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第171話 総大司教カルの生い立ち

 ブロマイン帝国正統政府の仮皇宮に主要貴族を集めたヴィッケンドルフ公爵は、軍務大臣のアイゼンシュミット大将から戦況の報告を受けていた。


「アージェント方面軍と南海方面軍については予定通り帝都に向けて進軍中であり、現在のところ問題は発生していません。ただ特殊作戦部隊の妨害を受けており、我々との間の連絡が十分に行えない状態です」


 大将は公爵が眉間に少ししわを寄せたのを見て、特殊作戦部隊について自身の見解を述べようとしたが、周りの諸侯たちが続きを話すよう促すため、残り2方面軍の報告に移った。


「・・・問題は残り2つの方面軍です。まず東方諸国方面軍ですが、司令官のエレット中将からの報告によると、東方諸国への警戒に当たらせていた2万の部隊が、フィメール王国への侵攻を開始した東方諸国連合軍7万の前に敗退したとのこと。中将はフィメール王国を始め辺境の属国の守備を放棄し、帝都目前まで進軍させていた主力3万を急ぎ帰還させ、ガートラント要塞で連合軍を食い止める作戦です」


「奴らの宣戦布告からそれほど時間が経っていないというのに7万の兵力か・・・魔族との戦いを強制したことが完全に裏目に出たな。しかし初戦からなんという体たらくだ!」


「この戦いでおよそ17000の将兵を失いました。一方の連合軍には目立った損害は出ていないようで、あのローレシアの姿も確認されたとのことです」


「勇者レオンハルトは、ローレシアが魔界に行ったと言っていたが、何のことはない東方諸国に戻っているではないか。しかし我々に気づかれることなくダゴン平原から東方諸国まで移動したとなると、帝国内に協力者がいて軍の転移陣を使用させたと考えるべきだ。クロム皇帝の親派か、特殊作戦部隊の手引きの可能性が高いな」


「ローレシアが魔族だという勇者の言を信用すれば、融和派のネルソン大将はすでに魔族と何らかのつながりを持っていて、我々に対抗するためにローレシアを東方諸国に戻して奴らを扇動させたのでしょう」


「チッ、あの売国奴が・・・。それでネルソンの動きはつかめたのか」


「いいえ、姿を完全に見失いました。おそらく帝都に潜伏していると思われますが、情報封鎖されていて中の様子が全く分からないのです」


「やはり帝都を陥落させなければ、何も始まらんな。では東方諸国連合軍はガートラント要塞で食い止めるとして、北海方面軍はどのような状況なのだ」


「こちらの方が状況はより深刻です。魔族どもの艦隊がいよいよ中部最大の海軍基地ミッテルハーフェンに攻め込み・・・基地は陥落いたしました。ここから先の追撃は難しく、北海方面軍は帝都への玄関口、フォルセン川の河口のエストヴォルケン基地に戦力を集結して、最終防衛ラインを展開します」


「バカな! あのミッテルハーフェン基地がやられたのか! マズいな・・・海賊に毛が生えたような艦隊しか持たない魔族に、まさか北海から攻め入られるとは考えてもいなかった。だが仮にエストヴォルケン基地を突破されたらフォルセン川を上って帝都までは目と鼻の先。北海方面軍の兵力だけではもたないのではないか!」


「そこで提案ですが、南海方面軍の艦隊を北海へ回しましょう。もちろん海路では大陸を半周しなければならないため、例の運河を使用します」


「運河・・・、商業ギルドの要請で海運用に整備したあのライゼンカナルか! まさかこんな形で役に立つ日が来るとはな。よしその作戦を許可する。それから警察保安隊の状況はどうなっている」


「基本的には国内の治安維持にあたらせていますが、有事の際には即応できる態勢は整えています。それ以外で特に報告すべき事項としては、アージェント方面軍が帝都への進軍を始めたため、帝国領内に魔族どもの侵入を許しており、警察保安隊がアージェント方面軍の一部と協力してその対処を行っています。また東方辺境の属国の保安に当たっていた部隊をエレット中将の指揮下に入れ、ガートラント要塞の守備要員に使用する予定です」


