第170話 フィメール王国の攻防③
「全くひどい目にあったわね。このアポステルクロイツの指輪がなければマジでヤバかったわよ」
バリアーの外が爆風で吹き荒れている中、やれやれといった様子でネオンが俺の隣にやってきた。
「ネオン様も動きを止められていたのですか」
「ええ。でも何かしらね、今の魔法は。魔族を捕らえるみたいなことを言っていたけれど、魔族なんてものはこの世に存在しないはずだし・・・。それに私たち以外にもローレシア侍女軍団の女の子も動きを止められていたから、きっと何かの発動条件がありそうね。でも今はそんなことよりも、ステッドを何とかする方が先よ。私たちの至近だったのでエクスプロージョンの威力を抑えたから、多分あいつ死んでないと思う。視界が回復したら、ローレシアのカタストロフィー・フォトンでとどめを刺して」
威力を抑えてこの有様かよ・・・。だがネオンの攻撃が効いたのか、あの魔法がいつの間にか解けていて、アナスタシアたちも動けるようになっていた。
そして俺たちの話を聞いていたらしく、アナスタシアが傍に寄ってきて謝罪した。
「ナツ・・・申し訳ございませんでした。ステッドに一縷の望みをかけてみたのだけど、今回のことでもう諦めました。フィリアと同様、あの子はナツの好きになさっても構いませんし、今からこのわたくしの手であの子に罪を償わせましょう」
「お義母さまのお覚悟は承知いたしました。ですがここはわたくしにお任せください。爆風がおさまったらわたくしが彼を処分いたします」
ステッドの合図によりローレシアへの突撃を開始したマーク王は、ステッドの魔法で完全に動きを止めたはずのローレシアが再び動き出して、間一髪でバリアーを展開したのを目の当たりにした。
そしてステッドの放った強烈な光の攻撃魔法がその暗黒のバリアーに吸収されて不発に終わると、今度は上空から見たこともないような強力なエクスプロージョンが放たれて、騎士団が大打撃を受けた。
瞬時にバリアーを張って高熱と爆風からなんとか身を守りながらも、ただ呆然とその場に座り込むステッドに近づいたマーク王は、一体何が起こっているのか尋ねた。だがステッドは独り言のように、
「そんなバカな・・・ホーリージャッジメントが効かないなんて・・・それにカタストロフィー・フォトンも・・・俺の渾身の攻撃が、どうして姉上には通用しないんだ」
「おいステッド、貴様はあれだけ自信満々に豪語しておきながら、なんだこのありさまは」
だがマーク王の存在を無視するかのようにステッドは独り言をつぶやくばかり。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい・・・このままじゃ俺は、姉上に殺されてしまう。そうだ、こんなところからはとっと逃げよう。次のチャンスを狙えばいいんだよ。おい魔法戦部隊! 生きているやつは全員、俺の所に集まれ。ワームホールを使えるやつ全員で、部隊ごと後方へ後退させろ。逃げるぞ!」
ステッドの命令により、修道士や修道女たちがステッドの回りに集まって詠唱を開始する。だが納得が行かないのがマーク王だ。
「ちょっと待てステッド。貴様はフィメール王国の姫との交換条件でローレシアを倒す約束をしたではないか。逃げずに最後まで戦え!」
「冗談じゃない、ここにいたら俺は確実に姉上に殺される。死んだらハーレムも何もあったもんじゃない。フィメール王国の姫は次の機会にいただきにくるよ。それまでこの国が滅んでなければいいがな。それじゃマーク王、またな」
「おいステッド・・・貴様!」
そしてステッドはマーク王をバリアーで押し退けると、魔法戦部隊のワームホールでどこかへ転移していった。
ステッドとシリウス教会魔法戦部隊の逃亡により、戦場に取り残されたフィメール騎士団の陣形を整えるために、マーク王は即座に後退命令を出した。
だが後方に向けて馬を走らせた瞬間、強烈な閃光に包まれたマーク王はその意識と肉体を永遠に失った。
フィメール騎士団とローレシアたちの攻防を遠くから見ていたエレット中将は、強烈な閃光と共に戦線が瓦解し、フィメール騎士団が潰走する様に驚愕した。
エレット中将は身震いを一つすると、すぐに我に返って幕僚たちに次々と指示を出していった。
「フィメール騎士団は敗退した。ローレシアは我が主力部隊で何とかしなければならないが、奴らの魔法攻撃はレベルが違いすぎる。とにかく魔法を封じるためすべての魔石を奴らとの戦いに投入しろ」
「それ以外の部隊はマジックシールドは一切使えん。したがって魔法は無視して短期決戦で一気に決めてしまう必要がある。全軍に突撃命令を出せ」
「逃げたシリウス教会の魔法戦部隊を至急捕獲せよ。そしてもう一度ローレシアにぶつけろ。やつらは魔石代わりに使い潰してやって構わん!」
そして中将の指示が現場に伝わると、方面軍は一気に大攻勢をかけた。そして戦線が再び安定を取り戻して、連合軍をジリジリと後退させるに至ったその時、司令部に伝令がバタバタと駆け込んで来た。
「エレット中将、右舷から新たな敵が出現しました。その数およそ2万以上!」
