第17話 魔法王国ソーサルーラ
「アンリエット。あなたがさきほど第4王子におっしゃっていたアンデッドとは、一体何の事ですか?」
「・・・お嬢様にはきちんと説明をしておらず、大変申し訳ありませんでした。お嬢様の指につけた指輪、実は死者の魂を召喚してアンデッドにさせるもので、生き返らせるものではございません」
「・・・す、するとこの身体は、人間ではなくゾンビか何かなのでしょうか?」
「はい・・・・・あ、いえ、そう思うのですが、私の知っているアンデッドとは明らかに異なり、お嬢様のお身体は本物の人間と区別がつかないのです」
「それなら、わたくしはアンデッドではないのでは」
「いいえ、死者が生き返る魔法など存在しないので、理屈の上ではお嬢様はアンデッドのはずです。ただ、お嬢様のお身体にはアンデッドの特徴が出ておらず、何が起こったのか実は私にもよくわからないのです」
「アンリエットにも何が起こったのかわからないのですか。・・・それなら、この魔法に詳しい人に相談してみるのはいかがでしょうか」
「この魔法に詳しい人ですか・・・そういえば私の叔母が魔法の教師をしております。彼女に聞けばひょっとすると何か知っているかもしれません」
「それでは国外脱出する前に、アンリエットの叔母様にお会いするのはいかがでしょうか」
「そうですね・・・あっ! それはとてもいい考えだと思います。今その叔母は国外にいて、その国は私たちが逃げ込むのにちょうどいい場所です」
「その国とは」
「魔法王国ソーサルーラ」
それから俺たちは冒険者ギルドで受付嬢さんや、ついでに朝から酒を飲んでいる冒険者のオッサンたちに別れの挨拶をし、ランクCのクエストとして募集のあったソーサルーラ行きの乗り合い馬車の護衛の仕事を受注した。
今度は乗客ではなく用心棒として馬車に乗り込むのだ。そうすれば旅費を払わず、逆に収入が入ってくるので一石二鳥である。
この護衛という仕事、普段は特になにもせずに馬車に乗っているだけだが、道中たまに魔獣や盗賊が襲ってくると、それを蹴散らすのである。どうせ修行もしたかったし、戦闘訓練にはちょうどよかった。
俺たちは護衛が乗る馬車へ向かい、今回旅を共にする冒険者たちに挨拶をした。
「私は騎士のアン、こちらは私の主のローラ様だ」
アンリエットが護衛仲間に自己紹介をすると、周りがざわめきだした。
「おい、鋼鉄の女騎士アンと、打撃系シスターローラのコンビしゃないか。なんで高ランク冒険者の姉さんたちがランクCのクエストなんかやってるんだ」
「私たちはソーサルーラに用事があるので、そのついでだ。悪いか?」
「いえいえ、滅相もございません。姉さんたちとご一緒させていただけるなら、鬼に金棒です」
「そうか、ではよろしくな。だがくれぐれも言っておくが、もしこのローラ様に手を出そうとしたら、直ちにその首をはねるので覚悟しておけよ」
「出しませんよ! 打撃系シスターローラに手を出せるほどの強さなら、こんなクエスト受けてませんよ」
「なら結構」
アンリエットは満足そうに笑っているが、俺はあまり嬉しくない。打撃系シスターか・・・。
光属性魔法が攻撃に向かないから仕方なくショートソードを使った打撃攻撃をしているだけなのに、この二つ名は心外だよ。
そんなこんなで魔法王国ソーサルーラへの旅が始まった。季節は春から夏に向けて移り行く時期であり、気温も少しずつ上昇している。
だから道中は、俺たち2人の専用テントを設置して、その中で寝泊まりし、隊商からたらいと水を調達して、アンリエットの火属性魔法でお湯を炊いてお風呂を作った。
今回盗賊は出没しなかったが、野獣はわりと襲ってきたため戦闘訓練には事欠かなかった。おかげで汗をかいてしまい、風呂が欠かせなかったのだ。
