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第164話 旧教徒の洗礼

 隣で愕然とするネオンとは対照的に、総大司教はにこやかにほほ笑むと、


「それではローレシア様はこちらへ。神使徒アゾート様から賜ったこのアポステルクロイツの指輪をあなたに授けます」


 呼ばれた俺は総大司教の前に進むと、ネオンの手に握られていた3つの指輪から1つを総大司教が選び、俺の左指にそっとはめてくれた。


 俺がシリウス教会から貰った指輪とデザインは全く同じだが、この指輪からはあの薄気味悪い感覚が全く感じられず、逆に魔力の循環が良くなって身体全体がポカポカと暖かくなってきた。


 特に光の加護が付与されていることで、光のオーラの循環がとてもよくなった気がした。




 俺がこの新しい指輪を驚いて見ていると、総大司教が忠告をしてきた。


「ローレシア様はシリウス教会の大聖女にも就任されていると聞きましたが、彼らから授けられたアポステルクロイツの指輪は偽物で、とても恐ろしい物のようです。すぐに外しておいたほうが良いと、新使徒アゾート様が予言されておりました」


「・・・やはりこの指輪は偽物だったのですね」


「ええ。神使徒アゾート様がおっしゃられるには、形こそアポステルクロイツの指輪に似せて作ってあるものの、その正体は【無属性固有魔法・冥界の呼び声】というもので、体内の魔力を強制的に引き出す魔術具なのだそうです。一時的には魔法が強化されますが、これを使いすぎるとその副作用で魔力が使えなくなるとのことです」


「・・・これがそのような恐ろしい指輪だったとは。やはりわたくしはシリウス教会に騙されて、大聖女に仕立て上げられていただけなのですね」


 俺は偽物の指輪を指から外すと、魔剣シルバーブレイドに聖属性のオーラを込めて、指輪を真っ二つに叩き斬ってやった。


 これでシリウス教会とは完全におさらばだ。それを見ていた総大司教が、


「その膨大な聖属性のオーラは・・・大聖女クレア様がご推薦されただけのことはあり、ローレシア様にもシリウス教国の大聖女になる資格がございます。もしよろしければ将来の大聖女になるための修行をここで受けられてはいかがでしょうか」


「ネオン様からもお誘いは受けていたのですが、わたくしはアスター王国の女王であり、世継ぎを残す義務があるためそのお話はお受けできません」


 ネオンの作戦が潰えた今、俺がここの大聖女になる意味はない。あの魔法は惜しいが他の方法を探そう。


 だが総大司教はニコニコと笑みを絶やさず、


「お世継ぎのことが理由であればお断りいただく必要はありません。本来大聖女は純潔を守っている女性がなるものですが、クレア様の代からはその規則が無くなることが既に決定しています。ですのでローレシア様はお世継ぎを育てられてそのお子様に女王の地位を譲られた後に、我が教国の大聖女に就任していただければよいのです。ただしローレシア様は新教徒。この国の大聖女になるには旧教徒の洗礼を受けなおして、教義を学び直す必要があります」



(ローレシア、今の総大司教の話なら何の問題もないじゃないか。ネオンとの約束もあるし例の魔法がもらえるのなら、俺はここの大聖女になろうと思う)


(あの魔法・・・・わたくしのためにごめんなさい、王族の義務を全てナツに押し付けてしまって。もちろん世継ぎを育てた後ならば残りの人生はナツが何をしても構わないし、アンリエットと3人でここで暮らすのも賛成よ)


(ありがとうローレシア。でもあの魔法はどちらかというとローレシアのためというより俺のためだから。これがないととてもじゃないが、男となんか結婚できないよ。じゃあ洗礼を受けなおす方向でいいな)


(アスター王国は新教が国教ですので女王のわたくしが旧教に宗旨替えすることはできませんが、ナツならまだどこの洗礼も受けていないので、旧教徒の洗礼を受けることに問題はありません)


(どこの洗礼を受けたかなんて、黙っていればバレないんじゃないの?)


(いいえ、教会の魔術具を使えばその人が洗礼を受けているかどうかが簡単にわかるのです。でもわたくしたちの場合は魂が2つあるから、それぞれ別の洗礼を受けていてもどちらの魔術具にも反応するので大丈夫だと思います)


(そういうことか。じゃあ俺が旧教徒でローレシアが新教徒な)


(はい!)





 俺が総大司教の提案に乗ろうと声を上げようとしたその時、ネオンがおもむろに立ち上がると総大司教に食って掛かった。


「ちょっと待ってよ! 今の話は一体どういうことなのよ。私の代からそのルールが無くなるってことは、私が大聖女になっても結婚をしていいってことよね」


「もちろんです。神使徒アゾート様がクレア様と結婚できるようシリウス教国の規則を改正されたのです。ですのでクレア様の結婚式はこのシリウス教国が全力を挙げて取り仕切らせていただきます。それにローレシア様がその次の大聖女になられるのであれば聖女隊の負担が大幅に軽減できて教国の体制が安定します。ローレシア様は是非前向きにご検討ください」


「本当に? や、やった・・・苦節136年、ついにこの私も結婚できるのね・・・」


 ネオンが涙を浮かべて喜びをかみしめていると、総大司教も慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべながら、


「そのご結婚に関しましても、神使徒アゾート様から予言をいただいております」


「え、何々? 予言ってなあに? ひょっとして子供が何人生まれるかとかかなぁ」


 ネオンは顔をデレデレさせながら、総大司教に早く予言を教えてほしいと催促をする。すると


「神使徒アゾート様は、このように予言されました。この戦争が終わったら、俺たち結婚するんだと」


 その瞬間、ネオンの表情は凍り付き、


「・・・それって、死亡フラグじゃないの! まさかここまで来て、また私たち結婚できないの?」


 さすがにその予言だけは酷すぎると俺も思ったが、この世界には死亡フラグという概念は存在しないようで、ネオンがorzのような姿勢で再び絶望の淵に落とされていても、俺以外の全員は微笑ましそうにネオンに祝福を送っていた。