「わかった。では最後に各貴族家の騎士団の状況だ、メロア伯爵から報告を頼む」




 公爵から指名を受けたメロア伯爵は、諸侯の先頭に立って優雅に挨拶をすると、早速現状を報告した。


「マルク皇帝に忠誠を誓った我ら14家の騎士団8万は、ここ正統政府のあるブラウシュテルンに既に集結を終えている。今は帝都に人質として囚われている我ら盟友の貴族家の騎士団の到着を待っている段階で、最終的には20万ほどの軍勢になる予定だ。それから2日もあれば帝都を包囲することが可能だろう」


「20万か・・・苦戦中の2方面軍を除くと、未だ健在であるアージェント方面軍と南海方面軍、警察保安隊の50万を加えて70万の兵力が我々の余力ということだな。これだけあれば帝都のリアーネや東方諸国のゴミども、そして魔族の奴らにも十分対抗できる」


「ところで公爵、我が息子アランを卑劣な手段で殺害したローレシアだけは、絶対に生かしてはおけんと考えている。東方諸国との戦いにはぜひ我々帝国貴族家の騎士団も出撃させていただきたいのだが」


「もちろんだ、存分に戦うがよい」


「お任せあれ・・・と言いたいところだが、実は諸侯の意見が割れていて、まずは帝都を陥落させ奪われた帝都での権益回復を優先させたいという意見が強い。そこで別動隊を組織して、エレット中将に援軍を差し向けようということになった。今日は私の甥にあたるカミールを公爵に紹介させていただきたい」


 伯爵がそう言うと、カミールが公爵の前に出て騎士の礼を取った。


「メロア伯爵家のカミールです。私は魔法アカデミーに在籍していて、あのローレシア・アスターとは同期でライバル関係にありました。学園では彼女の卑怯な行動により学年2位という恥辱にまみれましたが、やつが魔族だと判明したからにはもう容赦はしません。必ずや彼女を葬って、その首をマルク皇帝に献上いたしましょうぞ」


「ほう・・・そなたはあの魔法アカデミーでローレシアの同級生だったのか。あそこは魔法戦部隊の用兵も教えていると聞く。よかろう、期待しているぞ」


「はっ! ありがたき幸せ」


 カミールが深く頭を下げる隣でメロア伯爵が、


「このカミールには、我がメロア騎士団1万の半数を与えて、アランの仇を討つべくガートラント要塞に差し向けようと思う。ついては属国保安の任に当たっていた警察保安隊2万を陛下からお借りして、このカミールに指揮させたいのだが」


「構わん。ではマルク皇帝の勅命を出しておくので、準備ができ次第出発せよ」





 軍議が終わり自分の執務室に戻ったヴィッケンドルフ公爵は、ソファーに総大司教のカルが座っているのに気が付いた。


「これは総大司教猊下。今日はどのようなご用件ですかな」


「いえね、フィメール王国での東方諸国連合軍との戦いで、教会に不手際があったので謝罪に伺いました」


「不手際ですか? はて、何の事でしたかな・・・」


「ローレシア・アスターの弟のステッドを教会の魔法戦部隊の隊長に登用したのですが、これが全く役に立たず、ローレシアを殺すどころか彼女の部隊に傷一つつけることなく、彼に与えた部隊の半数近くを失ってしまったのですよ」


「ステッド? ・・・そう言えば猊下は、そのような男の話をされていましたな。だが使えない人間としてローレシアから追放されていたような男ですし、最初から何も期待していませんが」


「そうですか・・・ですが彼には魔族を捕縛するための魔法ホーリージャッジメントを渡していたのです。ローレシアには通用しなかったようですが」


「・・・それは私が以前から言っているように、ローレシアは魔族ではないからでしょう。それより猊下は色々とおかしな魔術具をお持ちだ。一体どこで入手されているのかお聞きしたい」


「それはもちろんシリウス神の奇跡による・・・」


「ワシにはそういう説明はやめていただきたい。勇者たちに渡していたアポステルクロイツの指輪もそうですが、どうせ誰かに作らせているのでしょう。だったらその魔術具を量産して、我々帝国軍にも回していただきたいのだが」


