第169話 フィメール王国の攻防②
フィメール王国の王都を臨む平原で、帝国東方諸国方面軍と対峙する東方諸国連合軍。
その連合軍の司令部では、方面軍との戦いに向けて最後の作戦会議を行っていた。居並ぶ王族たちを前に俺が指示を出す。
「アージェント方面軍と同様、敵方面軍主力はマルクの勅命により帝都ノイエグラーデスに進軍を開始しているはずです。ですのでここに残っているのは総兵力5万のうちの多くても半数程度と推測されます。一方我々の戦力はまだ彼らには知られていないはず。そこで兵力を3つに分け、3方向から敵を包囲します」
王族たちの反応を見るが、俺の作戦を興味深そうに聞いていて、反対という雰囲気ではなさそうだ。
俺はそのまま続ける。
「敵正面に展開する2万を囮として敵主力を引きつけつつ、残り5万が左右から大きく展開して同時に敵の側面を突きます。そして3方向から包囲して敵を削り取るように殲滅いたします」
すると王族の一人から質問が上がった。
「その囮となる2万はどの国がやるのか」
「この作戦の立案者であるわたくしが、アスター王国とソーサルーラの騎士団を率いて行います。あと残り1万はマリアの母国であるレッサニア王国と、アンナの母国のボルドー王国にお願いします。またキャシーの母国のカスティラント王国には右翼を、ケイトの母国のメルティー王国には左翼を任せますが・・・」
俺は各国の配置と両翼の責任者を指定すると、状況の変化に応じて作戦を指示できるよう、アージェント王国で購入しておいた携帯型の軍用転移陣を使って、マリアたち侍女軍団やマーカスたちをこの司令部と各国王族との連絡要員にした。
そして作戦が決まったところで俺は号令をかけた。
「では作戦を開始します。両翼は敵に気付かれないよう軍後方から速やかに軍を移動させ、アスター王国騎士団、ソーサルーラ騎士団はこのわたくしに続きなさい! 全軍突撃開始っ!」
マーク王は小高い丘の上に馬で駆けのぼると、そこから戦場全体を一望した。前方には見渡す限りの大軍が並び、こちらへの進軍を開始している。
その中でも一際強い魔力を発している一団が最前列にいた。進軍と共に強力なマジックシールドが周囲の障害物を根こそぎ粉砕し、地面から土埃を巻き上げつつ空では野鳥の群れが次々に弾かれて、傷つき地面に落ちていく。
そんな強引な進軍を行う一団の上空に無数の魔法陣が出現すると、まだかなりの距離があるにも関わらず帝国方面軍の最前列の頭上に容赦なく魔法攻撃を加え始めた。
マーク王は隣のステッドに話しかける。
「あれがソーサルーラ騎士団か・・・。ステッド、お前は本当にあいつらを倒すことが出来るのか」
「そうだな・・・ざっと見たところ魔導師の数はそんなに多くはないな。本当にやばそうなのが300人程度で・・・残りのほとんどはおそらくソーサルーラの貴族家から集めた騎士の寄せ集めだろう」
「そうか・・・。では我々はエレット中将の命令通り今から奴らに突撃する。シリウス教会魔法戦部隊は我々の先陣を切れ」
「了解っと。その代わりにフィメール王国の姫を俺様の後宮に入れる約束は忘れるなよな」
俺は連合軍の先頭に立つと、カトレアやエミリーたちアカデミー生以上のメイド全員を組み入れた新生ローレシア勇者部隊と、アンリエットの熱烈な信奉者集団である薔薇騎士隊、そしてソーサルーラ騎士団の主力魔導師を率いて目立つ作戦行動をとった。
わざと派手な魔法を使うことで俺たちに目を向けさせ、5万の別動隊の存在に気付かれることなく本体から切り離した。
その証拠に敵の全軍が俺たち2万に向かって総攻撃を開始してきた。どうやら向こうは短期決戦で勝負を決めるつもりらしい。
2万対2万のほぼ同数の軍勢が真正面からぶつかり合い、互いにバリアーを展開しながら遠隔攻撃で相手を削り合う展開になったが、急造の我が連合軍に対して帝国方面軍は軍隊としての練度に一日の長がある。
そのため敵に押されそうな戦域が方々に出てくる。その度にそこに遠隔から強力な魔法を放り込んでは、もぐらたたき的に相手の勢いをそぐ。
戦線は維持しつつ、敵に押されて後退するフリをしなければならないため、なかなかコントロールが難しい。戦いの本番はあくまで両翼が揃ってからであり、今はまだ囮としての行動に終始して戦力を温存する。
そして俺たちがジリジリと後退して敵を戦場の奥へ奥へ引き入れていると、しかしアンリエットが戦況の急変を俺に伝えて来た。
「ローレシアお嬢様、左舷前方より敵数100騎がこちらに向けて突撃してきます。全員修道服を着ており強力な魔力反応があります。シリウス教会の特殊部隊でしょうか」
修道士や修道女が馬に乗って突撃してくる絵面はかなりシュールだが、あの魔力の総量は間違いないな。
「どうやらそのようねアンリエット。ローレシア侍女軍団はバリアーを敵シリウス教会の謎の部隊の方向に展開して。それからランドルフ王子はソーサルーラ騎士団に総攻撃開始の命令を」
「了解した、ローレシア」
そしてランドルフ王子の指揮のもと、メテオによる飽和攻撃が教会の部隊に開始された。だが俺たちの上空にも同様の飽和攻撃が加えられる。大量の岩石が俺たちの頭上にも降り注いだのだ。