 シリウス教国の大聖女になることを誓って旧教徒の洗礼を受けた俺は、約束通りネオンから例の魔法の魔術具を受け取った。そして法王庁の地下の書庫にこもって呪文詠唱の練習をしながら数日を過ごした。


 ネオンはアゾートが神使徒になったことが未だに信じられないようだったが、それよりも自分の結婚が認められたことが余程うれしかったらしく、一日中ずっと頬が弛みっぱなしだった。


 そして俺たちは、帝国軍に動きがバレないようにと夏の嵐の訪れを待って、シリウス教国とブロマイン帝国の間を隔てる魔導障壁を解き放った。


 空一面に虹色のオーラの輝きが満ちた瞬間、見送りに来てくれていた法王庁の幹部たちが一斉に神に祈りを捧げ始めた。


「たったお一人で、いともたやすくこの結界を解き放てるとは、さすがは未来の大聖女ローレシア様です」


「それもネオン様からお譲り頂いたこの大聖女の杖とアポステルクロイツの指輪のお陰です」


「それを使いこなせるローレシア様のお力があったればこそ。それでは無事の御帰還を心待ちにしておりますので、どうかお気をつけて」


「ありがとう存じますハウスホーファ総大司教猊下。それではブロマイン帝国主戦派貴族とシリウス教会を相手に戦ってまいりますので、どうかわたくしたちの勝利をシリウス神に祈っていてくださいませ」


「もちろんでございます。我々シリウス教国は、常にローレシア様と共にあります。シリウス神のご加護が皆様方にあらんことを」






 さてブロマイン帝国への再入国を果たした俺達は、ウェディングドレスやタキシードでは目立つため、ガルドルージュに用意してもらった帝国軍士官服に着替え、何食わぬ顔で港町トガータに入った。


 魔王ではなく、実はネオンたちのエクスプロージョンによって破壊された軍港が、主戦派貴族の手によって急ピッチで修復が進められていた。


 俺たちはその様子をこっそりと観察しつつ、主戦派に気付かれないように基地から離れて冒険者ギルド近くにある宿屋に身を潜めた。そして部屋に入るとクロム皇帝が、


「メルクリウス伯爵から総大司教に預けられた伝言にもあるように、まずは特殊作戦部隊のネルソン大将に会う必要がある。だがアルトグラーデスまでは軍馬で移動してもかなりの日数を要してしまうだろう。少し危険だがここトガータの基地にある軍用転移陣を利用したい。ガルドルージュを通して特殊作戦部隊の工作員と連絡がとれないか」


「もちろん大丈夫よ。言われなくてもガルドルージュ経由で今コンタクトを試みているところだから、それまでこの宿屋で待っていましょう」






 帝都ノイエグラーデスから逃げ落ちたヴィッケンドルフ公爵は、自領にブロマイン帝国正統政府を設置。新皇帝マルクの仮皇宮を整備して、そこからブロマイン帝国の統治をしていた。


 帝都ノイエグラーデスは皇女リアーネによって完全に掌握され戒厳令下で封鎖されているが、逆にそれ以外の全土はリアーネの統治が行き届かなくなり、帝国の支配権が徐々に失われていった。


 そこをヴィッケンドルフ公爵が新皇帝マルクの正当性とシリウス教会の威光、そして警察保安隊による実力行使によって帝国全土の支配を着々と進めていた。


 そんなブロマイン帝国正統政府の玉座に座るマルク皇帝は、隣に立って臣下にてきぱきと指示を出す摂政ヴィッケンドルフ公爵の姿を、大きなあくびをしながら眺めていた。


 やがてそれにも飽きると、じっと座っていられないのかもぞもぞと動き始めた上、急に立ち上がって自分の寝所に戻ろうとした。


 それを見かねた公爵が、


「マルク皇帝、執務中は玉座でどっしり構えて頂かないと帝国臣民に示しがつきません。もう少しで本日の執務が終了しますので、それまで我慢してください」


「伯父上、余はもう我慢ならんのだ・・・早く寝所に下がりたい」


「陛下・・・まだ日が高こうございます。夜になるまでお待ちください」


「せっかく皇帝になったのだから、最早我慢などせずともよいではないか」


「皇帝なのですから節度を身に着けて頂かなければ」


「伯父上! 余は皇帝なのだぞ! なぜ我慢せねばならぬのだっ!」


「くっ・・・仕方がないな。では奴隷女を用意いたしますので、くれぐれも無茶はなさらないように」


「また奴隷女か・・・余もそろそろ嫁が欲しい。世継ぎをもうけるのも立派な皇帝の仕事だろう」


「・・・陛下は既に3人の正妻と4人の側室と死別しており、どの貴族家も娘を差し出すのを躊躇しております。それにこれまでは私がもみ消すことができましたが、皇帝ともなるとそうもいきません。どうか今後しばらくは奴隷女で我慢なさってください」


「余は皇帝であるぞ! 奴隷女が身ごもっても世継ぎには出来ぬであろう! 余はちゃんとした貴族の嫁が欲しいのだ!」


「わ、わかりましたから、こんな場所でそのようなことを大声で叫ぶのはやめてください・・・では陛下にふさわしい頑丈な姫を探してきますので、それまでは奴隷女で我慢なさってください」

次回から、ブロマイン帝国での最後の戦いが始まります。


お楽しみに

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