の意図を見せろ」


「つまりできるだけたくさんの兵力をこの要塞に引き付けておくのですね」


「そうだ。全軍を阻止することはできなくなったが、それでも我々にできることはまだまだある。せめてそれぐらいはやらないと、東方諸国方面軍を預かる身として職務を全うしたとは言えないからな」





 こうして東方諸国方面軍との戦いは、互いの戦力をガートラント要塞に縛り付けることで一応の決着を見た。連合軍は選りすぐりの2万5千の精鋭をもって、この要塞を離れて西への進軍を再開した。


 この先に大きな障害となるものは何もなく、あとは帝都ノイエグラーデスへ向けて、一直線に進軍するのみであった。

次回、戦いの舞台は商都ゲシェフトライヒへ


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[一言] かミールもクロム皇帝生還の報聞いたら少しは違ったのでしょうね。 そろそろアゾートからネオンあたりに通信がある頃ですかね。
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