表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/200

第166話 皇帝の帰還

 港町トガータの宿屋に潜伏していたローレシア勇者部隊の一行は、ガルドルージュから特殊作戦部隊との連絡が取れたとの報を受け、以前クロム皇帝と二人でお忍びでやってきた時に利用した軍用転移陣がある建物に潜入した。


 中には工作員数名が既に転移陣の設定を完了しており、全員整列して一行を出迎えた。


「これから皇帝陛下に向かってもらうのは、アルトグラーデスの特殊作戦部隊本部ではなく、前線基地エステルタールです」


「エステルタールだと・・・貴様ら、謀ったのか!」


 前線基地エステルタールは、主戦派貴族たちの巣窟であり、その筆頭格であるヘルツ中将が司令官をしている兵力20万にも及ぶ帝国最強の軍隊アージェント方面軍が集結している場所である。


 そこに転移させるということは、ローレシア勇者部隊を一網打尽に捕らえるということであり、怒ったクロム皇帝が工作員の首を静かに締め上げる。


 だが工作員は平然とした顔で、


「誤解なさらないでください陛下。ネルソン大将は今、アルトグラーデスではなくエステルタール基地にいるのです」


「なんだと。それは本当なんだろうな・・・あそこは魔族と戦う最前線で主戦派貴族どもの巣窟。融和派のネルソン大将がなぜこのタイミングでエステルタール基地なんかに居るのだ」


「司令官のヘルツ中将は主戦派ですが、ヴィッケンドルフ公爵のような強硬派とは一線を画しており、今回の挙兵命令にも応じて軍は進めておりますが、明確な支持表明は行っておりません」


「・・・挙兵だと? 一体なんのことだ」


「それは私の口からは申し上げられません。詳しくはネルソン大将から直接お聞きください。それよりも人が来ますので、今のうちに早くエステルタール基地へ転移してください」


 エステルタール基地へ早く向かわせようとする工作員の態度に、皇帝は転移するのを躊躇しているが、


「クロム皇帝、ずっとここにいても仕方がございません。もしこれが罠であっても、このわたくしが皇帝を守って差し上げます。エステルタール基地へ転移いたしましょう」


「ローレシア・・・そうだな。ここにはローレシアを始め、史上最強の勇者部隊が余の味方としてついているのだったな。もし先方の転移陣室に伏兵が潜んでいたとしても、簡単に返り討ちができるということか」


「はい。わたくしにはこの本物のアポステルクロイツの指輪がございますので、最早マジックジャミングは通用しません。いつでもワームホールを撃てるように準備しておきましたので、さっそくまいりましょう」



 そして意を決したクロム皇帝に従ってエステルタール基地に転移すると、そこには伏兵はおらず、待っていたのは特殊作戦部隊の工作員数名だった。


 そして一緒に転移した先ほどの工作員が彼らに何かを耳打ちをすると、慌てた工作員たちが俺たちの前に整列した。


「クロム皇帝陛下の御帰還に対し、全員敬礼っ!」


 ビシッと揃った見事な敬礼を見せた工作員たちは、そのうちの1名が大急ぎでヘルツ中将に連絡するために部屋を出て行った。


 そして俺たちは工作員の誘導に従い、司令室へゆっくりと歩いて向かった。





「皇帝陛下! よくぞご無事で・・・」


 エステルタール基地の指令室に入ると、ヘルツ中将以下幕僚たちが喜びをもって俺たちを迎え入れてくれた。それを見たクロム皇帝が軽く頷いて司令官席に着席すると、アージェント方面軍司令部幕僚たちと俺たちローレシア勇者部隊全員も着席した。


 そして皇帝が全員の顔を静かに見渡して、


「どうやら皆には心配をかけたようだな。だがこうして余は無事エステルタール基地に帰還した。ちょうどこの場には特殊作戦部隊のネルソン大将も来ているようだが、現状を報告をしてほしい」


「はっ! それではまず帝都ノイエグラーデスの状況から報告いたします」


 ヘルツ中将が立ち上がって敬礼をすると、俺たちがアージェント王国内で皇帝の治療を行っていた間に帝国で起こった出来事が報告された。


 それは俺たちの想像をはるかに越えたものだった。





 クロム皇帝が戦死したと思い込んだ主戦派貴族たちは、帝国元老院を招集してヴィッケンドルフ公爵の甥のマルクを新皇帝として擁立、シリウス教会総大司教カルの独断によって既に戴冠式を終えていた。


 つまり今のブロマイン帝国皇帝はクロムでもリアーネでもなく、マルクということになるそうだ。


 だがリアーネは戴冠式が行われたその日の深夜に強硬策に出た。帝都全体に戒厳令を敷いて、帝都治安維持隊により都市を完全に封鎖。さらに帝国元老院を解散させて無期限停止命令を発出、主要な主戦派貴族に国家反逆罪を適用して手あたり次第に拘束、帝都内の家屋敷は全て焼き討ちにして破壊したらしい。