「ろ、ローレシア様っ! 私たちのバリアーがもう持ちません!」
「カトレア、エミリー、みんな頑張って! ローレシア勇者部隊、総員でバリアーを強化!」
敵数100騎が一斉に魔法攻撃を開始すると、まるでダゴン平原でアージェント王国軍から受けた飽和攻撃を思わせるような強力な破壊の波動となって俺たちに襲い掛かった。
本当は魔力を節約して戦うフリをしようと思っていたが、こいつら相手にそんなことを言っている場合ではないな。
それにあの教会の部隊の後方には、数1000騎とも思われる新たな騎士団が接近してきている。しかも教会の部隊に支援魔法をかけたりマジックバリアーを提供していることから、こいつらも魔法戦部隊とみて間違いない。
・・・だとするとあの騎士団はたぶん、
俺が気が付いたのと同時にアルフレッドが俺の隣にやって来て、
「ローレシア、あの後方から猛追する奴らはフィメール騎士団だ。兄上の・・・マーク王の姿が少し見えたが、おそらくあの部隊を直接指揮して、俺たちに突撃をかけて来たのだろう」
「フィメール騎士団・・・結局フィメール王国とは、どちらが生き残るのかはっきりと決着をつけなければならない運命だったのですね」
そして教会の謎の部隊に加えてフィメール騎士団による魔法攻撃も始まり、一時は魔力バランスが大きく敵に傾きかけたところ、今度はアスター騎士団本体やレッサニア王国、ボルドー王国の魔法戦部隊の一部が俺たちに加わったことで、再び魔力の均衡が取れる。
そこからしばらく膠着状態が続き、この状態のまま時間を稼げれば両翼からの包囲網が完成して総攻撃が開始できる。
そんな目算をしていた時にそれは起こった。
俺たちの目の前に、教会の部隊の中から抜け出した一人の青年が姿を現したのだ。
「姉上っ、降参だ! 今すぐ攻撃を止めて俺の話を聞いてくれ!」
その青年は俺の方を見て姉上と言ったが、誰だっけあいつ。
(ナツ、あれはわたくしの弟のステッドです)
(ステッド・・・ああそんな奴いたな。アンリエットを侮辱したからアスター家を追い出したんだっけか。すっかり忘れていたが、何で今頃こんな戦場に現れたんだろう)
(それはわかりませんが、あの子はフィリアと同じでわたくしに恨みを持っています。簡単に話を聞いてはいけません)
(フィリアと同類か・・・ならアイツは危険だな)
俺がステッドを無視して攻撃を仕掛けようと詠唱を始めたが、アナスタシアが俺の傍にやって来て、
「・・・ナツ、あの子は降伏すると言っているし、こちらに引き入れることはできないかしら」
「お義母様・・・たった今ローレシアとも相談いたしましたが、それは難しいという結論に至りました。あの子はフィリアと同じく、ローレシアのことを深く憎んでいるそうですので、お義母様のように心を入れ替えて頂けるとはとても思えないとのことでした」
俺はアナスタシアのお願いを一度は断ったが、向こうではステッドがどうしても話を聞いてほしいと、悲痛な表情で叫んでいる。それを見たアナスタシアが、せめて話だけでも聞いてあげてと俺に懇願した。
それに気づいたイワンがこちらにやってくると、
「アナスタシア・・・ローレシアの言う通りあいつのことはもうあきらめた方がいい」
「でもあなた・・・ステッドだってわたくしたちの子供だし、話せばきっとわかってくれるはず」
イワンがアナスタシアを説得するが、やはりどうしても諦めきれないようで、バカな息子でも可愛いと思うところはやはり母親なのだろう。
「わかりました。それではお話だけはお聞きすることにいたします。でも、少しでもおかしな素振りを見せれば容赦は致しません。お義母様はそれでもわたくしを恨まないでいただけますか」
「わかりました。ありがとうナツ、わたくしのワガママを聞いてくださって。もしあの子がバカなマネをしたら、わたくしは二度とワガママを申しません」
俺はアナスタシアの懇願を受け入れて、ステッドをバリアーの中に引き入れた。ステッドは嬉しそうな顔でこちらにやって来ると、
「話を聞いてくれてうれしいよ姉上。それに父上も母上も元気そうで何よりだ」
するとアナスタシアが、
「ステッド・・・あなたは今どこに住んでいるの? どうして教会の部隊に入っているの?」
「ああ、俺は冒険者として生活していたんだが、たまたま教会に拾われて、今は傭兵みたいなことをやっているんだ」
「そうだったの。だったら教会の傭兵なんかやめて、わたくしたちの所に帰っていらっしゃい」
「母上・・・そうしたいのはやまやまなんだが、俺にはシリウス教会でやるべきことが残っているんだよ」
「まあ、それは一体なんなのですか」
「・・・それは、アスター一族を皆殺しにして、俺がアスター王国の国王になることだ!」
そういうとステッドは右手を突き出して魔法を発動させた。
【無属性固有魔法・ホーリージャッジメント】
無詠唱でいきなり発動した魔法によって、アナスタシアとイワンがその動きを完全に止めた。そしてこの俺も急に体が動かなくなり、猛烈な眠気に襲われた。一体何をされたんだ!