そうして俺たちは、3週間ほどの意外と快適な旅路を終えて、魔法王国ソーサルーラに到着した。
堅固な城壁に囲まれた城塞都市の門をくぐり、街の広場で乗り合い馬車を下車した俺たちは、その足でこの街の冒険者ギルドに立ち寄り、用心棒報酬を得た。魔獣討伐分込みで2人あわせて1200ギルの収入だった。
そしてギルドの更衣室で服を着替え、俺は修道服からピンクのワンピースに着替えさせてもらった。アンリエットは黄色のワンピースだ。
季節は初夏。
まだそこまで暑くはないが歩けば少し汗ばむため、街中ではなるべく軽装にしたいと、ローレシアがさっきからうるさいのだ。
仕方なく俺はアンリエットに頼んでワンピースに着替えさせてもらうと、アンリエットもノリノリで色違いの服に着替えたのだ。
鏡に映った2人お揃いのワンピース姿に、ローレシアが満足そうな感情を俺に向けている。
確かに美少女二人の仲のいい姿は、俺の目の保養にはなるのだが、その片方が自分であることを思い出す度に、実に複雑な気分にさせられる。
さて、このまま外に出ると俺の心が折れてしまうので、認識阻害の魔術具を使ってみることにした。
「アンリエット、この魔術具はただの小さな丸い平板のようですが、どのように使うのでしょうか」
「この板を身につけて魔力を送り込むだけで作動します。ただし平板と身体を1メートル以上離すと効果がなくなりますので、私はお嬢様にくっついて行動することになります」
「分かりました。ではやってみますね」
俺は平板を服のポケットにしまい、魔力を送り込んでみた。だが自分では効果がよく分からないので、少し離れたところからアンリエットに見てもらい、俺の姿が認識できなくなったことを確認する。
「お嬢様、うまく行きましたよ」
今度はアンリエットの番だ。
「アンリエットも魔力があるけど、自分では試してみないのですか」
「私の魔力は相性が悪いのと、もしもの時にお嬢様を守るために取っておきたいのです。ダメですか?」
アンリエットが不安そうにこちらを見つめる。
「少し確認しただけです。わたくしがアンリエットの分も魔力を使いますので、近くによってくださいね」
「はい、お嬢様!」
アンリエットの表情がパッと明るくなると、平板を服のポケットに入れて、俺の右手を握った。
「あ、アンリエット?!」
「お嬢様とこうして手をつないでおけば、街中で1メートル以上離れることはないと思います。私の手を離さないで下さいね」
ドキッ、ドキッ!
鳴るな、静まってくれ、俺の心臓。
(ナツ・・・あなたまた、アンリエットに変な感情を起こしたようね)
(だって仕方ないじゃないか。アンリエットと手をつないで平常心でいることなんて、俺には無理に決まってるだろ)
(・・・あなたは女の子に対してはそういう人だったわね。わかりました、あなたが変なことをしないようにわたくしがちゃんと見張ってます)
(変なことをなんかするか!)
ローレシアがいつも俺にこんなことを言うのは、きっと第3王子の件で男性に対する不信感が拭えないのだろうと、俺は考えている。
だから少し神経質過ぎるが、ローレシアの気の済むようにさせてあげようと思っている。
ローレシアの心もまだ、傷ついたままなのだろう。
さて、認識阻害の魔術具が効いているためか、ギルドの中を歩いている間も、冒険者が俺たちの事を見て騒ぎ立てることもなく、ギルドから外に出てからも誰も何の反応も見せない。
つまり俺のワンピース姿は、俺たち以外の誰の目にも映っていない。完璧だ!
「それではアンリエット、あなたの叔母さんの所に参りましょう」
「はい、ローレシアお嬢様」
次回、魔法アカデミーです
ご期待ください