(すげえなリアーネは。ローレシアを溺愛するだけのただの妹バカではなかったんだな)


(わたくしも彼女のことを誤解しておりました。まさかリアーネ様がそんなお方だったとは。クロム皇帝がいつも処刑したがっていただけのことはありますね)





 リアーネの思いきった行動にドン引きする勇者部隊メンバーの中にあって、彼女の初動にとても満足したクロム皇帝がニヤリと笑いながら、


「ヴィッケンドルフ公爵め、ついに馬脚を現しおったな。しかもあのマルクのごとき痴れ者を担ぎ出して自らは摂政につくなど完全な簒奪者ではないか。ところでヘルツ中将、そなたは主戦派貴族のはずなのにこんなところで余の相手をしていてよいのか? そなたの主君はあの痴れ者のマルクだろう」


 するとヘルツ中将がクロム皇帝の前に歩み寄って、足下に跪くと、


「確かに私は主戦派貴族家の出身であり、アージェント王国と直接対峙するこの方面軍には、その任務からおのずと主戦派が集まってきます。ですが、主戦派の全員がヴィッケンドルフ公爵に賛同しているわけではなく、特に今回の騒動の発端は、勇者レオンハルトと勇者バーツによる裏切りと虚言によるものと判明いたしました。よって我々一同は新皇帝マルクに正統性はないものと判断、ネルソン大将とも相談し、皇女リアーネ様を支持することを密かに決定していたのです」


「レオンハルトとバーツか・・・まさに奴らが余の暗殺を企てた真犯人、卑劣で薄汚い反逆者どもだ。必ず余自らの手で報いを受けさせてやるから、楽に死ねると思うなよ・・・」


 そう言うとクロム皇帝は、勇者たちの愚行から始まったアージェント王国と勇者部隊の戦いの一部始終を話し始めた。それを聞いたヘルツ中将以下司令部幕僚は驚きと同時に激しい怒りを覚え、次々と立ち上がってはクロム皇帝の前に跪いて臣従を誓った。


 そして全員が皇帝の前に整列するとヘルツ中将が、


「我々アージェント方面軍はクロム皇帝陛下に忠誠を誓い、偽皇帝マルクを擁立するヴィッケンドルフ公爵以下主戦派貴族どもを帝国皇位の簒奪をもくろむ逆賊として必ずや討伐を果たしてご覧にいれます」


 するとクロム皇帝も大きく頷き、


「うむ。この軍が余の手勢になってくれるのはとても心強い。早速帝都に向けて進軍を開始したいが、出発までにはどれほどの時間がかかる」


「いえ、本体は既に帝都へ向けて出撃しております。逆賊ヴィッケンドルフは新皇帝マルクの勅命として、帝国軍4方面軍と全土の警察保安隊の総勢60万もの将兵に対し、リアーネ様を討伐するための出撃命令を発出しました。我が方面軍もそれに従って、帝都への進軍を始めております」


「そういうことか・・・。ではこのまま全速力で帝都へと進軍し、逆賊どもに付き従う者共を全て蹴散らしてやれ。それから東方諸国連合の軍勢が我々に味方してくれる。ローレシア、説明してやってくれ」


「承知いたしました」


 話を向けられた俺は、ローレシア勇者部隊の総意として、主戦派貴族たちへ徹底抗戦する意思を告げた。


「わたくしアスター王国女王ローレシアは、ここにいる魔法王国ソーサルーラのランドルフ王子や東方諸国の高位貴族出身であるマリアたちと心を一つにして、東方諸国14か国の軍勢を一つにまとめあげて、ブロマイン帝国へ進軍することをお約束いたします。その軍勢の規模はおよそ5万。これをブロマイン帝国の東方諸国方面軍5万にぶつけます」


 すると司令部幕僚たちから感嘆の声が上がり、ヘルツ中将も、


「これは実に頼もしい援軍です。現在主戦派の戦力は、各貴族家固有の騎士団の戦力は不明ながらも、判明している範囲で言えば、北海方面軍5万、東方諸国方面軍5万、南海方面軍5万に加えて警察保安隊30万に、我が方面軍から主戦派につく戦力を3万と見積もった48万が敵対する見込み。我が方面軍12万と帝都を防衛している帝都治安維持隊だけでは戦力として心もとなかったのです。ですので、東方諸国5万が味方してくれるのは大変に助かる」





 そしてヘルツ中将がネルソン大将に目線を送ると、ネルソン大将が立ち上がり、


「クロム皇帝陛下、私から少しお話をさせて頂きたいことがあるのですが」


「ネルソン大将か、構わん申せ」


「はっ! 帝国軍特殊作戦部隊は、シリウス教会総大司教カルと袂を分かち、アージェント王国との講和を実現する決断をしました。そして先日、アージェント王国全権大使のアウレウス伯爵をはじめとする主要な貴族家当主たちと初の会合を持ちました」


