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第163話 シリウス教国法王庁

 聖地アーヴィンで馬を進めながら、俺はシリウス教について考えていた。ネオンによると、シリウス教はここ聖地アーヴィンで誕生したそうだ。


 かつて、ルシウス教司祭のテルルはこの聖地でシリウス神から直接啓示を受け、30日間の神による聖洗礼「ヴェルナーバ」を経た後に、最初のシリウス教徒となった。


 そして、シリウス経典と神使徒の証であるアポステルクロイツの指輪をこの地上へともたらした。これがシリウス教の始まりだ。



(ローレシアたちの新教では、このあたりの話はどうなっているんだ)


(神使徒テルルが神から啓示を受けたという話は全く同じなのですが、その場所がここアーヴィンではなくアルトグラーデスとなっています)


(アルトグラーデスって確かブロマイン帝国の中西部にある街の名前だったよな。地図で見たことがある)


(ええ。ブロマイン帝国が誕生するよりもずっと大昔から、シリウス教の聖地とされている場所です)


(新教と旧教ではシリウス教誕生の聖地が異なるわけか。でもここアーヴィンがただの場所ではないのは、ローレシアにも分かるだろう)


(シリウス教国に入ってから感じていたマナ濃度が、ここアーヴィンに入ってから一段と強くなりました。ここには何かがありそうですね)







 やがて俺たちは巨大な建物の前に到着した。先頭を行くネオンがこちらを振り返ると、


「ここがシリウス教の総本山、聖地アーヴィン法王庁よ。今から総大司教猊下に挨拶に行くから、みんなついて来て」


 そう言ってネオンは門の守衛をしている神官に近づき何やら話しかけた。そして神官たちがドタバタと大騒ぎを始めるが、俺たちはそんなことよりもこの場所自体が落ち着かなかった。


 この辺り一帯は完全におかしい。ちょうどこの真下あたりから膨大な魔力が地上へと沸き上がっていて、マナとして周辺に満ち溢れているのだ。


 そしてその濃度が濃すぎて、魔力の形に具現化して渦を巻いているようにすら見える。特に一番強い魔力を感じるのが、神使徒テルルがシリウス神から啓示を受けたとされる巨大な礼拝堂だ。


 聖地アーヴィン。


 アルトグラーデスではなく、きっとここが本物のシリウス教誕生の聖地なのだろうと、俺は確信した。


 それと同時に、シリウス教会の言うことは何も信用できなくなっていた。





 しばらく待っていると聖地アーヴィン法王庁の正門が開き、中から高位の神官たちがずらずらと出てきてネオンの前に跪いて祈りを捧げ始めた。


 そして最も高位の神官が恭しくお辞儀をすると、


「お帰りなさいませ大聖女クレア様。総大司教猊下がお待ちですので、どうぞ中へお入りください」


「久しぶりねバラード枢機卿。見ての通り私は今ブロマイン帝国軍の一員として帝国に帰還する途中なんだけど、少し事情があってダゴン平原を通れないのよ。だから教国を通過させてもらうわね」


「ダゴン平原で王国と勇者部隊との戦いがあったことは、ガルドルージュから既に報告を受けております。ですのでここを通過するのは全く構いませんが、総大司教猊下からもクレア様にお話がございますので、今からお会いいただきたく」


「総大司教から話が? なんか嫌な予感がするけど、ちょうどいいわ。みんな中に入りましょう」




 法王庁の中では、たくさんの神官たちが建物の中を行き来していた。神官はその位ごとに修道服のデザインが少しずつ異なっていて、神官同士がすれ違うたびに位階ごとに定められた様々な祈りの挨拶が交わされていた。そして進んでは跪き、少し進んではまた祈りを捧げる。


 傍から見ている分には異文化を感じてエキゾチックな気分になるのだが、ここで生活をしていたらきっとフラストレーションがたまるだろうな。


 だが俺たちの場合は、ネオンが最も位階の高い神官らしく、こちらが跪く必要は全くなかった。周りの神官たちの方が廊下の端に寄って、俺たちに道を開けてくれるのだ。


 そうしてどんどん奥の方に進んでいき、総大司教猊下が待つ礼拝堂へと入っていった。


 そこは俺とローレシアがエール病の治療の際にボランティアをしていたソーサルーラの教会の礼拝堂より二回りほど大きく、しかも内装が歴史の重みを感じさせる重厚な造りになっていた。


 その礼拝堂の一番奥のテルル像の前に、年配の男性が1人と高位の修道女が4人立っていた。


「ローレシア、あれがハウスホーファ総大司教猊下とその聖女隊よ。あの4人全員が光と闇属性の適合者、つまりあなたと同じ聖女なのよ」


「彼女たちからは聖属性の強い魔力を感じますね」





 バラード枢機卿の案内で俺たち全員が礼拝堂の椅子に腰を下ろすと、正面のテルル像の前に立つ総大司教の隣にネオンが並び、俺たちの方に向き直る。


 そして総大司教が静かに話し始めた。


「皆様はブロマイン帝国軍の方々だとお聞きしておりますが、本日はようこそシリウス教国にお越しいただきました。大聖女クレア様ともども、国を挙げて歓迎させていただきます」


 ネオンは前世ではクレアという名前だったんだな。そしてシリウス教国ではネオンがクレアの生まれ変わりだということが知れ渡っていて、みんなから大聖女クレア様と呼ばれているのか。