「ウヒヒヒヒ。これはシリウス教会総大司教のカル様からもらった、魔族を捕らえるための聖なる魔法だ。この魔法が効くということは、姉上たちはやはり魔族だったのだな・・・。おやおや、ここにはアスター一族以外にも動きを止めているヤツが何人もいるじゃないか。なんだよここ魔族の巣窟かよ」
くっ・・・、一体どういうことだ。この世に魔族なんて存在しないはずなのに、どうして俺たちが動きを止められるんだ。魔族とは一体なんなんだよ・・・。
俺が硬直しているのを見たアンリエットやアルフレッド、ロイ、ケン、バンがステッドに襲い掛かった。だが強力なマジックシールドを展開したステッドは彼らの攻撃を気にも留めず、上空に光ののろしを上げた。
俺たちに対峙していた教会の部隊やその後方にいたフィメール騎士団は、そののろしを合図に猛然と突撃を開始した。またそれと同時に、ステッドはある魔法の詠唱を開始する。それはステッドが知るはずのないあの魔法、カタストロフィー・フォトンだった。
(ローレシア、この魔法はイワンとローレシアしか知らないはずなのに、フィリアに加えてステッドまで使えるなんて、一体どうなっているんだよ)
(フィリアの方はわかりませんが、ステッドはアスター家の長男で、わたくしがエリオットと結婚してフィメール王家に入った後、場合によっては彼がアスター家を継ぐ可能性もあったから、お父様が教えていたのかも知れません)
(そういうことか。だがマズいな、あの魔法を防ぐには闇属性魔法ワームホールでレーザーをジャンプさせるのが確実だが、この身体じゃ詠唱が間に合わない。だから光属性のバリアーを張って一か八にかけるしかないが、俺たちも含めてアスター一族は全員動きを封じられ、しかも魔力の循環まで阻害されている)
(魔力の循環・・・そうだわナツ、アポステルクロイツの指輪を使って光のオーラを強制的に循環させましょう。それならばあるいは)
(それだっ! この指輪は本物だから、思い切って全力でやるぞ)
俺はアポステルクロイツの指輪に魔力を込めると、指輪がすぐに反応して、身体の中をオーラが循環し始めた。
これでうまく行きそうだが、ステッドの魔法も完成間近だ。あいつのカタストロフィー・フォトンの威力がどれほどかは分からないが、それに耐えられるだけのバリアーを展開しなければならない。
俺はなるべくギリギリまで光のオーラを練り続け、ステッドの前に巨大な魔法陣が現れた瞬間、彼の詠唱に合わせる形でバリアーを展開した。
【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】
【無属性魔法・マジックシールド】
その瞬間、レーザーを遮るために展開した暗黒のバリアーがステッドを覆った。光を一切通さないため、バリアーの向こうで何が起こっているのかはわからないが、俺たちが助かったのは確かだ。
そして間髪いれず、
【火属性上級魔法・エクスプロージョン】
「ローレシア、今度は私たちにバリアーをお願い!」
ネオンの声が後ろから聞こえ、慌てて上空を見ると空から白い光点がゆっくりと落ちて来た。
俺はステッドを囲ったバリアーを解除して、今度は自分たちの回りに広範囲のバリアーをかけなおす。
【無属性魔法・マジックシールド】
そして俺のバリアーによって遠くに弾き飛ばされたステッドの頭上にエクスプロージョンが炸裂すると、間近に迫っていたフィメール騎士団もろとも、強烈な光と灼熱の焔が彼らを包みこんだ。
次回、フィメール王国戦決着
お楽しみに