「なんだと! 融和派貴族たちが理想に掲げていたあの絵空事である魔族との講和・・・まさか本気で進めていたとは」


「確かにこれまでは全くの絵空事だったのですが、きっかけはただの偶然で、帝国に潜入して軍港トガータや補給基地ルメールなどを破壊して回っていたアージェント王国貴族メルクリウス伯爵とその一味が、古代の魔術具によってアルトグラーデスにある地下神殿に捕縛されたのです。そして彼らと直接会話をしたところ、両国の講和が実現する可能性が意外と高い事実に気づかされました。それで、クロム皇帝がローレシア勇者部隊の一員として最前線に出陣している隙をついて、融和派によるクーデターを画策していました」


「貴様はそんなことを考えていたのか! 全く油断のできない奴だが・・・まあいい。それでアージェント王国との会合の結果はどうだったのだ」


「講和条約の基本骨子は概ねまとまり、両国間にタスクフォースを設置して今後詳細を詰めていくことになりました。そして条約を締結する条件として王国側から提示されたのが、融和派の皇帝が玉座につくこと。クロム皇帝が崩御されていたならこのままリアーネ様に戴冠いただくつもりでおりましたが、陛下が生還されたため作戦を修正する必要があります。陛下はアージェント王国と講和を結ぶ意思はおありでしょうか」


 ネルソン大将がクロム皇帝をまっすぐに見据える。クロム皇帝に融和派皇帝になる意思があるかという問いかけだが、その回答いかんによっては命はないという脅しにも聞こえる。


 だが皇帝はうっすらと笑みを浮かべ、


「ふっ、そんなに余を睨みつけなくてもよいではないか。余はアージェント王国とはもう戦争はせん。敵はあくまでも主戦派貴族どもであるし、ここに生還するまでにあの王国には散々世話になった。致命傷を負った余の命を助けてくれたのも、ここにいるアージェント王国の貴族、ネオン・メルクリウスだからな」


 そういうとクロム皇帝はネオンを紹介した。メルクリウス伯爵の親戚であり婚約者、そして帝国ではこれまで邪神教団と蔑んできた旧教徒の総本山、シリウス教国の次期最高指導者。そして高度な医療技術を持つ医者であることを。


「短い間だったがアージェント王国に住んでみてわかったことがある。あの国には帝国にはない高度な魔導技術があり、多大な犠牲を払って戦争をするよりも、貿易をして共存共栄した方がはるかに我が帝国のためになることがこの身をもって理解することができた。よって余が帝都の玉座に返り咲いても、そのまま講和条約締結に向けて話を進めてもよいぞ」


 するとネルソン大将がホッとしたように笑うと、


「それを聞いて安心しました。であればアージェント王国との講和条約締結に向けた作戦の第一弾を、安心して発動できます」


「・・・なんだ、その作戦というのは」


「アージェント王国陸軍8万の将兵を我がブロマイン帝国の領土内に引き入れて、アージェント方面軍とともに帝都に向けて進軍させます」


「なっ! ・・・まさか我が帝国の領土に魔族、いやアージェント王国軍を自らの手で引き入れることになるとはな。だがよかろう、味方とするならこれ以上に心強い軍隊も他にいないからな」


「はっ! それともう一つ、王国は追加で5万の将兵を海路から投入することを提案してきました。我が帝国海軍に辛酸をなめさせ続けたアージェント王国艦隊が揚陸艦に将兵を載せて、北海方面から帝都目指して進軍します」


「王国海軍だと・・・謎の攻撃魔法によって水平線の彼方から攻撃してくるというあいつらか! だがそうすると我が方は強力無比な30万の将兵を手に得たわけだな。これで兵力差は高々1.5倍だ。これに主戦派貴族たちの固有の騎士団まで敵に加わったとしても、ヴィッケンドルフのヤツを倒すには十分」


「ではアージェント王国に伝達し、共同作戦の実行に移ります」





 クロム皇帝はネルソン大将に大きく頷くと、その場で立ち上がって全員に向けて号令を出した。


「ブロマイン帝国皇帝として命ずる。アージェント方面軍、東方諸国連合、アージェント王国はこれより、帝都ノイエグラーデスに向けて出陣。余の代理皇帝のリアーネ軍と合流し、逆賊ヴィッケンドルフから我が帝国を取り戻すのだ! その手始めに、アージェント方面軍に潜む裏切者3万の将兵を葬りさってやれ!」


「「「はっ!」」」

次回、ソーサルーラに帰還したローレシア勇者部隊が東方諸国連合軍を組織する


お楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