「左舷にも敵です。2万から3万はいるものと思われます。大軍勢です!」
その報告にエレット中将は呆然としながら、
「我々は連合軍に包囲されたのか・・・ローレシアやソーサルーラ騎士団がいたからあれこそが主力だと思っていたが、まさか自らが囮になるとは」
エレット中将もその幕僚たちも、東方諸国のことをどこか甘くみていて、彼らが策謀を働く可能性を見逃していたのだ。
「司令官閣下・・・連合軍はどうしてあのような大軍を用意できたのでしょうか。今までこんなことが起きたことがなかったのに」
「・・・元老院からの要請で、魔界の門に向けて兵力を拠出させらることになっていた。その兵力が確か、1国あたり5000ずつ、14か国で7万か。やつら魔族を倒すためにかき集めた兵力を全てつぎ込んで、我々帝国に向けてきやがったんだ。これはまずいぞ、ここは撤退だ! フィメール王国は放棄して帝国領内へ逃げ込むんだ!」
エレット中将の撤退命令により、方面軍は後退を開始した。だが唯一敵のいない後方にはフィメール王国の王都が立ちふさがっていた。王都の城門は堅牢で固く閉ざされており、王都を避けて2万の大軍勢が撤退するには、連合軍と王都の隙間を通過しなければならない。
だがこの細い回廊に殺到する帝国軍将兵に対して、連合軍は容赦なく攻撃を仕掛ける。
「ローレシア女王からの指令が出た。やつらを一兵たりとも帝国へ帰すな、フィメール王国の肥やしにしてやれだとさ。よし、全軍総攻撃開始!」
3方向から3倍を超える大軍に囲まれた帝国方面軍は、その絶望的な戦況の中で必死に撤退戦を戦った。だが味方を壁にして幸運にも逃げおおせた将兵を除けばほぼ全滅に近い有様であり、全兵力の8割以上を失う結果となったエレット中将は、3000騎にまでうち減らされた方面軍を本体3万と合流させるべく全速力で帝国領内を西へと走り去っていった。
そしてフィメール王国に帝国軍の姿は一兵も居なくなり、500騎程度までうち減らされたフィメール騎士団は武装解除して降伏。
フィメール王国は、ここに陥落した。
フィメール内戦以来、久しぶりに入る王城には武装解除に応じた近衛兵が全員拘束され、主要な貴族たちが次々と地下牢に連行されていった。そして、フィメール王国の今後について話し合うため、王妃マリンとマーク王の伯父であるザルツ公爵の二人が、拘束された状態で俺たちの前に引き出された。
フィメール国王の玉座に座った俺が、床に跪く二人を見下ろしてこう言った。
「マリン様・・・結局このような結果になってしまって、とても残念に思います。あの時、わたくしたちの手を取っていただけたなら、このような形で対面することもなかったでしょう」
「そうですね・・・あの時はまさか、我が帝国がこんな簡単に敗退するとは夢にも思いませんでした。それで我が夫のマークの消息は・・・」
「戦場のどこにも見当たりませんでした。フィメール騎士団の生き残りに聞く限りは、どうやら戦死された模様です」
「・・・そうですか」
その言葉にマリン王妃もザルツ公爵も力なくうなだれた。俺の隣に立っていた、元フィメール国王であるハーネス公爵も沈痛な面持ちだったが、
「あいつは納得して我々と戦う道を選んだのだ。これも運命と思って受け入れるしかあるまい」
「お義父様・・・」
マーク王は俺のカタストロフィー・フォトンで跡形もなく消えた。ハーネス公爵はそれをわかっていながら、あえてそのことには触れないでいてくれている。俺は彼の意図を汲んで、後顧の憂いを立つためにフィメール王国を処断する。
「わたくしたちはこれからブロマイン帝国に侵攻し、帝都ノイエグラーデスで籠城戦を戦っているリアーネ皇帝陛下と合流し、逆賊ヴィッケンドルフとシリウス教会総大司教カルの討伐に向かいます。ですのでこのフィメール王国に関わっている時間はございません。この国は我がアスター王国が暫定的に統治し、帝国との戦争が終結するまで主要貴族は全員地下牢に収監します。そして皆様の処遇は帝国との戦後処理の中で決めたいと存じます」
「・・・承知いたしました。わたくしどもは無条件降伏を受け入れますが、一つだけ忠告させてください」
「忠告ですか・・・一応うかがわせていただきます」
「では、もしあなたの弟君のステッド・アスターを見つけたら、必ず殺した方がいいでしょう。彼はあなたを殺してアスター王国の国王になり、後宮に世界中の姫君を入れると申しておりました。そして今回の戦いでも、あなたを倒す条件としてフィメール王家の姫君を要求してきたのです。結局あなたに敗れてどこかへ逃げてしまったようですが、彼のことだからどんな卑怯な手段を使ってもアスター王国の簒奪を狙ってくるでしょう」
「ステッド・アスター・・・彼はそういう人間でしたのね。ご忠告ありがとう存じます、マリン様。わたくしのこの手で必ずやその男を始末いたします」
「・・・? ご自分の弟君のことをその男って」
そうしてフィメール王国を制圧した翌日、俺たちは帝都に向けて再び進軍を開始した。
次回、フィメール王国陥落を知ったヴィッケンドルフ公爵サイドの反応は
お楽しみに