 その隣のネオンが総大司教に向き直り、


「もうガルドルージュから報告が上がっていると思うけど、新教徒の組織であるシリウス教会が暴走して」


「クレア様、状況は全て承知しておりますので、ご説明は不要です。ブロマイン帝国内が主戦派と融和派の二つに割れて争い始めたことも、クレア様がローレシア様を連れて近々ここに立ち寄られることも全て承知しておりました」


「えーっ! どうしてそんなことまで知ってるの? いくらガルドルージュでも、そんなに早く情報を報告できるわけないでしょ。特に私が立ち寄る話とか」


「もちろん彼らからの情報ではございません、これは全て神使徒様の予言です」


「・・・神使徒様の予言って、テルル様がそんなことを予言するわけないでしょ! シリウス経典には一言もそんなこと書いてないじゃないの」




(なあローレシア。総大司教とネオンの会話がかみ合っていないようだけど、一応俺たちも神使徒だよな)


(そうね。シリウス教会の総大司教猊下からアポステルクロイツの指輪をもらったし、リアーネ様もわたくしたちのことを神使徒だっておっしゃってたわよね)


(でもネオンの口ぶりだと、旧教では神使徒はテルル一人だけみたいだね)


(新教では、そんなに数は多くはないけれど、神使徒と呼ばれた人は過去に何人もいるのよ)





 俺たち自身が神使徒と呼ばれている時点であまり有難みのない肩書だが、旧教ではそうではないらしい。


 だが総大司教の次の言葉を聞いた瞬間、俺たちの頭はさらに混乱した。


「クレア様、神使徒というのはテルル様のことではなくアゾート様の方です」


「・・・はあ?!」


 ネオンも頭が混乱しているようで表情が完全に抜け落ちた。俺たちの知っているアゾートと言えば、魔法アカデミーで隣の席のアイツのことだが・・・。


 だが総大司教は穏やかな笑みを浮かべて、


「ですから、大聖女クレア様のご婚約者であらせられる神使徒アゾート様の予言です」


「・・・神使徒アゾートって、あのアゾートのことを言ってるの? あなた自分が何を言っているのか本当にわかってるの? ひょっとしてついにボケたのね」


「いいえまだボケてなどおりません。実はつい先日、神使徒アゾート様のご降誕を神に感謝するための大ミサがここ聖地アーヴィンで催されたのです。大礼拝堂のテルル像の前にお立ちになられた神使徒アゾート様は、神々しくも慈愛に満ちた笑みを浮かべられながら世界中のシリウス教徒たちの幸せをお祈りになられていらっしゃいました」


「・・・それ、この世で一番ありえない出来事よね。アゾートって科学万能主義が服を着て歩いているような男で「この世に神など存在しない」と公言して憚らないのに、よりにもよってそんな人が神使徒なわけないじゃないの。それにテルル像の前で慈愛に満ちた笑みを浮かべていたというところが既におかしいのよ。たぶん顔が引きつって、白目を剝いていただけなんじゃないの?」


「そんなことはありません。神使徒アゾート様は大礼拝堂で確かにシリウス神の啓示を受けられ、この地上に新たなアポステルクロイツの指輪をもたらされたのです」


 そう言うと総大司教はアポステルクロイツの指輪を2つ取りだした。


「何それ、なんでその指輪が2つもあるのよ! 総大司教の分の指輪も入れたら3つもある!」


 ネオンはそのうちの1つを手に取ると、いろんな向きからじっくりと指輪を観察した。そして、


「ま、まさか・・・これ、本物の指輪じゃないの! ちょっと他のも見せてよ」


 そういって総大司教の指輪も外させると、3つ並べてそれらを凝視した。


「・・・信じられない。これ全部本物のアポステルクロイツの指輪。それがこの世に3つも存在したなんて・・・」


 すると総大司教は、


「クレア様、指輪はここにある3つだけではございません。神使徒アゾート様の手によって10数個の指輪が同時にこの地上へともたらされました。アゾート様はこの新たな2つの指輪をクレア様と、そしてそちらにいらっしゃるローレシア様に差し上げるようにと」


「私と・・・ローレシアに?」


「はい。この火属性の加護が施されたものはクレア様に、光属性の加護のものはローレシア様に贈られたいようでした。そういえばクレア様は、ローレシア様を次の大聖女に推薦するために、ここにお連れになられたのですよね」


「え、どうしてわかったの?! 世界最強クラスの魔力と8属性に適性のある聖女兼勇者だから、私の代わりにここの大聖女になるのがふさわしいと思ったの。でもしばらくはそのことを伏せようとしていたのに」


「これも神使徒アゾート様の予言です」


「ローレシア本人以外には、せりなっちにしか言ってない秘密だったのに・・・つまり本当にあのアゾートが神使徒になったのね」


「はい。神使徒アゾート様は法王庁ではなく大礼拝堂の方に住まわれることが決まりましたので、この法王庁は大聖女クレア様にお治めいただき、お二人で世界のシリウス教信者たちをお導き下さい」


「そんな・・・私一人だけなら何とかなると思ったのにアゾートまで・・・私の結婚がまた遠退いていく」


 そしてネオンはその場に力なくへたり込んだ。

次回、ナツはある決断をします。


お楽しみに

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