「・・・わかりました。公爵には正直に申し上げましょう。じつはあの魔術具は私が作成しているのです」


「あれを猊下自らが作成しておられるのですかっ! でもどうやって?」


「私は元は孤児で、物心がついた頃には既にシリウス教会の修道院に入っていたのですが、そこで世話をしてくれたのがクリプトン枢機卿なのです」


「クリプトン枢機卿と言えば、商業ギルドの元締めをされているあの守銭奴の」


「いえ、今の枢機卿のお父上に当たる方なのですが、私は彼に仕えることで本当にいろいろなことを教えてもらいました。総大司教への道を歩み始めたのも枢機卿のおかげですが、彼から学んだものの中で特に役立ったのが古代の魔導技術による魔術具の作成でした」


「ほほう・・・古代の魔導技術ですか、それは実に興味深い。クリプトン卿と言えば魔族の血が流れているとのうわさがありました。教会側はそれを否定していましたが、今の話を聞くとやはり・・・」


「ええ。今となっては公爵に隠しておく必要もないので申し上げますが、クリプトン枢機卿の祖先は、あのアージェント王国の王族なのですよ」


「なっ!」


「クリプトン枢機卿の祖先は、アージェント王家から王権を奪ってクリプトン朝を興したのですが、その初代王のバーンがまだ少年だった頃に神聖シリウス帝国と接点を持ち、そこに潜んでいた魔族の末裔からこっそり古代の魔導技術を受け継いでいた。その中には堕天使スィギーンなど古の堕天使の血を濃く引き継ぐ者を狙い撃ちする特殊な魔法が含まれていて、バーンはそれを利用してかつてアージェント王国の盾と矛と言われたメルクリウス公爵家とバートリー辺境伯家を滅ぼしたそうなのです」


「神聖シリウス帝国とアージェント王国、そして旧教徒のシリウス教国か・・・。魔界を巡るこれらの国々の関係には色々と謎が多いが、そのようなできごとが本当にあったのだろうか」


「すべてクリプトン枢機卿から聞いたお話ですので、私には何の裏付けもありません。ですが、私はこれが本当にあった出来事だと信じています」


「まあ、猊下の作られる魔術具の数々を見ていたら、本当にあった出来事のように感じますな。なるほど、特定の血族に効果を発揮する魔法を使ってローレシアを撃退するか・・・。猊下は、かつての簒奪者バーンがメルクリウス家とやらにやったのと同じことをステッドにやらせてみたが、実験は失敗に終わったということですな」


「実験ですか・・・ローレシア討伐には至りませんでしたが、実験と考えれば成功と言えるでしょう。実はローレシアの両親や取巻き令嬢には効果があったらしく、魔法がうまく機能していたのは確かです。ローレシアに効かなかった理由は不明ですが・・・」


「ほう・・・魔法は機能していた。猊下の話はわかりましたが、私はあまりローレシア個人にこだわる必要はないと思っています。それよりそんな特殊な魔術具があるのなら、我が帝国軍に供給していただきたい」


「それはもちろんですよ。ではステッドの罪は許していただけると」


「だから最初から何も期待していないし、猊下や教会の責任を問うつもりもありません。私は摂政であり、この国の運営をするのに忙しい。早く帝都を陥落させて玉璽とレガリアを手に入れないと、帝国全土の統治がおぼつかないのですよ。教会が我々に協力してくれるのならそれでいいので、後のことは猊下の好きなようにすればよろしかろう」


「承知しました」





 シリウス教会所有のとある建物の薄暗い地下牢。そこに降りて来たカルは、鎖につながれてぐったりしているステッドに鉄格子越しに話しかけた。


「ステッド。その汚れた魂はそろそろ浄化されましたかな」


 ボロボロの姿になって意識が朦朧としていたステッドは、カルの姿に気が付くと真っ青な顔をして悲鳴を上げた。


「うわあっ、か、カル! お、俺が悪かったからもう浄化はやめてくれ・・・」


「では今度こそローレシアを倒せますかな」


「倒せる! 倒せるから、浄化だけはもう勘弁だ! だがなんだってそこまで姉上のことを」


「別に彼女に恨みはないのですが、私の目的に彼女は何かと邪魔なのでね」


「・・・カル、一体お前の目的は何だ」


「そんなことをあなたが知る必要はありません。余計な質問をするなら、魂の浄化が足りていないと判断してもう一度この私が」


「ひーーっ! 二度と余計な質問は致しませんので、浄化だけはやめてください。畜生っ! 姉上のせいでこの俺は・・・」

次回、ガートラント要塞攻略


お楽しみに

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